2009-02-26

お葬式

テーマ:日常
2月21日(土) シネ・ヌーヴォ運営委員Oさんのお母さんが亡くなったというので、同代表の景山とお葬式に行った。Oさんとは、19日にシネ・ヌーヴォでばったり会い、『キャラメル』を一緒に見て、その折「母親がちょっとボケてきてねえ」という話をうかがったばかりだったので驚いた。ボケてはきても、お元気なんだろうと思っていたのだ。その日の深夜に突然亡くなったそうだから、心不全か何かだったのかもしれない。
大阪駅で景山と待ち合わせ、JR関空快速で和泉府中まで行く予定だったが、約束の時間に私が遅れた。大阪駅へ行く前に洗濯屋へ寄ったのだが、数歩の違いで若い男に先を越され、こやつが14点も洗濯物を出したのだ。その上、レジを打つ女の子がまだ慣れていないらしく、やたらに時間がかかる。駅へ急ぐ途中で景山に電話し、切符を買っておいてもらったが、ホームに駆け上がると、ちょうど列車が出たところだった。気が急くので、環状線で天王寺まで行ってみたが、結局、大阪駅から来た次の関空快速に乗ることになった。
景山は和泉府中駅周辺の地図を持っていたが、これが分かりにくく、午後1時からの葬儀はもう始まっているという焦りもあって、タクシーに乗った。悪いことは重なるもので、「歩いて行けまっせ」と言っていた運転手が、車を止めて地図を開いている。なんだ、よく知らなかったのか!? 入り組んだ路地の奥で車を降り、少し歩いてD寺へ。Oさんは、このD寺の住職でもあるのだ。大きな寺だが、境内は狭いらしく、参列の人たちが路地にたくさん並んでいる。葬儀はまだ始まっていないようだ。記帳を済ませ、その列の最後尾につく。地元の人たちなのだろう、周りは知らない顔ばかり。その人たちの会話を聞くともなく聞いていると、うんざりしてきた。互いの家族構成や個人的問題も、よく知っているようだからだ。身内のように親しいとも言えるが、そういう濃密な人間関係は、私にはうっとうしい。住職を継ぐのが嫌で東京の大学へ行き、今もヒマさえあれば映画館か居酒屋にいるOさんの、鬱屈した心情が分かるような気がした。
午後2時ごろにようやく列が動きだし、焼香を済ませて帰ってきた。Oさんには会えずじまいかと思ったら、出口のところにご親族と並んでおられ、短い会話を交わすことができた。参列者は300人ぐらいだったそうだ。映画関係者2人、Oさん行きつけのバーのママさんとその娘さんに会った。

これを書きはじめた昨日(25日)、大学時代の友人Kさんから電話があり、20日に父上が亡くなったという。食道がんで、86歳。死因は私の父と同じ、年齢はOさんの御母堂と同じだ。葬儀は22日に済ませたという。「落ち着いたら飲みに行こう」とのこと。
それがいくつであっても、身内の死というのはこたえるものだから、OさんもKさんも、どうぞお大事にと思う。それにしても、もう少し明るいニュースはないのかねえ。
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2009-02-23

聖なる歌、聖なる人

テーマ:ヨーガ
2月20日(金)のことを書く。
19日(木)、ヨーガの先輩(といっても、年齢はかなり下)Mさんから「明日の夜、南森町のインドレストランで仲間とキールタンを歌います。よかったら来てください」というようなメールが入る。キールタンとは、昨年11月3日の日記でも触れたが、神を讃えるサンスクリット語の歌。歌詞の内容はまったく分からないのだが、神の名と神への愛を繰り返し歌っているのだという。
Mさんは私のミューズなので、何はともあれ駆けつける。6時半ごろ指定された店に着くと、先客が5人ほど。ヨーガの関係者ではなくて、常連客のようだ。若い女性も交えてワインなど飲み、きわどい会話も聞こえてくる。「おやおや」と思ったが、店のママさんが初対面の私にいろいろと話しかけれくれる。むかしMさんたちが勤めていた会社が近くにあり、ママさんとのお付き合いはそのころからのようだ。その縁もあって、今回の催しが実現したのだろう。
ベジタブルカレー・セットを注文し、しばし待つ。もちろん酒は飲まない。午後7時ごろから、それは始まった。Mさんをはじめ、オレンジ色のサリーに身を包んだ4人の歌姫が登場。みんな私がよく知っている先輩たちだ。観客は、写真撮影を頼まれたという、これもヨーガの先輩Tさんを含めて7人。彼女らの歌を聴くためだけに来ているのは私一人という案配で、なんとも贅沢な会となった。途中から、Tさんの上司・Nさんも来られた。
キールタンは何度か聞いているので、こういうものだったなという感じだが、見知らぬ人たちの前で、堂々と明るく楽しそう歌っている彼女たちの姿に打たれた。Mさんたちの思いは、「キールタンをきっかけにして、少しでもヨーガに近づいてくれれば」というものであったはずで、これも彼女らの<修行>の一環なのだ。
そういう思いを知ってか知らずか、大声で騒いでいたお客さんたちも水を打ったように静かに聴き入っていて、3曲ほど聴き終わると「よかった~」「素晴らしい」と拍手の嵐。父兄のような気持で座っていた私もホッとした。
ここで一旦休憩とし、先客たちとテーブルをくっつけて歌姫たちもお食事タイム。そのときにも彼女たちは、まるで旧知の仲というノリで知らないおじさんやお嬢さんたちとしゃべっている。私にはそれができず、もっぱらNさんやTさんと話していた。思うに、彼女たちには「神が見守ってくれている」という安心感があるのではないか(ヨーガでいう神は、キリストやブッダなどの特定の神ではなく、そう呼ぶしかない大きな存在のことであるが。またそれは、一人一人の内にすでにあるもの、とされる)。彼女たちの屈託のない笑顔を見ながら、そんなことを考えていた。みんな私よりずっと若いのに、ヨーガの道の上では、遥か遠くに先行しておられるのだ。

食後にあと2曲歌われ、ささやかな会は終わった。私は夜の街を一人で30分ほど歩き、コーヒーを飲んで帰ってきた。
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2009-02-21

