2008-08-25

またもや停滞

テーマ:日常
自分が書くことも「つまらん!」と思えて、人さまのブログを渉猟。当たり前だけれど、いろんな人がいる。貧乏な人、裕福な人、頑張っている人、落ち込んでいる人……。突然ブログを閉鎖してしまった人もいる。一度も会ったことはないのに、「どうしたんだろう」と気になる。気になっても、どうしようもないのだが。
そんななかで、苦しんでいる人や心の病を抱えている人のブログをつい読みふけってしまう。「頑張って!」とコメントを残したくなったりするが、やたらに頑張れと言うのはよくないとか、お前が頑張れって話だろなどと思い、踏みとどまる。
女社長のブログなんてのもあって、今日はどこで何を食べたとか、旅行、エステ、高級ホテル、パーティー、習い事などの話題が並んでいる。正直、うらやましいのだが、その一方で「この人は幸せなんだろうか」と思ってしまう。そのどこかに、空虚さを感じるからだ。
結局のところ、みんな(私も含めて)なんのために生きるのかが分からないから、迷ったり、傷ついたり、お祭り騒ぎをしているのではないか。そう考えると、私のたどたどしい歩みも、ともに悩むという点では、少しは読んでいただく意味があるのかなと思えてきた。

20日(水)、恒例の映画観賞会で『崖の上のポニョ』(08年、宮崎駿監督)を見た。参加者はNさんとFさん。毎回、十数人の方にメールで案内をお送りしているが、参加されるのは2、3人で、その顔ぶれも固定化しつつあり、「もうやめようかなあ」と思ったりもするのだが、映画を見たあとの飲み会が楽しく、また来月ね、ということになる。ありがたいことだ。
で、『崖の上のポニョ』だが、まだ見ていない人には「見て損はないと思うよ」と言いたいが、『もののけ姫』(97年)や『千と千尋の神隠し』(01年)ほどの感動には至らなかった。
元気で気丈な宗介の母や大いなるポニョの母を見るにつけ、〈女性の時代〉であることを痛感したが、《男の子の心がゆらがなければ、ポニョは人間になって魔法を失う》という結末には戸惑いを覚えた。もちろん、宗介の心はゆらがないだろうが、私にはその自信がない。ゆらがないのは立派だが、往々にしてゆらいでしまうのが人間ではないだろうか。

夏休みもあと1週間。『崖の上のポニョ』を見た小・中学生も、宿題に追われて青くなっている頃だろう。おじさんも同じ心境で、まさに崖っぷちなのであります。
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2008-08-15

違和感

テーマ:日常
新聞を読んでも、テレビを見ても、オリンピック一色だ。今日は終戦記念日だというのに。敗戦から63年、人々の関心が薄れても仕方がないのかと思う一方で、まだまだ知らないこと、伝えられていないことも多いはず、と思えてならない。肉親を亡くしたり、捕虜になったり、戦場で人を殺したりした場合、そういう経験は話したくないだろうし、言っても分かってもらえないと考えるのかもしれない。しかし、言葉にしなければ何も伝わらない。戦争を知っている人には、この際、全部話してから墓に入ってもらいたいと思う。もちろん、私たちはそれを聞く耳を持たなければならないし、発表する場も必要だろう。そう考えると、マスコミの役割は極めて大きいはずだが、そこにも利潤追求の原理が貫徹されていて、戦争の話よりはオリンピック、となってしまうようだ。

