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2007-08-29

感覚人間

テーマ:映画
月・火・水と、よく働いた。月曜など、朝の9時から夜中の3時まで机に向かっていた。この日記を読んで、「仕事はしてるの?」と心配してくださる方もおられるようなので、ちょっとご報告。

昨日(28日・火)は、夜まで拘束されると思っていた仕事が夕方で終わったので、『天然コケッコー』をまた見てきた。残念ながら一人で。でも、梅田ガーデンシネマにお勤めの映画観賞会仲間・Hさんに会うことができ、彼女に切符をもいでもらった。
原作を読破して臨んだ2回目は、不思議なもので短く感じた。最初に見たときは、「ちょっとかったるいなあ」と思う部分もあったのに……。たぶん、全9巻ある原作の半ばで映画が終わっているためと、次の展開がどうなるか分かっていたためだろう。
そこで思うのは、自分がいかに感覚だけを頼りに映画を見ているか、ということだ。映画論とか美術論とか、頭の痛くなる本はほとんど読まないし、映画制作の現場を知っているわけでもない。ただ映画が好きで、ずっと見てきただけのことだ。それも、年間に300本も400本も見ておられるような猛者には、とても及ばない。それでも、映画に対するセンスや判断力には、妙な自信を持っていた。しかし、1回目と2回目でこんなに長さの印象が異なるのでは、それも怪しいものだと思わざるを得ない。だからAさん、私のことを「映画のプロ」などと言わないでください。恥ずかしくて仕方ないので。
とはいえ、今さら〈理論武装〉をする気力もないので、やっぱり感覚だけで映画を見ていきます。どなたさんも、ご免なすって!

さて、なぜもう一度「天コケ」を見たくなったのかと考えてみると、原作にKOされて(現在、原作も再読中)、動くそよちゃん、喋っているそよちゃんに会いたくなったということがあり、1回目にはよく聞き取れなかったセリフを確認してみたいという気持もあった。
前者はほぼ満足。右田そよを演じた夏帆ちゃんは適役だったと思うが、方言には原作ほどのインパクトがなかった。東京の役者(少なくとも現地の人ではない)が方言を喋っているからか。後者はその理由が分かったように思う。たぶん録音技術のせいだ。
2回目も、やはり聞き取りにくかった。観客は15人ほどだったから、周りが騒がしいということはなく、座席もほぼ中央だったので、音響・反響の問題でもない。
原作には、子供たち5、6人が一斉に思い思いのことを喋っている場面がよく出てくるが、それを映画でもやっている。当然、セリフが重なって、聞き取りにくくなる。どのセリフを録音で〈立てる〉のか、あるいはセリフが重ならないようにする演出がなされていない。
また、似たようなことだが、いわゆるガヤガヤ言いながら数人が移動している、というような場面があるとき、それが「ガヤガヤ」に聞こえない。会話の内容が聞こえるような、聞こえないようなで、見ているほうはイライラしてしまう。これも録音技術の問題だろう。
さらに、若い(というか子供の)役者たちの滑舌も悪い。こもっている。「もっとちゃんとセリフを言え」という演出があってもよかったし、滑舌が良すぎるのは不自然だというなら、ボソボソでもこもっていても、聞き取れるように録音してほしかった。
で、結局は〈撮影所システム崩壊〉のマイナス面が、こういうところに表れているのか,と思った。若い才能ある映画作家が次々に現れてくるのは慶賀すべきことだが、ひと昔前なら簡単にできたことが、今では至難の業になっているようだ。何かを得れば、何かを失うということか。
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2007-08-26

