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2013-08-08

今日の悔恨

テーマ:日常
今日はことさら蒸し暑い。ちょっと出歩いただけで、汗びっしょり。雨になるかも、と思う。しかし、最近はその雨も、ゲリラ豪雨などと呼ばれるとんでもない降り方をするから、油断ならない。地球全体がおかしくなっているのだと思う。福島第一原発の汚染水たれ流しも、恐ろしいことだ。環境に影響が出ないはずはない。私はなるべく肉を食べないようにしているのだが、そのうち魚も食べられなくなるかもしれない。原発憎し。
さて今日のテーマ。
地下鉄で。私の両隣の席が空いた。立っていた親子連れが来て、母親が6、7歳ぐらいの男の子を私の右側の席に座らせた。私が左にずれれば、お母さんも座れる。だが、私はそれをしなかった。次の駅で降りるし、目立つことはしたくなかった。「いい人ぶってどうするんだ」という思いもよぎった。しかし、お母さんを座らせてあげればよかった、と今も思う。
道路で。信号待ちをしているオジサンがいた。よれよれのTシャツに、髪はモジャモジャ。右手には缶ビール。ホームレスかもしれない。背負ったリュックのジッパーが大きく開いていて、走ったりすると中のものが飛び出しそうだ。背中のことだから彼には分からないし、そういうことに頓着しない人のようにも見える。結局、これも注意してあげなかった。オジサンはオジサンが嫌いだし、逆ギレされるかも、という不安もあった。でも、注意してあげればよかったのに、という思いは残った。
いずれも小さな出来事で、こうして書き留めておかないと、明日には忘れているだろう。思うのは、こういう小さな悔恨、取り返しのつかない大きな悔恨を積み重ねて、私は死んでいくのだろうな、ということだ。だからどうすべき、と人生訓みたいなことは言いたくないし、言えない。
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2012-10-21

私のトピックス/その3

テーマ:日常
風邪をひいてしまった。もう10日間ぐらいグズグズしている。本当に辛かったのは数日だけなのだが、どうもスッキリ治ったという感じがせず、そうなると「明日からちゃんとしよう」と思いつつ、ついダラダラしてしまうのだ。
しかし、以前から決まっていた用事があり、今日はそれに押されるようにして出かけた。
まず、帽子作家・池田幸子さんの作品展だ。池田さんとは、シネ・ヌーヴォの字幕朗読上映会(目の不自由な方にも映画を楽しんでもらうために、その情景描写やセリフをボランティアが数人で朗読し、「観客」である目の不自由な方たちには、その音声をヘッドホンで聞きながらスクリーンに向かってもらうという催し)のボランティアに参加してくださったことから知り合った。
池田さんは毎年作品展を開かれていて、聞けば、半年間はそれに出品する作品づくりに充て、残りの半年間は注文を受けた作品づくりに充てるのだという。つまり、一年じゅう自宅兼仕事場でコツコツと帽子をつくっておられるわけである。「職人」に憧れている私だが、風邪ごときで何をする気力も失っているようでは、とても彼女の足下にも及ぶまい。
さて、今日も30点ほどの新作を見せていただいた。すでに池田さんにつくっていただいた帽子は三つ持っていて(春・秋用の焦げ茶のパナマ帽、夏用の生成りのパナマ帽、冬用のグレーのソフト帽)、今日は見るだけのつもりだったが、見ると欲しくなり、ハンチングを注文してしまった。後日、仕事場にお邪魔して素材と色を決め、制作に入っていただくという段取り。値段は3万円前後で、私にとっては安くはないが、すべて手づくりなのだから、その手間を考えれば、良心的な価格設定だと言えよう。
その池田幸子さんの作品展は、明日(22日)まで。心斎橋のホテル日航大阪裏のギャラリー「TK art」(電話06-6282-1456)で11時から18時。ご紹介が遅くなってしまったが、興味のある方は駆けつけてください。

