2010-12-17

「東京フィルメックス」リポート/その5

テーマ:映画
このリポート、読者のほとんどが見ていない映画について書いているので、読むほうは面白くないだろうと思うが、乗りかけた船なので最後までやってしまいたい。いましばらく、お付き合いください。

『Peace』監督:想田和弘
『選挙』『精神』などのドキュメンタリー作品で知られる想田和弘監督の新作。
監督の義理の父母・柏木寿夫と廣子は、岡山市で介護ヘルパーを派遣するNPOを運営している。意義ある仕事だが、運営は楽ではない。キャメラは、二人の仕事と生活に密着する。
白眉は、ヘルパーが訪問するお年寄りの一人、橋本至郎氏の存在だ。撮影時91歳で一人暮らし。肺ガンの末期だが、両切りのピースを愛煙し、経済的な理由から入院せず、自宅療養。その自宅がすごい。ベッドひとつが、生活空間をほぼ占領している。流しの石鹸はネズミにかじられ、部屋にはダニだかノミがいるらしく、訪問ヘルパーは虫除けスプレーを欠かせない。
つまり、このご老人、地位も名誉も家族も財産もないのだが、人格的に素晴らしいのだ。ヘルパーが来るときには、シャツとネクタイを着用する(ズボンをはいていなかったりするが)。病院へ連れて行ってもらうと、看護師さんたちから親しく声をかけられ、「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申しわけありません。早くあの世へ行きたいのですが、こればっかりはどうしようもなく、ご迷惑をおかけしております」などと言うのだ。これは、20年後、30年後の自分の境遇かもしれない。ならば、せめてこの橋本老人のように達観してありたい、と思った。おそらく、もう亡くなっているだろう。ご冥福を祈る。
今回の東京フィルメックスで、観客賞を受賞。

『ふゆの獣』監督:内田伸輝
同じ職場で働く4人の男女の恋愛模様。ありがちな設定だけど、心理描写や会話の密度がハンパではない。
シゲヒサとユカコは半同棲のような関係。しかし、シゲヒサはアルバイトのサエコと浮気している。そのサエコはノボルと何度かデートし、ノボルから告白もされるが、「友達以上には思えない」と拒否している。ある日、シゲヒサの煮え切らない態度に疲れ果てたユカコが地下道でうずくまっているところにノボルが通りかかり、話を聞いているうちに……。
こう書いても、やはり凡庸な話ではあるが、男を問い詰める女、言い訳から逆ギレになる男、ようやく告白する気弱い男、自分に正直に(?)拒否する女などの会話のリアルさ、ときに「そんな自分勝手な」と言いたくなるような、しかし身に覚えがあるような心理展開に納得し、その描写に舌を巻いた。
内田監督は、インディペンデント映画の世界では有名な人らしい。この映画も超低予算で作られたとか。人物設定と場面(シーン)は監督が考え、そこに俳優たちを放り込んで、会話は全部アドリブだという。名前も知らない4人の俳優(佐藤博行、加藤めぐみ、高木公介、前川桃子)が、それぞれに見事だ。
今回の東京フィルメックスで、最優秀作品賞を受賞。

『夏のない年』監督:タン・チュイムイ
「マレーシア映画新潮」に連なる映画か。悠然たる長回しの、映像詩のような美しく静かな画面が、延々と続く。あまりの心地よさに眠ってしまい、もう一度見たが、やはり少し眠ってしまった。
タン・チュイムイ監督は驚くほど若いお嬢さんだった。自分の故郷である海辺の村スンガイ・ウラでこの作品を撮ったという。
アザムという男が、30年ぶりに故郷の村を訪れる。かつての親友アリとその妻ミナは、温かく彼を迎える。三人は夜釣りに出かけ、少年時代の思い出や村に伝わる人魚伝説などの話をする。映像は、彼らの少年時代を描いたりもするが、これといったドラマは起こらない。アザムは村を出て歌手になったらしいが、それほど有名でもないようだ。何も起こらず、何もなく、しかし海や森は限りなく美しい。それでいいじゃない、それが大切、と監督は言いたいのか。あまりに抑制がききすぎていて、何を言いたいのか分からない映画になっていると思う。しかし、忘れがたい映像である。