そのオリンピックは、まず開催国にその資格があるのか、というところに引っかかってしまい、あまり興味も持てないのだが、テレビをつけるとやっているので、つい見てしまう。駄目な私ね。
水泳の北島康介選手の活躍などを見るにつけ、「メダルを取る人は凄いなあ」とは思うものの、派手なガッツポーズや雄叫びには引いてしまう。アナウンサーが「4年間、この日のために苦しい練習に耐えてきました」なんて興奮気味に言っても、「負けた選手も同じだろ」と思ってしまう。
負けたといえば、柔道の鈴木桂治選手だ。勝ちもあれば負けもあるのがスポーツだろうに、期待のされ方が大きすぎたのか、頭を抱えて畳に突っ伏している時間が異様に長く感じられ、不謹慎ながら、「分かった、分かった。もういいから、しゃんと立って、相手に礼だけはしよう」と思ってしまった。剣道や柔道など、日本の武術は、本来そういうものではなかったのか、と。
うつくしく哀しい遺書を残して自殺したマラソンの円谷幸吉選手のような例は、もう過去のことと思っていたが、この陰湿な国には、まだまだそういう風潮が残っているのかもしれない。鈴木選手が引退するのか柔道を続けるのかは知らないが、どうかすっくと立って、堂々と生きてもらいたいと思う。

そもそも「勝ちもあれば負けもある」なんて言ってるようでは、スポーツやオリンピックを語る資格はないのだろう。まず競争というものが嫌いだし、勝ったからってどうなの? と思い、むしろ負けたほうに寄り添いたくなってしまう。運動会でビリになった経験はあっても、1等になった記憶は皆無だからかもしれない。
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2008-08-06

不可解

テーマ:日常
1 数日前の朝、淀屋橋駅の地下通路で、ケンカ(の寸前)を見た。突然、「ウオッ!」というような、言葉にならない野太い声を聞いた。見ると、30代ぐらいの男が、アロハシャツを着た青年の胸ぐらをつかんでいる。男の短い髪は脂でテカり、くすんだ色のポロシャツは汚れが目立つ。どうやら、男が青年の足につまずいたか、わざと足を引っかけられたかしたようだ。「やめとけよ」という思いと、「やれ、やれ!」という野次馬根性が交錯する。
だが、青年が一言なにか言うと、男はきびすを返して立ち去った。青年は苦笑いしている。「なんだったの?」と思いつつ、男のささくれた内面を想像した。仕事はうまくいかない(あるいは解雇された)、下宿にクーラーはなく、寝苦しい夜を過ごした。そんなところか、と。
それにしても、ああいう場合、とても止めに入れないなと思う。向こうはテンションがマックスに達しているのに、こちらは温まってさえいないからだ。それに、もし片方がナイフでも出してきたりしたら、まず何もできまい。
見えないところで、人々の不満の内圧が高まっていると感じる。おそろしい世の中だ。

2 昨日、ヘンな夢を見た。男性とお付き合いしているのだ。その青年は、2週間ほど前の夢にも登場し、私への思いを告白した。どうやら、私はそれを受け入れることにしたようだ。織田裕二のモノマネで知られる山本高広を少し痩せさせたような、ごく普通の青年で、夢の中でしか会ったことはない。
なんと、この青年とホテルに行くことになっている。郊外の駅前にシティホテルがあり、二人を乗せたタクシーはそこへ向かっている。私は、どこかのパーティでもらったのか、大きな花束を提げている。邪魔で、捨てたいぐらいの気持なので、それを青年に押し付ける。青年は、黙ってそれを抱えている。
ホテルの前でタクシーを降りようとすると、知り合いのおばさんがそこに立っている。おしゃべりで有名な人だ。咄嗟に、「もう100メートルほど行ったところで止めて」と運転手に告げる。そこはラブホテル街だ。
車を降りると、小雨が降っている。青年は、民家の軒先の床几のような場所を借りて、雨に濡れながら花束をふたつに分けはじめた。律義で、献身的なのだ。だが私は「なに馬鹿なことやってるんだ」と腹が立ち、先にホテル街に入ってゆく。けばけばしく、安っぽいホテルが並んでいる。それを見て、青年と肉体関係を結ぶことを嫌がっている自分に気づく。携帯を出し、「悪いけど」と言いかけたら、青年が目の前に現れた。そして、どこからかビビる大木のような男も現れ、「やったあ!」と叫んでいる。聞けば、ビビる大木は青年の友達で、私が青年とホテルに行くかどうか、友人たちと賭けをしたのだという。今どきの若者は、そんなことまで賭けのネタにするのかと驚く。
同性愛に対する偏見はないという意識がこういう夢を見させるのか、心のどこかで〈お付き合い〉というパーソナルな関係を求めているのか、それは分からない。不思議なのは、会ったこともない青年と続き物のドラマみたいな関係になっていたり、〈賭け〉に対して本当に驚いている自分がいたりすることだ。だって、夢も自分の頭の中で起こっていることなのに、コントロールも予測もできないのだから。埴谷雄高が書いていたように、夢は創造力の宝庫なのかもしれない。
しかし、どうせ夢でお付き合いするなら、そのお相手は、綾瀬はるかちゃんとか、夏川結衣さんぐらいにしてほしいものだ。

