2007-10-31

なんともはや

テーマ:日常
もう10月も終わりであるが、このところろくなニュースがなく、おじさんはユーウツである。
NOVA、赤福、守屋・元防衛事務次官、船場吉兆、C型肝炎などなど。いずれを見ても、下々の者が損をしたり、ひどい目に遭っている。官も民も、いわゆる偉い人たちがこのありさまでは、どうしようもない。
国外に目をやれば、相変わらずどこかで戦争や飢餓が続いている。
この理不尽で不公平な世界の中で、ユーウツになるなというほうが無理ではないか。
しかも、昨日(30日)からメールが送れなくなっている。受信はできるのだが、送信ができない。プロバイダ(?)に連絡はしているのだが、まだ解決できていない。それもユーウツの原因のひとつ。
考えてみれば、パソコンというブラックボックスが生活の一部になっているのも恐ろしいことだ。28日締め切りだった原稿を、29日の早朝に送信できたのは不幸中の幸いであったが(原稿届いてますよね、Hさん)。

そんななかで、唯一の楽しみはやはり映画だ。11月2日から、いよいよ「大阪アジアン映画祭2007」が始まる。仕事があるので、土・日しか参加できないが、さまざまな映画に接して、この暗い世界を生き抜く勇気をもらいたいと思っている。
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2007-10-22

『長江哀歌』に人生を教わる

テーマ:映画
20日の土曜日、恒例の映画観賞会でジャ・ジャンクー(賈樟柯)監督の『長江哀歌(ちょうこうエレジー)』(06年)を見た。ジャ・ジャンクーという名前は数年前から知っていて、見たい見たいと思っていたのだが、ほとんど見逃していて、唯一『三人三色』(01年)というオムニバス・ドキュメンタリーの一編を見たきりだった。
その一編だけでも、彼が並々ならぬ力量を持っていることは察せられたが、『長江哀歌』は『三人三色』で抱いていたイメージを超え、さらに幅広いスケールの大きさを感じさせてくれる映画だった。具体的には、ドキュメンタリーのような劇映画を想像していたのだが、それに加え、演劇的でもあり、シュールでもあり、ユーモアさえ漂っていたのだった。
何より感心したのは、その世界観で、これが37歳の青年が撮った映画だとは信じられないくらいだ。
舞台は建設進む三峡ダムの周辺で、人心も含め混乱と破壊の中にある。そこに、山西省の田舎から、16年前に家を出ていった妻と娘に会うために一人の冴えない中年男が、そして2年前に出稼ぎに出たまま音信不通になった夫を捜して30代ぐらいの看護師が出てくる。二人は同じ山西人だが、知り合いではなく、物語の中でも出会いそうで出会わない。互いに内に秘めた思いを持ち、捜していた人に巡り会うと、相手との関係の中でそれを確かめるように吐露し、見事に自分の人生を選び取る。それは、男にとっても女にとっても、決して楽な道ではない。しかし、男も女も、充分に考え抜いてその道を選ぶのだ。うーん、参りました。
最初は冴えない中年男と見えたハン・サンミンが、ラストシーンでは雄々しいヒーローに見えてくるのだ。木村拓哉のHEROどころじゃない、この苛酷な人生をどう生きるべきかを、寡黙に身をもって教えてくれる男の中の男だ。
ジャ・ジャンクーは、どんなに世界が荒廃しても、絶望的でも、人には人の生きる道があり、それがいかに厳しい道であっても、そこを踏み外さなければ大丈夫だ、と言っているような気がする。しかも、社会の最底辺でいちばん辛い目に遭っている人々の中で、同じ眼の高さで。
37歳の青年監督に、そういう世界観を提示され、「そうですね。でも、私にできるでしょうか」と感じている56歳も困ったものだが。ともあれ、これでジャ・ジャンクーから目が離せなくなったのは確かだ。
映画製作も苛酷を極めたらしく、広い中国ではロケ地・奉節(フォンジェ)の言葉が分かりにくく(ジャ・ジャンクー監督も、サンミンと同じ山西省の出身)、そこで2005年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞を受賞した『水没の前に』の二人の監督が大いに活躍・協力したというのは、嬉しいエピソードだった。
撮影はユー・リクウァイ(余力為)で、ソニー製の小さなHDVカムというキャメラを使っているらしく、その写真がパンフレットにも載っているが、そんなキャメラだとは信じられないくらい美しく、瑞々しい映像だ。大衆的な恋の歌とともに、キャメラが長江の川面を滑りだすシーンでは、なぜか泣きそうになってしまった。

