2012-10-21

私のトピックス/その3

テーマ:日常
風邪をひいてしまった。もう10日間ぐらいグズグズしている。本当に辛かったのは数日だけなのだが、どうもスッキリ治ったという感じがせず、そうなると「明日からちゃんとしよう」と思いつつ、ついダラダラしてしまうのだ。
しかし、以前から決まっていた用事があり、今日はそれに押されるようにして出かけた。
まず、帽子作家・池田幸子さんの作品展だ。池田さんとは、シネ・ヌーヴォの字幕朗読上映会(目の不自由な方にも映画を楽しんでもらうために、その情景描写やセリフをボランティアが数人で朗読し、「観客」である目の不自由な方たちには、その音声をヘッドホンで聞きながらスクリーンに向かってもらうという催し)のボランティアに参加してくださったことから知り合った。
池田さんは毎年作品展を開かれていて、聞けば、半年間はそれに出品する作品づくりに充て、残りの半年間は注文を受けた作品づくりに充てるのだという。つまり、一年じゅう自宅兼仕事場でコツコツと帽子をつくっておられるわけである。「職人」に憧れている私だが、風邪ごときで何をする気力も失っているようでは、とても彼女の足下にも及ぶまい。
さて、今日も30点ほどの新作を見せていただいた。すでに池田さんにつくっていただいた帽子は三つ持っていて(春・秋用の焦げ茶のパナマ帽、夏用の生成りのパナマ帽、冬用のグレーのソフト帽)、今日は見るだけのつもりだったが、見ると欲しくなり、ハンチングを注文してしまった。後日、仕事場にお邪魔して素材と色を決め、制作に入っていただくという段取り。値段は3万円前後で、私にとっては安くはないが、すべて手づくりなのだから、その手間を考えれば、良心的な価格設定だと言えよう。
その池田幸子さんの作品展は、明日(22日)まで。心斎橋のホテル日航大阪裏のギャラリー「TK art」(電話06-6282-1456)で11時から18時。ご紹介が遅くなってしまったが、興味のある方は駆けつけてください。

話変わって、10月12日(金)に梅田ガーデンシネマで『ライク・サムワン・イン・ラブ』の最終上映を見た。先月の映画観賞会で同作品を見て、その後の飲み会で、老教授タカシと女子大生のデートクラブ嬢・明子は「した」のか「しなかった」のかで意見が分かれたからだ。
私は「しなかった」派だったが、再見して、悔しいが意見を変えざるを得ない。
その理由1。夜、明子がタカシのマンションに来て、その翌日、ソファーで寝たと思われるタカシが、ソファーの上の毛布をたたむシーンがある。その時、ネックレスだかブレスレットだか、はっきりとは分からないのだが、金色の鎖状のものが、シャリンと床に落ちる。タカシはそれを拾い上げ、カーディガンのポケットにしまう。つまり、明子は一旦眠ったあと、ベッドからソファーに移動し、何事かを「した」と推測できるのだ! あくまで推測なのであるが、このシーンを見た時、「なんでこれを見逃したんだろう」と愕然とし、それは「した」への確信に私を導いたのだった。
理由2。明子に対して、前夜は「あなた」とか「きみ」と呼んでいたタカシが、翌日は「明子」と呼び捨てにしている点。それは、一夜のうちにふたりの距離が(肉体的接触によって)急激に縮まったことを示しているのではないか。
というわけで、『ライク・サムワン・イン・ラブ』には随分楽しませてもらった。キアロスタミ監督の掌の上で遊んでいたようでもある。監督はニヤッと笑っているかもしれない。

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2012-10-09

私のトピックス/その2

テーマ:映画
ノーベル医学生理学賞を受賞された山中伸弥さん、おめでとうございます! まったく面識はないが、お人柄も良さそうだし、大阪人で、講演でも必ず笑いをとることを心がけているというのも嬉しい。
原発問題で脚光を浴びた京大原子炉実験所助教の小出裕章さんもそうだが、学者・研究者の世界には、本当に人類や地球のことを思い、私利私欲なく地道な研究や実験に没頭している人がいるようで、まことに清々しい。