今日はここまで。では、また。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事
 もっと見る >>
2010-12-14

「東京フィルメックス」リポート/その4

テーマ:映画
ほぼ毎日、ホームページを更新している人がいる。しかも長文。仕事もあるだろうに、いったいいつ書いているのだろう、どれだけ時間をかけているのだろう、と思う。私など、このリポートに四苦八苦しているというのに。
遅筆の言い訳(?)はこれくらいにして、先を急ごう。「コンペティション」作品の続きです。

『独身男』監督;ハオ・ジェ
中国・河北省の山深い村が舞台。60歳前後の「独身男」たちが、村の辻で何をするでもなくダベっている。仕事(農業)もしているようだが、あまり忙しくはないらしく、しかし収入はそれなりにあるようだ。彼らがなぜ独身なのか、詳しくは語られないが、要するに嫁の来手がないということだろう。そして、その村の不思議な人間関係が描かれていく。
独身男の一人・ラオヤンは、昔の恋人で今は村長の嫁になっているアーヤートウと関係をもっている。それが「これ、ちょっとお裾分けね」とか言いながら家に来た女が、ためらいもなく寝床に上がり込み、「時間がないから早くしよ!」などと言うのだ。しかもこのアーヤートウさん、ほかの独身男とも関係があり、知らぬは亭主ばかりなり、なのである。そのあたり、なんとも大らか。必要から生まれた慣習であろうか。あるいは、所変わればモラルも変わる、ということか。
また、ラオヤンが、四川から連れてこられた若い女を6000元(約7万5000円)で嫁に買うというエピソードもある。しかし、この女がラオヤンに懐かず(当然か)、逃げ出そうとする。実際に逃げてしまった例もあるようだ。あげく、村の若い男がこの女に惚れ、「俺の嫁に欲しい」と言いだして村じゅうがすったもんだ。なんともおかしく、哀しい話ではある。
つまりこの映画は、私たちがまったく知らなかった中国農村部の人々の実態をあからさまに見せてくれる。監督自身もこの村の出身で、出演しているのも、四川から来た若い女(女優)を除いて全部村人なのだという。脚本も村人たちと練ったそうだ。それもまた大らかと言うか、ほほえましい気がするが、中国本土では上映できないんだろうねえ。
ラスト、二人の独身男がしゃがんで、夕暮れの山並みを眺めながら交わす会話が秀逸!
今回の東京フィルメックスで、審査員特別賞を受賞。

ああ、今日も一本しか触れられなかった。このリポートがいつ終わるのか、私は知りません。
AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2010-12-13

「東京フィルメックス」リポート/その3

テーマ:映画
一日が、またたく間に過ぎる。日参していた「水俣から沖縄へ 西山正啓フィルモグラフィー展」も10日に終わり、期間中は大阪におられた西山監督も福岡へ帰られた。
「大阪アジアン映画祭2011」のプレイベント、映画字幕翻訳講座 in 大阪大学箕面キャンパスは10日(箕面キャンパスは遠かった~)、グル・ダット監督特集は11日(『渇き』は傑作!)、キム・テシク監督特集は12日(キム監督作品のユーモアが好き)に無事終わった。
それぞれについて書きたいのだが、まだ「東京フィルメックス」リポートが残っている。まあ、誰も読んではいないだろうから気楽なものだが、ぼちぼち片付けていくことにしよう。というわけで、今日から「コンペティション」作品について。