2月中旬のこと

テーマ:映画
高崎への行き帰りの車中で、第140回芥川賞受賞作「ポトスライムの舟」(津村記久子、文藝春秋3月号)を読んだ。ポトスライムとは観葉植物の品種名で、ライム色のポトスということらしい。端正な文章、と言えばいいか、とても丁寧に書けていると思った。主人公は奈良に住んでいて、その関西弁が優しい感じを全編に与えている。それにしても、私の息子などもよく使う「なんなん?」という言い方が、若い人の間ではすでに定着していることが、この小説を読んでも分かる。
2月13日(金) ビデオで『イゴールの約束』(96年、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ)と、DVDで『息子のまなざし』(02年、同前)。可能なかぎりダルデンヌ兄弟の作品を見てやろうと思って借りてきた。いずれも期待を裏切らない。『イゴールの約束』は、父親の影響で他人の財布をくすねても平気、というような少年が、ある出来事をきっかけに人間らしさを取り戻し、父親の呪縛からも解き放たれていくという物語。その転換が、生きるか死ぬかというギリギリのところで起こるので、こちらの胸を打つ。一方の『息子のまなざし』は、幼い息子を殺された父親が、偶然その加害者(まだ16か17歳の少年だ)を職業訓練所で教えることになるという話。父親を演じたオリヴィエ・グルメが素晴らしい。彼が教える教科が木工というのも効いている。木を相手にする仕事は、人を寡黙に思索的にするのかもしれない。
2月14日(土)~16日(月) 「大阪アジアン映画祭2009」公式カタログの校正に追われる。いつものとおり、原稿の遅い人、間違いの多い人、意味不明の文章を書く人など、執筆者もさまざまであるが、当方の仕事としては、細心の注意を払いつつ、手を抜かず、淡々と、指定された期日までに仕上げるよう努力するしかない。今のところ、それは守れていると思うが、これから先はどうなるか。
2月15日(日) テアトル梅田で『エレジー』(08年、イザベル・コイシェ監督)。年齢が30歳はなれた男女の恋愛。これは見ておかなければ。テアトル梅田の客席には、それらしきカップルが約2組。どういうつもりなんだろうねえ。若い彼女を見せびらかしたいのか。まあそんなことはどうでもよい。映画は、違和感なく見られた。ベン・キングズレーが嫉妬に苦しめられるのだが、相手(ペネロペ・クルス)をよく見ていれば、そんな心配はしなくていいのに、と思った。要するに、恋愛でも結婚でも友情でも、人間同士の付き合いに年齢差は関係ないということではないだろうか。いつまでたってもガキの私は、そう結論づけたのですが。
2月17日(火) 恒例の映画観賞会。梅田ガーデンシネマで『悲夢(ヒム)』(08年、キム・ギドク監督)。参加者はNさんだけ。急な仕事が入ったとかで、上映開始の1分前に駆けつけられた。映画はちょっと期待はずれ。周りは韓国語なのに、オダギリ ジョーだけが日本語で、それで互いに会話ができてしまうという不思議さ。この映画全体が、ひとつの<夢>なのかもね。そんなふうに、なんとでも解釈できてしまうので、分かりにくいとも言えるし、そこが素敵とも言える。自分の見た夢が、見知らぬ女(イ・ナヨン)の夢遊病による行動に反映してしまうという設定にも無理がある。片方が眠り、片方が目覚めていれば、そういうことは起こらないということが分かってきて、それなら二人が眠る時間をずらせばいいだけなのに、そうはならない。最後のほうでは、女は閉鎖病棟に隔離されてしまうので、男は自由に眠れるはずだが、自分を傷つけてまで起きていようとする。と、突っ込みどころはたくさんあるのだが、たぶんそういう下世話な目で見てはいけない映画なのだろう。キム・ギドク監督の壮大な実験作というところか。Nさんの感想は、それこそ「なんなん?」でありました。
2月18日(水) 不定期に開かれている蕎麦屋さんでの上映会。DVDで『12人の優しい日本人』(91年、中原俊監督)。私の観賞会とは大違いで、参加者14人。主催者Hさんのご人徳であろうか。映画は、皆さん楽しんで見ておられたようだが、正直に言うと私はイマイチだった。中原俊監督が、なぜこれを撮ろうとしたのかが分からない。『十二人の怒れる男』(57年、シドニー・ルメット監督)のパロディで、脚本は三谷幸喜が書いている。私はこの人の映画で笑ったことがない。被告が有罪であるか無罪であるかも、どっちでもよく(というか、映画の中で示される材料だけでは、どちらとも決められないと思う)、57年版の切実さがない。いや、たぶんそれもあえてそうしてあって、この映画では日本人の議論の仕方や生き方・考え方などがテーマになっているのだろう。それを表す演技が、<わざとらしい>と私には思えた。先に同名の舞台劇があったようで、そこで終わっとけばよかったのに。
しかし、上映後の楽しい飲み会でそんなことを言っても、場を白けさせるだけだ。蕎麦屋のご主人・健さんが作ってくれた絶品の豚汁をはじめ、皆さんが持ち寄った酒と肴で深夜までおしゃべり。参加者の職業や関心もいろいろなので、話は尽きない。私は地下鉄の終電で帰ったのだが、まだ残っておられた人たちはどうしたのだろう。毎回、それが不思議だ。
2月19日(木) シネ・ヌーヴォで『キャラメル』(08年、ナディーン・ラバキー監督)。レバノンとフランスの合作で、舞台はベイルート。美容院を切り盛りする女性を主人公に、その周りの女たちの姿が描かれる。不倫、処女膜再生、同性愛、老いらくの恋と、そこで扱われているすべてが、レバノンでは未だにタブーであるらしい。そういうテーマに踏み込んだ監督の姿勢も立派だが、映画は決して重くなく、ユーモアを交えて明るく楽しい。ののしり合いながらも、互いに思いやり、支え合う女たちの距離感がいい。パンフレットを読んで驚いたが、主人公ラヤールを演じた美貌の女性がナディーン・ラバキー監督その人で、脚本も書いているのだという。しかも、ラヤールの周りの6人の女性は、全部素人なんだって。だとすれば、ちょっと信じられないような出来栄えだ。東京ではヒットしたらしいのに、わがシネ・ヌーヴォではそれほどでもなく、それが残念。
続いてシネ・ヌーヴォXで「浅野潜さんと映画を楽しむ会」。『小早川家の秋』(61年、小津安二郎監督)を見る。堂々たる名作。出演陣もすごい。中村鴈治郎、原節子、司葉子、宝田明、新珠三千代、小林桂樹、加東大介、森繁久彌、浪花千栄子、団令子、杉村春子、笠智衆、望月優子と、主役級がズラリ。なかでもやはり中村鴈治郎の軽妙洒脱な演技が、この作品のトーンを決めていると思った。伏見の造り酒屋が舞台なので、司葉子も新珠三千代も関西弁をしゃべるが、ちょっとそれがきれいすぎるようだ。関西弁をセリフとして<言わされている>からだろうか。そこへいくと浪花千栄子は余裕で、貫禄すら感じさせる。特に競輪場で髪に赤えんぴつを挿す場面などは、その行為ひとつで佐々木つねという女の人生を垣間見せてしまう。名古屋のおばさん・杉村春子も見事。2シーンぐらいしか出てこないはずだが、完全にその場をさらっている。笠智衆・望月優子の使い方も贅沢だ。
そんなふうに、「すごい、すごい」と思って見ているうちに終わってしまったような印象なのだが、内容について考えてみると、この作品のテーマは<死>で、次の、そして遺作となった『秋刀魚の味』(62年)では「人生はひとりぼっち」というセリフが繰り返され、<老い>の寂しさを描いているのに、この映画では<死>に<輪廻転生>という捉え方を導き入れ、どちらかといえば明るくサラッと描いているように感じた。1年のうちのこの変化は何なのか。小津映画の謎は深まるばかりだ。
ところで、この映画のタイトルもややこしい。よく「こばやかわけのあき」と言われ、『ぴあシネマクラブ』(97~98年版)でもそうなっているが、映画の中では何度も「こはやがわ」と発音される。だとすれば、当然タイトルも「こはやがわけのあき」であろうと思うのに、製作当時、宝塚の撮影所へ取材に行かれた(この映画は松竹ではなく東宝作品なので)という浅野潜さんも「いや、当時から『こばやかわけのあき』て言うとった」とおっしゃる。さて、正解は? 
『宗方姉妹』(50年)の「むなかた」か「むねかた」かと同様、小津さんのニヤリと笑う顔が見えるようでもある。

