2010-12-30

運だめし

テーマ:日常
「東京フィルメックス」リポートは一時中断。仕上げるつもりは継続中。

昨日はシネ・ヌーヴォの運営委員会と忘年会。ヌーヴォ始まって以来の苦しい総括となった。今年が「底」で、来年は少しでもプラスに転じてくれればいいのだが。皆さん、どうぞシネ・ヌーヴォで映画を見てください。上映予定等はこちらで。http://www.cinenouveau.com/
忘年会の後、一人でコーヒーを飲む。どうにも気分が晴れぬ。喫茶店を出て、九条の商店街を歩いていたら、若者たちが大声で騒ぎながらパチンコ屋に入っていった。「そうだ、気晴らしにパチンコでもしてみよう」
パチンコをするのは何年ぶりか。台に向かっても、最新のそれは操作方法がまったく分からない。係員を呼んで、一から教えてもらう。「これじゃあ勝てるはずないな」と思い、1000円分だけ打って帰るつもりでいた。ところが、ビギナーズラックとでもいうか、チンジャラチンジャラと、とめどなく玉が出始めた。台の中がピカピカ光ったり、「リーチ!」と甲高い声で機械が叫んだりで、まぶしくけたたましい。なんだかドキドキする。
あっという間にドル箱がいっぱいになった。そこで止めればいいのに、まだ出そうな気がする。助平根性というやつだ。台の皿から玉がなくなりかけ、あと500円、あと500円と追加するうちに、3000円を使ってしまった。ようやく「さっきのはマグレ」と気づき、どしりと重いドル箱ひとつを換金してもらった。600円ほどのプラス。「なんだ、これだけか」という気持と、「少しでもプラスでよかったじゃないか」という気持が交錯する。これを運だめしとすれば、まずまずの結果だと思うことにした。
さて、バラ10枚、連番10枚を買ってある「年末ジャンボ宝くじ」の結果はいかに。
AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事
 もっと見る >>
2010-12-17

「東京フィルメックス」リポート/その5

テーマ:映画
このリポート、読者のほとんどが見ていない映画について書いているので、読むほうは面白くないだろうと思うが、乗りかけた船なので最後までやってしまいたい。いましばらく、お付き合いください。

『Peace』監督:想田和弘
『選挙』『精神』などのドキュメンタリー作品で知られる想田和弘監督の新作。
監督の義理の父母・柏木寿夫と廣子は、岡山市で介護ヘルパーを派遣するNPOを運営している。意義ある仕事だが、運営は楽ではない。キャメラは、二人の仕事と生活に密着する。
白眉は、ヘルパーが訪問するお年寄りの一人、橋本至郎氏の存在だ。撮影時91歳で一人暮らし。肺ガンの末期だが、両切りのピースを愛煙し、経済的な理由から入院せず、自宅療養。その自宅がすごい。ベッドひとつが、生活空間をほぼ占領している。流しの石鹸はネズミにかじられ、部屋にはダニだかノミがいるらしく、訪問ヘルパーは虫除けスプレーを欠かせない。
つまり、このご老人、地位も名誉も家族も財産もないのだが、人格的に素晴らしいのだ。ヘルパーが来るときには、シャツとネクタイを着用する(ズボンをはいていなかったりするが)。病院へ連れて行ってもらうと、看護師さんたちから親しく声をかけられ、「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申しわけありません。早くあの世へ行きたいのですが、こればっかりはどうしようもなく、ご迷惑をおかけしております」などと言うのだ。これは、20年後、30年後の自分の境遇かもしれない。ならば、せめてこの橋本老人のように達観してありたい、と思った。おそらく、もう亡くなっているだろう。ご冥福を祈る。
今回の東京フィルメックスで、観客賞を受賞。