『愛が訪れる時』監督:チャン・ツォーチ
台北で食堂を営む一家の娘・ライチュンが主人公。母が怖いぐらいにテキパキと采配をふるう。父親は頼りない。さらに、生みの母が従業員として働いている。妹が一人。そして、生みの母は仕事中に一家で初めての男の子を出産する。食堂のフロアでの出産というドタバタ、その複雑な人間関係を実にうまく見せる。
主人公のライチュンは常に仏頂面で、弟の誕生にも興味なく、不良っぽいボーイフレンドと遊ぶのに夢中。だが、自分の妊娠に気づくところあたりから変わってゆく。男に逃げられ、パニックになるが、父・母・生みの母それぞれの愛情に気づき、支えられ、産むことを決意する。ライチュンの仏頂面が徐々に変わっていくところが見どころ。
いつも優しい祖父、妹の彼氏になる郵便配達人の存在は『恋恋風塵』を、海の見えるプラットホームは『悲情城市』を連想させ、ホウ・シャオシェンの影響を強く感じた。台湾・金馬奨で最優秀作品賞、最優秀撮影賞、最優秀美術デザイン賞を受賞。

ああ、もう出かける時間。残念ながら、今日はここまで。


AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2010-12-03

「東京フィルメックス」リポート/その2

テーマ:映画
もう12月か、焦るなあ。とりあえずは、このリポートを片付けてしまおう。先日の続きで「特別招待作品」の後半です。

『海上伝奇』監督:ジャ・ジャンクー
《前作『四川のうた』(08)のスタイルを踏襲し、18人の人物へのインタビューによって上海の近代史を振り返るドキュメンタリー》(公式カタログより)なのだが、その18人がほとんど知らない人で、また上海にもそれほど興味がなく、見終わって「勉強不足で、すみません」という気持になった。ジャ・ジャンクー作品ではおなじみの女優チャオ・タオが、狂言回し風にときどき現れるのだが、セリフはなく、これという表情もなく(わざとそうしているのだろうが)、その意図がよく分からなかった。ジャ・ジャンクーは大好きな監督だけに、その新作に感動できなかった自分が情けなかった。
しかし、ユー・リクウァイのキャメラは見事で、どの映像も濡れているような情感をたたえていた。

『トスカーナの贋作』監督:アッバス・キアロスタミ
キアロスタミ作品なのに、これもちょっと残念な印象。ただ、『海上伝奇』のように自分のほうに非があるとは思えなかった。
イタリア・南トスカーナ地方の小さな村に、イギリス人作家が講演に来る。そして、その村でギャラリーを経営しているフランス人女性と恋に落ちる。二人は美しい秋のトスカーナにドライブに出掛ける。楽しい会話、歴史ある風物、立ち寄った小さなレストランでは夫婦に間違われる。映画はここで飛躍する。出会ったばかりのはずの二人が、まるで何十年も連れ添ってきた夫婦のような会話・態度になるのだ。特に女性のほうが。「男と女って、結局はこういうものだよね」と監督は言いたいのかもしれないが、こちらにすれば、そういう痴話喧嘩や女の愚痴はもうウンザリなのである。
女をジュリエット・ビノシュが、男をバリトン歌手のウィリアム・シメルが演じている。ビノシュはあまり魅力的に見えず、シメルは俳優ではないためか、演技のうえでも完全に受け身になっている。

『妖しき文豪怪談』4人の監督によるオムニバス
「片腕」監督:落合正幸 原作:川端康成
「葉桜と魔笛」監督:塚本晋也 原作:太宰治
「鼻」監督:李相日 原作:芥川龍之介
「後の日」監督:是枝裕和 原作:室生犀星
4本の中では「片腕」が印象深い。フェティシズムとはこういうものか、と思った。まことに女性の肉体は、部分でも美しい。そしてその美しさはエロスに通じている。
「葉桜と魔笛」主演の河井青葉は、自主映画ではよく見かける女優さんだが、昭和の女性の健気さ、はかなさをよく出していたと思う。