さて、今回の映画観賞会の参加者は、Nさん、K先生、Yさん、Hさん、初参加のYさんだった。初参加のYさんはご自宅が遠く、また連日のハードなお仕事のため、映画を見てすぐ帰られ、残る5人で居酒屋へ。
居酒屋では、その日見た映画の話が出たり出なかったりするが、この日は映画を肴に盛り上がった。あのUFOや飛び上がる廃墟は何だったの? という話から、K先生には李白や水滸伝の話を教えていただいた(もう忘れたけど)。私は、「そもそも、ダムの底に沈むはずの建物を、なぜあんなに必死になって壊すの?」という疑問を呈したが、納得のいく答えは得られていない。どなたか、ご存知じゃありませんかね。
まあそんなこんなで楽しくおしゃべりし、私はいささか飲み過ぎて、昨日(21日)は一日中頭ズキズキで、何もできませんでした。
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2007-10-20

やれやれ

テーマ:日常
ようやく一段落。13日の日記に《1週間のうち、2日は徹夜を覚悟しなければならないだろう》と書いたが、そのとおりになった。翌朝に新幹線便を出しに行った15日と(あっ、驚くほど高かった送料は、その後責任者K氏が出してくれました。彼のポケットマネーか経費扱いかは知らず)、翌朝ファクスで最終校正を東京へ送った18日だ。これで、「大阪アジアン映画祭2007」公式カタログは完全に私の手を離れた。きついスケジュールだったけれど、3月の「おおさかシネマフェスティバル」で事務局を担当したことを思えば、全然楽(アジアン事務局の皆様、ご苦労さまです。終わったら「慰労会」しましょうね)。
昨日(19日)は、モーローとした頭で大阪日日新聞「澪標」の原稿を書き上げ、メールで送り(26日掲載予定)、少し寝て、シャワーを浴び、夕方から懐徳堂古典講座「小津安二郎の映画を読む」に参加。『晩春』(49年)をテキストに、娘を嫁がせるために心をくだく父親という表層の奥に隠された小津の大胆な映画的・芸術的試みを読み解こうとする刺激的な講義(講師は大阪大学大学院文学部教授・上倉庸敬先生)。参考上映された『晩春』のDVDを見ながら、講義に参加できた喜びを噛みしめる。
いつもは、講義の後、上倉先生を囲んで一杯ということになるのだが、昨日は上倉先生にご用事があり、そのまま帰宅。

目覚ましをかけずに寝て、それでも8時半には起床。38度の湯で、ゆっくりと半身浴。あまりの気持良さに、湯船でウトウトしてしまう。
洗濯屋へ寄るついでに、いつもの喫茶店で食事。いつものハム・チーズサンドとコーヒー。いつものように雑誌を読みながら食べ、いつものように支払いを済ませようとすると、マスターが「突然ですけど、今日で店を閉めることになりました」と言う。「エー!?」と言うしかなかった。感じのいい青年で、店がある同じビルの中にスポーツクラブもあり、そこに出入りする人たちが常連客として定着してきたように見えていたのだが。「これからどうするんですか」「いや、まだ何も」「そうですか。残念だけど、頑張ってください」「ありがとうございます。よく来ていただいていたのに」。カウンター越しに、そんな短い会話を交わして出てきたが、生きていくのは、食っていくのは、いずこも楽ではないようだ。
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2007-10-16

