2011-07-19

エエーーーッ!?

テーマ:日常
電車内での出来事。もうひとつの「阪急電車」である。

某日、京都へ行く用があって、梅田発12時30分の特急に乗った。連休の最終日なので込んでいるかと思いきや、車内はガラガラで、ベンチタイプの長い座席にゆったり座ることができた。
その男が梅田から乗ってきたのか次の十三(じゅうそう)からだったかは覚えていないが、「要注意」のシグナルが頭の中で点滅した。それとなく観察する。おそらく60代、やせ型、紺色のTシャツにえんじ色の短パン、雪駄履き、真っ赤なニット帽。そのツバのない赤い帽子が、おしゃれというより異様な印象を与える。私の真正面の席に座り、くしゃくしゃに畳んだスポーツ紙を読んでいる。目つきに凶暴なものは感じられず、ひとまず安心して私も読書に戻った。
京都までは約40分。その半ばを過ぎたあたりで、男は不思議な行動に出た。読んでいたスポーツ紙を、あいている隣の席に並べ始めたのだ。最初は何かのパフォーマンスかと思った。しかし、そうではなさそうだ。くしゃくしゃの新聞を、きちんと揃えようとしているのか。しかし、これも違った。バラバラにした紙面を3つばかり座席に並べたら、ついにはポケットの中のがらくたも、その横に並べ始めたのだ。まじまじと見るわけにはいかなかったが、それはドロップの箱、ハート形の小さなプラスチック容器などだった。なんじゃこれは? 私の隣の若いカップルも顔を見合わせている。
男は、ポケットから出したものはまたポケットにしまい、立ち上がって、何かぶつぶつ言いながら別の車両に行ってしまった。あとには、無造作に広げられた新聞が、2座席分ぐらいを占領している。そんなことをしたら、次に乗ってくる客が、その下にゲロか何かあると思って、座れないじゃないか。だが、男にそんなことを言っても、逆ギレされるか鼻で笑われるのがオチだったろう。それにしても、この状況をどうすべきか……。

そんなことを考えていたら、隣のカップルの横に座っていた青年が立ち上がり、広げられた新聞のほうへ。「片付けてくれるのか」と、すぐに行動できずにグズグズしていた自分が恥ずかしくなった。しかし、これがまたとんでもなかった。
なんと、この青年、立ったまま背中を丸めて座席に広げられた新聞を読み始めたのだ! よほど読みたい記事でもあったのか。悠然とページを繰り、同じペースで読んでいるから、そういうことでもないのだろう。しばし観察する。
7分丈のコットンパンツ、黒と緑のボーダー柄ポロシャツ、ベージュ色のキャップ、黒ぶち眼鏡。どこにでもいそうな、今どきの青年である。なのに、この非常識さはなんだろう。
青年は、新聞を読み終わると、席には戻らず、車両の前のほうに行った。そこでドアの窓から外を眺めたり、傘をバットのように持って構える仕草をしたりしたあと、また戻ってきて、途中の駅で降りていった。誰にガンを飛ばすわけでもなく、まったく独りの世界を徘徊しているふうであった。当然、座席に広げられた新聞はそのままである。

このふたり、ある種の病気なのか、あるいはいわゆるイタい奴なのか、簡単には判断できないが、共通しているのは、他者が眼中になく、自分のことしか考えていないということだろう。私の脳裏には「国民」という言葉が浮かんできた。こんな連中が国民であり、同胞であり、また先の震災の被災者でもあるのだろうかと。もちろん、こんなのはごく一部だろうが、今の世の中が相当ヤバくなってきていることの現れであるような気もするのだった。
私が降りる烏丸(からすま)駅が近づいてきた。私は誰の顔も見ず、憮然として新聞をかき集め、そそくさと降りた。ゴミ箱を探してプラットホームを歩いていると、向こうからあの赤いニット帽の男が歩いてきた。次の車両あたりに乗っていたのだろう。私が両手でわしづかみにしている新聞が、自分が読んでいたものだと分かっているのか。一瞬緊張したが、何か言ってきたら対抗しようと腹をくくった。しかし、目は合わせなかった。向こうも知らんぷりで通り過ぎた。
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2011-07-09

これって自己満足?