『冷たい熱帯魚』監督:園子温
これはすさまじい映画でした。小さな熱帯魚店を営む平凡な男・社本(吹越満)がいる。思春期の娘は若い後妻に反発し、妻も現状に満足していない。娘が万引きをしたことから、男は大きな熱帯魚店を経営している村田(でんでん)と知り合う。これが口八丁手八丁、カリスマ的な引力を持つ男で、気弱な社本はどんどん巻き込まれていく。村田は平気で殺人を犯し、その死体を「消して」しまう技術を持っているのだ。つまり、肉体を細かく細かく切り分けて肉片にし、魚の餌にする。骨は焼いて砕き、粉にして捨てる。それを手伝わされる社本。やがてカタルシス(?)に至るのだが、弱みを握られているわけでもないのに、そこまで巻き込まれる理由が分からない。
実際にあった事件をヒントにしているというのだが、どこまでが実際にあったことなのか。作り物とは分かっていても、死体の解体シーンは気持のよいものではない。私の前の席の女性は、何度も顔を伏せていた。監督は「絶対的な悪を描いてみたかった」と語っていたが、確かにでんでんは怪演。

『ミスター・ノーバディ』監督:ジャコ・ヴァン・ドルマル
脚本執筆に7年を費やしたという、複雑な構造を持つ作品。120歳の老人が死を迎えようとしている。その脳裏に、それまでの長い人生が回想される。だが、それは単純な回想ではなく、「あのとき、こうであればどうなっていたか」という仮定も含まれているのだ。そんなことを考え始めたら、人生なんてどうにでもなるわけで、私には頭でこねくり回した映画、としか思えなかった。やはり私が乗れなかった『エターナル・サンシャイン』(2004年、監督:ミシェル・ゴンドリー)や『脳内ニューヨーク』(2008年、監督:チャーリー・カウフマン)を思い出した。最後にはオチもついているのだが、それも「なんじゃそれは」と、納得できなかった。
しかし、帰りのエレベーターで知り合いの映画評論家と遭遇し、彼は「面白かった」と言っていたから、見方を変えれば面白いのかもしれない。「僕は駄目でした」と言ったきり別れてしまい、あとから「どこが面白かったですか」と訊いてみるべきだったと思ったりした。

ようやく「特別招待作品」が終わりました。次は「コンペティション」作品について。

12月1日から、シネ・ヌーヴォで「水俣から沖縄へ 西山正啓フィルモグラフィー展」を見ている。これも実に重要なドキュメンタリー作品群で、「東京フィルメックス」を片付けたら、書いてみたい。興味のある方は、以下をご参照ください。
http://www.cinenouveau.com/sakuhin/nishiyama
2010/masahiro_nishiyama.html
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2010-11-30

「東京フィルメックス」リポート/その1

テーマ:映画
11月20日の初日から28日の最終日まで「第11回東京フィルメックス」を見てきた。近年、私が最も面白いと思っている映画祭のひとつ。サブ企画にあたる「ゴールデン・クラシック1950」を除いて全作品を見てきたので、簡単にご紹介したい。今後劇場公開される作品も多く、参考にしていただければ幸いです。
かつて『カンヌ映画通り』(1981年、監督:ダニエル・シュミット)という映画があった。その主人公の少女のごとく、映画祭の華やかさと一観客にすぎない孤独を感じた。しかし、そういう個人的感情を書いていたら切りがないので、映画の感想だけに絞る。まずは「特別招待作品」から。

『溝』監督:ワン・ビン
圧倒的な映画の力! 見逃したら損。私は2回見た。『鉄西区』『鳳鳴ー中国の記憶』で知られるドキュメンタリー作家ワン・ビンが初めて手がけた長編劇映画。1950年代末の中国。「右派分子」のレッテルを貼られた人々がゴビ砂漠の労働キャンプに送られてくる。厳しい自然、肉体労働、粗末な食事。その食料も、やがて底をつく。人がバタバタと死んでゆく。しかし、そこから逃れる術はない。そんな中、ひとつの事件をきっかけに、かすかな「希望」が動きはじめる……。
何もない大地の果てに、いつも地平線が見えている。大きな空は抜けるように青く、雲が自在に遊んでいる。なのに、地表の人間世界は地獄絵図、という皮肉と哀しさ。