さて、私が主宰する(と言うのもおこがましいが)月一回の映画観賞会は今も続いていて、先月はアッバス・キアロスタミ監督の『ライク・サムワン・イン・ラブ』を見た。見る作品・日時・映画館を私が決め、毎回30人ほどにメールをお送りしているが、来られるのは大体2~3人。この日は、Nさん、Yさん、K先生の3人がお越しになった。
イランの監督が、日本人俳優とスタッフを使い、日本で撮り、日本語で作られた日本・フランス共同製作という作品。侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の『珈琲時光』を思い出したりした。
おもな登場人物は3人で、84歳の元大学教授タカシ(奥野匡)、女子大生のデートクラブ嬢・明子(高梨臨)、その彼氏のノリアキ(加瀬亮)。タカシは亡妻にも似たデートクラブ嬢・明子を自宅マンションに呼ぶが、明子はタカシが用意しておいた食事にも手をつけず、眠いと言いだす。翌朝、タカシは明子を車で大学まで送るが、そこにはストーカー的に明子を束縛しようとするノリアキが待っていて、明子に詰め寄る。タカシはその様子を車の中から見ているが、会話の内容までは分からない。ノリアキはタカシを明子の祖父だと勘違いする。やがて、ノリアキはタカシと明子の関係を知り、タカシのマンションに押し掛けて手荒くドアをたたく。その部屋には明子も居て……。
というような展開が、24時間にも満たない時間設定の中で起こる。説明的なセリフはまったくないので、謎がやたらに多い。そもそも、タカシはどこで明子を見つけたのか。明子を部屋に呼んだ理由は何か。ノリアキはどのようにして二人の関係を知ったのか。しかし、その「二人の関係」すらも曖昧なのである。
それはまるで3人の人生の中に突然飛び込み、わけも分からぬままに一晩と半日付き合わされ、また唐突にそれを打ち切られてしまったような映画体験なのだっだ。キアロスタミ監督は「私の映画は始まりもなく、終わりもない」と語り、また、タカシ役の奥野匡も「撮影に入るときになっても台本はないと言われ、毎日翌日撮影する分だけしかもらえませんでした。だから明子とタカシのあいだに何があったのか、僕らにもわかりません」と語っている。だとすれば、この謎の多さ、曖昧さは監督の意図したことではないのか。つまり、人生とはこういうものだと。

映画を見終わったあとは飲み会と決まっていて、この日も4人で居酒屋へ。見てきた映画の話になることもあれば、まったく触れられないこともあるのだが、この日は映画の話で盛り上がった。なにしろ謎だらけなのだから。たとえば、老教授はなぜ運転中の信号待ちで居眠りをしてしまったのか、という問題について。K先生は歳をとると眠くなるんだと言い、私はノリアキとの対決で実は疲れていたのではと混ぜ返す、という具合。
そんな話をしていると2時間があっという間に経ち、さてそろそろお開きにするかというころ、K先生が携帯のメールに気づいた。なんと、別のYさんが飲み会に合流しようと、どこかで待っているという。みんな青くなった。話に夢中で、4人とも携帯の電源を切ったまま(つまり、映画が始まる前に4人ともお行儀よく電源を切ったということ)だったのだ。あわてて電源を入れたら、私の携帯にもGさんからのメッセージが残っていた。「ヨドバシカメラあたりで時間をつぶしてます」と。というわけで、この日は2人の女性に待ちぼうけをくらわせてしまったのだった。すみませんでした!

翌日の夕方、K先生からメールが来た。「パンフレットを読んでいたら、女性評論家が、朝うとうとしてしまうのは、あの二人がしていたからだと書いていました。なるほど!と膝を打ちました。」とある。えーっ!?と思い、私もパンフレットを読み返してみた。川口敦子さんが《明かりが消えた後、ふたりは何かをしたのか。》と書いているが、「した」とは断定していない。しかし、朝の車の中で明子があくびをしていたことにも言及していて、これは私が見落としていた部分で、ちょっと分からなくなった。だが、タカシがソファーの毛布をたたんでいるカットもあったはずで、それはタカシがソファーで寝たことを示しているのではないか。うーん、これはもう一度見てみなければ。
京都映画祭で、この日のメンバーを交えてまた飲んだ。当然この話になり、K先生とYさんは「した」派、Nさんと私は「していない」派に分かれた。ますます、もう一度見てみなければという気持が強くなった。
もう上映は終わったと思っていたが、大阪では12日まで梅田ガーデンシネマで朝一回だけ(9:50~)上映していることが分かった。もちろん見に行くつもりだが、何度見ても迷うような気もしている。