『ふゆの獣』監督:内田伸輝
同じ職場で働く4人の男女の恋愛模様。ありがちな設定だけど、心理描写や会話の密度がハンパではない。
シゲヒサとユカコは半同棲のような関係。しかし、シゲヒサはアルバイトのサエコと浮気している。そのサエコはノボルと何度かデートし、ノボルから告白もされるが、「友達以上には思えない」と拒否している。ある日、シゲヒサの煮え切らない態度に疲れ果てたユカコが地下道でうずくまっているところにノボルが通りかかり、話を聞いているうちに……。
こう書いても、やはり凡庸な話ではあるが、男を問い詰める女、言い訳から逆ギレになる男、ようやく告白する気弱い男、自分に正直に(?)拒否する女などの会話のリアルさ、ときに「そんな自分勝手な」と言いたくなるような、しかし身に覚えがあるような心理展開に納得し、その描写に舌を巻いた。
内田監督は、インディペンデント映画の世界では有名な人らしい。この映画も超低予算で作られたとか。人物設定と場面(シーン)は監督が考え、そこに俳優たちを放り込んで、会話は全部アドリブだという。名前も知らない4人の俳優(佐藤博行、加藤めぐみ、高木公介、前川桃子)が、それぞれに見事だ。
今回の東京フィルメックスで、最優秀作品賞を受賞。

『夏のない年』監督:タン・チュイムイ
「マレーシア映画新潮」に連なる映画か。悠然たる長回しの、映像詩のような美しく静かな画面が、延々と続く。あまりの心地よさに眠ってしまい、もう一度見たが、やはり少し眠ってしまった。
タン・チュイムイ監督は驚くほど若いお嬢さんだった。自分の故郷である海辺の村スンガイ・ウラでこの作品を撮ったという。
アザムという男が、30年ぶりに故郷の村を訪れる。かつての親友アリとその妻ミナは、温かく彼を迎える。三人は夜釣りに出かけ、少年時代の思い出や村に伝わる人魚伝説などの話をする。映像は、彼らの少年時代を描いたりもするが、これといったドラマは起こらない。アザムは村を出て歌手になったらしいが、それほど有名でもないようだ。何も起こらず、何もなく、しかし海や森は限りなく美しい。それでいいじゃない、それが大切、と監督は言いたいのか。あまりに抑制がききすぎていて、何を言いたいのか分からない映画になっていると思う。しかし、忘れがたい映像である。

今日はここまで。では、また。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2010-12-14

「東京フィルメックス」リポート/その4

テーマ:映画
ほぼ毎日、ホームページを更新している人がいる。しかも長文。仕事もあるだろうに、いったいいつ書いているのだろう、どれだけ時間をかけているのだろう、と思う。私など、このリポートに四苦八苦しているというのに。
遅筆の言い訳(?)はこれくらいにして、先を急ごう。「コンペティション」作品の続きです。

『独身男』監督;ハオ・ジェ
中国・河北省の山深い村が舞台。60歳前後の「独身男」たちが、村の辻で何をするでもなくダベっている。仕事(農業)もしているようだが、あまり忙しくはないらしく、しかし収入はそれなりにあるようだ。彼らがなぜ独身なのか、詳しくは語られないが、要するに嫁の来手がないということだろう。そして、その村の不思議な人間関係が描かれていく。
独身男の一人・ラオヤンは、昔の恋人で今は村長の嫁になっているアーヤートウと関係をもっている。それが「これ、ちょっとお裾分けね」とか言いながら家に来た女が、ためらいもなく寝床に上がり込み、「時間がないから早くしよ!」などと言うのだ。しかもこのアーヤートウさん、ほかの独身男とも関係があり、知らぬは亭主ばかりなり、なのである。そのあたり、なんとも大らか。必要から生まれた慣習であろうか。あるいは、所変わればモラルも変わる、ということか。
また、ラオヤンが、四川から連れてこられた若い女を6000元(約7万5000円)で嫁に買うというエピソードもある。しかし、この女がラオヤンに懐かず(当然か)、逃げ出そうとする。実際に逃げてしまった例もあるようだ。あげく、村の若い男がこの女に惚れ、「俺の嫁に欲しい」と言いだして村じゅうがすったもんだ。なんともおかしく、哀しい話ではある。
つまりこの映画は、私たちがまったく知らなかった中国農村部の人々の実態をあからさまに見せてくれる。監督自身もこの村の出身で、出演しているのも、四川から来た若い女(女優)を除いて全部村人なのだという。脚本も村人たちと練ったそうだ。それもまた大らかと言うか、ほほえましい気がするが、中国本土では上映できないんだろうねえ。
ラスト、二人の独身男がしゃがんで、夕暮れの山並みを眺めながら交わす会話が秀逸!
今回の東京フィルメックスで、審査員特別賞を受賞。