『ブンミおじさんの森』監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
監督は《人間や植物や動物、そして幽霊たちの間で魂が転生すると信じています》(公式カタログより)と語っている。これも、まさにそんな映画。そこがユニークで面白い。夕食の席に、亡くなった妻が現れたり、行方不明になっていた息子が猿人(?)に姿を変えて現れたりする。周りは驚くふうでもなく、「おまえ、ずいぶん毛深くなったね」などと言うのだ。そのユーモアがたまらない。なんだか、ゆったり、のんびり、許されているような気分になり、人生ってこういうものなのかもな、と思えてくる。映画の可能性、豊かさ、大きさを感じた。タイの深い森、漆黒の闇も忘れがたい。今年のカンヌ国際映画祭で、最高賞のパルム・ドールを受賞している。

『幻の薔薇』監督:アモス・ギタイ
《ユダヤ人的な要素を全く含まない初めての劇映画》(公式カタログより)というアモス・ギタイの新作は、1950年代に生きたある夫婦の物語。若い二人はパリで新しい生活を始める。妻マージョリーヌは豊かな生活に憧れ、クレジットで次々と買い物をする。夫のダニエルはバラ園の跡取り息子で、バラの研究に没頭したいのだが、彼女の浪費癖は彼が望む平穏な生活を脅かす。当然、破局が訪れる。しかし、マージョリーヌは買い物をやめない。
普通に考えれば、夫のほうが正しいのだが、後半のダニエルは妻を冷笑するような態度で、ちょっと嫌な男に見える。それはマージョリーヌが「消費社会の申し子」で、この時代の先端を駆け抜けているからかもしれない。50年代のファッション、家具調度がよく再現されている。素晴らしいのは、マージョリーヌを演じたフランスの新星レア・セドゥと、長いワンカットのラストシーンだ。

『The Depths』監督:濱口竜介
韓国で写真家として成功しているペファンは、旧友の結婚式に出席するため日本にやって来る。だが、式の当日、花嫁が姿を消す。実は同性愛者だったのだ。ペファンは偶然その事実を知ってしまうが、失意の旧友には言えず、しばらく彼の写真スタジオを手伝うことにする。そこに、男娼のリュウがプロフィール写真を撮りにくる。ペファンはリュウにモデルとしての資質を感じ、一緒に韓国へ行かないかと誘うのだが……。
ペファン、旧友、リュウの間に、男同士の友情と愛情が絡み合う。ペファンは韓国語のみ、リュウは日本語のみ、旧友は韓国語と日本語が話せるという設定。つまり、《人は国籍や、言葉や、文化を越えて理解し合うことができるだろうか》(公式カタログより)という問題をはらむのだが、事はそう簡単ではない、という展開に納得できた。ペファンを演じたキム・ミンジュンの存在感が大きい。
上映のあとにはQ&Aの時間が設けられ、監督や出演者が舞台に現れるのだが、濱口監督を見て、「ああ、あの人か!」となった。今年3月の「シネ・ドライヴ」で上映され、凄い作品だと思った『何食わぬ顔』(2003年)の監督だったのだ。その分、私の『The Depths』評価は高くなった。