テーマ:日常
先日、ある試写会のあと、息子と待ち合わせて飲んだ。試写会が終わったのが午後9時過ぎで、息子には少し待っていてもらうことになった。会って「何してたの?」と訊くと、職場の後輩と梅田駅近くの階段に座って缶ビールを飲んでいたという。金がないんだなあ。
そんな息子と、予約しておいた個室居酒屋へ。私はもっぱら聞き役で、彼の仕事のこと、一緒にいる母親のこと、恋愛のことなどが話題になる。少しは意見も言い、アドバイスもするが、たいして役に立っているとは思えない。ただ、こんな私を信用して(?)なんでも話してくれているようなのが嬉しい。
二人ともあまり飲めないほうなので、2時間も飲み食いすれば、もう充分だ。店のお姉さんに「お会計してください」と言い、席で待っていると、6千いくらですと告げられ、1万円札を渡した。「領収証はどうしましょう」「いや、じゃあレシートだけください」という会話があり、その後にレシートとおつりをもらった。そのおつりだが、千円札が4枚と小銭だった。一瞬「あれっ?」と思ったのだが、自分が会計を聞き間違えたのだろうと無意識に判断して、そのまま店を出て息子と別れた。
翌日、財布にたまったレシート類を整理していたら、昨夜のレシートが出てきた。よく見ると、私たちが注文したのとはまったく違うメニューが並んでいる。合計金額は5140円で、おつりは4860円だ。さらによく見ると、23時10分、2名とも印字されている。つまり、私たちが会計をしたのとほぼ同じ時刻に、やはり2人客が同じように会計をしていたのだ。ということは、そちらの客が6千いくらを支払ったのか。まさかね。しかし、私が千円以上おつりをもらい過ぎているのは確かなようだ。
それから悩んだ。よくあることだ。ありがたくいただいておけばよい。向こうのミスなのだから、気にすることはない。たかが千円ちょっとだろ、向こうはもっとガッポリ儲けているって……。そんな思いが、次から次へと湧き上がってくる。しかし、どうにもスッキリしない。
で、開店の午後4時を待ち、レシートを持って店に行ってみた。カウンターの中に1人、外に1人の店員がいて、何か話している。私に気づくと、外の1人が「ちょっとお待ちください」だと。おいおい、こっちは客だぜと、口には出さぬがいささか感じが悪い。しばらく待たされ、カウンターの中から「はい、なんでしょうか」の声。お待たせしました、は無いのかい、と心で突っ込みを入れながら、ルル事情を話す。
驚いたことに、昨夜のレシートはそこに無いのだという。それに「昨夜は私、ここにいなかったので(会計を担当していなかった、ということだろう)細かいことは分からないです」とのこと。「じゃあ、どうすればいいんですか」と問うと、「今回はいいです、それで」と、なんだか面倒くさそうに言う。一大決心(でもないか)をして来たのに、招かれざる客であったようだ。クレームをつけに来たのか、と思われたのかもしれない。
先方が「いい」と言うのだから、千数百円はそのまま私の財布の中だが、嬉しくもなく、スッキリともしない。いま気づいたが、「それはわざわざありがとうございます」の一言が無かったせいだと思う。客商売は難しいねえ。
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2011-06-13

近況

テーマ:映画
書かないほうが楽なので、ついつい更新をサボってしまう。しかし、ときどき覗いてくださる方もあるようだから、どうってこともない近況だが、思いつくままに書いておこう。
シネ・ヌーヴォで「生誕百年記念 森一生映画旅」が始まった。初日に『銭形平次』(1951年)、『花の講道館』(1953年)、『薄桜記』(1959年)の3本を見る。『銭形平次』と『花の講道館』は長谷川一夫主演。ともによく出来ている。「講道館」のほうは柔術家の役だから、どうかなあと思ったが、話が面白いので引き込まれて見た。「銭形」の犯人捜しも二転三転で、飽きさせない。でも、寛永通宝だかを投げて敵を倒すのは無理があるなあ、やっぱり。
『薄桜記』はまさに傑作で、見逃したら損。市川雷蔵と勝新太郎のダブル主演だが、実質的には雷蔵の映画。常に筋を通す身の処し方をし、心から妻を愛している武士が、奸計によって追いつめられ、妻を離縁せざるをえない状況に陥る。その運命は悲惨きわまりないが、最後まで妻を想う気持を貫く、そこがうつくしい。
『薄桜記』の後は、映画評論家・山根貞男さんのお話を聞く。森一生という監督は、映画を撮ることが大好きだったようだ。別の監督がスタートさせたシリーズ物の2作目、3作目をあてがわれても頓着せず、一生懸命に撮ったという。そんなに現場が好きな監督も、夕方になるとソワソワしだすというエピソードも面白かった。もり・いっしょう(本名はかずお)と呼ばれるほど酒好きだったからだ。撮影を終えて、みんなと飲みたかったのだ。映画職人に徹して仕事をし、夜は仲間と酒を飲む。そのようにして生涯に129本を撮った森一生の人生も、うつくしいと思う。

