2007-09-16

今年も「山中忌」へ

テーマ:映画
京都市上京区の大雄寺(だいおうじ)へ。今年で24回目になる「山中忌」(山中貞雄を偲ぶ会)に参加するためだ。私は何回目から参加しているのだろうと、「映画新聞」の合本を開いてみたら、92年の第9回には間違いなく参加していることが分かった。「映画新聞って貴重だなあ」と自画自賛。
《宮川一夫キャメラマンが、体調すぐれず欠席されていたのは残念でしたが、黒木和雄監督や深尾道典監督、映画評論家の滝沢一氏や美術の内藤昭氏をはじめ、山中貞雄監督を偲ぶ人々が、今年は33人も集まって大盛況でした》と、私自身が書いている。そしてなんと、ここに名前を挙げた方々のうち、ご存命なのは深尾監督だけではないか。隔世の感とは、このことか。
今年の参加者は25人。遠くは北海道から、近くは京都市内から自転車で。東京から深夜バスで駆けつけ、深夜バスで帰るという青年もいた。黒木監督とともにこの会を始められた三浦大四郎氏(元「文芸坐」社長)も相談役として参加されていたが、「もう80歳ですよ」とか。山中監督のご遺族が3人、そして黒木監督の奥様も来てくださった。その挨拶が心にしみた。
「黒木が死んで1年半。私にとって良いことは一つもありませんでした。最近ようやく落ち着き、写真やら資料やらを整理しはじめましたが、そうすると、ますます黒木の存在が私の中で大きくなってきて、これはどうしたらいいんでしょう……。良かったことは、12キロ痩せたことだけです」。最後は笑いで締めくくられたが、私は顔を上げることができなかった。
庫裏で住職の読経を聞き、山中監督の写真に向かって皆で焼香。隣接する墓地にある山中監督の墓に参ろうとしたら、雨がパラパラと降ってきた。しばらく待っていたら止んで、墓参りも記念撮影も無事に済んだ。
庫裏に引き揚げ、全員が順に挨拶と自己紹介をしていたら、またザーッときた。午後の明るい日差しの中、緑の葉が雨に打たれて光っているのが窓から見え、誰かが「まるで映画のようだ。山中監督が演出をしているのかも」と言った。
その雨も上がり、タクシーに分乗して右京区の「阿じろ別館」に移動。そこで精進料理をいただいた。山中忌以外では利用したことはないが、ここの料理はおいしい。この日、山中監督のご遺族が差し入れしてくださったお酒「大吟醸 古都」(京都・佐々木酒造)も実においしかった。
アルコールも入り、談論風発。いい雰囲気になった。「山中は、まだ海外には知られていない。小津、溝口、成瀬のあとは、山中を世界に知らしめよう」「来年(2008年)は山中没後70年で、再来年(2009年)は生誕100年だ。私たちで、何か本を出そうじゃないか」。そんな話で盛り上がった。
二次会もあったのだが、私はもう眠くなっていたので、失礼させていただいた。
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2007-09-15

女優の美しさについて

テーマ:映画
宝塚のシネ・ピピアへ、この欄ではおなじみの上倉庸敬(かみくら・つねゆき)先生(大阪大学大学院文学研究科教授)のお話を聞きに行く。原稿の締め切りに追われて大変、という上倉先生のお話は、この日からシネ・ピピアで始まった特集上映「煌めく日本映画の女優たち」に合わせて、「伝説の女優たち」。
苦労してダビングされたらしいビデオ映像を使って、1時間ちょっと話された。ビデオに登場したのは、『初恋のきた道』(99年、チャン・イーモウ監督)のチャン・ツィイー、『鬼龍院花子の生涯』(82年、五社英雄監督)の夏目雅子、そして特集上映にも入っている『わが愛』(60年、五所平之助監督)の有馬稲子。「なぜスクリーン上の女優は美しく見えるのか」という疑問を掲げ、❶女優が素材として持っている美しさがあること、❷映画のスタッフが、持てる技術を駆使して美しく見せる工夫をしていること、❸女優がその演技や存在感で作品全体を支配していること、などの理由を挙げられた。また、今回の特集上映でかかる作品が、「男」を描くことに長けている京都の撮影所ではなく、その多くが「女」中心の映画を量産した東京の撮影所で撮られたことにも注意を促された。
先生は、仕事がまだ残っているからと、すぐに帰られたが、こちらはそんなお話を聞いて帰れるわけがない。『朱と緑』(56年、中村登監督)、『風花(かざはな)』(59年、木下惠介監督)、『花影(かえい)』(61年、川島雄三監督)の3本を続けて見た。