『詩』(仮題)監督:イ・チャンドン
傑作『オアシス』(2002年)、佳作『シークレット・サンシャイン』(2007年)の監督作品で、大いに期待していたのだが、最終日の最後の上映(つまりクロージング作品)で、いささか疲れ、肝心の部分で少し眠ってしまった。なので、以下に書くことは、あまりあてにできない。劇場公開されたら、また見るつもり。タイトルは、たぶん変更されるだろう。
韓国・漢江沿いの郊外の町で、中学生の孫と二人で暮らしているミジャは、60代の女性。いつも身ぎれいにして、周りからは「おしゃれ」と言われている。介護のアルバイトをし、つましく暮らしている。だが、孫の男の子は何を考えているのか、よく分からない。それでも孫のために食事を作り、仕事にも誠実に取り組む。その健気な生き方に感動するし、ミジャを演じているユン・ジョンヒが素晴らしい。
しかし、人生は過酷だ。ミジャはアルツハイマーの初期だと診断され、孫はイジメ自殺の加害者側に加わっていたことが分かってくる。そんなミジャの救いとなるのが、カルチャーセンターで出会った詩の創作という設定なのだが、ここにちょっと無理があるように思われ、素直に入っていけなかった。「詩」が生きる力になり得るということ、頭では理解できるのだが。ともかく、もう一度見てみなくては。

今日はここまで。まだ「特別招待作品」の半分です。この調子だと、最後までたどり着くのに数日はかかりそう。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2010-11-04

実感

テーマ:ヨーガ
朝の目覚め、スッキリ。心も体も軽くなったような気がする。昨夜、20日ぶりに参加したヨーガ教室の効果だと思う。
「痩せるために頑張る」なんて書いた(10月13日)のに、まったくできず(案の定と言うべきか)、自己嫌悪に陥っていたのだが、そんなドンヨリした気分も一発で吹き飛んだ。
やっぱりヨーガは凄い! それを実感できただけでも、この20日間の停滞は意味があったと考えよう。
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2010-11-01

言霊

テーマ:読書
毎日放送(MBS)のドキュメンタリー番組「映像‘10」で、『映像30年史・前後編』を見た。「映像‘10」は、月1回(第3日曜)の深夜枠ではあるが、「映像80」から30年続いてきているという。『映像30年史』はそのダイジェストで、主要な作品のサワリだけしか見られないのが残念だったが、題材は在日・戦争・ハンセン病・阪神淡路大震災など多岐にわたり、制作者たちの志を感じることができた。
ディレクター、プロデューサーとして、その初期の作品群を牽引されてきた温井甚佑(ぬくい・じんゆう)さんは知り合いでもあり、そのご著書『神戸新開地 幸福荘界隈~たかがテレビ されどテレビ』(アットワークス)をネットで購入した。
ケセラセラ通信日記-神戸新開地 幸福荘界隈
本書のタイトルになっている『神戸新開地 幸福荘界隈』は温井さんの代表作といわれ(残念ながら未見)、そのほかに13本の作品のシナリオも収録されている。まだ全部読んではいないのだが、その巻頭に次のようなエピグラフがあった。

死を求めもせず
死を辞しもせず
獄にあっては
獄で出来る事をする
獄を出ては
出て出来る事をする
時は云はず
勢は云はず
出来る事をして
行き当つつれば
また獄になりと
首の座になりと
行く所に行く

これは吉田松陰の獄中書簡からの引用であるという。久々に言霊(ことだま)という語を思い出した。さて私も、及ばずながら《出来る事をする》ことにしよう。

いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2010-10-16

虎にしびれて

テーマ:読書
小杉なんぎんさんが、自著を送ってくださった。書名は『虎にしびれて』、サブタイトルに「歌集 阪神タイガース」とある。新書判、208ページ、KKロングセラーズ発行、定価800円。オビ(実は表紙に印刷されている)には「前祝い! 阪神タイガース優勝!」とあって、それがちょっと哀しい。
ケセラセラ通信日記-虎にしびれて