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2009-02-19

茂木さん、さようなら

テーマ:日常
2月12日(木) 6時半、高崎駅前プラザホテルにて起床。東京行きのバスは9時5分発なので、ホテルで朝食後、高崎市内を散策することにする。隣室の景山はまだ寝ているだろうと思い、一人でチェックアウト。
まず行ったのは、シネマテークたかさき。当然ながらシャッターが下りていて、誰もいない。館前に置いてあった2月のスケジュール表を1部もらって、そこをあとにした。そのスケジュールは、「ペドロ・コスタ監督特集」『そして、私たちは愛に帰る』『未来を写した子どもたち』『40歳問題』『ブロークン・イングリッシュ』など、多彩で魅力的なラインナップだ。高崎の地で唯一のミニシアターとしての奮闘ぶりがうかがえる。
駅とは逆方向、和田橋の方へ行ってみる。高崎城跡には石垣と疎水が残っていた。群馬音楽センター、高崎シティギャラリーは個性的な建物だ。この二つは、高崎映画祭の会場にもなる。今年は3月28日から4月12日の16日間に、63作品が上映されるという。来てみたいが、今年はヤマガタもあり、ちょっと無理かも。宝くじでも買ってみるか。
和田橋の手前に、NTTの建物があった。茂木さんが60歳の定年まで勤めていたというNTT群馬支局かもしれない。いや、きっとそうだと勝手に決めた。
和田橋は、全長100メートル以上はあろうかという大きな橋だった。下を流れる川は烏川(からすがわ)。いつも黒い服装だった茂木さんにふさわしい、とこじつけた。橋の途中まで行ってみる。遠く北の方に見えるのは榛名山や苗場山であろうか。そちらから吹いてくる風は強烈で、まだ冷たい。「かかあ天下と空っ風」とは、よく言ったものだ。しかし、朝の日差しの中でその風に吹かれていると、ようやく茂木さんにお別れが言えたような気になった。
駅の方へ戻る。高崎シティギャラリーのところを右折し、駅に続くメインストリートに入る。正面に、巨大でモダンなホテルのような建物が見えてきたが、それは高崎市役所だった。「こんなものが要るんかい!」というのが正直な感想。
メインストリートに交差してレンガ通りがあり、昨日行った「コロラド」が開いていたら、そこでコーヒーを飲もうと思った。すると、そのレンガ通りの入り口に「ラジオ高崎」があって、1階のガラス張りのスタジオでニュースを読んでいるところだった。その声がスピーカーを通して外でも聞けるようになっている。なんと、昨夜の茂木正男さん「お別れ会」のことを言っている。崔洋一監督の「茂木さんに恥ずかしくない映画を作り続けよう」というスピーチなどが紹介されている。これも茂木さんの配剤かと、ラジオ高崎の前でしばし聴き入る。
「コロラド」は開いていて、冷えきった体に温かいコーヒーが染み込むようだった。トイレを借りて、長い小便をした。
バスが出る15分前に高崎駅東口に到着。ここでも風に吹かれて体が冷え、バスに乗り込むと、最後尾にある狭い狭いトイレで用を足した。東京に着くまで、そのトイレを使ったのは私一人だった。
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2009-02-18

茂木正男さん「お別れ会」

テーマ:映画
2月11日(水・祝) 昨年の11月15日、映画を通じての仲間・茂木正男さん(本名もてき・まさお。私たちはモギさんと呼んでいた)が亡くなった。まだ61歳だった。茂木さんは、1976年に「見たい映画を見る会」を結成し、後に上映集団「メーヴェ」と改称。1987年には第1回高崎映画祭を開催(今年で23回目になる)、2004年にはシネマテークたかさきをオープンさせている。
私とは山形国際ドキュメンタリー映画祭などで顔を合わせる程度だったが、それでももう20年近くのお付き合いということになる。シネ・ヌーヴォ代表の景山理(かげやま・さとし)とは、自主上映時代からの同志だから、絆はもっと強く、深い。
その茂木さんの「お別れ会」が、11日、高崎駅に隣接するホテルメトロポリタン高崎で開かれたので、景山と行ってきた。宿泊場所(高崎駅前プラザホテル)は景山がネットで調べて予約してくれたが、彼は当日、いま進めている「大阪アジアン映画祭2009」の打ち合わせを東京でやるというので、高崎までは別行動ということになった。さて、どういう方法・ルートで行けば、安く、疲れずに行けるだろうか。私が選択したのは、東京まで「ぷらっとこだま」で1万円、東京からは「日本中央バス」で1500円、という案。事務所を出発し新大阪駅にて朝食で1時間、「こだま」が4時間、バスが出る池袋までの移動と昼食で1時間、バスが1時間45分、合計約8時間の旅である。9時ごろに事務所を出、午後5時前に高崎駅に着いた。さっそくホテルにチェックイン。景山はまだ来ていない。「お別れ会」は午後6時から受付、6時30分開始なので、時間はまだある。ホテルのフロントで「おいしいコーヒーを飲ませてくれる店を知りませんか」と訊いて、レンガ通りの喫茶店「コロラド」へ。年配のご夫婦がやっている、落ち着ける店だった。6時までそこにいて、会場に向かった。
ホテルメトロポリタン高崎6階「丹頂の間」は、広い部屋だった。フリージアなどの明るい色調の花に囲まれた茂木さんの遺影に、まずは一礼。会が始まる6時半に、やっと景山が現れた。東京での打ち合わせが延び、酒まで飲んだようで、すでに酩酊のご様子。私のほうは、こういう場ではいつも身の処し方に困る。同じ人とばかり話しているのも詮ないし、知っている人がいても、たいていは誰かと話しておられて、そこに割って入るのも気が引ける。それに、こっちは知っていても、先方は私のことなど覚えておられないかも、などと考えてしまう。私が大好きな『犬猫』(04年)、『人のセックスを笑うな』(07年)の井口奈己監督も来ておられたのだが、お顔をうろ覚えで、声をかけられない。その人を囲んで話している人の輪の中に、さっき挨拶してくれたK氏がおられたので、彼がその輪を離れたときにつかまえて、「あれは井口監督だよね」と確認。井口監督が一人になられるのを待って、ようやく話すことができた。でも、「次回作のご予定は?」「頑張ってください。あなたの映画は大好きなので」くらいのことしか言えなかったが。
ほかにも監督たちが来ておられた。崔洋一、若松孝二、阪本順治、青山真治、利重剛、塚本晋也といった面々。女優・石田えりさんの顔もあった。これらの人々は壇上に呼ばれ、挨拶もされた。最後は、現・シネマテークたかさき支配人、高崎映画祭総合ディレクターの志尾睦子(しお・むつこ)さんが、心のこもった言葉で締めくくられた。参加者は230人ほどだったという。

高崎駅近くのダイニング・バー「海舟の詩」で二次会。ここにも30人もの人が集まった。6人ぐらいずつに分かれて座り、私の前にはなんと青山真治監督が! お話しするのは初めてだったが、常識をわきまえた人、という印象だった。東京まで帰るという人もあり、10時半ごろにいったんお開きとなる。北海道、東京、京都、大阪、大分などでミニシアターや自主上映をしている人たち(景山もそこに含まれる)は、別のテーブルに移って、まだ話していた。私はシネ・ヌーヴォの実務にはタッチしていないので、シネマテークたかさきを見に行くことにした。それをつくるとき、私も少し出資したのだが、まだ一度も訪れたことがなかったので。
店を出ると、先述の志尾さんとシネマテークたかさき副支配人の小林栄子さんにバッタリ。これから景山らと合流するという。映画館を見せていただきますと言うと、「これからなら、ちょうど最後の上映が終わるころだから、まだ開いてると思いますが、スタッフに電話しときます」と言ってくださる。
高崎駅から歩いて10分弱、「あら町」にそれはあった。志尾さんたちが言っておられたように、ちょうど最後のお客さんが出てくるところだった。2スクリーンあって、1階が58席、2階が64席。こぢんまりした、きれいな映画館だった。そして、その日は特別に、茂木さんが「生涯の一本」と言っておられたという『日曜日には鼠を殺せ』(64年、フレッド・ジンネマン監督)を一日中かけていたそうだ。それを知っていれば、と残念だったが、後の祭り。