『朱と緑』は、なんとも不思議な味わいの映画で、岸恵子の腰の細さに感心し、有馬稲子の人物造形に目を見張った。なにしろ、競馬にのめり込む娘の役で、どしゃ降りの雨の中でハンカチを頭に載せたりする。まるで〈美人女優〉というイメージを破壊しようとするかのような演出だ。しかも、どう考えても脈のなさそうな男に惚れてフラれ、最後には自殺してしまうのだ。「え~、そんなことで死ぬなよ」と突っ込みたくなってしまった。しかし、それゆえに『朱と緑』の有馬稲子は忘れがたいとも言える。
『風花』は日本人の原点を考えさせる力強い木下作品であったが、フィルムの退色がひどいのに驚いた。カラー作品のはずだが、全編真っ赤なのだ。変な言い方だが、赤い白黒作品を見ているような感じ。先日(9月2日)書いた「映画の復元と保存に関するワークショップ」でも、フィルムの劣化(ビネガー・シンドローム)は、酢のにおいがしはじめる前に退色が始まると言っていたが、それを目の当たりにする体験だった。この名作も、早く処置しないと、この世から無くなってしまうのだ。
『花影』は、やっぱりいい。川島雄三作品なのに、あまり言及されないのが不思議だし、原作(大岡昇平の同名小説)もそれほど評価されていないようだ。それなら、私だけの一本、一作にしておくだけのことだが。
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2007-09-13

新聞に書く

テーマ:日常
ある会議のあと、大阪日日新聞のTさんから「うちの新聞に澪標(みおつくし)というコーナーがあるんだが、そこに何か書いてくれませんか」と言われた。「いいですよ」と軽く引き受けたが、失礼ながら大阪日日新聞はほとんど読んだことがなく、「澪標」も知らなかった。
さっそく駅の売店で買ってきた。まず、大阪日日新聞は朝刊紙である。つまり夕刊がない。その歴史は古く、前身の「帝国新聞」が1911年に創刊され、翌12年に「大阪日日新聞」と改題。戦時中の休刊を経て、46年に夕刊紙として復刊。00年から朝刊紙として再出発している。発行部数は、公称11万。
さて「澪標」であるが、ウィキペディア(Web上のフリー百科事典)によれば《大阪在住、あるいは大阪に縁のある著名人が評論を展開するコーナー》とある。私は《著名人》ではないが、その点はまあ勘弁してもらおう。04年2月から始まったコーナーらしく、バックナンバーを大阪日日新聞のホームページで読むことができる。なんと、初期のころには私の友人・知人も執筆している。シネ・ヌーヴォ代表の景山理氏(04年)、プラネット映画資料図書館代表の安井喜雄氏(04~05年)だ。これで少し気が楽になった。
大阪日日のT氏も映画を通じての仲間なので、映画のことを書けばいいのかなと思い、命日(9月17日)も近いので山中貞雄監督と山中忌のことを書こうかと提案したら、「テーマは基本的に自由だが、自己紹介も兼ねてコミュニティシネマ大阪のことを書いてはどうか。それを導入にして山中忌にも触れ、大阪の〈地元紙〉という点にも配慮してもらえたら」というふうな返事がきた。了解。
コミュニティシネマ大阪というのは、私たちが今年4月に立ち上げたNPO法人だが、そこに至るには経緯があり、そのことから書き始めて、9月2日に神戸で開かれた「映画の復元と保存に関するワークショップ」に触れ、最後にちょこっと山中忌のことを書いた。規定字数の1200字をギリギリまで使って。ここに書いているような気楽な感じは出せなかったが、まあ映画の周辺でウロウロしている男がいることは理解してもらえるだろう。
原稿よりも大変だったのはプロフィールと一緒に載せる顔写真で、そのことは7月27日の日記にも書いたが、結局1年前くらいに撮った〈証明写真〉を送らざるをえなかった。私の写真など誰も気にするまいが、本人は気になるのだ。

というわけで、明日(14日)の大阪日日新聞「澪標」欄に私の原稿が載ります。興味のある方は、買ってください。もっとも、日をおかずに同社のホームページにも掲載されると思いますが。
あと4回書かせてもらえることになっていて、今後の掲載予定日は10月26日、12月11日、1月29日、3月11日です。紙面の都合で掲載日がズレることもあるそうなので、念のため。
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2007-09-11

なんでや!?