小杉さんとは、15年前に一度会ったきりだ。私が三五館という出版社の大阪支社で仕事をしていたころ、その事務所で会った。当時は「小杉なんぎ」というペンネームを使っておられた。いわゆる持ち込み原稿について話をお聴きし、編集者としての意見を申し上げたのだったと思う。小杉さんによれば、「僕の話を2時間も誠実に聴いてくださって、世の中にはこんな人もいるのかと思った」というのである。我が事ながら、「ほんまかいな!?」と突っ込みたくなる。
その折の原稿は、自由短歌というのか、日々の思いを形式にとらわれずに短い歌にしたもので、面白くユニークな切り口だったが、三五館での出版には至らなかった。
つまり私は、小杉さんが望んでいた出版を断った立場の人間である。その私に15年を経て自著を送ってくださるとは、なんと律義なことだろう。さっそく読んでみた。
《恋人にフラれてしまったかのような凡打の濱中そんな顔する》
《審判の右手が上がるその前にマウンド降りて江夏輝く》
《ホームラン狙うボールは高目だとわかっていながら投げる藤川》
など、阪神ファンなら「よく言ってくれた!」と膝を叩きたくなるような、ニヤッと笑いたくなるような歌が170首収録されている。通読して思うのは、その観察眼の確かさ、鋭さである。好きこそものの上手なれ、というが、よく見ているなあと感心する。各首の横には、解説というか補足というか、歌の内容につかず離れずの短い文章も載っている。その両者のバランスが絶妙で、これもひとつの芸だと思った。
この本で、小杉さんが40年来の阪神ファンだということを初めて知ったが、イラストや4コマ漫画も手掛けておられることに驚いた。そのイラストは、選手のシルエットだけが描かれ、これも「分かるやつには分かる」というシブさなのだ。
小杉なんぎんさんが、短歌の改革という志を持続しつつ、地道に創作活動を続けてこられたことに敬意を表し、同時にこのたびの出版を祝福したいと思う。だが、小さな出版社からだし、マスコミにも取り上げられていないので、販売面では苦戦しているようだ。今日、紀伊國屋書店の梅田本店に寄ったら、スポーツ本のコーナーに、棚さしで2冊置いてあったが。
明日(17日)の午後3時~7時ごろには、梅田歩道橋の上で著者自らが本を売るそうだ。阪神ファン、そして短歌・川柳・俳句などに興味のある方は、ぜひ行ってみてください。明日が晴れることを祈ってます。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2010-10-13

油断

テーマ:ヨーガ
映画観賞会と重なったり、ぎっくり腰をやらかしたりで、ほぼ3週間ヨーガ教室に行けなかった。行けないまま長崎旅行に出発し、そこでは当然記念写真を撮ってもらう。その写真を見てガクゼンとした。「俺って、こんなに太ってるのか。と言うより、こんなに腹が出ているのか」と……。
醜い! こんな自分は見たくない! 消えてしまいたい!
ぎっくり腰になったのは出発の4日前で、旅行に行けなくなると同行の友人に迷惑がかかるので、安静にこれ努めた。つまり寝てばかりいた。それもあって太ったのだと思うが、3週間のヨーガ・ブランクも影響していると思う。若いころと違って、この歳になるとすぐ太ってしまう。油断大敵である。

というわけで、旅行から帰ってすぐ、ヨーガ教室に行った。「お久しぶりです」と声をかけられ、「3週間ほど全然来れなくてね」と答えると、「でも、体形なんかもほっそりされて」と言われ、「ええー、とんでもない」となった。これで《ほっそり》なら、俺って普段どれだけ太ったイメージを持たれているのかと、逆にこたえた。太めの人に対しては、気安く「太った」の「痩せた」のと言わぬのが心遣いというものであろう。私もしょっちゅう言ってしまうのだが。