冷たい街、懐かしい人

テーマ:日常
昨日夜の宅配便で「大阪アジアン映画祭2007」公式カタログのゲラを東京のデザイン事務所へ戻す段取りになっていたが、私の校正が追いつかず、見切り発車するのもイヤだったので、責任者に無理を言って、今日の朝6時半(!)の新幹線便で送ることにしてもらった。ただし、送料は私もちで。
なんとか一晩稼げたわけだが、初校朱筆との引き合わせ(訂正を指示した箇所が正しく直っているか、一つずつ確認していく作業)、映画タイトルや製作年の確認(原稿のあちらとこちらで食い違っていたり、日本で公開されていない作品の英語原題の綴りが間違っていたりする)、人名などの表記の統一、活字の大きさ(カッコ内は小さくするなどの決め事がある)や書体の確認、そしてもちろん誤植の発見と、やることはたくさんあって、あっという間に朝になってしまった。
それでもなんとか「校正しました」と言える段階にはなり、控え用にコピーをとって、6時前に事務所を出た。6時10分、新大阪駅着。新幹線便の受付窓口は、駅の外の端のほうにあって、6時半にならなければ開かない。さて、20分間をどう過ごそう。団体待合室があったはずと行ってみるが、ベンチは取り払われ、何もない。仕方なく、目についたコンビニに入り、大福餅とお茶を買った。しかし、コンビニを出てきても、どこにも座る場所がない。また仕方なく、植え込みのレンガに腰かけたが、本当はいけないんだろうなと思うと落ち着かない。急いで大福をほおばり、お茶で流し込んだ。タバコを吸いたいが、灰皿も見当たらない。
ゴミを捨てて、窓口の前で待っていようと立ち上がる。だが、今度はゴミ箱が見当たらない。そうだ、トイレに行けばゴミ箱ぐらいあるだろうと行ってみたが、ここも見事に何もない!
要するに〈テロ対策〉ということなのだろうが、新大阪駅は人を拒絶しているとしか思えない。大阪の第一印象が「冷たい街」というのでは、悲しすぎる。
おっと、もっと悲しいことがあった。新幹線便の料金だ。以前も安くはなかったが、5時間ぐらいで先方(東京)に届くのだから、まあしようがないなと思える程度だったのが、この10月から値上がりしたとかで、窓口のおじさんが申しわけながるほど高かった。もう、よほどのことがなければ、新幹線便は使えません。使いません。

嬉しいこともあった。10年以上も連絡がとれなくなっていた女性の友人から、《お名前でネット検索したところ、こちらにたどり着きました》と、メールをいただいたのだ。おかしな人で、手紙を書きたいからメールで住所だけ教えろという。
すぐに書いてくれたのだろう、その手紙が今日届いた。真面目な人柄がにじみ出ていて、間違ったところはホワイトで消し、ある部分には訂正した紙が貼ってある。
ご両親と力を合わせておばあさんを介護し、数年前に見送ったそうだ。仕事は続けていて独身(!)、マラソンや水泳もしているとのこと。健康的だなあ。こちらは運動不足で、中年太りに手を焼いているというのに。《恋愛もちゃんとしてます》とあるのには、いささかガックリしたが。
しかしまあ、嬉しい、懐かしい、温かい。メールをくださったきっかけは、私の古い名刺を見つけたことだったようだが、彼女にとっても私が懐かしい存在であったらしいことが、何よりありがたく、ほのぼのとした気持になるのだ。
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2007-10-15

まだまだ

テーマ:日常
「なかなか」と書いてから、ず~っと仕事してます。「大阪アジアン映画祭2007」公式カタログの校正。いろんな会社や組織がかかわっているので、さまざまな立場からの朱筆(訂正の赤字)が入り、それをまとめるだけでも大変。そして、最後の関所が私ということになる。
舐めるように、一文字ずつ潰すように読んでいるつもりだが、締め切りというものがあり、のんびりともしていられない。出来上がってから、「アッ!」と青くならないことを祈るばかりだ。
タルコフスキーの『鏡』だったか、女性の校正者が誤植に気づく夢を見て、職場まで確かめに行くというようなシーンがあったと思うが、あれには身につまされ、また大いに共感を覚えたものだ。
と書きつつ、それが『鏡』だったかどうか、気になってしようがない。いま確かめる術も時間もないので、ご容赦ください。
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2007-10-13

なかなか

テーマ:日常
ヤマガタから帰り、気を使う女性誌の校閲も終わり、やっと一段落かと思いきや、そうは問屋が卸さないのだった。「大阪アジアン映画祭2007」公式カタログの校正がどっと出てきたのだ。しかもハードスケジュールで、たぶんこれからの1週間のうち、2日は徹夜を覚悟しなければならないだろう。しかし、仕事があるということは、それだけ社会の中で必要とされているということかもしれない。もって瞑すべし。

ヤマガタで見てきた映画のあれこれについて、思い出しつつ書いてみたかったが、それもしばらくお預けである。なお、11日に終わった山形国際ドキュメンタリー映画祭の受賞結果は、そのホームページに掲載されている。
これを書いていても気が急くので、仕事に戻ります。では、今日はこれで。
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2007-10-11