私が泊まるホテルはそこから近く、狭いバスルームでシャワーを浴びて、すぐに眠ってしまった。と、寝入りばなの12時15分、隣室の景山から電話。三次会まであって、そこで誰かと喧嘩して、いま部屋に着いたところだという。「それはご苦労さん。じゃ、明日も別行動ということで」と電話を切る。やれやれ。
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2009-02-17

2月上旬のこと

テーマ:映画
また映画の話から。

2月1日(日) DVDで『シークレット・サンシャイン』(07年、イ・チャンドン監督)。外国映画部門3位。幼い一人息子を誘拐され、殺された母の物語。宗教に出合い、救われたかに見えるのだが、あの『オアシス』(02年)の監督だけあって、事はそう簡単には運ばない。人間は複雑なのだ。母を演じたチョン・ドヨンの巧いこと。彼女を不器用に愛しながらも相手にされず、しかしずっと側にいるソン・ガンホが切ない。
DVDで『運命じゃない人』(04年、内田けんじ監督)。これは先日見た『アフタースクール』(08年)つながりで。味わいはよく似ている。私はこの映画に出ている板谷由夏という女優さんが好きなのだが、細いねえ~。映画の中でも「ペチャパイ!」と言われている。そのセリフはアドリブだったらしいが。そのことは「コメンタリー」という設定で見て知った。つまり、これも2回見たということ。
2月3日(火) テアトル梅田で『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』(08年、マーティン・スコセッシ監督)。外国映画部門9位。2006年の秋、ニューヨークのビーコン・シアターで行なわれた一夜(実際の撮影は二夜)のライブを臨場感いっぱいに見せてくれる。スートーンズ・ファンには、たまらない一本だろう。私は音楽に疎いので、知っている曲は数曲しかなかったが、撮影時すでに60代の彼らの体力に驚嘆し、その音楽の繊細さに<目からウロコ>の心境だった。一曲歌い終わったミック・ジャガーが「(演奏を)間違えやがって!」と叫ぶシーンがあるが、ロックにも細心の注意が払われていることの象徴だろう。何十年も第一線で活躍しているミュージシャンは、やっぱり凄いや。
2月5日(水) 梅田ガーデンシネマで『ロルナの祈り』(08年、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督)。『ある子供』(05年)にも感動したが、いいねえダルデンヌ兄弟。途中、普通なら絶対に落とさないだろうと思われるシーンが大胆に省略されていて、しかもそれが破綻をもたらさない、その作劇術にも舌を巻いた。ケン・ローチの『この自由な世界で』(07年)も不法移民と労働の問題を扱っていたが、ヨーロッパではその問題が相当に根深いことが、この映画を見ても分かる。日本でも<派遣切り>や大幅なリストラが行なわれているのに、どうしてそういう人たちに寄り添った映画が生まれないのだろう。なんだか評論家風になってしまったが、主人公ロルナと彼女に支えを求めた青年クローディの、輝くような一瞬の笑顔が忘れられない。
2月7日(土) シネマート心斎橋で『エグザイル/絆』(06年、ジョニー・トー監督)。キネ旬ベストテン外国映画部門8位。大阪では今年公開。ミュージシャンのEXILEとは関係ありませんので、念のため。アウトローとして生きる男たちの友情と信義の世界にはしびれるが、その銃撃シーンは「ありえねー」と突っ込みたくなってしまった。だって、ほんの至近距離で撃ち合っているのに、まるで当たらないんだもの。それを「リアル」と言っている人もいて、信じられない思い。「けれん味」と言うのなら、まだ分かるが。ところで、ジョニー・トーって去年の11月に東京フィルメックスで見た『文雀』(08年)の監督だったんだね。まあ悪くはないんだが、フィルムノワール・ファンとしては、それこそもう少しリアルに撮ってもらえれば、と思った。
2月8日(日) JR関空快速に乗って鳳(おおとり)まで足を延ばし、堺市西文化会館で金秀吉(キム・スギル)監督のドキュメンタリー作品『浜寺物語』(08年)を見た。30分も早く着いてしまったので、受付におられた金監督としばしおしゃべり。彼がファンド形式での製作を目指していた織田作之助原作の映画は、この不況のあおりを受けて、ほぼ頓挫してしまったようだ。また、映画監督が大阪を拠点に活動することのしんどさも聞いた。月並みな言葉になってしまうが、頑張ってほしい。
さて映画だが、築100年になるという浜寺公園駅(南海本線)の記録・保存をめぐって、浜寺という地の重層的な歴史に迫っていく。それだけなら、<郷土愛>にあふれた記録映画ということになるが、金監督は最後のほうに面白い仕掛けを組み込んでいる。その白眉のシーンの一方の主役が、2007年の「第2回おおさかシネマフェスティバル」でお世話になったオダサク倶楽部の井村身恒さんで、その登場にはちょっと驚いた。そもそも、この映画の製作の中心人物も、何度かお目にかかったことがあるオダサク倶楽部の石田英治さんなのだった。
その石田さんがパネラーの一人として参加されたパネルディスカッション「新しい町づくり・人づくり」も聞いたが、5人ほどのパネラーの自己紹介だけで終わってしまったような印象。特に、与謝野晶子倶楽部運営委員という肩書のおばさんの話が長くて、閉口した。まあ、よくあること、よくいる人ではあるのですが。
2月9日(月) シネ・ヌーヴォで『カラマーゾフの兄弟・完全版』(68年、イワン・プィリエフ監督)。3時間44分の大作。対話劇みたいな滑り出しで、この調子でほぼ4時間はきついぞと覚悟したが、途中から美しい女性が二人現れ、飽きずに見ることができた。それにしても、『カラマーゾフの兄弟』ってこんなお話だったっけ。ドストエフスキーの原作を読んだのはもう何十年も前で、ほとんど忘れてしまっているのだが。評判になった亀山郁夫氏の新訳文庫も5冊まとめて買ってあるので、読み直してみればいいのだけれど、1巻目が行方不明なのである。身辺の整理ができていないというのは、困ったものだ。
2月10日(火) DVDで『母べえ』(07年、山田洋次監督)。日本映画部門17位。野上照代さんの原作は読んでいて、お話は分かっているのに、涙が止まらない。山田洋次の映画などで泣くものかと思えど、そうなってしまう。この映画の吉永小百合は良い。
DVDで『アイム・ノット・ゼア』(07年、トッド・ヘインズ監督)。ケイト・ブランシェットが助演女優賞。ボブ・ディランの伝記映画だと思って見たら、だいぶ趣が違っていた。6人の俳優が、それぞれ違ったイメージのディラン像を演じる。そのことは冒頭に説明されてはいるのだが、文学的(?)な表現で、しかもサラッと流されるので、充分には理解できなかった。そういう状態のまま見たので、黒人少年のウディ、詩人のアルチュール、西部劇時代のビリーなどの人々が、ともにボブ・ディランの一面を体現しているのだとは最後まで分からず、まるでチンプンカンプンな映画体験となってしまった。しかも、助演女優賞のケイト・ブランシェットはどこに出ていたんだ? と思いつつネットで調べてみたら、フォークからロックに転向したと非難され薬物中毒になっていくジュードという<男>を演じていて、そのことにも気づかなかった自分が情けなくなった。逆に言えば、それだけケイト・ブランシェットの演技が素晴らしかったということでもあるのだが……。
なるべく予備知識を入れずに映画を見ることを基本姿勢としているが、この映画に関しては、それが裏目に出てしまったようだ。ボブ・ディランが大好きで、その人生もよく知っている人には、とても面白い作品なのだろうと思う。それにしても、ちょっと凝りすぎ、ではないだろうか。

