2008-11-19

『蒼ざめた馬』

テーマ:映画
恒例の映画観賞会。シネ・ヌーヴォでロシア映画『蒼ざめた馬』(04年、カレン・シャフナザーロフ監督)を見た。原作は革命家でもあったロープシン(ボリス・サヴィンコフ)の同名小説。岩波現代文庫で翻訳が出ている。タイトルは、ヨハネ黙示録・第6章第8節の死を象徴する馬ーー《見よ、蒼ざめたる馬あり、これに乗る者の名を死といひ、陰府(よみ)、これに随(したが)ふ》から取られているらしい。

今回の参加者はNさんとYさん。お二人ともお忙しかったらしく、上映の5分前と2分前にご到着。偶然、シネ・ヌーヴォ運営委員のOさんも見に来ておられたので、4人並んで観賞。
1904年のロシア。日本では明治37年だから、ちょうど日露戦争のころ。ロシア革命の直前でもある。ロマノフ王朝の転覆を企て、皇室関係者を次々と暗殺している社会革命党(エスエル)戦闘団の面々がいる。モスクワのキャバレーで、次はセルゲイ・アレクサンドロヴィチ大公をやるぞと、その暗殺計画を練っている。だが、いざ実行してみると、大公を乗せた馬車が急に進路を変更したり、爆弾が不発だったり、子供が一緒に乗っていたり(それで爆弾を投げるのを断念するのだが、ここはちょっとホッとする場面だ)で、なかなかうまくいかない。
馬車にはたいした護衛もついていないし、使われるのは手作りの爆弾やピストルだったりで、暗殺で人が殺されるのは今も昔も悲惨なことだが、映像としては残酷さを避けているようで、牧歌的な感じすらした。つまり派手なドンパチや爆破シーンが少ない分、テロリストたちが交わす会話や人間関係に重点が置かれている。そこでは、生と死の意味、男女の愛、孤独などが掘り下げられているのだが、映像的にはちょいと退屈で、Nさんは少し眠ってしまったらしい。
大公の暗殺は、最終的には成功するのだが、その後の主人公たちの運命は過酷だ。処刑、獄死、自殺など、みんな死んでしまう。そんな犠牲の上に成し遂げた革命なのに、今のロシアを見てみれば、理想って何なのだろう、人間は愚かだなあと思わざるを得ないわけで、悲しい気持になってしまうのだった。もちろん、「ほらね、社会主義より資本主義だろ、やっぱり」という気持にもなれないわけで、余計にもどかしい。

映画のあとは、Oさんも誘って飲み会。草鍋の「小川下(こかげ)」も水餃子の「吉林菜館」もお休みなので、九条駅前のお好み焼き屋へ。テーブル席はいっぱいで、仕方なくカウンターに並ぶ。そのカウンター席も、私たちが入った後すぐにいっぱいになり、「よかったねえ」と顔を見合わせた。
映画の印象がブルーだったためか、その話はあまり出ず、韓国へ行ってきたばかりというOさんの話から、仕事で上海へ行ったというNさん、1年間カナダに留学していたというYさんの話まで、海外の話題に花が咲いた。みんな活動的なんだねえ。
こう寒いと、お好み焼き、焼きそば、野菜炒め、豚キムチなどが嬉しく、かつおいしく、酒も進んだ。NさんYさんは、Oさんとは初対面で、話がはずむかと心配でもあったのだが、Oさんの穏やかな人柄のおかげもあって、楽しい飲み会となった。来月は20日前後かな、ということでお開きとなる。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事
 もっと見る >>
2008-11-18