気になるヤマガタ

テーマ:映画
どうもまだ疲れが抜け切っていない感じだ。山形から戻ってきても、仕事に追われ、気分的にホッとできないからだろう。しかし、明日は金曜日。土・日も仕事をするつもりだが、ともかく一日はじっくり寝て、ゆっくり風呂につかり、久しぶりに自宅ヨーガで肩の凝りをほぐしたいと思う。

今年のヤマガタ(とカタカナで書くときは、山形国際ドキュメンタリー映画祭のことだと思ってください)も充分に楽しかったのだが、いちばん気になったのは、その行く末だった。今年から、主催はNPO法人「山形国際ドキュメンタリー映画祭」となり、山形市は共催になっている。つまり、主催が官から民に移行したわけだ。
そのメリット・デメリットはいろいろあろうが、やはり最大の問題は予算だろう。今年も山形市が1億ほどの金を出し、次回(たぶん2009年)もほぼ同額の補助金を出すと市長が約束したそうだ。どうやら次は大丈夫そうだが、あくまで補助金だから、その先の保証はない。
また、これまでヤマガタのクオリティーを保つうえで大きな役割を果たしてきた東京事務局の去就も気になる。東京事務局とはいっても、具体的には「創人舎」という一企業であり、その社長である矢野和之氏がプログラム・ディレクターのような仕事をしてきたわけだが、設立されたNPO法人が彼のところに仕事を発注しなければ、それまでなのだ。

というわけで、山形市という後ろ盾を失った今、お金とクオリティーという二つの大問題をどうするのかと、私は心配で仕方ないのだが、当の山形の人たちは結構のんきで、「自由にやれる」とか「クオリティーも保てる」などと言うのだ。「大阪の人はせっかちだからなあ。山形には山形のペースがある」という言葉も聞いた。
私の心配が杞憂ならばいいのだが、この先どうやってお金とクオリティーを確保していくのかという疑問に、はっきりした答えは得られていないのが現状だ。
しかし、私にできることは限られていて、「協力して」と言われれば協力もするが、とりあえずはNPO法人の会員になることぐらいしかない。
今回のヤマガタは今日で終わるが、その映画祭があるうちに、ぜひ一度行ってみてほしいと宣伝もしておこう。
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2007-10-10

見た目と睡眠

テーマ:日常
昨日(9日)、山形国際ドキュメンタリー映画祭から帰ってきた。5泊5日の山形滞在であった。その間、平均睡眠時間は4時間半で、見た映画は短編も含め32本(睡魔に襲われ、とても「見た」とは言えない短編4本は除外した)。あとはシンポジウムが2つと、香味庵という和風レストランを映画祭の期間中〈交流の場〉として開放した「香味庵クラブ」で毎夜飲んでいた。ま、缶ビール1、2本ですけど。
その具体的な報告はいずれするとして、久しぶりに会う人ごとに、「貫禄がついてきましたね」「太ったね~」「どうしたの?」「最初、分からなかった」などと言われたのがショックであった。2年前にも行っているのに、「あのころよりも太ったよ」と言われる始末で、よし、今度来るときまでに絶対痩せてやる! とひそかに誓ったのであった。

もうひとつ、〈見た目〉について。3日の「日記」にも書いたが、デジタルカメラを持っていないので、フィルム式のコンパクトカメラを持参した。それはミノルタのPROD—20’Sという機種で、90年代に20年代風のデザインを意識して限定生産されたものらしい。死んだ親父が使っていたもので、ごく普通の性能のコンパクトカメラをレトロな外見にしただけの代物なのだが、これが意外な注目を集めた。映画評論家や映画のキャメラマンなど、いわば映像のプロたちが「変わったカメラですね」「それはフィルムですか」「珍しいものをお持ちで」などと言うのだ。
その都度、「いや、ただのコンパクトカメラで」と返したが、そう言われて悪い気はしない。「日記」には《ちょいと恥ずかしい》などと書いたが、かくして山形では堂々と首から下げて歩いていた。
そんなこともあり、人は〈見た目〉に左右されるんだなあという思いを深くし、ますます「痩せなければ」と思うのであった。