翌日、BSプレミアム(BS2がBSプレミアムになったらしいのだが、プレミアムとは何のこっちゃ。私はいつもビールを連想してしまう)で『キューポラのある街』(1962年、浦山桐郎監督)を見る。これがまた素晴らしい。過酷な労働、貧困、組合、朝鮮人差別、北朝鮮への帰還……そんな環境の中で健気に生き抜こうとする少女(吉永小百合)。「社会派」と呼ばれることが多い作品だが、そんな分類はどうでもよく、こういうリアルな映画が今ないことが寂しい。
これがデビュー作なのだから驚くが、こういう傑作を最初に撮ってしまった浦山監督の、その後の苦労・葛藤も思わずにはいられなかった。

明日は『戦火のナージャ』(2010年、ニキータ・ミハルコフ監督)を見に行こうと思っている。
また映画の話に終始してしまった。次回は別のことを書くつもり。

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2011-05-29

雨の日曜日

テーマ:日常
梅雨入りしたそうだ。台風も近づいているらしい。今日も朝から雨。
私が子供のころは、地上での原爆実験が繰り返されていたから「雨に濡れると禿げるぞ」などと脅かされたものだが、それを笑い話にもできないフクシマ以後で、まったく恐ろしい話である。ここまでの事態になっても、まだ「原発は必要」などという意見があるのが信じられない。スリーマイル、チェルノブイリ、そしてフクシマでの経験は、安全な原発などどこにもなく、人類はその危険なパンドラの箱から手を引くべきだ、と告げているのではないのか。もちろん、核兵器からも。

当分、雨には濡れたくないが、これがまた難しい。傘をさしても、脚や腕や背中が濡れる。レインコートにレインハットという出で立ちも、電車に乗ったり店に入ったりする場合を考えれば、現実的ではない。身体全体をすっぽりと防水バリアで覆うというような発明ができないものだろうか。
靴が濡れ、雨が染み込んできて、足がグジュグジュになるのも不愉快きわまりない。そういえば、レインシューズというものがあったな、と思う。長靴ではない。くるぶしぐらいまであるブーツ状のもので、ゴムで出来ている。そのレインシューズがあれば、少々の雨でも平気だろう。
そう思って靴屋を何軒か回り探してみたが、これが今はない! インターネット上では見つけられたが、サイズが合うかどうか分からないので、ネットで靴を買う気にはなれない。撥水(水をはじく)加工、あるいは防水加工をほどこしたものは店頭にある。撥水よりは防水のほうが強力なのだろう。「完全防水」と銘打っているも商品もある。だが、いずれもスニーカー・タイプで、デザインがやたらに派手だ。「これは若い人向けだねえ」と店のお兄さんに言うと、「こういうのもありますよ」とウォーキングシューズのひとつを勧めてくれた。これも完全防水だという。部分的にゴアテックス素材が使われている。つまり、水は入ってこないが、湿気(ムレ)は靴の外に逃がす、というわけだ。予算をオーバーする価格であったが、思い切って買った。
さて、今年の梅雨は、この靴で快適に過ごせるだろうか。

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2011-05-27

イヤーな感じ

テーマ:日常
原発事故の終息は未だ見えてこず、「言った」「言わない」などの馬鹿げた自己保身や勢力争いにウンザリ、ゲンナリしている今日このごろだが、そのこと以上に気になる動きがある。
橋下徹大阪府知事が代表者を務める大阪維新の会が、大阪府下の公立学校教員に対し、「君が代」斉唱時の起立を義務づける条例案を府議会に提出する方針であることだ。また橋下知事は、「立たぬのは府民への挑戦」「起立せぬ教員は免職」「不起立者の実名を公表」などとも述べている。
これは〈強制〉である。国旗国歌法成立の折(1999年)、起立や斉唱を「強制するものではない」という政府側の答弁を何度も聞いた。そのとき、「そんなこと言って、どうせいつかはなし崩しにするつもりだろう」と思ったものだが、その予感が的中してしまった。
「君が代」斉唱時に起立しない教員がいるのは、先の戦争でそれが軍国主義・全体主義とつながっていたからだ。その行為が、良心の問題、思想の自由の問題をはらんでいるのは明らかではないか。それを無視し、蹴散らして国民を総動員したのが先の戦争ではないか。そのことに思いを馳せる教員は、良い教員だと私は思う。
ともかく、とてつもなくイヤーな感じである。またぞろ「非国民」などという言葉が横行するのではないか。個々人の違いを認めず、一方向に〈強制〉するのは、民主主義ではない。後世のためにも、今回の橋下知事および大阪維新の会の方針には、はっきりと反対の意思表示をしておきたい。
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2011-04-08

