2012-08-20

愉快・不愉快

テーマ:日常
不愉快なことは、心に残る。最近あった、いくつかのこと。

たばこ屋で。410円の煙草を一つ買おうと思った。店におばさんは居るのだが、1000円でおつりをもらうのも先方の手間だし、店の横にずらりと並んでいる自動販売機で買うことにした。しかし、自販機から出てきたのは銘柄の違う煙草。値段は同じ410円だ。自覚はないが、ボタンを押し間違えたのかもしれない。取り替えてもらおうと思い、店頭でおばさんに「これ、違うのが出てきてしまったんで、取り替えてもらえますか」と言うと、「いや、そんなはずはない」と言う。そう言われても、実際に違うものが出てきてしまったわけで、「ボタンを間違えたのかもしれませんが……」と言うと、「それは見えないから、こっち(店頭)で買ってください。パチンコで取ったのを持ってきたりする人がいるんで。あなたがそうだと言うんじゃないけど」と言いつつ、しぶしぶ取り替えてくれた。そういうこともあるのかもしれないが、気分は良くない。それに、パチンコ屋で取ってきたものを取り替えたとして、たばこ屋に何か損はあるのだろうか。
別の日、同じたばこ屋で。410円の煙草を三つ買おうと思った。今度は仰せのとおり、店頭で1530円を出した。おつりは300円だ。ところが、おばさんは200円しかよこさない。「え、三つで1230円じゃないの?」と言うと、「え~っと。あ、すいません」と100円玉を手のひらに載せてくれた。わざと間違えたのだとは思わないが、もうあの店では買わない。
コインランドリーで。最近のコインランドリーは進歩していて、洗剤も要らない(洗剤は自動で投入される)し、洗濯機から乾燥機に移す必要もない。機械に洗濯物を入れ、お金を入れ、ボタンを押したら、1時間後には仕上がっているのだ。ただ、経験上、きっちり1時間ではなく、1時間と1~2分は機械が動いている。それを見越して、この日も1時間をちょっと過ぎてから無人の店に再び出向いた。ところが、機械はまだ動いている。おかしいなと思ってよく見ると、私のシャツやパンツが機械から出され、機械の前のワゴンにぶちまけられているではないか! これって、どう考えてもルール違反だろう。おそらく、私の機械が空くのを待っていた人が、機械が止まると同時に私の洗濯物を勝手に取り出し、自分の洗濯を始めたのだろう。確かに、機械が止まってもなかなか洗濯物を取りに来ない人はいる。しかし、私の場合はたかだか2~3分遅れただけだ。私なら、機械が止まって15分待っても取りに来る人がなければ、その日の洗濯は諦めただろう。そういうことを言ってやりたかったが、当の本人は影も形もなく、コインランドリーの機械がぐるんぐるんと動き続けているだけなのだった。

このように、小さなことで人は不愉快になる。だから、できるだけ人に不愉快な思いをさせないよう、道を歩くときにも注意はしているつもりだが、さて、どこまでできているだろうか。
愉快なことも、なくはない。ふたつ思い出した。

蕎麦屋で。その店は、以前仕事をしていた会社の近くにあり、よく行っていたのだが、その仕事がなくなり、とんと行かなくなっていた。とはいえ、今いる事務所からそう遠いわけではない。ある日、店の前を通りかかったので、久しぶりに寄ってみた。ご家族でやっている、小さな、ごくフツーの蕎麦屋だ。まずおばさんが気づいてくれ、「まあ、めずらしい。ちょっとお太りになりました?」と声をかけてくれた。出前から戻ってきた寡黙な息子さんも、ニッコリと笑顔を見せてくれた。ざるそばを食べていると、おばさんが前の席に座り、「最近どうしてはりますの」と近況を尋ねてくれる。こちらの顔を覚えていてくれればいいや、というぐらいの気持だったので、悪い気はしない。帰り際には、調理場からご主人も出てきて、三人で見送ってくれた。私など、上客でもなんでもないのに、客商売とはこういうことかと感慨深いものがあった。今度は、あの店で、蕎麦焼酎のそば湯割りなどで一杯やりたいなあ。
8月16日のこと。来年の「大阪アジアン映画祭」の準備のために、プログラミング・ディレクターの暉峻創三(てるおか・そうぞう)さんが来阪された。3月の当日記にも書いた「私の一本」、『セデック・バレ』の日本公開が決まったという。来年の5月ごろになるらしいが。今年の3月17日、私はウェイ・ダーション監督の舞台挨拶の進行役を務め、「この映画、台湾では昨年の9月に公開され、大きな反響を呼んだと聞いております。日本での公開はまだ決まっておりません。前・後編を合わせると4時間半にもなりますが、ここに配給会社の方がおられましたら、ぜひご検討いただきたいと思います。台湾と日本で公開されてこそ、この映画は完結したと言えると思いますので」と発言したので、こんなに嬉しいことはない。わがシネ・ヌーヴォで上映できればさらに嬉しいのだが、それはまだ分からない。ともかく、『セデック・バレ』という映画タイトルを覚えておいてほしい。
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2012-08-09

