2009-01-28

約束

テーマ:映画
自分の放った言葉に呪縛されている。昨年12月分の日記を《ササッと走り抜けます》と書いたことだ。12月はおろか、今月ももう終わろうとしているのに。あだやおろそかに約束などすべきではない。
そういえば、『約束』という映画があった。萩原健一・岸恵子主演のそれ(72年、斎藤耕一監督)ではない。アヌーク・エーメ主演の『約束』。私の周りには映画ファンが多いが、この映画を知っている人は少ない。1969年製作で、共演はオマー・シャリフ、監督はシドニー・ルメット。フランス映画だと思っていたが、アメリカ映画だったのだ。
学生時代に見た。当時片思いしていた人がアヌーク・エーメに似ていたから。内容はすっかり忘れてしまったが、そのころの気持と同様、悲しい映画だったと思う。人が映画を見る動機もさまざまである。

さて、昨年の手帳を引っ張り出してきて、今日書けるところまで書いてしまおう。
12月2日(火) 「おおさかシネマフェスティバル」(09年3月21日・22日)に向けての会議。私が提案した『「プガジャ」の時代』出版記念企画として『ガキ帝国』(81年、井筒和幸監督)を上映することなどが決まる。
12月3日(水) 大阪大学豊中キャンパスで開かれた「映画字幕翻訳・特別講義」に出席。講師は字幕翻訳家の寺尾次郎さんとアテネ・フランセ文化センターの堀三郎さん。約1週間で一本の映画の字幕を仕上げる、という寺尾さんのお話には驚いた。阪急・石橋駅近くの韓国料理店「貞子」で打ち上げ。ここで飲んだマッコリが、まっことうまかった。
12月4日(木) テアトル梅田で『天国はまだ遠く』(08年、長澤雅彦監督)を見る。悪くない。最後、ふたりがあっさりと別れていくところがいい。
12月5日(金) テアトル梅田で『リダクテッド 真実の価値』(07年、ブライアン・デ・パルマ監督)と『ファン・ジニ 映画版』(07年、チャン・ユニョン監督)を見る。テアトル梅田が多いのは、その会員になっていて、1000円で映画を見られるため。『リダクテッド』は、デ・パルマさん、<見せ方>にずいぶん工夫しましたねという印象。『ファン・ジニ』は、主演のソン・ヘギョが文句なしに美しく可愛く、もうそれだけで大満足。
夜はK先生のお招きで「ぼたん鍋」パーティーに参加。猪肉にもランクがあることを知った。鍋奉行はYさんにお任せで、ひたすら飲み食い。「ほんとに何もしませんね」と言われてしまった。すみません。
12月6日(土) 大阪歴史博物館で「追悼企画・土本典昭の世界」を開催。『ある機関助士』(63年)、『ドキュメント 路上』(64年)、『不知火海』(75年)を上映し、キャメラマンの大津幸四郎さんと土本監督の奥様である土本基子さんにお話をしていただいた。大学時代の同級生が5人も来てくれて、ありがたく嬉しかった。
12月7日(日)・8日(月) シネ・ヌーヴォで土本作品を見まくる。『海とお月さまたち』(80年)、『記録映画作家の原罪』(03年、土本基子撮影・編集)、『記憶の形見』(08年、土本基子製作)、『水俣—患者さんとその世界—』(71年)、『水俣一揆—一生を問う人びと—』(73年)、『水俣病=その20年=』(76年)、『水俣病—その30年—』(87年)、『水俣レポート1 実録 公調委』(73年)、『わが街わが青春—石川さゆり水俣熱唱—』(78年)、『水俣の図・物語』(81年)。土本監督が粘り強く残された仕事の偉大さ、記録しておくことの重要さ、未だにこの公害病を解決できないこの国のどうしようもなさ、などを思った。重い映画群だ。しかし、その底に人間への希望がある。
12月9日(火)~15日(月) 自宅にて、プチ引きこもり。ときどきこうなる。理由はよく分からない。今年(09年)はまだやっていない。