そのほかの時間は、けっこう仕事をしてました。次回はいよいよ高崎行きについて書きます。
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2009-02-10

続々・今年1月のこと

テーマ:映画
少し書き方を変えてみよう。映画のことをひとまとめにする。

1月21日(水)~29日(木)
DVDで『アフタースクール』(08年、内田けんじ監督)。ベストテンでは15位だが、昨年話題になった作品なので見てみる。こういう日本映画は珍しいのではないか。映画の<知恵の輪>みたいだ。面白いといえば面白いのだが、私たちが普通に映画を見るときとは別の部分の脳が動いているような感じ。
「コメンタリー」という設定にして見ることもでき、それにすると映画の主音声は小さくなり、監督と出演者(この場合は大泉洋)が映画を見ながらグダグダしゃべる、その声がメインになっている。漫才みたいな調子で、たいしたことはしゃべっていないのだが、ときどき「あっ、そうだったのか」と思わせられるところもあり、結局最後までまた見てしまった。
DVDで『4ヶ月、3週と2日』(07年、クリスティアン・ムンジウ監督)。外国映画部門7位。何も知らずに見たが、震えるほど感動した。チャウシェスク政権末期のルーマニア。大学生のオティリアは、ルームメイトの中絶手術(法律で禁止されている)のために奔走する。その長い一日を描いている。タイトルは、その妊娠期間だったのだ。予約してあるはずのホテルでは「記録がない」と言われる(フロントのお姉さんの横柄なこと)。一筋縄ではいかない闇の中絶医(このおっさんの存在感が凄い)。理解がなく、煩わしいだけのボーイフレンド(恋人が出来たら、気をつけよう)。「友達のために」と思って走り回っているのに、そのルームメイトは、可愛い顔してドジ、しかもしたたか。見ているうちに、私はすっかりオティリアと同化していた。どんなに厳しい時代・状況であっても、なお輝く<人間性>はある、いやそれを持たなければならないのだという点で、励まされ勇気を与えられた。国境も時間も超えて届く<映画の力>は素晴らしい。
恒例の映画観賞会で『チェ 28歳の革命』(08年、スティーヴン・ソダーバーグ監督)。参加者はNさんとFさん。ゲバラを演じたベニチオ・デル・トロは主演男優賞もの。できるだけ史実に忠実に描こうとしたらしい監督の姿勢もマル。だが、ゲバラも<処刑>しなければならなかったんだなと、悲しくなる。そういうことのない『モーターサイクル・ダイアリーズ』(03年、ウォルター・サレス監督)のほうが好きと言ったら、NさんもFさんも見ておられない。あとの飲み会では、その宣伝に努めた。もちろん、『チェ 39歳 別れの手紙』も見るつもりだけど。
DVDで『ラスト、コーション』(07年、アン・リー監督)。外国映画部門1位。主演のタン・ウェイは主演女優賞なのだが、私の好みではない。少し幼すぎる。いや、個人的趣味に走りすぎた。タン・ウェイの演技は素晴らしく、役の上では幼くていいのだ。なにしろ、暗殺しようとする特務機関の長(トニー・レオン)に近づくためには<いい女>にならなければならないと、同志である学生に処女だった体を投げ出し、セックスのあれこれを習得するというのだから。
宝塚のシネ・ピピアで『ブタがいた教室』(08年、前田哲監督)。「育てて食べる」という目的で飼ってきたブタを、さあ食べるか食べないか。真剣に討論する小学生たちの表情がいい。先生役の妻夫木聡君も爽やか。実際にもいい人なんだろうね、たぶん。そのむかし、『sWinGmaN』(2000年)という映画を見たときには、こりゃあダメだと思ったものだが、前田哲監督も成長されて、今ではどんなジャンルのものでも<見られる>作品に仕上げてしまう職人監督になられたようだ。その変貌ぶりも嬉しい。
神戸映画資料館で『おそいひと』(04年、柴田剛監督)と『赤い束縛』(05年、唐津正樹監督)。ともに関西のインディペンデント映画。柴田剛監督は新人監督賞。『おそいひと』はドキュメンタリーだと思っていたら、とんでもない展開の劇映画だった。障害者にも悪い奴はいる、という視点は、考えてみれば当たり前のことなのだが新鮮で、いわゆる<常識>に挑戦状をたたきつけている。余談だが、若くして亡くなった維新派の有田アリコさんが出演していて、驚いた。こうしてスクリーンで再会できるのも<映画の力>か。
『赤い束縛』は、チャラい主人公に共感できなかったため、パス。
DVDで『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07年、ポール・トーマス・アンダーソン監督)。外国映画部門2位、監督賞、主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス)。裸一貫から石油王に成り上がった男の知恵と欲望、栄光と挫折を描く。とてもよく出来ていて、面白く見られるのだが、こういう大きな物語は、私には無縁。
梅田ピカデリーで『おくりびと』(08年、滝田洋二郎監督)。日本映画部門4位。どこを取っても、文句のつけようがない作品。だからこそ、多くのベストテンに顔を出すのだろう。この映画で教えられたが、「いしぶみ」っていい言葉だなあ。つまりは、そういうディテールにまで神経が行き届いているということだろう。
梅田ピカデリーで『ダークナイト』(08年、クリストファー・ノーラン監督)。外国映画部門6位、助演男優賞(ヒース・レジャー)。タイトルそのままに、暗い映画だ。バットマンはスカッとした活躍をせず、ジョーカーの確信犯的な<悪>が全編を覆う。この暗さは、アメリカの今を象徴しているのか。でも、嫌いじゃないな、こういうハリウッド映画は。
NHK・BS2で『カッコーの巣の上で』(75年、ミロス・フォアマン監督)。やっぱり名作。見て損はなかった。
大阪韓国文化院で『JSA』(2000年、パク・チャヌク監督)。タダで映画を見せてくれるというので、行ってみた。観客は10人ほど。男性は私だけだった。試写室で見かけるぐらいの大きさのスクリーンに、DVDでの上映。拡大しすぎなのか、画像がにじむ。韓国で入手したDVDに自分たちで日本語字幕を入れたのか、日本人向けとして売られていたのかは知らぬが、字幕のところどころに漢字変換ミスが。しかし文句は言わない。なにしろタダなのだから。イ・ヨンエの軍服姿に惚れました。
梅田ブルク7で『禅 ZEN』(08年、高橋伴明監督)。これもタダ券をもらったので見に行った。高橋伴明監督は『火火(ひび)』(04年)が良かったし、お話ししたときもいい人だったので。曹洞宗の開祖・道元の人生を地道に描いている。中村勘太郎も適役。道元が言う「只管打坐(しかんたざ)」などは、ヨーガに通じるものを感じた。仏教用語がたくさん出てきて、「ここは字幕で説明してほしい」と思ったりした。さて、高橋伴明監督の現在の心境あるいは宗教観はいかに、と訊いてみたいところ。