木下惠介を見直す

テーマ:映画
シネ・ヌーヴォで「生誕百年 木下惠介監督全作品上映」が始まっている。全49作品が一挙に上映されるのは、世界初。しかも東京発ではなく、この大阪だけの企画である。
木下惠介といえば『二十四の瞳』『喜びも悲しみも幾歳月』あたりが有名で、抒情的でセンチメンタルというイメージが強いかと思う。私もそう感じていた一人だが、今回あらためて見直してみて、それだけではない幅の広さと透徹した人間観察眼に驚いている。
『お嬢さん乾杯』『破れ太鼓』などはコメディで、しかも実に上質なセンスの良い笑いに接することができる。
『二十四の瞳』にしても、小豆島の美しい風景(余談になるが、今日8月9日は長崎に原爆が落とされた日。それを教訓として生かせず、再びこの風土を放射能で汚してしまったのかと、木下作品の美しい風景を見るたびに思う)、無垢な12人の子どもたちと大石先生との心温まる交流だけでなく、当時の貧困、太平洋戦争へと突き進んでいく世相の息苦しさ、そして戦争の悲惨さ理不尽さもきっちりと描かれている。
『少年期』という作品も素晴らしい。ここにも戦争が影を落としているが、疎開した家族を通して、価値観を押し付けられることの怖さ、それでも節を曲げない人間の潔さ誇り高さを、静かに映し出している。
『惜春鳥』もいいなあ。中学時代に仲の良かった5人の青年が、20歳ぐらいになって再び集う。しかし、それぞれの経てきた人生があり、もう昔と同じ5人ではない。将来を嘱望されていた一人は、詐欺事件にかかわって逮捕される。貧困の苦しさを知っている一人は、見合いの相手が友の好きな人だと知りながら、条件の良いその話に乗る。しかし、とことん友に尽くし、守ろうとする一人もいる。8月4日にシネ・ヌーヴォでトークをしてくださった追手門大学名誉教授の佐々木徹さんは、その著書『木下恵介の世界』の中で《『惜春鳥』は、友情の挽歌である。》と書いておられる。言い得て妙、という言葉が浮かんできた。
木下監督の実験精神・チャレンジ精神にも舌を巻く。オールロケで、登場人物はほぼ男と女の2人だけという『女』。そうかと思えば、オールセットで歌舞伎仕立ての『楢山節考』。相思相愛の人がありながら、犯された男の妻にならざるを得なかった女の情念を描いた『永遠の人』では、なんとフラメンコが映画音楽に使われ、しかもその歌詞は日本語!
『日本の悲劇』『女の園』などは、山本薩夫も真っ青の社会派作品と言ってもいいだろう。
というわけで、何を見ても面白く、作品ごとに期待も高まるのだが、今のところ「私の」木下作品は『野菊の如き君なりき』である。泣くもんか、泣くもんかと思いつつ、最後にはこらえ切れずに涙してしまう。こんなにうつくしく、陶酔できる恋愛映画があるだろうか。政夫と民子の健気さ、他者への思いやり、秘められた一途さがたまらない。それゆえ、流す涙でこちらの心が洗われてゆくように思えるのだ。
「生誕百年 木下惠介監督全作品上映」は、9月7日までシネ・ヌーヴォでやってま~す。
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