話変わって、10月12日(金)に梅田ガーデンシネマで『ライク・サムワン・イン・ラブ』の最終上映を見た。先月の映画観賞会で同作品を見て、その後の飲み会で、老教授タカシと女子大生のデートクラブ嬢・明子は「した」のか「しなかった」のかで意見が分かれたからだ。
私は「しなかった」派だったが、再見して、悔しいが意見を変えざるを得ない。
その理由1。夜、明子がタカシのマンションに来て、その翌日、ソファーで寝たと思われるタカシが、ソファーの上の毛布をたたむシーンがある。その時、ネックレスだかブレスレットだか、はっきりとは分からないのだが、金色の鎖状のものが、シャリンと床に落ちる。タカシはそれを拾い上げ、カーディガンのポケットにしまう。つまり、明子は一旦眠ったあと、ベッドからソファーに移動し、何事かを「した」と推測できるのだ! あくまで推測なのであるが、このシーンを見た時、「なんでこれを見逃したんだろう」と愕然とし、それは「した」への確信に私を導いたのだった。
理由2。明子に対して、前夜は「あなた」とか「きみ」と呼んでいたタカシが、翌日は「明子」と呼び捨てにしている点。それは、一夜のうちにふたりの距離が(肉体的接触によって)急激に縮まったことを示しているのではないか。
というわけで、『ライク・サムワン・イン・ラブ』には随分楽しませてもらった。キアロスタミ監督の掌の上で遊んでいたようでもある。監督はニヤッと笑っているかもしれない。

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2012-10-08

私のトピックス/その1

テーマ:日常
次の衆議院選挙はどうなるのだろう。民主党のていたらくは目に余り、自民党の支持率が上がっていると聞いても「おいおい、またあの利権まみれの社会に逆戻りかい」と思うばかりだし、日本維新の会も橋下人気に便乗した政治家たちの集まりであることがバレてきたし、さりとて当選しそうもない人に投票するのもなあ……。要するに、推したい人や政党がないのである。
こういう政治がらみの話をすること自体、マスコミに踊らされているようで、なんだか後ろめたい。だって、あの震災からの復興は停滞したままだし、原発問題などは後ろ向きに進んでいるようにさえ思えるからだ。原発利権も、相当に根深くしぶとく広がっているのであろう。
まったくうんざりすることばかりなのだが、そんな中で、映画人はけっこう頑張っていると思えるのが救いだ。先日、京都映画祭で見た『なみのおと』(監督:濱口竜介、酒井耕)は、東日本大震災で津波の被害を受けた人々6組の「語り」だけで構成されたドキュメンタリーで、私は王兵(ワン・ビン)監督の『鳳鳴(フォンミン)ー中国の記憶』を連想した。上映時間142分は、ちょっと長かったけど。
『なみのおと』に限らず、『311』(監督:森達也、綿井健陽、松林要樹、安岡卓治)、『大津波のあとに』(監督:森元修一)、『3月11日を生きて~石巻・門脇小・人びと・ことば』(監督:青池憲司)、『相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶』(監督:松林要樹)、『うたごころ~宮城・三陸 女子高校生たちの青春~』(監督:榛葉健)などなど、私が見てきたドキュメンタリー作品はいずれも良質なもので、それぞれに映画制作者たちの真摯な姿勢が伝わってきた。賛否や好き嫌いは当然あるだろうが、うんざり・げんなりすることが多い昨今の世の中で、この映画人による様々な試みと成果は清々しく、見る者に励ましを与えてくれる。
京都映画祭ではほかにも中島貞夫監督の4作品を見、あらためてそのアナーキーな活動屋魂のほとばしりを堪能した。かつて憧れの人だった梶芽衣子さんのトークが聞けたのも収穫だった。スクリーンでの寡黙なイメージとは違い、あんなに喋る人だったとは!