ああ、今日も一本しか触れられなかった。このリポートがいつ終わるのか、私は知りません。
AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2010-12-13

「東京フィルメックス」リポート/その3

テーマ:映画
一日が、またたく間に過ぎる。日参していた「水俣から沖縄へ 西山正啓フィルモグラフィー展」も10日に終わり、期間中は大阪におられた西山監督も福岡へ帰られた。
「大阪アジアン映画祭2011」のプレイベント、映画字幕翻訳講座 in 大阪大学箕面キャンパスは10日(箕面キャンパスは遠かった~)、グル・ダット監督特集は11日(『渇き』は傑作!)、キム・テシク監督特集は12日(キム監督作品のユーモアが好き)に無事終わった。
それぞれについて書きたいのだが、まだ「東京フィルメックス」リポートが残っている。まあ、誰も読んではいないだろうから気楽なものだが、ぼちぼち片付けていくことにしよう。というわけで、今日から「コンペティション」作品について。

『愛が訪れる時』監督:チャン・ツォーチ
台北で食堂を営む一家の娘・ライチュンが主人公。母が怖いぐらいにテキパキと采配をふるう。父親は頼りない。さらに、生みの母が従業員として働いている。妹が一人。そして、生みの母は仕事中に一家で初めての男の子を出産する。食堂のフロアでの出産というドタバタ、その複雑な人間関係を実にうまく見せる。
主人公のライチュンは常に仏頂面で、弟の誕生にも興味なく、不良っぽいボーイフレンドと遊ぶのに夢中。だが、自分の妊娠に気づくところあたりから変わってゆく。男に逃げられ、パニックになるが、父・母・生みの母それぞれの愛情に気づき、支えられ、産むことを決意する。ライチュンの仏頂面が徐々に変わっていくところが見どころ。
いつも優しい祖父、妹の彼氏になる郵便配達人の存在は『恋恋風塵』を、海の見えるプラットホームは『悲情城市』を連想させ、ホウ・シャオシェンの影響を強く感じた。台湾・金馬奨で最優秀作品賞、最優秀撮影賞、最優秀美術デザイン賞を受賞。

ああ、もう出かける時間。残念ながら、今日はここまで。


いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2010-12-03

「東京フィルメックス」リポート/その2

テーマ:映画
もう12月か、焦るなあ。とりあえずは、このリポートを片付けてしまおう。先日の続きで「特別招待作品」の後半です。

『海上伝奇』監督:ジャ・ジャンクー
《前作『四川のうた』(08)のスタイルを踏襲し、18人の人物へのインタビューによって上海の近代史を振り返るドキュメンタリー》(公式カタログより)なのだが、その18人がほとんど知らない人で、また上海にもそれほど興味がなく、見終わって「勉強不足で、すみません」という気持になった。ジャ・ジャンクー作品ではおなじみの女優チャオ・タオが、狂言回し風にときどき現れるのだが、セリフはなく、これという表情もなく(わざとそうしているのだろうが)、その意図がよく分からなかった。ジャ・ジャンクーは大好きな監督だけに、その新作に感動できなかった自分が情けなかった。
しかし、ユー・リクウァイのキャメラは見事で、どの映像も濡れているような情感をたたえていた。