テーマ:映画
4日午後、ドキュメンタリー映画作家の佐藤真(さとう・まこと)さんが死んでしまった。まだ49歳。うつ病で入退院を繰り返しているさなかの、突発的な自殺だったようだ。彼と〈自殺〉が結び付かず、「なんでや!?」という思いがずっと続いている。人様の自殺の原因など分かるはずもないが、病気がそんな行為に走らせたのだと思いたい。
彼と初めて会ったのは、1989年の第1回・山形国際ドキュメンタリー映画祭のときだったと思う。お金がないので、橋の下で寝泊まりして映画祭に通っているとのことだった。まだ小川紳介監督も健在で、「僕は彼らのことが好きなんだなあ」と言っておられた。
それから3年後に小川監督は亡くなられ、同じ年(72年)に佐藤監督の第1作『阿賀に生きる』が完成したのだった。私たちは佐藤監督に「映画新聞」(第90号、72年8月号)ですぐにインタビューしている。それを読み返すと、現地に住み込み、苦労をして映画を完成させたことを祝福しつつ、撮る側と撮られる側との関係について、やや批判的なスタンスで質問している。「小川監督亡きあとを担うのは、この人たちだろう」という期待が大きかったためかもしれない。
だが、その後『阿賀に生きる』は非常に高い評価を受け、私たちの小さな批判などは、その大きな波の中に消えてしまった感があった。ありていに言えば、あれよあれよという間に先方が偉くなってしまったのだ。次々と作品を完成させ、本もたくさん書かれた。将来を嘱望され、順風満帆の映画人生を送っておられると思っていたのだが……。
ともあれ、彼のうつ病の原因は、自殺の原因はといくら考えても詮無いことだ。映画にとって貴重な存在を失ったという喪失感の中で、彼の冥福を祈りつつ、残された彼の作品と著書に向き合っていくしかあるまい。
フィルモグラフィー
『阿賀に生きる』(92年)、『まひるのほし』(99年)、『SELF AND OTHERS』(00年)、『花子』(01年)、『中東レポート/アラブの人々から見た自衛隊イラク派兵』(04年)、『阿賀の記憶』(04年)、『エドワード・サイード OUT OF PLACE』(05年)
著書
『日常という名の鏡/ドキュメンタリー映画の界隈』(97年)、『ドキュメンタリー映画の地平/世界を批判的に受けとめるために』上・下(01年)、『映画が始まるところ』(02年)、『まどろみのロンドン/映画作家の妄想スケッチ』(04年、ここまで凱風社)、『エドワード・サイード OUT OF PLACE』『ドキュメンタリーの修辞学』(ともに06年、みすず書房)

これを書いていた深夜、S君から電話。ここにも悩める男がいる。エヘラエヘラと対応していたら、途中で電話が切れた。〈自殺〉なんて言葉を書き付けていただけに、心中穏やかではいられない。何度かけても留守電で、その都度「電話ください」とメッセージを残す。1時間ほど、悶々として過ごす。やがてかかってきた。充電が切れていたらしい。やれやれ。
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2007-09-05

貧乏暇なし

テーマ:日常
ただいま9月6日の午前2時20分。このところ、なんだかとても忙しい。いつもの調子でこれを書いていると、寝るのが朝になってしまう。
というわけで、今日は「おやすみなさい」。またね。
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2007-09-02

映画が消える!

テーマ:映画
神戸市長田区の「神戸映画資料館」で開かれた「第2回 映画の復元と保存に関するワークショップ」に参加。第2回、というのだが、1回目がいつどこで開かれたのかは知らない。
12時のスタート前に会場に着いたが、小さな会議室は70~80人の参加者で一杯。空席を探すのに苦労するほどだ。聞けば、当初は20~30人ぐらいの参加を想定していたが、思いのほか申し込みが多く、急遽会場を変更したのだという。しかも、美術館や博物館、映画会社、現像所などにお勤めの方も多数参加されているそうで、この問題に対する関心の高さと切実さがうかがえる。
講師は4人で、大阪芸術大学の太田米男先生が「映画の復元について」、東京国立近代美術館フィルムセンター(以下、フィルムセンター)のとちぎあきら氏が「フィルム・アーカイブの仕事と現状」、京都府京都文化博物館の森脇清隆氏が「映画復元の歴史と地域の映画文化アーカイブ」、NPO法人・映画保存協会の石原香絵さんが「映画保存の里親制度と映画学校について」のタイトルでそれぞれ1時間弱話され、最後に講師全員でシンポジウム「デジタル時代のフィルム復元と保存について」が行なわれた。もっとも、最後のシンポジウムは、参加者との質疑応答が中心になった。
いずれも興味深いお話だったが、特に太田先生が最初にスライドで示された「劣化したフィルム」の写真は衝撃的だった。そのむか~し、映画フィルムは可燃性(ナイトレートという素材)で、不燃性フィルムへの転換が急がれたことはご存じの方も多いと思う。だが、1940年代から使われ始めたそのトリアセテート素材の不燃性フィルムは、80年代以降になると劣化しはじめ、しかも劣化が始まると急速に進むのだという。三酢酸セルローズが使われているために、まず酢のにおいがしはじめ、やがてフィルムが歪み、縮み、硬化するという。鉄製のフィルム缶に保存されている場合(ほとんどがそうだが)は、鉄を錆びさせ、錆びた鉄粉が雪のようにフィルムに降り積もる。最初に見せてもらった写真がこれで、こうなるともうフィルムは救えない。
現在はエスター(PETともいう)という素材が用いられ、これだと100年はもつという。それでも100年か、と思うのだが、ともかくこのエスター素材に転換しなければならない。しかし、費用がかかる。
最近「デジタル・リマスター版」という言葉をよく聞くが、これは劣化したフィルムをまず全部パソコンに取り込み、傷や汚れ、歪みなどをデジタル処理で修復し、エスター素材のフィルムに転換したものをいうようだ(このあたり、ちょっとあやふや)。それにも、300万円ぐらいの費用がかかるという。営利を目的とする映画会社が、すべての在庫フィルムにそれだけの費用をかけることは期待できない。
また、法的な問題や著作権の問題も大きいという。たとえば出版物の場合だと、国会図書館法というものがあって、すべての出版物は国会図書館へ納入されるが、映画フィルムにはそれがない。フィルムセンターなども、映画会社の「ご好意」で寄贈してもらっているのだという。
著作権の問題も、たとえば欧米の場合は著作権を有する者は〈原版〉を所持することがその条件となっているのに、日本にはそういう決まりがなく、著作権者がフィルムを死蔵してしまえば、劣化して消滅してしまうのを誰も止めることはできないそうだ。
そもそも、1910年から2005年の間に作られた日本の劇映画は約3万2000作品あって、フィルムセンターが所蔵しているのはそのうちの16パーセントにすぎないのだという。それは映画が文化財ではなく、消費財と見なされてきた結果でもあるというが、なんとも悲しい数字だ。