※ちょいとブルーになってきたので、今日はここまで。たぶん次回で12月分は終えられるでしょう。約束はしませんが。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事
 もっと見る >>
2009-01-18

誕生日の雑感

テーマ:日常
今日で満58歳になった。同じ1月生まれの人と合同で誕生パーティーをしていただいたり、バースデーカードを送っていただいたり、祝いの万年筆をいただいたり、「おめでとう」と言っていただいたりした。ありがたいことである。幸せなことである。だがしかし、心のどこかに一抹の寂しさがあるのはなぜだろう。
そもそも、58というのはビミョーな年齢である。老人、ではないだろう。ギリギリ中年か。初老、というのがもっともふさわしいのかもしれないが、<老>の字はあまり使いたくない。そうなのだ、いちばん問題なのは、本人に58という自覚がないことだ。30代には、「自分は30代だ」という強い自覚があった。40代ではそれが薄れ、50代においては「嘘だろう、信じられねえ」という思いでずっと生きてきた。困ったことだが、自分の周りを見回してみれば、同じように<大人になれない>男たちがたくさんいるように思う。世代の特徴、であろうか。このままあと10年、20年たったら、この国はどうなってしまうのだろうと思わぬでもないが、そんなことは私の知ったことではない。
さて、58歳で亡くなった人には、溝口健二、開高健、ジョージ・ハリスン、アンディ・ウォーホルなどがいる。偉大な業績を残された人々と自分を比べるのはおこがましいが、なるほどそういう年齢なのかと思い、もういつ死んでもおかしくはないのだなとも思う。そうであれば、べつに怖いものはない。本人の自覚は伴わなくても、もう充分に生きてきたのだ。
で、この先を<余生>と考えれば、何でもできそうな気がしてきた。まだ死にそうもないので、これから一花も二花も咲かせてやるか。昔だれかに「大器晩成」と言われたこともあったしな。
てなこと言いながら、花も咲かせず、晩成もせずにくたばっていくのであろうが、何事を為すにもまず<気分>が大事でありますから。

※1月8日に《次回でササッと走り抜けます》と書いた昨年の12月分がまだ手つかずで、「もういいんじゃないの、お前の12月なんて誰も気にしちゃいないんだから」と思いつつ、12月はけっこう映画を見たので、せめてそのことだけでも記録しておきたいと思っております。「思っちゃいけねえ(実行あるのみ)」が、死んだ親父の口癖でした。その父の十三回忌が、もう目前です。脱線しましたが、次は12月分を書くということで、ヨロシク。
AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2009-01-08

「第9回東京フィルメックス」報告

テーマ:映画
もう松も明けてしまった。年賀状も、いただいたものに返事を出すだけという、相変わらずのていたらく。今年も先が思いやられる。でもまあ、遅ればせながら「明けましておめでとうございます」とだけは言っておこう。
昨年の11月下旬に行った「東京フィルメックス」の報告も、書いては中断、書いては中断を繰り返していた。今日こそ、これだけは片付けてしまおう。しかし長いよ~。いったい誰が読んでくれるんだろう。