交通事故

テーマ:日常
昨日の午後、事務所で仕事をしていたら、マンションの真下でガシャンと大きな鈍い音がした。とっさに「事故だ!」と思った。窓から下をのぞいてみたが何も見えず、ドアを開けて非常階段に出てみた。すべてが、よく見える。
マンション前の広い通り。左手から来て右折し、路地に入ろうとしたのだろう、ダークグリーンの乗用車が路地の入り口にとまっている。その手前に、白い軽のバン。右手から広い通りを直進してきて、乗用車の横にぶち当たったようだ。乗用車の後部ドアあたりが大きくへこみ、付近にはガラスとウインカーのオレンジ色のプラスチック片がちらばっている。
白いバンを運転していたらしい女が、あたふたと車の周りを動き回っている。乗用車のほうはドアを開け、運転していたらしい男は車のそばに立っている。どうやら、けが人はいないようだ。やがてパトカーの音も聞こえてきて、私は部屋に戻った。
夕方、いつもの喫茶店へ行くために下へおりてみると、車の姿はなく、細かいガラス片とプラスチック片だけが道路に残っていた。ブレーキ痕はどこにもない。ということは、白いバンの前方不注意ということになるのではないか。
走っている車の威力のすさまじさ恐ろしさを実感すると同時に、運転しているやつが常に前を見ているわけではないのだなと、あらためて思った。最近の飲酒運転は言語道断としても、ケータイで話しながら運転している輩はしょっちゅう見かけるからだ。
私はバイクすら運転できないが、こういうのを見ると、もう運転免許など一生いらないやと思う。そして、青信号で道路を渡るときも油断はできないぞと思った。くわばら、くわばらである。

ブレーキ痕で思い出すのは、高知の白バイ衝突死事件だ。私は明らかな冤罪だと思っている。
2006年3月3日、中学生22人を乗せたスクールバスが駐車場から出て右折しようとし、手前の車線で停車しているとき、その車線を直進してきた白バイがスクールバスに衝突し、運転していた白バイ隊員が死亡したという事件だ。
このスクールバスが止まっていたか動いていたかが大きな争点となり、道路に長さ1メートルほどのブレーキ痕が残っていたので、裁判では動いていたと判断されたのだが、このブレーキ痕は警察側のねつ造ではないかという疑惑がもたれている。
裁判もひどい。事故を目撃したという別の白バイ隊員の証言は、同僚だからといって信用できないわけではないとし、第三者の「スクールバスは止まっていた」という証言は、第三者だからといって信用できるわけではない、とされたのだ。これでは、どんな<事実>でも作れてしまう。
最高裁まで行ったが、上告は棄却され、スクールバスの運転手は1年4カ月の実刑をくらい、今年の10月23日に高知刑務所に収監されてしまった。なんという国だろう! 本当に恐ろしい。裁判員制度など、私は絶対に参加したくない。
詳しくは「高知白バイ事故=冤罪事件確定中」(http://blogs.yahoo.co.jp/littlemonky737)などを参照されたい。

ブログで思い出したが、この日記に何度か登場していただいた写真家の首藤幹夫(しゅとう・みきお)さんも「metamorphotos」というホームページを持っておられる(http://www.h6.dion.ne.jp/~shuto/)。あまり頻繁には更新されないのだが、その「blog」欄の11月11日の文章「彼女の視線」が素晴らしい。首藤さんは詩人だなあ、と思う。その思いは、彼の写真作品にもつながってゆく。そして、こういう文章を書きたいけど、俺には絶対に書けないだろうなあとも思うのだ。まあ読んでみてください。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-11-17

光陰矢のごとし

テーマ:映画
また風邪をひいてしまい、しばらく休養。その途中から、日記更新も面倒くさくなってしまった。ま、そのへんも「ケセラセラ」なので、お許しあれ。

風邪をひく直前の7日(金)にはテアトル梅田で『コドモのコドモ』(08年、萩生田宏治監督)を見た。ある種のメルヘンというか、現実にはありえないようなお話だが、主人公の女の子(甘利はるな)と優等生の女の子(伊藤梨沙子)が素晴らしく、最後まで引き込まれて見た。映画が訴えかけている<命の尊さ>に異論はないが、帰ってテレビをつけてみれば毎日のようにひき逃げ事件が起こっており、そのギャップに暗澹となる。

風邪で自宅にこもっていた間、テレビでずいぶん映画を見たが、不思議とあまり覚えていない。あ、『大菩薩峠』(60年、三隅研次監督)は良かった。シリーズ第1作で、今週の水曜に第2作「竜神の巻」、来週の水曜には第3作「完結篇」が放映される(KBS京都)。
そうそう、昨夜見た『大阪物語』(99年、市川準監督)も忘れちゃいけない。この映画には、私の知り合いが3人も出演しているのだ。いずれもチョイ役だけど。そして、この十年の間に、そのうちの2人とは疎遠になってしまい、フクザツな心境。また、映画の中ではお元気なミヤコ蝶々さんも夢路いとしさんも亡くなり、先日は市川準監督まで59歳の若さで亡くなってしまったのだから、呆然とする。