4番目に話された石原香絵さんは、アメリカのL・ジェフリー・セルズニック映画保存学校というところで実際に映画保存のノウハウを学ばれたそうで、14、5人の学生の中で日本人は彼女だけだったという。その静かな情熱とバイタリティに感心した。その石原さんいわく、日本には映画保存について学べる学校がなく、文献も少ないという。その方面の研究も欧米のほうが進んでいるそうだから、それらの翻訳出版も必要だろう。
石原さんの講演タイトルにある〈里親〉というのは、復元すべき映画を発見した場合、その費用を負担してくれる人や団体のこと。彼女が所属する映画保存協会で発掘・復元した斎藤寅次郎監督の『モダン怪談100,000,000円』(29年)の場合、斎藤監督のご遺族が〈里親〉になってくれたそうだ。
そういう民間の活動や志も大事だが、この問題に対処するには、やはり公的な機関や財源が必要だと思われてならない。それを思うと、また暗澹となるのだが……。
この日の参加者の多くは、3日(月)と4日(火)も大阪のIMAGICAウェストに出向いて、実際に映画修復の技術などを学ぶのだという。そのなかから、プロが育ってくるかもしれない。
私自身は、このワークショップの間じゅう、「自分には何ができるだろう」と考えていた。今から映画修復のプロになるのは無理だろうし、カンパをするといっても、たかが知れている。そんなことを思っていると、最後に太田先生が「この問題を皆さんも広く知らしめてほしい」とおっしゃったので、こうして微力ながら日記に書いている次第。講師陣の受け売りなので、「~という」「~だそうだ」などの語が頻発するのをお許しいただきたい。

それにしても疲れた。睡眠は充分にとって臨んだのだが、ほぼ5時間ぶっつづけの〈講義〉のためか、人に酔ったのか、まだ強い日差しのためかは知らず、クタクタになった。打ち上げの飲み会などもあったのかもしれないが、3月の「おおさかシネマフェスティバル」でお世話になったフィルムセンターのとちぎあきら氏にご挨拶だけして帰ったのだった。
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2007-09-01

秋の気配

テーマ:日常
ここ数日の激しい雨で夏が洗い流されたのか、今朝は秋の気配が感じられた。暑いことは暑いが、日陰に入ればそれほどでもなく、何より、吹く風が涼しく感じられる。
クーラーの設定温度を上げ、コインランドリーで洗濯をした。「世界陸上2007大阪」観戦でかいた汗も、あれやこれやの思いも払拭されていく感じ。乾燥機から取り出したばかりの洗濯物の、ぬくもりと匂いが心地いい。
秋は、私がいちばん好きな季節。しかし、本当に「秋だなー」と思える期間はごく短いので、今日9月1日を〈私の秋〉の始まりとしようか。残暑が厳しいという予報もあるが。

秋という季節には、人生の喜怒哀楽も内省の色を深めるように思われる。キリキリと孤独を味わいながら、人恋しい。そんな季節でもあるか。どなたさまも、心穏やかに、幸せにお過ごしください。
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