1日目(11月24日) 11時13分、東京着。あとの列車で着くシネ・ヌーヴォのY(人妻)が東京は不案内だというので、ホームで待つ。Yと合流し、有楽町へ。有楽町でコインロッカーを探すが、すべて使用中。仕方なく、そのまま有楽町マリオン11階の朝日ホールへ。受付で荷物を預かってくれたので助かった。
さっそく見たのが『いつか分かるだろう』(08年、アモス・ギタイ監督)。ドイツ軍占領下のフランスというと、レジスタンスを連想するが、そこにもユダヤ人を<売る>連中がいたという事実を突きつける。重いテーマだが、厳しい状況の中で貫かれた人間の<誇り>が胸を打つ。両親を虐殺され、子どもを守るためにあらゆる手段を尽くしたリヴカ(ジャンヌ・モロー)の現在の姿。子どもには多くを語らず、孫にユダヤ人としての未来を託そうとする。子どもにも事実を伝えればいいじゃないかと思うのだが、それは戦争を知らない世代の発想かもしれない。静かな描写が続く映画で、途中で少し眠ってしまった。
『完美生活』(08年、エミリー・タン監督)。現代中国に生きる2人の女性を描いている。その描き方だが、一人はフィクションで、もう一人はドキュメンタリー風になっている。だがあくまで<風>なのであって、ドキュメンタリーではない。その意図がよく分からなかった。描写は淡々としている。ジャ・ジャンクーが製作に参加していて、その影響もあるのかと思う。
夜は映画評論家U氏の案内で、有楽町の「爐端(ろばた)本店」へ。シネ・ヌーヴォのKとY、コミュニティシネマ大阪のKも一緒。あとから東京国際映画祭のI氏も合流。食べ物、飲み物のすべてが美味であった。私は少し飲みすぎて、爐端の横でしばしトドのように眠る。
夜10時半、叔母の家に泊めてもらうためにJR中野駅で下車すると、雑踏の中にH氏を発見。東京にいたころお世話になった出版社の社長だ。声をかけると、一瞬とまどった表情。そりゃそうだ、こんなところで出会うなんて、奇跡的な確率だもの。「東京におられる間に、一度会いましょう」と言っていただき、あわただしく別れる。

2日目(11月25日) 前日、少し眠ってしまったので、アモス・ギタイの『いつか分かるだろう』をもう一度見る。これは凄い映画だと改めて思った。
シネ・ヌーヴォのKに誘われ、フィルムセンターに移動して蔵原惟繕(くらはら・これよし)監督特集の一本『憎いあンちくしょう』(62年)を見る。石原裕次郎、浅丘ルリ子主演の日活青春映画で、東京から九州へのロードムービー。1960年ごろの風景が懐かしい。また、どこまでも<熱い>セリフが時代を感じさせる。当時22歳だかの浅丘ルリ子は、文字どおりの体当たり演技。ばかでかいジャガーを運転し、下着姿を披露し、京都の寺では裕次郎が発進させるジープに取りすがってスッ転んだりする。
上映後、なんとその浅丘ルリ子さんが舞台挨拶に登場! 15分ほどのお話の中に、ユーモアと落ち着き、映画に対する情熱などが感じられ、大いに好感をもった。
朝日ホールに戻り、『黄瓜(きゅうり)』(08年、チョウ・ヤオウー監督)と『夜と昼』(08年、ホン・サンス監督)を見る。
前者は中国映画。北京に暮らす3組の人々を描く。工場を解雇された中年男、映画学校を卒業したが職もなく映画スターになることを夢見ている青年、10歳の息子を大学に行かせたいと懸命に屋台で野菜を売っている夫婦。いずれも、現代中国の現実を反映しているのだろう。3つのエピソードのそれぞれにキュウリを使った料理が登場し、巧いなと思った。だが、登場人物の表情もよく分からないような引きの画(え)が多く、また対象を突き放すかのように淡々とした描写も、なんだかジャ・ジャンクーかホウ・シャオシェンの亜流のように感じられた。
上映後にチョウ・ヤオウー監督との質疑応答の時間が設けられていて、たった10日ほどでこの映画(しかも第1作)を撮り上げたという話には驚いた。それより、司会を務められた東京フィルメックス・ディレクターの林加奈子さんが、「すごい才能」などと何度も監督を持ち上げたことに違和感を覚えた。
後者の『夜と昼』は韓国映画。ユーモラスな描写の中に、「男ってアホだなあ」と痛感させる快作。主人公のスンナムは韓国の画家。30歳ぐらいに見える。友人とマリファナを吸ったことが当局にばれ、警察の査問を受けそうだというのでパリに逃げてくる(このあたり、日本でもありそうな話だ)。スンナムは韓国人が経営するホステルに身を寄せ、国には妻もいるのだが、一時的な独身生活を謳歌することになる。ホステルの経営者が紹介してくれた女性と美術館へ行ったり、昔の恋人と偶然再会したりする。そんなパリの韓国人社会の中で、やがて小悪魔的な女子学生ユジョンに出会い、惹かれてゆく。小娘に翻弄されるスンナムがおかしく、また身につまされる。最後に登場する妻をはじめ、彼の周りの女性がみな魅力的で、「いい気なもんだが、その気持はよく分かる」と言いたくなってしまった。やっぱり男ってアホだねえ。
5本目は「シネカノン有楽町1丁目」で『べガス』(08年、アミール・ナデリ監督)。ラスベガス郊外の小さな家に暮らす3人家族。賭博に目がない父、働き者の母、12歳になる息子。そんなある意味典型的なアメリカ人家庭に、降って湧いたようなウマい話が転がり込む。その話に乗ろうとする父、警戒する母、傍観する息子。やがてその図式は崩れ、家族全員が<欲望>の虜になってゆく。その行き着く先は……。なんとも怖い話を、説得力充分に展開してゆく力業に圧倒された。
私はシネ・ヌーヴォのYと並んで見ていたのだが、その真後ろにアミール・ナデリ監督本人が座っておられ、上映後に私たちは「グッド フィルム!」などと言いながら握手を求めた。こういうのも映画祭の醍醐味だ。

