2010-11-30

「東京フィルメックス」リポート/その1

テーマ:映画
11月20日の初日から28日の最終日まで「第11回東京フィルメックス」を見てきた。近年、私が最も面白いと思っている映画祭のひとつ。サブ企画にあたる「ゴールデン・クラシック1950」を除いて全作品を見てきたので、簡単にご紹介したい。今後劇場公開される作品も多く、参考にしていただければ幸いです。
かつて『カンヌ映画通り』(1981年、監督:ダニエル・シュミット)という映画があった。その主人公の少女のごとく、映画祭の華やかさと一観客にすぎない孤独を感じた。しかし、そういう個人的感情を書いていたら切りがないので、映画の感想だけに絞る。まずは「特別招待作品」から。

『溝』監督:ワン・ビン
圧倒的な映画の力! 見逃したら損。私は2回見た。『鉄西区』『鳳鳴ー中国の記憶』で知られるドキュメンタリー作家ワン・ビンが初めて手がけた長編劇映画。1950年代末の中国。「右派分子」のレッテルを貼られた人々がゴビ砂漠の労働キャンプに送られてくる。厳しい自然、肉体労働、粗末な食事。その食料も、やがて底をつく。人がバタバタと死んでゆく。しかし、そこから逃れる術はない。そんな中、ひとつの事件をきっかけに、かすかな「希望」が動きはじめる……。
何もない大地の果てに、いつも地平線が見えている。大きな空は抜けるように青く、雲が自在に遊んでいる。なのに、地表の人間世界は地獄絵図、という皮肉と哀しさ。

『ブンミおじさんの森』監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
監督は《人間や植物や動物、そして幽霊たちの間で魂が転生すると信じています》(公式カタログより)と語っている。これも、まさにそんな映画。そこがユニークで面白い。夕食の席に、亡くなった妻が現れたり、行方不明になっていた息子が猿人(?)に姿を変えて現れたりする。周りは驚くふうでもなく、「おまえ、ずいぶん毛深くなったね」などと言うのだ。そのユーモアがたまらない。なんだか、ゆったり、のんびり、許されているような気分になり、人生ってこういうものなのかもな、と思えてくる。映画の可能性、豊かさ、大きさを感じた。タイの深い森、漆黒の闇も忘れがたい。今年のカンヌ国際映画祭で、最高賞のパルム・ドールを受賞している。

『幻の薔薇』監督:アモス・ギタイ
《ユダヤ人的な要素を全く含まない初めての劇映画》(公式カタログより)というアモス・ギタイの新作は、1950年代に生きたある夫婦の物語。若い二人はパリで新しい生活を始める。妻マージョリーヌは豊かな生活に憧れ、クレジットで次々と買い物をする。夫のダニエルはバラ園の跡取り息子で、バラの研究に没頭したいのだが、彼女の浪費癖は彼が望む平穏な生活を脅かす。当然、破局が訪れる。しかし、マージョリーヌは買い物をやめない。
普通に考えれば、夫のほうが正しいのだが、後半のダニエルは妻を冷笑するような態度で、ちょっと嫌な男に見える。それはマージョリーヌが「消費社会の申し子」で、この時代の先端を駆け抜けているからかもしれない。50年代のファッション、家具調度がよく再現されている。素晴らしいのは、マージョリーヌを演じたフランスの新星レア・セドゥと、長いワンカットのラストシーンだ。

『The Depths』監督:濱口竜介
韓国で写真家として成功しているペファンは、旧友の結婚式に出席するため日本にやって来る。だが、式の当日、花嫁が姿を消す。実は同性愛者だったのだ。ペファンは偶然その事実を知ってしまうが、失意の旧友には言えず、しばらく彼の写真スタジオを手伝うことにする。そこに、男娼のリュウがプロフィール写真を撮りにくる。ペファンはリュウにモデルとしての資質を感じ、一緒に韓国へ行かないかと誘うのだが……。
ペファン、旧友、リュウの間に、男同士の友情と愛情が絡み合う。ペファンは韓国語のみ、リュウは日本語のみ、旧友は韓国語と日本語が話せるという設定。つまり、《人は国籍や、言葉や、文化を越えて理解し合うことができるだろうか》(公式カタログより)という問題をはらむのだが、事はそう簡単ではない、という展開に納得できた。ペファンを演じたキム・ミンジュンの存在感が大きい。
上映のあとにはQ&Aの時間が設けられ、監督や出演者が舞台に現れるのだが、濱口監督を見て、「ああ、あの人か!」となった。今年3月の「シネ・ドライヴ」で上映され、凄い作品だと思った『何食わぬ顔』(2003年)の監督だったのだ。その分、私の『The Depths』評価は高くなった。