京都映画祭には2日通い、しかも毎晩映画仲間たちと飲むという、楽しく贅沢な時間を過ごしたのだが、私には心配事がひとつあった。それは、自分のビジネスバッグが今にも壊れそうなことであった。バッグを肩にかけるベルトが、バッグ本体から千切れそうになっていたのだ。ベルトは金属製のリングにつながっており、そのリングは2センチ角ぐらいの合成皮革の小片に挟まれ、その小片は糸でバッグ本体に縫い付けられているのだが、その糸がどんどんほつれ、まだ生きているのは1センチほどの縫い目だけ、という状態なのだった。
しかし、そこが切れてしまっても、別の部分についている把っ手で提げればいいのだし、買い替えるのはそれからにしようと思っていた。ただ、いつどこでブチッとくるか分からないので、それが心配なのだった。
そんな気持で2日間を過ごし、やれやれどうやら保ってくれたと安堵しつつ事務所の前まで戻ったちょうどその時、待っていたかのようにブチッ、ドサッときた。合成皮革の小片も飛び散った。しかし、この小片さえバッグにくっついていれば、まだまだ使えるのである。
そこで閃いた。瞬間接着剤を試してみようと。コンビニへ行ってみると、何種類も置いてあった。ゼリー状の「アロンアルフア」を買う。357円だった。指に付着すると大変らしいから、恐る恐る使ってみた。確かに液ダレせず、使いやすい。問題は、これで完璧にくっつくかどうかだ。そのまま一晩おく。
翌朝、見事にくっついていた。力を入れて引っ張ってみても、びくともしない。おそるべし、日本の技術力!
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2012-08-20

愉快・不愉快

テーマ:日常
不愉快なことは、心に残る。最近あった、いくつかのこと。

たばこ屋で。410円の煙草を一つ買おうと思った。店におばさんは居るのだが、1000円でおつりをもらうのも先方の手間だし、店の横にずらりと並んでいる自動販売機で買うことにした。しかし、自販機から出てきたのは銘柄の違う煙草。値段は同じ410円だ。自覚はないが、ボタンを押し間違えたのかもしれない。取り替えてもらおうと思い、店頭でおばさんに「これ、違うのが出てきてしまったんで、取り替えてもらえますか」と言うと、「いや、そんなはずはない」と言う。そう言われても、実際に違うものが出てきてしまったわけで、「ボタンを間違えたのかもしれませんが……」と言うと、「それは見えないから、こっち(店頭)で買ってください。パチンコで取ったのを持ってきたりする人がいるんで。あなたがそうだと言うんじゃないけど」と言いつつ、しぶしぶ取り替えてくれた。そういうこともあるのかもしれないが、気分は良くない。それに、パチンコ屋で取ってきたものを取り替えたとして、たばこ屋に何か損はあるのだろうか。
別の日、同じたばこ屋で。410円の煙草を三つ買おうと思った。今度は仰せのとおり、店頭で1530円を出した。おつりは300円だ。ところが、おばさんは200円しかよこさない。「え、三つで1230円じゃないの?」と言うと、「え~っと。あ、すいません」と100円玉を手のひらに載せてくれた。わざと間違えたのだとは思わないが、もうあの店では買わない。
コインランドリーで。最近のコインランドリーは進歩していて、洗剤も要らない(洗剤は自動で投入される)し、洗濯機から乾燥機に移す必要もない。機械に洗濯物を入れ、お金を入れ、ボタンを押したら、1時間後には仕上がっているのだ。ただ、経験上、きっちり1時間ではなく、1時間と1~2分は機械が動いている。それを見越して、この日も1時間をちょっと過ぎてから無人の店に再び出向いた。ところが、機械はまだ動いている。おかしいなと思ってよく見ると、私のシャツやパンツが機械から出され、機械の前のワゴンにぶちまけられているではないか! これって、どう考えてもルール違反だろう。おそらく、私の機械が空くのを待っていた人が、機械が止まると同時に私の洗濯物を勝手に取り出し、自分の洗濯を始めたのだろう。確かに、機械が止まってもなかなか洗濯物を取りに来ない人はいる。しかし、私の場合はたかだか2~3分遅れただけだ。私なら、機械が止まって15分待っても取りに来る人がなければ、その日の洗濯は諦めただろう。そういうことを言ってやりたかったが、当の本人は影も形もなく、コインランドリーの機械がぐるんぐるんと動き続けているだけなのだった。

このように、小さなことで人は不愉快になる。だから、できるだけ人に不愉快な思いをさせないよう、道を歩くときにも注意はしているつもりだが、さて、どこまでできているだろうか。
愉快なことも、なくはない。ふたつ思い出した。