3日目(11月26日) 朝から元気に有楽町の朝日ホールへ。
1本目は香港映画『文雀』(08年、ジョニー・トー監督)。香港の街でスリを稼業にしている4人の男たち。技を競い合い、カメラやバイクの趣味に生きと、なんだか楽しそう。その4人が、別々の場所で一人の美女に出会い、魅せられてゆく。その出会いは仕組まれていたのだが、やがて彼らは彼女の苦境を知り、そこから救い出そうとする。そのため、暗黒街の大物と対決する羽目になるのだが……。このあたり、ちょっと山中貞雄の『河内山宗俊』(36年)を思い出したりしたが、あそこまでの<男気>は感じられなかった。まあ娯楽映画だし、ヒロインもいい女だったので許す。
次は『ウェルカム・トゥ・サンパウロ』(07年、監督:アモス・ギタイ、ツァイ・ミンリャン、ミカ・カウリスマキ、吉田喜重、レオン・カーコフほか)。チラシによれば、《サンパウロ映画祭の呼びかけにより、世界の18人の映画作家達が巨大都市サンパウロを様々な視点からとらえた17話オムニバス・ドキュメンタリー》とのこと。錚々たる監督たちが参加しているわけだが、玉石混淆なうえに、17話もあると何が何だか分からなくなってしまう。全体を貫くコンセプトも希薄で、オムニバスの欠点が出まくりの作品だった。
オマケとして(?)、2本の短編映画が併映された。一本はマノエル・デ・オリヴェイラの『可視から不可視へ』(08年)。難しそうなタイトルとは裏腹に、街角で出会った男2人がやあやあと話していると、片方の男の携帯が鳴る。話を中断して電話に出る。電話を切って話に戻ると、今度はもう片方の男の携帯が鳴る。話は中断され、気まずい空気。そんなことが繰り返され、ついに携帯を通じて話すことにする(相手は目の前にいるのに)という漫画みたいな7分の作品。現代の世相風刺なのか、2008年12月で100歳になったオリヴェイラ監督の余裕のおふざけか、そのへんは判断しがたいが、ギャグとしてはいまいちだなあ。
刮目したのはもう一本のほうで、ジャ・ジャンクーの『河の上の愛情』(08年)という19分の作品。冒頭から、「これはただものではない」と思わせる。30歳ぐらいの女性2人が立っていて、同時に顔を左右に振る。ポーン、ポーンとボールを打つ音も聞こえてくる。どうやらテニスを見ているようなのだが、そのボールも、ネットも、打ち合っている男2人の姿も見えない。観客をいきなり画面に引き込む巧みな演出だ。その場にいる4人の男女は、大学時代を一緒に過ごした仲間で、恩師の招きに応じて蘇州に集まったという設定。今は別々の人生を歩んでいるが、かつては4人の間に微妙な愛情関係があったようだ。曇り空の下、4人を乗せた小舟が蘇州の川を滑るようにこちらに向かってくる画面の、なんという美しさ! これから何かが始まるという予感に満ち、いつまでも見ていたいと思わせる。ここから長編映画を作ってほしいなあ。
今回、ジャ・ジャンクー風あるいはその亜流という作品を何本も見た気がするが、本家はそんなもんじゃない、という感想。
次の映画までの間に、「有楽町といえば、いい喫茶店があったなあ」と思い出し、探してみた。数年前、映画評論家のY氏に教えてもらった店だ。あやふやな記憶だったが、うまい具合に発見できた。「十一房珈琲店」という。コーヒーの値段は少し高めだが、雰囲気がいい。東京フィルメックスの公式カタログなど読みながら、しばし休憩。
3本目はカザフスタンの映画で『ヘアカット』(07年、アバイ・クルバイ監督)。反抗の象徴か、髪を男の子のようにショートカットにした10代の少女アイヌールが主人公。両親は離婚し、学校にもなじめず、友達もほとんどいない。カザフスタン最大の都市アルマティが舞台だが、その風景も荒涼としている。だが、その殺風景なだだっ広い場所に少女が独りでポツンといるとき、それが妙に似合うし、彼女の孤独を風景が包み込んでいるようにも見えるのだ。「厳しい現実だけど、生きろ!」という監督のメッセージが込められているように感じた。アイヌールを演じた少女も私好みで、これが長編デビュー作になるというアバイ・クルバイ監督の名を覚えておこうと思った。
上京してから、訃報に接した。いつもお世話になっているブックデザイナーS氏のお父上が亡くなったという。『ヘアカット』を見に来ておられた映画評論家のU氏(前出)と一緒にお通夜の会場へ。「知らない人ばかりだったら困るな」と思っていたが、映画を通じての知り合い多数でホッとする。香典は受け取られず、いわばタダで飲み食いさせていただいて辞去する。
有楽町に戻り、「シネカノン有楽町一丁目」で『ティトフ・ヴェレスに生まれて』(07年、テオナ・ストゥルガー・ミテフスカ監督)に挑戦。マケドニアの女性監督の第2作だが、お通夜の席でいただいた少しのビールがまわり、半分ぐらい眠ってしまう。筋はさっぱり分からず、非常に凝った美しい映像だけが記憶に残っているのみ。やはり私は映画の前に酒を飲んではダメだなと思い知った。