言葉がない

テーマ:日常
「大阪アジアン映画祭2011」が、なんとか無事に終わろうとしていた3月11日に、あの大震災。それに続く原発事故は、いまだに終息していない。
さまざまな報道の中に、絶望・希望・勇気・献身・無責任・厚顔・卑怯などを見て一喜一憂しているわけだが、それらのことを超えて、このたびの出来事は、私たちの人生観・世界観を揺るがすものだと思う。それゆえに、その時々の気分や感情にまかせて言葉を垂れ流すべきではない、と信じる。よく観て、深く考えなければなるまい。

4月3日の日曜日、ぎっくり腰をやってしまった。たいしたことはないと思っていたら、だんだん痛みが増し、昼食をとったレストランでは、テーブルに手をつかないと立ち上がれないほどになっていた。
かくして日曜の午後から寝たきりで、月曜・火曜もトイレに立つ以外は布団から出られなかった。寝返りを打つのも苦しく、立ち上がるともなれば一大決心が要る。まず腹這いになり、次に四つん這いになり、何かにつかまりながら立ち上がるわけだが、その間にも「ウー」とか「オオッ」という声が自然に出てしまう。われながら情けないが、誰が聞いているわけじゃなしと、思いきり声を上げてみたら、これがけっこう快感で、痛みの軽減にもなるように感じた。
寝てばかりいるのも良くなかろうと(まったくの素人判断デス)、水曜は起きて家の中で過ごした。外出する自信はなかった。木曜から普通の生活に戻ったが、まだ腰のあたりに違和感がある。
ぎっくり腰は何度かやっているのに、「もうこのまま起き上がれないのでは」と不安になったりした。病気で寝たきりの人はいかばかりか、と思う。ともかく、わが身体のヤワさと重さを思い知った。これから先の人生をどう生きるにせよ、もうちょっと身体をしっかりつくらなければ、と痛感した次第。

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2011-02-03

「大阪アジアン映画祭」に向けて

テーマ:映画
先月から急に忙しくなり、今年、映画館で見た映画はまだ2本(『最後の忠臣蔵』と『モンガに散る』)。すべて、目前に迫った「大阪アジアン映画祭2011」(http://www.oaff.jp)の準備のためである。私は印刷物担当で、ポスター、チラシ、公式カタログづくりなどに追われている。上映作品は、関西初上映、日本初上映、海外初上映、世界初上映となるものが多く、情報も限られているため、作品名・監督名・作品解説・人物プロフィールなどの確定に気を使う。これがまた、途中で変更になったりするので、常に気が抜けない。
先月末、ようやくチラシ(といっても16ページもある)が私の手を離れた。次は大物「公式カタログ」づくりである。おそらく、映画祭が始まるまで、この日記もあまり更新できないだろう。映画祭にかかわる者は映画を見られない、という矛盾。しかし、映画祭の日程は決まっていて、そのときに役に立ち、分かりやすく、正しく、美しい印刷物をお届けしたい。またそれは、〈物〉として後世に残るのだ。そのためには、私のプライベートなど、どうだっていいのだ。
事務局の皆さんも、連日深夜までお仕事をされています。それでも、大阪アジアン映画祭がつまらなければ、どうしようもない。でも、今年も凄いんです。ラインナップには自信を持ってます。どうぞ皆さま、これを読まれたら、ぜひ「大阪アジアン映画祭2011」にお越しください。お待ちしております。
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2011-01-06