15日(土)には茂木正男さんの訃報を電話で知らされ、言葉もなかった。茂木さんは高崎映画祭代表、シネマテークたかさき総支配人で、映画を通じての仲間、同志だった。享年61。来週「東京フィルメックス」へ行く前に高崎に寄り、お見舞いにうかがおうと思っていたところだったのだが、間に合わなかった。茂木さんも侯孝賢の『珈琲時光』に出演しておられる(当ブログの「映画評」参照)。ご冥福を祈る。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-11-03

3連休を満喫

テーマ:日常
11月1~2日、息子をふくむ9人で淡路島に遊ぶ。リフレッシュできました。移動は、トヨタ ハイエース グランドキャビンという10人乗りのワゴン。運転も計画も、すべてN君まかせ。お世話になりました!

1日(土) 9時半ごろ大阪を出発し、神戸から明石海峡大橋へ。この橋を渡るのは2度目か。まずは淡路市楠本の「あわじ花さじき」へ。広い広い丘に、サルビアやコスモスが咲いておりました。海も見えて、気持いい! お弁当を持って来るとよさそうなところ。
「淡路夢舞台」(淡路市夢舞台)の広東料理店「海華」で昼食。この淡路夢舞台も安藤忠雄氏の設計。広大な敷地に、自由に設計しました、という感じ。ともかく広い。時間があれば、一日中でも見て歩けそう。お年寄りもいるので、それはできず。
さらに南下して洲本市へ。目指すは「平野パン」。淡路島では有名なパン屋さんらしい。どこにでもありそうな小さな店だったが、お客さんは引きも切らず。周りのシャッターを閉めたままの店と対照的だった。女性陣はどっさり買い込み、男性陣は車を降りず。
そこから淡路島を西に横断して、午後4時ごろに南あわじ市の国民宿舎「慶野松原荘(けいのまつばらそう)」に到着。すぐ目の前が海で、さっそく海岸線を散歩。文鎮用に石を拾う。次に、コンビニまで15分の道を歩き、ビールやおつまみを買ってきた。
風呂は炭酸水素ナトリウム泉の「うずしお温泉」。露天風呂もあって、大満足。
夕食は淡路牛会席。牛さし、ヘレステーキ、牛しゃぶ、牛にぎりと、久しぶりに牛肉を堪能。
食後は、これも何十年ぶりかで麻雀。一時は負けが込んだが、最終的には900点のマイナス。たまにやると面白いもんだ。午前1時に就寝。

