サルタで滞在させてもらっている家族のマリアナさんは、フォルクローレという、日本でいう演歌のような民族音楽の歌手である。これまでにたくさんの賞を受賞し、日本を含め世界中を飛び回っている。

 日曜日は隣のフフイ県でマリアナさんが出演するライブがあるということで、一緒に同行させてもらった。初めて聴く彼女の曲が生歌だなんて、こんな嬉しいことはない。

 アルゼンチンの北部はアンデス山脈に近く、アイマラ族やケチュア族の末裔が暮らしている。人々の顔立ちは親近感の湧くモンゴロイド系が多い。砂埃の匂い、車から聞こえてくる爆音のラテン音楽、細道を通り抜けていく
2人乗りのバイクたち。アルゼンチンへ来て初めて、やっと自分がラテンアメリカにいることを思い出す。これまで私のアルゼンチンのイメージとは、ラテン人が住むヨーロッパでしかなかった。

 母の日を祝うイベントと称して行われたフフイ市が主催のイベント。ステージ周辺には、来週の選挙に先立って候補者の写真が並べられている。
アルゼンチンでは、どんなイベントにも政治家が絡み、普段の生活も政府の動きを気にしなければ生きていけない。いくら政治に興味がなくとも、人々と会話すれば天気の次には政治の話になる。それくらい彼らの生活は政治によって右往左往するからだ。

 マリアナさんは様々な種類のパーカッションやチャランゴという小さなギターを演奏しながら歌う。多くの楽器を使わない分、彼女の声はひときわ際立つ。心の内を吐き出すような彼女の歌声は、痛みや醜さの中にみる美さだった。彼女が歌うと音階は魂の言葉であり、歌詞は人々の心に届ける乗り物のようだった。マリアナさんはより一層彼女らしくステージにいた。彼女の職場は、彼女自身の生き方を見せる場所である。

 

 疲れ切った彼女とマウロさんと娘のエステファニアちゃんで夕食を摂る。楽しい会話を弾ませながら食事をしていると、物乞いをしながらテーブルを回る男の子がやってきた。
 エステファニアちゃんと同じ
7歳くらいの子だろう。真っ黒になった足に、もともとの色を消してしまうほど汚れた衣服。さっきまで元気だったエステファニアちゃんの顔が曇る。

 突然「
triste」(悲しい)といって、涙をためてしまった。彼女は最後まで悲しい理由を話さなかった。1ヶ月前まで孤児院で暮らしていた彼女の記憶と少年の姿にどこか重なる部分を見たのだろう。

 ラテンアメリカには暗い影がある。それが人々に強く“希望”や“前向きに生きる力”を持たせている。強い影ができるのは、強い光があるように。希望は暗闇からしか湧いてこない。



※スペイン語で希望はEsperanza(直訳:待つこと)

ERIKO

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