4日目(11月27日) 朝日ホールでドイツ映画『クラウド9』(08年、アンドレアス・ドレーゼン監督)を見る。老人の恋と性を真正面から描いている。こういう映画があっていいと思うし、大いに勇気づけられもした。ただ、主人公インゲを演じた女優さんが好みではなかった。太り気味なのはまだいいとしても、眉毛が薄いのは勘弁してほしい。どうしても酷薄な感じに見えてしまうので。それにしても、「クラウド9」ってどういう意味なのだろう。
フィルムセンターに移動し、蔵原惟繕監督特集の一本『海底から来た女』(59年)を見る。鮫の化身と青年の恋を描いた作品で、原作は石原慎太郎の「鱶女」。公式カタログには《鮫の化身を妖艶に演じた筑波久子が魅惑的。とりわけ水中撮影のシーンは夢幻的に美しい》とあるが、いずれもそれほどでもなし。石原慎太郎も好きじゃないしね。それより、美術・照明などがしっかりしていることに驚いた。1959年は昭和34年だが、このころの日本映画の水準の高さを目の当たりにした思い。
午後3時、初日にJR中野駅でバッタリ再会したH氏と新宿で会う。「紹介したい人がいる」というのだが、この人がなかなか現れない。午後4時半、アルタ前でその人と合流し、四谷のS館(出版社)へ。紹介されたのは、入江富美子さん。主婦をしながら撮ったドキュメンタリー『1/4の奇跡~本当のことだから~』がクチコミで評判となり、第2作『光彩(ひかり)の奇跡』も撮ったという女性監督。何をするにも一生懸命で、しかし映画については素人で、どこか助けてあげたくなってしまうような人。そして、なんと大阪の人だった。残念ながらその作品は知らなかったので、DVDを送っていただくことになった。これから大阪へ帰るという入江さんと四谷駅で別れ、私は再び新宿へ。
午後7時、新宿の「犀門(さいもん)」という店で、写真家のS氏、元「シネ・ヌーヴォ」スタッフで10月から東京の映画配給会社に勤めているU嬢と飲み会。その店で、注文を取りにきたのが占部房子さんだったので、またびっくり。シネ・ヌーヴォでも上映した『バッシング』(05年、小林政広監督)に主演した女優さんだ。聞けば、この店でアルバイトをしていて、東京フィルメックスに出品されている『PASSION』(08年、濱口竜介監督)にも出演しているという。残念ながら、その作品は見られなかったが。
楽しい飲み会は11時半ごろお開きとなる。だが、私はまた眠ってしまったようで、後半のことはほとんど覚えていない。