蕎麦屋で。その店は、以前仕事をしていた会社の近くにあり、よく行っていたのだが、その仕事がなくなり、とんと行かなくなっていた。とはいえ、今いる事務所からそう遠いわけではない。ある日、店の前を通りかかったので、久しぶりに寄ってみた。ご家族でやっている、小さな、ごくフツーの蕎麦屋だ。まずおばさんが気づいてくれ、「まあ、めずらしい。ちょっとお太りになりました?」と声をかけてくれた。出前から戻ってきた寡黙な息子さんも、ニッコリと笑顔を見せてくれた。ざるそばを食べていると、おばさんが前の席に座り、「最近どうしてはりますの」と近況を尋ねてくれる。こちらの顔を覚えていてくれればいいや、というぐらいの気持だったので、悪い気はしない。帰り際には、調理場からご主人も出てきて、三人で見送ってくれた。私など、上客でもなんでもないのに、客商売とはこういうことかと感慨深いものがあった。今度は、あの店で、蕎麦焼酎のそば湯割りなどで一杯やりたいなあ。
8月16日のこと。来年の「大阪アジアン映画祭」の準備のために、プログラミング・ディレクターの暉峻創三(てるおか・そうぞう)さんが来阪された。3月の当日記にも書いた「私の一本」、『セデック・バレ』の日本公開が決まったという。来年の5月ごろになるらしいが。今年の3月17日、私はウェイ・ダーション監督の舞台挨拶の進行役を務め、「この映画、台湾では昨年の9月に公開され、大きな反響を呼んだと聞いております。日本での公開はまだ決まっておりません。前・後編を合わせると4時間半にもなりますが、ここに配給会社の方がおられましたら、ぜひご検討いただきたいと思います。台湾と日本で公開されてこそ、この映画は完結したと言えると思いますので」と発言したので、こんなに嬉しいことはない。わがシネ・ヌーヴォで上映できればさらに嬉しいのだが、それはまだ分からない。ともかく、『セデック・バレ』という映画タイトルを覚えておいてほしい。
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2012-07-25

天神祭となでしこジャパン

テーマ:日常
25日の夕方から、友人たちと天神祭に出かけた。蒸し暑いし人出は多いしで、早々に天満宮でお参りを済ませ、近くのフランス田舎料理の店に飛び込んだ。涼しい中で、おいしい料理をたらふく食べ、スパークリングワインを2杯ほど飲んだら、急激に眠くなってしまい、花火も宮入りも見ず、友人たちと別れて事務所に戻った。
シャワーも浴びずに寝てしまったが、12時半ごろに目が覚め、おかげでロンドンオリンピックの女子サッカー、対カナダ戦を見ることができた。ちょっとハラハラしたが、見事な勝利に思わず拍手が出た。あの広いサッカー場を、前後半を合わせ90分も衰えることなく走り回る体力と根性には頭が下がる。べつに金メダルを取らなくてもいいから、ケガをせずに残りの試合を乗り切ってほしいものだ。
今、夜中の3時半。まったく眠くないので、これから仕事します。
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2012-07-21

行ってきました、反原発行動

テーマ:日常
昨日は、あいにくの空模様だったが、「7.20 原発再稼働に断固反対! 関電本社前抗議!」に参加してきた。

朝から雨がパラつき、「あんなこと(ブログに)書かなきゃよかった」と思ったのが正直なところ。しかも、出かける直前になって、中之島の図書館に返却しなければいけない本があるのを思い出し、あわてた。私と一緒に関電前へ行ってみようと思う人は、午後5時45分までに淀屋橋駅に集合とブログに書き、普段は使っていないFacebookにも転載したからだ。呼びかけた本人がそこに居ないのでは、話にならない。結局、15分前には指定した場所に着けたが、雨は本降りだし、遠くで雷まで鳴っている始末。やれやれ。5時48分まで待ったが、案の定、誰も現れず、一人で関電ビル前に向かった。

正式名称を「関電ビルディング」というが、これが凄い。2004年に完成したばかりの超高層ビルで、地上41階・塔屋1階・地下5階、高さは195メートルだという。省エネを徹底して追求したビルだそうで、なんとも皮肉かつ笑止。この馬鹿でかいビルに入っているのが、関西電力本店と、その関連会社だけだというのだから驚く。場所は、中之島のフェスティバルホール、朝日新聞ビルを過ぎ、もう少し西へ行ったところ。ビルの南側と西側に広い歩道があって、参加者はそこに立って抗議行動を行うのだ。