そして、睡眠の大切さも思い知った。睡眠を充分にとれなかったのは、山形まで「大阪アジアン映画祭2007」の仕事(校正)が追いかけてきたためでもあるが、ともかく尋常ではなかった。上映会場を間違えたことが2度、その日の朝に見た映画を夜には昨日見たように錯覚してしまう、というようなことが起こった。
9日の朝、山形から飛行機で大阪に戻り、昼から仕事に出たが、集中力を欠き、〈仕事〉にならなかった。映画祭という〈ハレ〉の場を離れた虚脱感もあったのだろう。昨夜はよく寝て、今日は午前10時から午後11時まで仕事。なんとかもった。
と書いていたら、もう午前2時。明日(というか今日)も早いので、もう寝ます。おやすみなさい。

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2007-10-03

人生、楽じゃない

テーマ:日常
午前9時、パソコンの師匠・O氏来訪。私にはお手上げだったプロバイダー変更にともなう機器の接続や設定を、サクサクと1時間ぐらいでこなしてしまう。見ていて、ほれぼれする。「最近どうですか」と訊けば、ホームページの制作請負やその管理で、けっこう仕事があるという。自分の持つ技術と知識だけで食っているわけだ。
もっと話していたかったが、私も自分が食うための仕事に行かねばならず、10時半にお引き取りいただいた。パソコンが使えなくなっていた5日間の間にドッと溜まっていたメールを30分で見、必要なものには返事を書いた。そのうちのひとつに「ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジンneoneo」の編集長H氏からのものがあった。10月6日に山形で開かれるシンポジウム「明日への架け橋―山形に映画祭は必要か」に参加して、その感想を投稿してほしいという。このシンポジウムには、友人の景山氏(シネ・ヌーヴォ代表)もパネラーとして出席するので、当然聞きに行くつもりでいた。H氏に了解の返事を出す。

午後7時に出張校正の仕事が終わる。夕食の前にヨドバシカメラに寄り、カセットテレコを買う。一応は「取材」目的が出来たわけで、テープレコーダーとカメラは必需品である。デジタルではないが、カメラはある。テープレコーダーのほうは、1台が壊れていて、もう1台は古くて性能に不安がある。それで新しいのを奮発することにしたのだが、レコーダーもデジタルが全盛で、売り場には小さくてテープの要らないものがズラリと並んでいた。しかし、使い勝手のよく分からないものを持って行き、ぶっつけ本番!というのも不安だ。結局、見慣れたソニーのカセットテレコに落ち着いた。アナログのカメラにアナログのカセットテレコ。アナログ記者にはお似合いだが、ちょいと恥ずかしい気もする。
夕食を済ませ、喫茶店でカセットテレコの説明書を読み、事務所に戻ってきたら、アジアプレスの石丸次郎氏からメールが来ていた。先日のミャンマー軍による長井健司さん殺害に対する抗議文に署名してほしいという内容。私などが署名しても、何の役にも立たないだろうと思うが、抗議したい気持はあり、すぐに署名する。同じ気持の方は、どうぞ下記まで。

「ミャンマー軍による長井さん殺害に抗議する会」
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/

もう日が替わって、4日の午前1時。今夜メールで届くはずの「大阪アジアン映画祭2007」公式カタログの原稿がまだ来ない。明日の午前中には大阪を発つので、いちばん恐れていた事態になりそうだ。つまり、山形まで校正の仕事が追ってくるのだ。嗚呼。


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2007-10-01

言い訳

テーマ:日常
書きたいことはいろいろとあったのだが、時間がなかった。
しかもこの数日は、プロバイダー変更にともなうトラブルから、事務所のパソコンが使えなくなってしまった。メールもネットも駄目で、不便なことこのうえない。結局、またパソコンの師匠・O氏の手を借りることになった。3日(水)には復旧の予定。

というわけで、この文章は自宅のパソコンで書いているのだが、自宅で「日記」の更新をしたことはほとんどなく、うまくアップできるかどうか、自信がない。

4日(木)から8日(月)は、山形国際ドキュメンタリー映画祭に行く。ヤマガタのひとつの顔でもあった佐藤真監督が亡くなり、その一方で山形市が映画祭から手を引くという状況もあって、ひと波乱ありそうな予感がする。
とはいえ、私の行動としては、朝から晩まで映画をハシゴして見、シンポジウムを聞き、あれこれの知人・友人と話をするということに尽きるわけで、それはそれで楽しみなのだ。願わくば、大阪アジアン映画祭2007のカタログ校正などの仕事が、山形まで追ってきませんように。
なお、山形までパソコンを持参して「日記」を更新するなどという器用なことはできないし、その時間もないと思うので、映画祭報告は後日になります。あしからず。
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