5日目(11月28日) 11時10分から朝日ホールで『リーニャ・ヂ・パッシ』(08年、監督:ウォルター・サレス、ダニエラ・トマス)を見る。ブラジルのサンパウロに住む貧しい家族を描いている。息子4人とシングルマザーの母親。息子たちはそれぞれ父親が違い、母もすでに中年に達している。長男はサッカーがうまく、プロのサッカー選手になることを目指しているが、家が貧しいためにチームの監督に渡すワイロを用意できない。それを渡せば、プロのスカウトに推薦してもらえるのだが。次男は犯罪に手を染めてしまう。三男は宗教によって救われようとするが、厳しい現実の前に、それも破綻する。つまり、家族のだれもが<貧困>から抜け出そうともがくのだが、その壁は高く厚い。家族の関係も壊れそうになる。見ていて辛いのだが、そのリアリティーが圧倒的なので、目をそらすことができない。とことん硬派で、それがいい。
ところで、監督の一人ウォルター・サレスは、あの『モーターサイクル・ダイアリーズ』(03年)を撮った人で、私は昨年2月1日の日記に《(他の作品には)失礼ながらそれほどのものはない》と書いてしまったが、早とちりだったなと反省した。

この映画を最後に、もう一度「十一房珈琲店」に寄ってから大阪に帰ってきた。結局、5日間で14作品を見たことになるのか(『ティトフ・ヴェレスに生まれて』は数に入れない)。良い作品にずいぶん出会えたという印象なのだが、コンペティション入選作は見逃したものばかりだった。紹介しておくと、最優秀作品賞は『バシールとワルツを』(08年、アリ・フォルマン監督)。審査員特別賞は『木のない山』(08年、ソヨン・キム監督)と『サバイバル・ソング』(08年、ユー・グァンイー監督)。それだけ「東京フィルメックス」の水準が高いということだろう。せめて入選作ぐらいは劇場公開してほしいものだ。

※以上で「第9回東京フィルメックス」報告を終わります。ここまで読んでくださった方に感謝します。まだ昨年の12月分が残っていますが、次回でササッと走り抜けます。話かわって、今日の朝日新聞(朝刊)に、松本雄吉さんが「呼吸機械」の作・演出で第8回朝日舞台芸術賞のアーティスト賞を受賞されたことが大きく載っていました。松本さんならびに維新派の皆さん、おめでとうございます。琵琶湖のほとりでその劇を見たことが、自慢になりそうです。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。