3 そして今日は、広島に原爆が落とされた日。人間はなんて残酷で、どこまで愚かなんだろう。また、未だに、戦争を終わらせるためには仕方なかったと言うアメリカ人や、わが国も核を持つべきだなどと言う日本人がいることが不可解だ。
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2008-08-03

寄り道

テーマ:映画
7月25日の「日記」に『野のユリ』(63年、ラルフ・ネルソン監督)のことをちらっと書いたら、K先生がメールをくださって、「ぼくも中3のときに見た」と。そして予告編がゴダールの『軽蔑』(63年)で、《併映のボビー・ソロ主演『ほほにかかる涙』が、カンツォーネがふんだんの恋愛映画で、相手役の子とその母親役がそれぞれに初々しく、うつくしく、帰りにドーナツ盤を買いました。一瞬で目に焼きついたバルドーのお尻とともに、忘れられない思い出です》とある。
K先生が中3なら、私は中1だったことになる。それにしても、予告編や併映作品まで覚えているのはさすが。『ほほにかかる涙』は知らなかったので、調べてみた。64年のイタリア映画で、監督はエットレ・フィザロッティ。ボビー・ソロも知らなかったが、これはYouTubeで聴く(かつ見る)ことができた。
http://jp.youtube.com/watch?v=yhrqNb6guWE&NR=1
歌のタイトルも「ほほにかかる涙」で、いい声なんだなこれが。ボビー・ソロのカメラ目線が気になるが、ちょっとハマってしまい、一日に何度も聴いている。ハマったといえば、これは引きこもっているときに何かの拍子に遭遇した台湾の女性アイドル、シンディー・ワンの「ハニー」。
http://jp.youtube.com/watch?v=cA7oNVFD3ow&NR=1
いい歳して、しかもミーハーであることがバレバレだが、惹かれてしまったものは仕方がない。ポニーテールにミリタリー・ルックの彼女たちが軽やかに踊っているのを見ていると、失われてしまった〈青春〉を一瞬だけ取り戻したような気分になれるのだ。ハニハニ~♪

「寄り道」の中で脱線したが、K先生がハマったという『ほほにかかる涙』を見てみたく、TSUTAYAへ行ってみた。ついでに『野のユリ』と『軽蔑』もメモしておいて、店員さんに探してもらった。案の定『ほほにかかる涙』はなく、あると思った『野のユリ』もなし。仕方なく『軽蔑』だけ借りて帰った。
その『軽蔑』だが、これも7月25日の「日記」に書いた、行き違う男女の愛についての映画だ。そのあたりの描き方は納得だが、あんなにきれいなお尻をもつ嫁さんがいたら、私なら人前には出さないがね。西欧社会では、そうもゆかぬのか。
などなど、寄り道、脱線、道草にかけては右に出る者がいない(?)私なのでした。そろそろ仕事しなくちゃね、ホンマ。
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2008-08-01