ところで、タイトルの意味は「恋をしている誰かのように」ということだろうか。なかなか良いタイトルだと思う。私が身近に感じるのは、当然ながらタカシだが、84歳の恋心はまだ分からない。
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2012-10-08

私のトピックス/その1

テーマ:日常
次の衆議院選挙はどうなるのだろう。民主党のていたらくは目に余り、自民党の支持率が上がっていると聞いても「おいおい、またあの利権まみれの社会に逆戻りかい」と思うばかりだし、日本維新の会も橋下人気に便乗した政治家たちの集まりであることがバレてきたし、さりとて当選しそうもない人に投票するのもなあ……。要するに、推したい人や政党がないのである。
こういう政治がらみの話をすること自体、マスコミに踊らされているようで、なんだか後ろめたい。だって、あの震災からの復興は停滞したままだし、原発問題などは後ろ向きに進んでいるようにさえ思えるからだ。原発利権も、相当に根深くしぶとく広がっているのであろう。
まったくうんざりすることばかりなのだが、そんな中で、映画人はけっこう頑張っていると思えるのが救いだ。先日、京都映画祭で見た『なみのおと』(監督:濱口竜介、酒井耕)は、東日本大震災で津波の被害を受けた人々6組の「語り」だけで構成されたドキュメンタリーで、私は王兵(ワン・ビン)監督の『鳳鳴(フォンミン)ー中国の記憶』を連想した。上映時間142分は、ちょっと長かったけど。
『なみのおと』に限らず、『311』(監督:森達也、綿井健陽、松林要樹、安岡卓治)、『大津波のあとに』(監督:森元修一)、『3月11日を生きて~石巻・門脇小・人びと・ことば』(監督:青池憲司)、『相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶』(監督:松林要樹)、『うたごころ~宮城・三陸 女子高校生たちの青春~』(監督:榛葉健)などなど、私が見てきたドキュメンタリー作品はいずれも良質なもので、それぞれに映画制作者たちの真摯な姿勢が伝わってきた。賛否や好き嫌いは当然あるだろうが、うんざり・げんなりすることが多い昨今の世の中で、この映画人による様々な試みと成果は清々しく、見る者に励ましを与えてくれる。
京都映画祭ではほかにも中島貞夫監督の4作品を見、あらためてそのアナーキーな活動屋魂のほとばしりを堪能した。かつて憧れの人だった梶芽衣子さんのトークが聞けたのも収穫だった。スクリーンでの寡黙なイメージとは違い、あんなに喋る人だったとは!

京都映画祭には2日通い、しかも毎晩映画仲間たちと飲むという、楽しく贅沢な時間を過ごしたのだが、私には心配事がひとつあった。それは、自分のビジネスバッグが今にも壊れそうなことであった。バッグを肩にかけるベルトが、バッグ本体から千切れそうになっていたのだ。ベルトは金属製のリングにつながっており、そのリングは2センチ角ぐらいの合成皮革の小片に挟まれ、その小片は糸でバッグ本体に縫い付けられているのだが、その糸がどんどんほつれ、まだ生きているのは1センチほどの縫い目だけ、という状態なのだった。
しかし、そこが切れてしまっても、別の部分についている把っ手で提げればいいのだし、買い替えるのはそれからにしようと思っていた。ただ、いつどこでブチッとくるか分からないので、それが心配なのだった。
そんな気持で2日間を過ごし、やれやれどうやら保ってくれたと安堵しつつ事務所の前まで戻ったちょうどその時、待っていたかのようにブチッ、ドサッときた。合成皮革の小片も飛び散った。しかし、この小片さえバッグにくっついていれば、まだまだ使えるのである。
そこで閃いた。瞬間接着剤を試してみようと。コンビニへ行ってみると、何種類も置いてあった。ゼリー状の「アロンアルフア」を買う。357円だった。指に付着すると大変らしいから、恐る恐る使ってみた。確かに液ダレせず、使いやすい。問題は、これで完璧にくっつくかどうかだ。そのまま一晩おく。
翌朝、見事にくっついていた。力を入れて引っ張ってみても、びくともしない。おそるべし、日本の技術力!
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