1月24日(土) 横浜で父の十三回忌法要。参加者は、父の妹、その娘(つまり従姉)、父の弟の娘(従妹)、母の妹、私、私の息子の6人。父が元気だったころの法事には10人以上集まっていた気がするが、年々その数が減り、今や寂しいものである。口には出さぬが、本来そこにいるはずの従弟と従姉のつれあいが、ともに50歳前後で亡くなったのも辛い。そのように人は死んでいくので、次の世代にバトンタッチ、というつもりで息子を連れて行ったのだが、彼が東京の親戚に会う機会は極めて少なく、「あの人、誰だっけ」という質問が出るのもやむをえない。ま、なるようにしかならぬか。
1月30日(金)・31日(土) これまで秋に開催してきた「大阪アジアン映画祭」が、今年は3月開催と決まり、しかも「おおさかシネマフェスティバル」がその中に含まれるということになった。そのため、両映画祭のポスターやチラシ、プレスシートなどの校正に追われる羽目に。このご時世に、仕事があるだけでもありがたいことだが。

※フゥ~、ようやく1月が終わりました。とはいえ既に2月の10日。もう一回このスタイルでやれば、現実の時間に追いつけますかね。でも、明日は群馬県の高崎まで行かねばなりません。その報告は、また。

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2009-02-09

続・今年1月のこと

テーマ:読書
さっそく始めよう。

1月16日(金) 懐徳堂古典講座「小津安二郎の映画を読む」の最終講義の日。テキストになっている『秋刀魚の味』(62年)のDVDを見直してから出かける(これまでに何度見たことだろう)。最終日だというのに、受講生はやや少なめ。『秋刀魚の味』は小津の遺作となった映画で、娘を嫁にやるというおなじみのストーリーの中に、<老い>を見つめるというテーマが浮上してくる。それも「人生はひとりぼっち」というセリフが何度も出てきて、なんだか寂しい。ずっと続けてほしい講座なのに、そうもゆかぬのは、私などの知らぬ諸事情があるのだろう。でも、6・7月に同じ上倉庸敬先生による計4回の集中講義があるそうだから、今はそれを楽しみにするしかない。
講義のあとは、いつものように上倉先生を囲んで飲み会。今回は、1月生まれのAさんと私の誕生会を兼ねる。前回(11月21日)はYさんもいらしていて、彼女も1月生まれなので「一緒に誕生会をやりましょう」と言っていたのに、今回は現れず。ま、いいんですけど。
1月17日(土) K先生のお招きで、京都の新年会に出席。京阪の清水五条駅で降り、いただいていた地図を見ながら会場へ。メンバーは、K先生、Yさん、Aさん、初対面のHさん、K先生。この初対面のK先生が、集合時間を1時間過ぎても現れない。どこかで道に迷っているらしく、Yさんに電話はかかってくるのだが、ご自分がいる場所も説明できないようで、Yさんもお手上げ状態。心優しいK先生が「僕、探してくる」と言って出て行かれたが、これもなかなか戻ってこられない。仕方なく4人で先に始めたら、ようやく2人のK先生がご到着。聞けば、初対面のK先生はとんでもなく遠い場所におられた由。タクシーを拾うとか、人に道を訊くとかすればよさそうなのに、それはしないんだなあ。おかしな人である。だが、それで初対面の緊張は一気に失せた。
会場となった店もユニーク。6畳ほどの個室に「○○様」と張り紙がしてあり、客は勝手にそこへ入る。部屋の片隅に保冷庫があり、酒もそこから勝手に出して飲む。つまり飲み放題。料理は、刺身、てっちり鍋、寿司とどんどん出てくるが、店の人が部屋の前まで運んでくるだけで、「あとはご自由に」というスタイル。徹底して合理化を図るとこうなるのだろうが、<ほったらかし>がかえってありがたく、のんびりできた。しかし料理は本格的で、しかも食べきれないほどの量。これで会費6000円は安い!
二次会は、初対面のK先生の案内で祇園のスナックへ。ここへはタクシーで行ったので、無事に到着。だが、連れてきてくださったK先生は「明日早いので」とか言って、一滴も飲まずに帰られたと思う。ほんとにおかしな先生だ。
残されたK先生とYさんと私はカラオケ三昧。お二人の前で歌うのは初めてだったが、「お上手」と褒められた。歌を褒められたのは、たぶん生まれて初めて。嬉しかったが、客観的に判断して、決して上手ではないと思う。
1月18日(日) 私たちが3月に催す「おおさかシネマフェスティバル2009」の目玉はベストテン発表と表彰式であるが、主催者側がそのベストテン作品を見ていないのでは話にならないと思い、見逃している作品をできるだけ見ることにする。まず見たのが10位の『クライマーズ・ハイ』(08年、原田眞人監督)。原作を読み、新聞記者間の人間関係が非常にドロドロしているので、あまり見たいと思わなかった作品だが、なかなかよく出来ていた。複雑な人間関係は分かりやすく整理され、主人公(堤真一)はカッコよく、脇役(堺雅人、尾野真千子など)も存在感がある。
以後、ベストテン何位とか○○賞などの表記が多くなると思うが、それはすべて「おおさかシネマフェスティバル2009」でのこととご了解いただきたい。
1月20日(火) DVDで『明日への遺言』(07年、小泉堯史監督、藤田まことが主演男優賞)を見る。戦争中、こういう立派な日本人もいた(しかし、捕虜の斬首を命じたのは動かせない事実)というお話であるが、法廷場面ばかりで、映画としては面白味に欠ける。だが、藤田まことの力演は間違いない。原作は大岡昇平(『ながい坂』)なので、文庫本を買ってきた。まだ読んでいないが。
テアトル梅田で『そして、私たちは愛に帰る』(07年、ファティ・アキン監督)を見る。ドイツとトルコ。3組の親子。2つの国で6人の人間が、別れ、すれ違い、出会い、反発し、共感し、許す。人物造形が見事で、かつ人生のさまざまな局面を見せてくれる。特に<許し>のシーンは圧巻で、胸に迫る。憎悪と殺戮が渦巻く現代世界への、祈りにも似たメッセージだと思った。

※これから外出することになったので、今日はここまで。続きは、また。

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2009-02-06

今年1月のこと

テーマ:日常
こうして過去のことを追いかけていると、「いつまでたっても終わらないのでは」という不安と、「読んでいるほうもつまらないのでは」という気持にさいなまれるが、まあ乗りかかった船なので、自分自身がスッキリするまでやってみよう。