少しずつ

テーマ:日常
もう8月ですか。1日、1週間、1カ月の過ぎるのが早いこと! 気持をリセットして〈仕事モード〉に入りたいが、その前に、この数日間を振り返っておこう。

7月25日(金) 夜、友人Kと天神祭を見に行く。ほぼ毎年、陸渡御の行列を見ることで、元気をもらっているのだ。あまりに暑いので、半ズボンにサンダルをつっかけて事務所を出たが、5分もしないうちに後悔した。サンダルが歩きにくいのだ。引き返していると待ち合わせに遅れそうなので、仕方なくペタペタと30分歩く。南森町でKと合流。花火は見えず、大阪天満宮で賽銭でもあげようかと行ってみたが、人ごみを整理しているために本堂前には行けず。裏口から出て、相生楼のほうへ歩いて行ったら、途中で小さなフランス家庭料理の店を発見。腹も減ってきたし、ここで涼みながら飯を食おうということになる。シャンパンとワイン、アラカルト料理いろいろ。これがうまい。聞けば、今年3月にオープンしたばかりだという。店名は忘れたが、場所は覚えている。いい気分で酔っぱらい、話し込んでいたら、10時を過ぎてしまった。少しは陸渡御を見ようと、天満宮の正面に続く道へ。華やかなギャルたちの陸渡御は終わっていたが、男たちが最後の神輿をかついで天満宮へ入っていくところは見られた。みんな、いい表情だ。しかし、熱気の中でひどく酔いが回り、私はタクシーで事務所へ戻った。思えば、昨年もKと天神橋の北詰あたりで飲んでいたのであった。

26日(土) 東京・如水会館で開かれた「土本典昭さん お別れの会」に出席。行きも帰りも、JTBの「ぷらっとこだま」を利用してみた。「こだま」だから新大阪~東京は4時間かかるが、普通車で1万円、グリーン車でも1万1500円は安いと思う。申し込んだのが2日前で、普通車に空きはなく、図らずもグリーン車で往復することになった。そのグリーン車、空席はたくさんあるのに、なぜか私の両隣と後ろの4席には人が。どうなってるんだ! と思いつつ、席を替わる勇気もなく、本を読んだり眠ったりして4時間を過ごす。しかし、隣の青年は静かで、それほど苦痛ではなかった。
午後4時過ぎ、如水会館のある神保町に到着。会は6時からなので、古本屋街でもぶらつこうと思っていたが、東京も蒸し暑く、喫茶店を探して逃げ込んだ。「さぼうる」という、なんだか由緒ありそうな店。汗を拭きながら入っていくと、年配のマスター(?)がエアコンの前の席に案内してくれた。途中から寒くなったが、持参していたジャケットを着て、ホットコーヒーを2杯飲んでねばる。
6時前、如水会館のスターホールへ。もうすでに、人がいっぱい。6時〈開場〉だと思っていたら、〈開会〉なのだった。先に着いていたKに、「何してたの?」と言われる。あとで聞いたら、400人を超す列席者だったという。
長女・亜理子さんがまとめられたスライドによる病状日記、土本監督と縁の深かった人たちのお話、立食パーティー、奥さんの基子さんが作られたメモリアル・ムービーの上映などがあり、予定を30分オーバーして午後9時に終了。亜理子さん、基子さんの気丈なたたずまいに胸を打たれた。「映画新聞」でお世話になった方も多数お見かけしたが、挨拶しそびれた方もある。それぞれの分野での大御所で、声をかけるのにも緊張するし、私のことなど覚えておられないかもしれないと思うからだ。
場所を移し、近くの中華料理店で二次会。個室に17人、椅子を接し合って円卓を囲む会食となったが、気の置けない仲間ばかりで、ようやくホッとする。山形・東京の映画祭関係者、元小川プロの人たち、新聞記者、ドキュメンタリー映画作家、映画評論家、配給・映画館関係者というところ。「大阪人は、どこでも仕切りたがる」(私のことじゃないが)などと言われながら、11時ごろまで飲んでいた。
この日、特筆すべきは、土本典昭・石坂健治著『ドキュメンタリーの海へ 記録映画作家・土本典昭との対話』(現代書館)が完成したことだ。元小川プロの映画プロデューサー・伏屋博雄氏が企画し、石坂氏たちが2年間かけて土本監督に聞き書きをし、鈴木一誌氏が渾身のブックデザインをした、A5判・376ページの〈労作〉。土本監督の仕事の〈集大成〉と言ってもいい。土本監督は、この本の完成を見ずに亡くなったのだが、隅から隅まで徹底的に校正し、「あとがき」まで書いておられるのだから、見事に完結しているという気もする。
長い一日が終わり、深夜、中野の叔母の家に泊めてもらう。

