2011-09-13

それでも人生は続く

テーマ:日常
先日の日曜日、横浜で母の十三回忌法要を済ませた。集う親戚も少なくなり(亡くなったり、病気だったり、歩くのが困難だったりで)、私も含めて5人で母を追善した。さすがにもう参加者に涙はなく、私自身も「これで父も母も十三回忌まで行なったな」と、長男としての役目を一応は果たしたという安堵感のほうが大きかった。
それでも、母について考えるとき、「愛」が、それも「無償の愛」という言葉が浮かんでくる。親の期待に添えず、親から見れば、脇道にそれたり、脱線したりすることの多い我が人生だったと思うが、母はどんなときにも、心配こそすれ、常に私の味方であってくれた。「愛」とはこういうものかと、身をもって教えてくれた母には、感謝するしかない。
そんな不肖の息子も還暦を迎えた。今後は、両親が注いでくれた「愛」を基本に、どこまでそれを多くの人に広げていけるかが私の課題だと思っている。チョー難しいことだけれど……。
おりしもこの日は、3・11の東日本大震災から6カ月、あの9・11の惨事から10年という節目の日でもあった。なんという時代、なんという国土に私たちは生きているのだろう! 世界を覆う憎悪は衰えることを知らず、地震と津波による被害からの復興は未だ見通しが立たず、原発事故による永きにわたる影響は計り知れない。そんな中で、この小さな自分に何ができるかと考えると、無力感に押しつぶされそうになるのだが、自分にできる範囲で、できることをやっていくしかあるまい。諦めることなく、少しずつ、死ぬまで。
今日の朝日新聞に、藤原新也が次のようなルターの言葉を紹介していた。《たとえ明日世界が滅びようと、わたしは今日林檎(りんご)の木を植える》と。これも難しいことだが、そんな覚悟で生きられれば、と思う。

さて、寺での法要を終え、車で市営墓地に向かった。何年ぶりかに見る我が家の墓は、傷みが目立つ。墓の境界になっている石造りの低い柵が、風化してボロボロになっているのだ。墓が建てられてから50~60年ほど経っているそうだから、それも仕方ないのだろう。誰が言いだすでもなく、「危ないし、直さなくちゃね」という話になった。「え~、誰がその費用を出すんだよ」と思ったが、口には出せない。帰りに石屋へ寄り、見積もりを頼んだ。「傷んでいる石だけ取り替えてもらえれば」と言ってみたが、向こうも商売。「いや、それは柵全体を直さなきゃ駄目ですよ」ときた。プロを相手に反論もできない。見積書は私あてに送られてくる。やれやれ。
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