さて、始めるか

テーマ:日常
年末から東京の叔母が来てくれて、自宅の掃除・洗濯などに大活躍、ようやく人並みの正月を迎えることができた。
せめてもの御礼にと、4日・宝塚大劇場で『ロミオとジュリエット』観劇、宝塚温泉泊、5日・映画『阪急電車』(制作中)の舞台散歩、清荒神参拝、映画『最後の忠臣蔵』(監督:杉田成道)観賞、夕食は中華料理、という具合に接待したが、5日が強行軍すぎて、叔母持参の万歩計が1万6千歩をカウントし、「新記録だわ!」と言っていた。実年齢よりは若く見られる叔母だが、すでに77歳。申しわけないことであった。
その叔母も、今日のゴミ出しを終え、東京へ帰っていった。習っているコーラスの練習日が明日だとかで。
というわけで、私の正月は慌ただしく終わり、今日から本格的に活動開始。とはいえ、まだ年賀状を書いていたりするのだが。その年賀状には《生まれ変わりたく存じます》という一文を入れたのに、まだまだ生まれ変われていない自分に焦っている今日であります。

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2011-01-02

新年早々

テーマ:日常
明けましておめでとうございます。
皆さま、どのようなお正月をお迎えでしょうか。当方は普段のツケがどっと来て、年末から大晦日、元日も仕事。元日の夕方からパソコンで年賀状を作り始め、ようやく印刷という段になって、プリンターが不調。墨文字が2重に印字されるのだ。それでも20枚ほど印刷したが、ついに故障。「こりゃあダメだ。明日にしよう」と撤収。
そして今日、事務所へ来る前に、自宅近くの神社へ初詣。おみくじは「中吉」だった。しかし、プリンターは直らず、とうとう墨文字が印字できなくなってしまった。修理に来てもらっている時間はない。データは出来ているわけで、プリンターをどこかで使わせてもらえればいいのだ。ソフマップへ電話してみたが、そういうサービスはしていないという。仕方なく、シネ・ヌーヴォへ電話。使っていないプリンターがあるけど、たぶんそれで大丈夫、という返事。じゃあ、申しわけないが、データをメールで送るから、印刷できるかどうか試してみてと伝え、返事を待つ。その間に、念のためブラックインクを新しいのと取り替えてみたら、だんだん濃くなって、最後はバッチリ、クッキリ印字できるじゃないか!
なんのことはない、ブラックのインクが完全に無くなっていただけ。なのに、インク切れを示す赤ランプが何故か点かなかったので、分からなかったのだ。
シネ・ヌーヴォに断りの電話を入れ(新年早々、お騒がせしました)、あとはサクサクと印刷して、なんとか宛名書きができるようになった。
というわけで、いま年賀状を書いております。先方様に届くのは2、3日後だと思いますが、どうかご容赦くださいませ。

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2010-12-30

運だめし

テーマ:日常
「東京フィルメックス」リポートは一時中断。仕上げるつもりは継続中。

昨日はシネ・ヌーヴォの運営委員会と忘年会。ヌーヴォ始まって以来の苦しい総括となった。今年が「底」で、来年は少しでもプラスに転じてくれればいいのだが。皆さん、どうぞシネ・ヌーヴォで映画を見てください。上映予定等はこちらで。http://www.cinenouveau.com/
忘年会の後、一人でコーヒーを飲む。どうにも気分が晴れぬ。喫茶店を出て、九条の商店街を歩いていたら、若者たちが大声で騒ぎながらパチンコ屋に入っていった。「そうだ、気晴らしにパチンコでもしてみよう」
パチンコをするのは何年ぶりか。台に向かっても、最新のそれは操作方法がまったく分からない。係員を呼んで、一から教えてもらう。「これじゃあ勝てるはずないな」と思い、1000円分だけ打って帰るつもりでいた。ところが、ビギナーズラックとでもいうか、チンジャラチンジャラと、とめどなく玉が出始めた。台の中がピカピカ光ったり、「リーチ!」と甲高い声で機械が叫んだりで、まぶしくけたたましい。なんだかドキドキする。
あっという間にドル箱がいっぱいになった。そこで止めればいいのに、まだ出そうな気がする。助平根性というやつだ。台の皿から玉がなくなりかけ、あと500円、あと500円と追加するうちに、3000円を使ってしまった。ようやく「さっきのはマグレ」と気づき、どしりと重いドル箱ひとつを換金してもらった。600円ほどのプラス。「なんだ、これだけか」という気持と、「少しでもプラスでよかったじゃないか」という気持が交錯する。これを運だめしとすれば、まずまずの結果だと思うことにした。
さて、バラ10枚、連番10枚を買ってある「年末ジャンボ宝くじ」の結果はいかに。
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