27日(日) 叔母を誘い、シネスイッチ銀座でアルベール・ラモリス監督の『赤い風船』(56年)と『白い馬』(53年)を見る。K先生から「侯孝賢の新作が来るよ。『レッド・バルーン』とかいうタイトルだったと思う」と聞かされ、それは『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』(07年)で、アルベール・ラモリスの『赤い風船』にオマージュを捧げた作品だと分かったので、見ておきたかったのだ。
両作品とも、40分ほどの好編。詩情にあふれた作品で、『赤い風船』は50年代のパリをカラーで、『白い馬』はフランス南部のデルタ地帯カマルグの風景と疾駆する馬たちをモノクロで印象深く捉えている。最後がちょっと物悲しく、それもフランス映画らしくて良かった。
ともに見た叔母は、「あらっ」とか「そこは通れないのに」などと映画を見ながら言うので困ったが、それだけ画面に集中していることでもあり、注意はしなかった。楽しんでくれただろうか。
映画は12時に終わり、有楽町周辺で食事をしようと思ったが、どの店にも行列が出来ていて断念。結局、東京駅の地下で叔母と鰻を食べ、2時発の「こだま」で帰ってきた。

28日(月) 大阪へ戻ると、前回書いた「つまらん!」を読んで、数人の方がメールをくださっていた。Y先生は「あるがまま」でいいのでは、というふうなことを言ってくださっていて、なんだか楽になる。それらのメールに返事を書いていると、午後の3時ごろ、突然の雷雨が。
雷は遠くなのだが、雨がすごい。よく、映画の〈雨降らし〉のシーンなどで、雨が縞状に見えるほど大量の水が使われていることがあるが、実際にもこういうことがあるんだと驚いた。すごい、すごいと高揚した気分になり、外へ出てしばらく雨を眺めていた。だが、夜のニュースで、神戸や金沢に大きな被害が出ていることを知り、申しわけない気持になった。

29日(火) Y先生のメールで肩の力が抜け、「まず一歩から始めよう」と、久しぶりにヨーガ教室へ行く。なんと、受講生は私だけで、指導員のMさんから個人レッスンを受ける。私の肉体の状態に合わせて指導してくださったためだと思うが、アーサナ(姿勢、ポーズ)もそれほどきつくなく、終わってみるとスッキリとした爽快感だけが残った。また、「(体が)すこやかですね」と言われ、その一言がやけに嬉しかった。
やっぱりヨーガはいい! もっと真面目に取り組もう、と思いつつ帰ってきたのであった。

30日(水) 恒例の映画観賞会。梅田ガーデンシネマで『歩いても 歩いても』(08年、是枝裕和監督)を見る。水曜日はレディースデーで、女性は1000円。なぜかこの映画館は男性も1000円で、混雑が予想された。いつもは、来たい人・来られる人だけが上映の20分前に映画館前に集合ということにしているのだが、今回はそういうわけにいかない。参加される人から事前に連絡をもらい、その分のチケットを先に買いに行った。午後6時45分からのを見るので、午後1時半ごろに行ってみた。午後2時10分からの回は、すでに立ち見。大正解である。で、ゲットした整理券は3番から6番。参加者は、Nさん、Fさん、Kさんと私。私たちが見た回も、立ち見客がいた。
『歩いても 歩いても』は、文句のつけようがない映画だった。特にこれという出来事は起こらないのに、あとからジワジワ効いてくる。あまりに見事なので、原作があるのかと思ったら、原作・脚本・編集・監督を是枝裕和がこなしている。数年前に母親を亡くしたことが、この映画を作るきっかけになったと語っているが、誰もが身につまされる部分がある。キャッチコピーが《人生は、いつもちょっとだけ間にあわない》で、これは私が両親を亡くしたときに「何もしてあげられなかった」という感慨を抱いたことに重なってくる。
演技、演出、脚本、美術、録音、照明などなど、いずれについても長く言及したいほど素晴らしい。個人的には、夏川結衣に惚れました。
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