1月1日(木) 友人たちと事務所近くの神社へ初詣。いつもは閑散としている場所だが、さすがに正月は人の出入りがある。近くに洋画家・佐伯祐三の生誕地があるというので行ってみた。Kの案内は、はなはだ心もとなかったが、奇跡的に(?)たどり着けた。なんとか学園とかの敷地に、石碑が一本立っているだけだった。ついでに淀川の堤防に上がってみたが、川を渡ってくる風はまだまだ冷たい。午後、新年会に出席。
1月2日(金) 自宅にて半身浴。ようやく年賀状の整理にかかる。いただいたのを住所録と照合し、お返事だけは出す。あいも変わらぬ泥縄人生だ。
1月4日(日) 大学時代の友人Kが訪ねてきたので、事務所近くの「すかいらーく」で食事。
1月5日(月) さみだれ式に来る年賀状に、なおもお返事を出す。
1月7日(水) 正月用にと借りてきてあったビデオ・DVDを、返却日に迫られて見る。
『かくも長き不在』(60年、アンリ・コルピ監督)。しまった、これは前に見たやつだった。でも、やっぱり最後まで見てしまう。
『獅子座』(59年、エリック・ロメール監督)。ロメールの長編第1作。伯母の遺産が転がり込むという設定。それが水泡に帰し、バカンス期のパリの街を浮浪者さながらにさすらう中年男。前者はありえないが、後者は「明日は我が身か」と思う。
『仁義』(70年、ジャン・ピエール・メルヴィル監督)。いいなあメルヴィル。なんでこんなにいいんだろう。どこかで特集上映をやってくれないかなあ。
『南部の人』(45年、ジャン・ルノワール監督)。厳しい自然を相手に、農民として生きようとする若い夫婦の物語。これ、アメリカ映画だったんだね。どこまでもヒューマンで、ルノワールの<乾いた>感じがないのはそのせいか。
1月8日(木) 編集長の伏屋さんから依頼があり、「ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジンneoneo」116号のアンケート原稿を書く。1月15日に配信された。
山田太一脚本のテレビドラマ「ありふれた奇跡」が始まった。仲間由紀恵の演技がイマイチだと思うが、しばらく付き合ってみることにする。
1月9日(金) 11月に東京で紹介された入江富美子さんが、初監督されたドキュメンタリー『1/4の奇跡~本当のことだから~』のDVDを送ってくださっていて、ようやく見る。養護学校の先生で、そこで出会った子どもたちとの交流の中から哲学的ともいえる思索を紡ぎ出しておられる山元加津子さんを中心に描いた作品。構成はシンプルで、技術的にもどうということはないが、「伝えたいことがある!」という気持はすごく伝わってくる。
一緒に送ってくださった第2作『光彩(ひかり)の奇跡』のDVDも見ようとしたが、私のパソコンでは開けなかった。
夜、Kに誘われ、クレオ大阪中央で『天皇伝説』(08年、渡辺文樹監督)を見る。いやあ、なんとも特異な映画体験だった。まず、天皇制を批判した映画だということで、会場には公安が来ているかもしれないと脅かされる。実際には、会場側が雇ったのだと思われる警備員の姿はあったが、それらしい輩は見かけなかった(観客の中にまぎれていたのかもしれないが)。そして、監督本人が映写をしていた。上映の前に、その監督がとうとうと喋る。現在のジャーナリズム批判が中心で、私の前には知人の新聞記者H氏が座っていたので、彼が吊るし上げられるのではないかとひやひやした。また、映画の途中で音声が途切れるというトラブルが発生。どうやら、サウンドトラックにはなっていず、編集したフィルムを映写しながら、同時に音声テープを回すという上映方法だったようだ。正月、大阪の街のあちこちに、この映画の手作り(?)の宣伝ポスターがゲリラ的に貼ってあったそうだが、上映もゲリラ的なのである。
さて映画だが、あくまでもアクション映画の体裁をとりつつ(しかも笑ってしまうほどベタな表現で)、ナレーションでは過激な天皇制・天皇家批判を展開。その批判の内容は、「そういうこともあるかもな」「そうだったら凄いや」とは思うものの、どこまでが本当なのか、こちらには判断がつかない。もちろん監督は「すべて真実」と信じているのであろうが。ともかく、ここにも「伝えたいことがある!」という映画があった。
会場近くの中華料理屋で、先述のH氏も交えて軽く飲む。映画の中身よりも、渡辺文樹というユニークな男の話に終始する。その昔、Kは彼と飲んだことがあるそうで、「生涯でいちばん悪酔いした夜だった」とのこと。さもありなん、という感じ。
1月10日(土) 友人のパソコンを借りて、『光彩(ひかり)の奇跡』を見る。
カラー心理セラピストの寺田のり子さんと、その夫の画家・天使河原紫翠(てしがわら・しすい)さんを中心に描いたドキュメンタリー。寺田さんは、年間200回を超える講演会などで日本中を忙しく飛び回っておられたが、糖尿病の合併症が悪化し、あと数年の命と宣告される。そんな折、前述の山元加津子さんと出会い、「人に癒しと勇気を与える」のを残された人生の目的と考えるに至り、夫の協力を得て、そういう絵を創っていく。
率直に言って、前作を見てからのほうが共感できるという点で、作品の独立性に疑問を感じた。また、人に癒しと勇気を与える絵というものが、明るい色彩と神々しい題材などで表現されていて、絵画・芸術のあり方としてそれでいいのかという疑問を抱いた。寺田さんと天使河原さんの前向きな生き方に学ぶべき映画、なのではあろうが。
1月11日(日) 主婦として生きてきた入江富美子さんが、突然映画をつくることになった顛末記『1/4の奇跡 もう一つの、本当のこと』(三五館)を読む。<真実>に目覚めたはずの入江さんでも、映画づくりの現場ではさまざまな迷いや苦しみに襲われたことを知り、なんだかホッとした。
1月12日(月) 入江富美子さんに、送っていただいた2本のDVDを見、本を読んだ感想を書く。長い手紙になった。思ったままを書いたので、気を悪くされなければいいのだが。
1月14日(水) 思い立って、事務所の整理をする。だが、この書類は捨てるべきか取っておくべきかで悩んだり、映画パンフレットを読みふけったりで、はかどらず。それでも、机の上だけはなんとか片付けた。そして、こうして少しずつ整理整頓していけば、ゴミ屋敷のような我が部屋も、やがて吉田松陰の書斎のように簡潔な姿(あくまでイメージです)になるだろうと信じた。
1月15日(木) 明日で最後になる「懐徳堂古典講座・小津安二郎の映画を読む」の参考にと、『宗方姉妹』(50年)のDVDを見る。原作(大佛次郎)があるためか、小津作品にしてはお話がドラマチック。耐える姉(田中絹代)、奔放な妹(高峰秀子)、夫(山村聰)の暴力と唐突な死。だが、これで晴れて好きな男(上原謙)と一緒になれるはずなのに、そうはしない姉。古風な女性の美しき心、というところかもしれないが、私はどうも田中絹代に<冷たさ>を感じてしまい、それほど素直には見られなかった。あるいは、それも小津の目論見のうち、なのだろうか。
『ぴあシネマクラブ』(96年版)には「むなかたきょうだい」とルビがふってあるが、映画の中では「むねかた」と言っていたと思う。そんなことが気になるのである。

※読むほうも大変だと思うので、今日はここまで。次で1月末まで行けるかな。

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2009-02-02

昨年12月の後半は

テーマ:映画
前回、12月の半ばまで書いたので、このまま一気に片をつけてしまおう。久々に更新すると、読者数が普段の倍ぐらいになる。コメントもBBSへの書き込みも極めて少ないブログではあるが、「ああ、読んでくださっているんだ」と嬉しくなる。それに励まされて、書く。また長くなりそう。