私は定刻の6時に着いたが、やはりこの空模様ではという感じで、その時点での参加者は200人ぐらいと見た。しかし、ビラを配る人、手作りのプラカードや横断幕を掲げる人など、「動員」ではない個人参加の人々の、それぞれに工夫を凝らした抗議の表現が好ましい。参加者の年齢層も幅広い。ハンドマイクや鳴り物の行使も抑制されている。歩道から車道に人がはみ出さないように、スタッフが注意して回っている。つまり、非常にお行儀の良い抗議行動なのである。
そういう中で、それぞれが立っている場所を動かず、「再稼働反対!」「大飯原発、再稼働反対!」のシュプレヒコールを繰り返す。シュプレヒコールはこの2種のみで、30分もやっていると飽きてしまった。また、集団の最前列にいたので、報道のキャメラや個人的に記録している(?)キャメラを向けられることが多く、べつに写されたって構わないのだが、いささか気恥ずかしく、少し動いて全体を見渡してみることにした。知り合いが来ているかもしれないし。6時ごろには小降りになっていた雨も、いつしか止んでいた。
短時間のうちに参加者はどっと増え、ビル南側の歩道を埋め尽くしていた。しかし西側の歩道に回り込むほどでもなく、大雑把に言って500~600人というところか。警官も数十人出ていたと思うが、東京のように規制に動くことはなく、道路の向こう側に立って見ているだけ。
かくして、私は立つ位置をあちこち変えながら、解散の7時半まで付き合った。最後まで整然とした抗議行動であった。主催者側の青年が、「私たちは、29日に東京で行われる脱原発国会大包囲という行動に参加するので、来週の金曜日はここに来ません。しかし、別の方たちが主催して抗議行動は行われると思います」とマイクで告げていた。まあ、毎週来なくてもいいし、でも、毎週金曜日にはここで抗議行動をやっているというのは大事なことだと思った。

ビールを飲みたかったが、一人で飲んでもつまらないし、結局いつもの喫茶店でコーヒーを飲み、サンドイッチを食べて帰った。何より、早くシャワーを浴びたかった。
調べてみたら、この日、東京をはじめ日本各地の30カ所ほどで、ほぼ同時刻に抗議行動が行われていた。これらの動きは、ジャスミン革命ならぬ「あじさい革命」と呼ばれているそうだが、本当に原発を止めるためには、まだまだ息の長い地道な活動が必要だろう。大阪の抗議行動にも、せめて万単位の人が参加してほしいものだ。とはいえ、29日の「脱原発国会大包囲」に、とんでもない数の人々が参加すれば、この国を変えることができるかもしれない。う~ん、私も行くべきか。
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2012-07-11

今そこにある危機

テーマ:日常
現在、日本で、いや世界で最大の問題は、福島第一原発4号機の使用済み核燃料プールの問題だろう。その危険性は再三指摘されているのに、根本的な解決はなされていず、最近はあまり報道もされない。東電側は「補強工事をしたから安全」と言うのであるが、そんなこと、誰が信用するかい!
建物はボロボロで、しかも燃料プールの水面が見えているじゃないか。原発再稼働も許しがたいが、いま真っ先にしなければならないのは、同燃料プールの完全な安全確保ではないか。
世界に冠たる土木建築技術を駆使して、なぜ早急に堅固な補強・密閉工事ができないのか。不思議で仕方がない。まだまだ「原子力ムラ」の人々が隠然たる影響力を保持しているからなのか。しかし、ひとたびまた大地震が起これば、彼らとて安穏とはしていられないはずなのだが。

7月4日の朝日新聞(朝刊)に藤原新也氏が次のように書いていて、「そうだ!」と膝を打ったのだった。孫引きのうえに全文ではないが、引用しておきたい。
《いま一国の長が政治生命をかけるべきことは明白だ。この広大な国土の喪失に対しどう対処するかであり、日本を壊滅に導くかも知れない福島第一原発4号機の倒壊阻止、そして路頭に迷う国民をどう救済するかである。》
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2012-06-07