さて、久しぶりのアーサナ(ヨーガの姿勢・ポーズ)は、やっぱりきつかった。特に私の苦手なハラ・アーサナ(鋤の形)では、よっぽど辛そうに見えたのだろう、指導者がほかの人より早く「はい、やめて」と声をかけてくださった。ヤレヤレ。
ケセラセラ通信日記-ハラ・アーサナ(鋤の形)
ヨーガ本来の目的は痩せることではないのだが、今はなによりも痩せたいと思う。邪道なのは分かっているが、それがモチベーションとなってヨーガに励めれば、それはそれで良いことではないかと思っている。
しかし、煙草値上げを機の禁煙もできなかったし、このダメ人間に結果が出せるのだろうか。
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2010-10-12

長崎の旅

テーマ:日常
連休を利用して、年若い友人と長崎旅行。3日間で主要な観光スポットは回り、名物といわれるものも食べた(トルコライス、シャーベット状のミルクセーキ、長崎ちゃんぽん、豚の角煮、カステラなど。「吉宗(よっそう)」の茶碗蒸しは食べそこねた。夜の8時に店が閉まるんだもの)。
印象深かったのは、長崎原爆資料館と国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館、そして軍艦島。
原爆資料館は、展示物が豊富で見せ方も計算されていて、じっくり時間をかけて見ることができた。展示されている写真の多くが、山端庸介(やまはた・ようすけ)という従軍写真班員が撮ったものだと知る。記録しておくことの重要さを思った。
隣接する追悼平和祈念館のほうは、一転して静かな祈りの空間になっている。主要な施設は地下にあり、展示や説明は最小限にとどめ、光と水が効果的に使われている。2003年に造られたもので、設計は栗生明(くりゅう・あきら)。2006年に村野藤吾(むらの・とうご)賞を受賞している。私は自然に、原爆による犠牲者たちに手を合わせる気持になった。来館者が少なかったのが残念。
そして軍艦島だが、正式名称は端島(はしま)。いわゆる「廃墟」ブームで有名になった島だ。長崎半島から西に約4.5キロの沖合に位置する。見学通路が整備され、昨年から一般観光客も上陸できるようになった。長崎港から船で約1時間、見学に1時間という「軍艦島クルーズ・上陸コース」。その折にもらったパンフレットには、こうある。
《端島では、1810年頃に石炭が発見され、佐賀藩が小規模な採炭を行っていましたが、1890年三菱合資会社の経営となり、本格的海底炭坑として操業が開始されました。/出炭量が増加するにつれ人口も増加し、狭い島で多くの人が生活するため1916年には日本初の鉄筋コンクリート造の高層集合住宅が建設され、最盛期には約5,300人もの人々が住み、当時の東京都の9倍もの人口密度にまで達しました。/エネルギー革命により、エネルギーの需要が石炭から石油に移ったことで、出炭量も人口も徐々に減少し、1974年1月に閉山した後は、同年4月に無人島になりました。》
大正期から戦争中にかけては、朝鮮人や中国人労働者も多く、その過酷な労働条件のために「監獄島」と呼ばれていたそうだが、そんなことはパンフレットには載っていず、「……にお目をお向けください」と繰り返す案内係も一切触れない。
とはいえ、実際に見た軍艦島は壮観であった。見学通路は島の端を巡る。周囲全体からすれば、五分の一程度の長さか。柵が設けられ、そこから中へは入れない。見学広場が途中の3箇所にあり、そこで立ち止まって係員の説明を聞く。最盛期(1960年ごろ)の話が主だ。秋だというのに、日差しは強く、暑い。高い防波壁に囲まれているため、風は通らない。ここで働くことの厳しさを思った。目の前には、まるで映画のセットのような巨大な廃墟群が広がっている。空高くに、トビ(?)が4羽ほど舞っている。私は『フルメタル・ジャケット』(スタンリー・キューブリック)の一場面を連想していた。
保存と見学通路の延伸を望みたい。ちなみに、「軍艦島クルーズ・上陸コース」の料金は4300円だった。
$ケセラセラ通信日記-軍艦島(端島)風景
いいね!した人  |  コメント(5)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。