『トスカーナの贋作』監督:アッバス・キアロスタミ
キアロスタミ作品なのに、これもちょっと残念な印象。ただ、『海上伝奇』のように自分のほうに非があるとは思えなかった。
イタリア・南トスカーナ地方の小さな村に、イギリス人作家が講演に来る。そして、その村でギャラリーを経営しているフランス人女性と恋に落ちる。二人は美しい秋のトスカーナにドライブに出掛ける。楽しい会話、歴史ある風物、立ち寄った小さなレストランでは夫婦に間違われる。映画はここで飛躍する。出会ったばかりのはずの二人が、まるで何十年も連れ添ってきた夫婦のような会話・態度になるのだ。特に女性のほうが。「男と女って、結局はこういうものだよね」と監督は言いたいのかもしれないが、こちらにすれば、そういう痴話喧嘩や女の愚痴はもうウンザリなのである。
女をジュリエット・ビノシュが、男をバリトン歌手のウィリアム・シメルが演じている。ビノシュはあまり魅力的に見えず、シメルは俳優ではないためか、演技のうえでも完全に受け身になっている。

『妖しき文豪怪談』4人の監督によるオムニバス
「片腕」監督:落合正幸 原作:川端康成
「葉桜と魔笛」監督:塚本晋也 原作:太宰治
「鼻」監督:李相日 原作:芥川龍之介
「後の日」監督:是枝裕和 原作:室生犀星
4本の中では「片腕」が印象深い。フェティシズムとはこういうものか、と思った。まことに女性の肉体は、部分でも美しい。そしてその美しさはエロスに通じている。
「葉桜と魔笛」主演の河井青葉は、自主映画ではよく見かける女優さんだが、昭和の女性の健気さ、はかなさをよく出していたと思う。

『冷たい熱帯魚』監督:園子温
これはすさまじい映画でした。小さな熱帯魚店を営む平凡な男・社本(吹越満)がいる。思春期の娘は若い後妻に反発し、妻も現状に満足していない。娘が万引きをしたことから、男は大きな熱帯魚店を経営している村田(でんでん)と知り合う。これが口八丁手八丁、カリスマ的な引力を持つ男で、気弱な社本はどんどん巻き込まれていく。村田は平気で殺人を犯し、その死体を「消して」しまう技術を持っているのだ。つまり、肉体を細かく細かく切り分けて肉片にし、魚の餌にする。骨は焼いて砕き、粉にして捨てる。それを手伝わされる社本。やがてカタルシス(?)に至るのだが、弱みを握られているわけでもないのに、そこまで巻き込まれる理由が分からない。
実際にあった事件をヒントにしているというのだが、どこまでが実際にあったことなのか。作り物とは分かっていても、死体の解体シーンは気持のよいものではない。私の前の席の女性は、何度も顔を伏せていた。監督は「絶対的な悪を描いてみたかった」と語っていたが、確かにでんでんは怪演。

『ミスター・ノーバディ』監督:ジャコ・ヴァン・ドルマル
脚本執筆に7年を費やしたという、複雑な構造を持つ作品。120歳の老人が死を迎えようとしている。その脳裏に、それまでの長い人生が回想される。だが、それは単純な回想ではなく、「あのとき、こうであればどうなっていたか」という仮定も含まれているのだ。そんなことを考え始めたら、人生なんてどうにでもなるわけで、私には頭でこねくり回した映画、としか思えなかった。やはり私が乗れなかった『エターナル・サンシャイン』(2004年、監督:ミシェル・ゴンドリー)や『脳内ニューヨーク』(2008年、監督:チャーリー・カウフマン)を思い出した。最後にはオチもついているのだが、それも「なんじゃそれは」と、納得できなかった。
しかし、帰りのエレベーターで知り合いの映画評論家と遭遇し、彼は「面白かった」と言っていたから、見方を変えれば面白いのかもしれない。「僕は駄目でした」と言ったきり別れてしまい、あとから「どこが面白かったですか」と訊いてみるべきだったと思ったりした。

ようやく「特別招待作品」が終わりました。次は「コンペティション」作品について。

12月1日から、シネ・ヌーヴォで「水俣から沖縄へ 西山正啓フィルモグラフィー展」を見ている。これも実に重要なドキュメンタリー作品群で、「東京フィルメックス」を片付けたら、書いてみたい。興味のある方は、以下をご参照ください。
http://www.cinenouveau.com/sakuhin/nishiyama
2010/masahiro_nishiyama.html
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。