『詩』(仮題)監督:イ・チャンドン
傑作『オアシス』(2002年)、佳作『シークレット・サンシャイン』(2007年)の監督作品で、大いに期待していたのだが、最終日の最後の上映(つまりクロージング作品)で、いささか疲れ、肝心の部分で少し眠ってしまった。なので、以下に書くことは、あまりあてにできない。劇場公開されたら、また見るつもり。タイトルは、たぶん変更されるだろう。
韓国・漢江沿いの郊外の町で、中学生の孫と二人で暮らしているミジャは、60代の女性。いつも身ぎれいにして、周りからは「おしゃれ」と言われている。介護のアルバイトをし、つましく暮らしている。だが、孫の男の子は何を考えているのか、よく分からない。それでも孫のために食事を作り、仕事にも誠実に取り組む。その健気な生き方に感動するし、ミジャを演じているユン・ジョンヒが素晴らしい。
しかし、人生は過酷だ。ミジャはアルツハイマーの初期だと診断され、孫はイジメ自殺の加害者側に加わっていたことが分かってくる。そんなミジャの救いとなるのが、カルチャーセンターで出会った詩の創作という設定なのだが、ここにちょっと無理があるように思われ、素直に入っていけなかった。「詩」が生きる力になり得るということ、頭では理解できるのだが。ともかく、もう一度見てみなくては。

今日はここまで。まだ「特別招待作品」の半分です。この調子だと、最後までたどり着くのに数日はかかりそう。

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2010-11-04

実感

テーマ:ヨーガ
朝の目覚め、スッキリ。心も体も軽くなったような気がする。昨夜、20日ぶりに参加したヨーガ教室の効果だと思う。
「痩せるために頑張る」なんて書いた(10月13日)のに、まったくできず(案の定と言うべきか)、自己嫌悪に陥っていたのだが、そんなドンヨリした気分も一発で吹き飛んだ。
やっぱりヨーガは凄い! それを実感できただけでも、この20日間の停滞は意味があったと考えよう。
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2010-11-01

言霊

テーマ:読書
毎日放送(MBS)のドキュメンタリー番組「映像‘10」で、『映像30年史・前後編』を見た。「映像‘10」は、月1回(第3日曜)の深夜枠ではあるが、「映像80」から30年続いてきているという。『映像30年史』はそのダイジェストで、主要な作品のサワリだけしか見られないのが残念だったが、題材は在日・戦争・ハンセン病・阪神淡路大震災など多岐にわたり、制作者たちの志を感じることができた。
ディレクター、プロデューサーとして、その初期の作品群を牽引されてきた温井甚佑(ぬくい・じんゆう)さんは知り合いでもあり、そのご著書『神戸新開地 幸福荘界隈~たかがテレビ されどテレビ』(アットワークス)をネットで購入した。
ケセラセラ通信日記-神戸新開地 幸福荘界隈
本書のタイトルになっている『神戸新開地 幸福荘界隈』は温井さんの代表作といわれ(残念ながら未見)、そのほかに13本の作品のシナリオも収録されている。まだ全部読んではいないのだが、その巻頭に次のようなエピグラフがあった。

死を求めもせず
死を辞しもせず
獄にあっては
獄で出来る事をする
獄を出ては
出て出来る事をする
時は云はず
勢は云はず
出来る事をして
行き当つつれば
また獄になりと
首の座になりと
行く所に行く

これは吉田松陰の獄中書簡からの引用であるという。久々に言霊(ことだま)という語を思い出した。さて私も、及ばずながら《出来る事をする》ことにしよう。

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