12月16日(火) 昼ごろ起きて、半身浴。引きこもっていると、どうしても昼夜が逆転してしまう。銀行、郵便局、市役所などで用を済ませ、病院に寄ってインフルエンザ予防接種の予約。夕方、散髪に行く。散髪屋ではなく、いちおう美容院。昔は「男が美容院なんて」と思っていたが、最近は男性客も多く、カットしてくれるのも男性なので、あまり抵抗感はない。しかし、その店で私ぐらいの年配の男性客に会ったことはまだない。
12月17日(水) シネ・ヌーヴォで土本作品を見る。『みなまた日記—甦る魂を訪ねて—』(04年)、『もうひとつのアフガニスタン カーブル日記1985年』(03年)、『在りし日のカーブル博物館1988年』(03年)。「水俣・東京展」のために水俣病患者の遺影を集める地道な旅(『みなまた日記』)、早くからアフガニスタンに注目しておられた慧眼、それらのことに頭が下がる思い。今回、水俣シリーズの中では重要な作品『医学としての水俣病—三部作—』は見逃してしまった。
夜、サンプルDVDで『THIS IS ENGLAND』(06年、シェーン・メドウズ監督)を見る。1983年、サッチャー政権下のイギリス。閉塞感を抱え、他を差別するというかたちで<愛国>に傾倒していく若者たち。彼らに接触した少年は、グループの誰よりも先鋭化していく。イギリスという国も複雑だなあ。2009年春、公開予定。
12月18日(木) テアトル梅田で『さくらんぼ 母ときた道』(07年、チャン・ジャーベイ監督)を見る。泣くまいと、思えど涙がちょちょぎれる(あるのかな、こんな日本語)。知的障害をもつ母を演じたミャオ・プゥの巧さ、中国の自然を美しく撮った丸池納のキャメラも印象深いが、貧しく細々とではあっても数羽の鶏と数頭の豚を育てるだけで家族3人が生きていけた時代は、今よりも良い時代だったのではなかろうかと思った。
夜、息子と会い、現在の3つの悩みを聞いた。彼には彼の人生があり、私は何もしてやれない。
12月19日(金) 梅田ガーデンシネマで『この自由な世界で』(07年、ケン・ローチ監督)を見る。衝撃を受けた。「ここに現実がある!」と感じた。2008年の私のベストワンかもしれない。ケン・ローチ監督を「彼は左翼だから」と切り捨てる人がいるが、それこそが型にはまった見方ではないのか。その思想は知らず、彼のまなざしは常に弱者とともにある、と私は感じてきた。<思想>でいい映画が撮れるはずはないのだ。私はケン・ローチの味方です、と宣言しておく。
12月20日(土) 12月の映画観賞会。梅田ガーデンシネマで『初恋の想い出』(05年、フォ・ジェンチイ監督)を見る。参加者は、Nさん、Fさん、Yさん。なかなかよく出来た恋愛映画で、楽しめた。ふたりが暮らす古びた官舎のたたずまいが、今も印象に残っている。あとで「最後のシーンはどういうことだったの?」という話になったが、パンフレットを読むと、どうもハッピーエンドではないらしい。
Nさんはお仕事のため、映画を見てから職場へ。入れ替わりにAさんが来てくださって、4人で飲み会。このとき、Aさんの肋骨にはヒビが入っていたはず。Nさんといい、Aさんといい、タフですなあ。
12月21日(日) NHK教育テレビ・ETV特集で「水俣と向きあう~記録映画作家 土本典昭の43年~」を見る。無難にまとめてあるが、なんだか物足りない。そこで(当然ながら)「土本さんがつくった番組じゃないんだ」と気がついた。改めて、土本作品の深さ、つよさを思った。事前に何人かの方に番組のことをメールで知らせてあったが、ちょっと申しわけないような気持になった。決して悪い出来ではないのだが。
12月22日(月) 予約してあったインフルエンザの予防接種を受ける。指定されていた午後2時に病院へ行ったが、結局4時半までかかった。料金は3150円。これでインフルエンザを回避できれば安いものだが、型が違うと効かないというし、どうなりますことやら。
夜、NHK・BS2で黒澤明監督の『乱』(85年)を見る。すごいなあとは思うが、さっぱり感動しない。やっぱりモノクロ時代の黒澤のほうがいい、という私の感想は動かなかった。
12月23日(火) 神戸市長田区の「神戸映画資料館」でインドの「グル・ダット傑作選」を見る。神戸映画資料館からのメールに、蓮實重彦さんが『リュミエール』12号に書いた文章が引用されていて、こうある。《グル・ダットは天才であり、『渇き』は傑作である。この歌謡映画を見て背筋に震えが走らなければ、あなたは映画とは無縁の存在だ。その抒情の鮮烈さにおいて『シェルブールの雨傘』などを遙かに超えている。最良のダグラス・サーク、最良の成瀬巳喜男だけが『渇き』のグル・ダットにかろうじて拮抗しうるだろう》。これを読んでしまったら、見に行かないわけにいかない。
見たのは3本。『表か裏か』(54年)、『渇き』(57年)、『紙の花』(59年)。『表か裏か』は楽しいコメディだが、『渇き』『紙の花』には人生の苦しみと虚しさが横溢している。製作年で見る5年の間に、グル・ダット監督の身に何が起こったのだろうと考えたくなるほど、作品の味わいは異なる。3本とも見て損はなかったが、映画と映画の間の休憩時間が15分ほどしかなく、トイレへ行って、煙草を吸ったらもう終わり。上映室の前はカフェになっているのに、好きなコーヒーの一杯も飲めず、11時から8時間、まるで苦行僧になったような気分。「蓮實さんにやられたなあ」と思いつつ帰路についた。
12月24日(水) 世間はクリスマスなれど、私には関係がない。しかし散歩に出たついでにケーキを買ってきて、アジアン映画祭事務局のK嬢と食べる。
12月25日(木) 大学時代の友人Kと、法善寺横丁のスナックで飲む。これという話をするでもなく、ただカラオケを歌い合うばかりだった。気の置けない友人というのは、そういうものかもしれない。
12月26日(木) 宝塚市売布(めふ)神社のシネ・ピピアで『アクロス・ザ・ユニバース』(07年、ジュリー・テイモア監督)を見る。ビートルズの名曲が33曲も詰め込まれたミュージカル映画で、描かれている時代も私の若き日と重なるのに、いまいちピンとこなかった。どうも私はミュージカルと相性が悪いようだ。「音楽に対する感性が欠けているのかな」と、少しへこむ。
12月27日(金) シネ・ヌーヴォで運営委員会。今期は、シネ・ヌーヴォ始まって以来の悪い成績になりそうだ。給料は減る、税金は上がる、ついには首を切られる、というようなご時世では、映画を見る余裕ももてないということか。
ま、それはそれとして、いつもの「小川下(こかげ)」で忘年会。二次会もおなじみの「権太呂」で。シネ・ヌーヴォの仲間はいい人ばかりで、まがりなりにも12年も続けてこられたのは、彼・彼女らのおかげであるが、それにしてもみんないい歳になったねえ。
12月28日(土) 梅田ブルク7で『ワールド・オブ・ライズ』(08年、リドリー・スコット監督)を見る。ディカプリオもいい歳になった。ラッセル・クロウも上手。見ていて面白かった。しかし、これを書いている今、なんとも印象が薄いのだ。ハリウッド映画の行き詰まり、だろうか。
12月30日(火) TOHOシネマズ梅田で『レッドクリフ Part1』(08年、ジョン・ウー監督)を見る。第3回おおさかシネマフェスティバルに来てくれたチャン・チェン(『呉清源 極みの棋譜』『百年恋歌』で外国映画部門主演男優賞)が、大きな役で出ていて嬉しい。その男勝りの妹を演じているのがヴィッキー・チャオで、それがあの『初恋の想い出』のヒロインだとは、言われるまで気がつかなかった。お話のほうも充分楽しめたが、やっぱり次(Part2)を見てみなくちゃね、というところ。
12月31日(水) 梅田ガーデンシネマで『ブロークン・イングリッシュ』(07年、ゾエ・カサヴェテス監督)を見る。ジョン・カサヴェテス監督の娘のデビュー作だが、すでに一本立ちしている。30代女性の自立と恋を描いて破綻なく、心地よく見られる。主人公ノラを演じたパーカー・ポージーにも好感をもった。2008年最後の映画がこれでよかった、という感じ。
夜、友人たちと飲み食いしながら事務所で年越し。それもまたよし。

※ようやく昨年分が終わりましたが、もう2月。「今年の1月分はどないすんねん!」と言われそうですが、引き続き大車輪で追いかけます。どれだけ簡潔に書けるか、挑戦してみますかね。
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