2日(日) 6時半に目が覚め、さっそく温泉へ。曇っていて、日の出は見えず。
チェックアウトまでに、ふたたび海辺を散歩。陽も射してきた。近くの広場で「日本犬保存会」が犬の品評会(?)をやっていた。
10時にチェックアウトし、さらに南へ。福良港の近く、「南あわじ海釣り公園メガフロート」のそばにある雑貨店「山桜」に寄る。ここも、女性陣が雑誌で見て、行ってみたいと希望したところ。山ひとつ越えないとたどり着けないような場所なのに、お客さんが続々。ログハウス風の狭い店内に、女の子が好きそうな雑貨が所狭しと並んでいた。腰でもぶつけて商品を壊してもいけないので、早々に退散して、裏の田んぼで蜂におびえながら立ちション。
女性陣がなかなか出てこないので、息子と海釣り公園を見に行った。海に向かって100メートルほどの桟橋がのび、その先に大きなフロート(米軍払い下げの船倉とか)が浮いていて、その上に何十人もの釣り人がいる。釣り好きも多いんだねえ。
皆を待たせてしまったかと思いつつ戻ったが、まだ女性陣は出てきていない。やがて、何を買ったのか大きな紙袋を提げて女性陣登場。店主のセンスが良い、のだそうだ。もういちど山を越えて福良港へ。
これで淡路島を北から南へ縦断したことになる。そこから、鳴門海峡の「うずしおクルーズ」に出ようというわけだ。その帆船型観潮船はなぜか「咸臨丸」といい、500人も乗れる大きなもの。出航は午後2時50分で、まだだいぶ時間がある。
で、「うずしお広場」にある「G・エルム」という店の名物ジェラートを食べる。たまには悪くない。次に、これも雑誌に載っていたうどん屋を探すが、見つからず。誌面をよく見ると、日曜は定休日なのだった。「このへんも寂れているねえ」などと言いながら港に戻り、「うずしおドームなないろ館」の2階食堂で昼食。
まだ時間があったので、隣の「うずのゆ」で足湯につかる。タダなのが嬉しい。のんびりできました。
そして、30分ぐらい前から列の先頭に並んで、ようやく乗船。西日射すデッキの上から見たうずしおは、子供のころに見たほどの迫力はなし。なんでも、時間によって渦の出来方が違うらしい。それより、同じ観潮船でも「ヘリオス」というののほうが楽しそうに見えた。こちらは24人乗りで、海流の中でグルグル回ったりしているのだ。実際に乗ってみたら、船酔いするかもしれないけど。
さて、あとは帰るだけ。午後4時過ぎに福良港をあとにし、午後5時には淡路島の北端にある「淡路ハイウェイオアシス」に到着。ここで土産物などを買う。私はここでも鳴門金時(サツマイモ)のソフトクリームを食べた。
明石海峡大橋を順調に渡り切ったまではよかったが、ここから大渋滞に巻き込まれた。あとから分かったことだが、高速道路上で故障車が動けなくなり、一車線をふさいでいたのだ。おかげで、大阪まで3時間。普通なら、その半分の時間ですんだそうだ。
午後9時ごろに遅い夕食をとり、自宅へたどり着いたのが10時半ごろ。それからメールチェックやブログチェックをして、就寝は午前4時となった。

3日(月・祝) 事務所に出て仕事しようと思っていたが、起きたのが12時過ぎで、「よし、今日は旅の疲れを取ることにしよう」と決める。一緒に旅したお年寄り二人は、お疲れが出ていないだろうか。
ゆっくりと半身浴につかり、夕方から京都へ。ヨーガの先輩たちが催す「キールタン 神と魂を結ぶ愛の歌」を聴くためだ。会場は、京都市左京区岡崎の細見美術館内の地下オープンテラス。この場所は、5年前に息子が結婚式を挙げた場所でもある。8月の暑い日だった。その息子夫婦は、残念ながら今年離婚してしまったが……。細見美術館へ行くのはそれ以来だ。だいたいの場所は分かっていたが、不安なので2回道を尋ねた。誰も知らない。案外知られていないのか。
ちょっと迷ったが、開場の6時半過ぎに到着。表には、まだ待っている人がたくさんいた。席につくと、100人ほどの人で、もういっぱい。よく人を集めたなと感心する。
午後7時、キールタンが始まる。男女合わせて10人ほどのヨーガ行者が、太鼓と笛のシンプルな伴奏のみで、神の名前と神への愛をサンスクリット語で繰り返し歌う。日本の御詠歌のようなものか。インドでは<霊的行為>とされているという。御詠歌と異なるのは、歌っている人たちが楽しそうなことだ。私がよく知っている先輩も3、4人。みんな輝いて見える。Eさんがメインボーカルだ。
そのEさん、キールタンについて説明しているうちに、感極まって言葉が出なくなる。神の名と愛を繰り返し歌っていると、人は歓喜に包まれ、やがて神を観る。そういうことを語っているときだったと思う。おそらく、Eさん自身も神を観たのだろう。その体験を言葉にできないもどかしさもあったかもしれない。
私はといえば、未だに迷いの中にあり、年頭には「今年こそ、真面目にヨーガに取り組もう」と思っていたのに、現状は真逆のところにいる。後悔ばかりの人生だが、Eさんたちのキールタンを聴いていると、真実は案外簡単なところにあるのかもしれない、と思えてきた。そして、自分が戻るところ、たどり着くところは、やっぱりここなのか、とも思った。
そういうときは、あまり人と話したくない。いつも優しく接してくださる先輩たち数人に「素晴らしかったです」「素敵でした」と声をかけてから、一人で会場を出た。河原町三条まで歩き、「六曜社」でコーヒーを飲んで帰ってきた。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。