深夜高速

テーマ:日常
フラワーカンパニーズの「深夜高速」という歌がいいと息子から教えられ、YouTubeで聴いてみた。暗闇の中を《手前しか照らさない》ヘッドライトで模索しつつ疾走する、まさに青春の歌なのだが、私のようなおっさんにも染みてくる部分がある。
《僕が今までやってきた たくさんのひどい事/僕が今まで言ってきた たくさんのひどい言葉/涙なんかじゃ終わらない 忘れられない出来事/ひとつ残らず持ってけ どこまでも持ってけよ》というようなところだ。
2004年にリリースされていて、斉藤和義、泉谷しげる、中孝介、湯川潮音など多くのミュージシャンにもカバーされているから、知らないのがおかしいほど有名な曲なのかもしれない。蛇足になるが、それらのカバー曲の中では、斉藤和義のものが素晴らしい。歌詞がよく分かるのだ。また、歌詞の中に《生きててよかった》という言葉があり(だが、単なる生の肯定ではなく、そのあとに《そんな夜を探してる》《そんな夜はどこだ》と続くあたりも好ましい)、私などは「生きていて」と言いたくなるのだが、斉藤バージョンではそのように聞こえるのも嬉しい。
ここまで、ちょっと歌詞にとらわれすぎた感があるが、本家「フラワーカンパニーズ」の叩きつけるような歌唱も魅力だ。青春を美しい言葉で飾らず、迷い傷つきつつ、それでも前へ前へ走っていこうとする衝動。私は、ふと尾崎豊を連想した。
この「深夜高速」、ひょっとすると時代を画する名曲として残っていくのではないか、という予感が……。まだ聴いたことがない方は、是非!
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2012-01-18

出発

テーマ:日常
今日は私の満61歳の誕生日。これという感慨とてなく、「たいしたことねえ61年だなあ」とつぶやくばかり。ただ、昨年の地震・津波・原発事故(人災)以来、死について考えることが多くなった。年齢からくるものでもあろうが、いつ死んでもおかしくない、と思うのだ。では、それをどう迎えるか。
こうしている今も、時間はどんどん過去へ流れ込んでいく。それはもう取り返せない。過去を後悔しても反省しても始まらない。ならば、今をゼロ地点として、これから先をきっちり生きるしかあるまい。よし、今日を私の新たな出発点としよう、と密かに決意してみるのではあるが。
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2011-11-03

恥ずかしながら

テーマ:日常
宮城県での震災ボランティア活動の報告も、山形国際ドキュメンタリー映画祭の感想も書けぬまま、次のイベントに移行してしまった。
目下の関心は、神戸アートビレッジセンターで開かれている「フレデリック・ワイズマン レトロスペクティブ」と11月5日・6日に立命館大学・朱雀キャンパスの大ホールで開かれる「ワイズマンと出会う」であるが、次に述べる理由で落ち着かない日々を過ごしている。
なんとワタクシ、写真展に「作品」を発表することになりまして、その準備に追われているのです。我ながら、なんと無謀なことをしているのだと思うが、もう引き返せない。
写真展のタイトルを「#曽根崎心中―恋の手本となりにけり。」という。私以外に4人の参加者がおり、それぞれに近松の『曾根崎心中』を読み、冒頭の「大坂三十三番観音廻り」でお初が辿った一番札所から九番札所までのエリアを歩き、そこで得た何かを基に写真を撮るという企画。だから、他の参加者がどういう作品を出してくるのか、私はほとんど知らない。そこがまた面白いと思うのだが。
私の場合、ともかくスタートが遅かった。6月初旬にミーティングをしたのに、梅雨と猛暑の夏はやり過ごし、9月は震災ボランティア、10月はヤマガタと動き回り、結局写真展に間に合うギリギリの時期に集中的に撮ることになってしまった。しかし、撮れば終わりではなく、「作品」として展示・発表するためには、まだまだすることがあったのだった。その点が最大の誤算で、今後の反省点とするしかないが、今日現在、どうやら初日を迎えられそうな案配である。
で、その写真展は11月7日から19日まで、大阪市北区西天満の「カフェR」(電話06-6311-2663、日曜定休)で開かれる。素敵なカフェなので、ちょっとお茶しに来ていただければ幸いです。
「カフェR」の場所、写真展のコンセプトなど、詳しいことはホームページをご参照ください。http://doublesuicide.jp
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