世界陸上2007大阪へ

テーマ:日常
大阪市職員のNさんが「世界陸上2007大阪」の担当になって、恒例の映画観賞会にも参加できないほどお忙しく、奮闘しておられるので、1日ぐらいは顔を出さなければねえと、観賞会仲間4人で見に行くことにした。同じ観賞会仲間のHさんも、ボランティアとして会場(長居陸上競技場)のどこかにおられるはず。
第2部は午後の5時15分から始まる。混雑が予想されるので、地下鉄の長居駅で4時に待ち合わせ。だが、当日の午後、K先生とYさんに急用が出来、1時間半ほど遅れるという連絡が入る。前売りチケットで座席は決まっているので、その番号を伝え、「なんとかそこまで来てください」と言ったが、よく考えれば(よく考えるまでもなく)チケットを持っていなければ会場には入れないのだ。そこでまた電話して、「長居駅に着いたら電話ください」と変更。
遅めの昼食をガッチリ食べ、いざ長居へ。約束の4時、Kさんが現れた。日焼け止めクリーム(?)をしっかり顔に塗っているのを、私は見逃さなかった。拍子抜けするほど人影は少なく、散歩気分で競技場まで歩く。それにしても暑い。私たちの席は東側スタンドの中ほどで、まあ見やすい場所だが、西日がまともに当たっている。いったん座ってはみたが、フライパンの上の卵みたいな感じで、とても我慢できない。競技が始まるまで、スタンド裏の通路に避難。そこにはトイレ、喫煙所、売店、記念グッズ売り場などがあり、多少は時間をつぶせる。
5時15分、いよいよ競技が始まる。女子の走り幅跳びだ。でも、これがトラックの向こう側なんだな。持参した双眼鏡で見てみても、ほぼ水平の視線になるので、肝心の砂場がよく見えない。結局、場内の2カ所に設けられているオーロラビジョンというのか、あの大きな画面を見ることが多くなった。場内アナウンスもそれほどないので、いま誰が跳んでいるのか、注目選手は誰なのかもよく分からず、「なるほど、こういうものか」という感じ。そういう印象は、最後まで変わらなかった。
6時ごろ、K先生とYさんも無事に合流。ようやく日も陰り、競技が見やすくなった。大会ボランティアのHさんも、その日の仕事が終わり、顔を見せてくれた。競技は、女子やり投げ、女子800m、女子砲丸投げ、女子棒高跳び、男子400m障害、男子100mと続いた。その中では、女子棒高跳びのイシンバエワが、バーがどんどん高くなるのに全然跳ばず、相当に高くなったところで(何メートルだったかは忘れた)一発でクリアしたのが印象的だった。最後の男子100m決勝では、9秒台が3人も出て、「さすがは世界大会」と思った。
結局Nさんには会えずじまいだったが、終了間際に電話で話すことができた。競技を〈見る〉ならテレビのほうがいいが、スタンドに吹く風や日差しを感じたり、世界最高水準のアスリートたちが〈そこ〉で競技しているのだという臨場感を得られたことが、収穫だった。
最初はガラガラだったスタンドも、終了の10時半には結構埋まっていて、競技場を出るまでが大変だった。Kさんとは長居駅で別れ、地下鉄で梅田に出て、K先生、Yさん、Hさんと軽く一杯。いやあ、お疲れさまでした。よく汗をかきましたね。12時過ぎに事務所に戻り、シャワーを浴びたが、その気持よかったこと!

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2007-08-25

「天コケ」読破!

テーマ:読書
午前5時、くらもちふさこ著『天然コケッコー』(集英社文庫・コミック版)全9巻を読了。いやあ、堪能した。月曜から読み始めたので、実質5日で読み切ったことになる。平松先生じゃないが、「寸暇を惜しんで」(8月9日の日記参照)という読み方だった。仕事にもこれくらい集中できればいいのだが。
たとえば4巻目を読み終わって、次の5巻が手元にないときは、また一から4巻を読み返したりした。それでも面白い。何がいいかって、まず絵が上手だ。風景や人物の表情など、よくここまで描けるなと思うくらい、繊細で美しいのだ。主人公・右田そよの中2の夏から高2の秋まで、ちょうど3年間の物語だが―—映画の『天然コケッコー』(山下敦弘監督)は、4巻の中ほどまで、そよが高校受験に合格したところで終わっている―—1巻目のそよと9巻目のそれを比べてみれば、明らかに違う。つまり、3年間の成長がはっきり見て取れるのだ。ということは、全71話(本ではscene)の中で、少しずつ少しずつ描き変えていっているということだ。これは凄いことではないか。
次に、ストーリー展開がいい。もちろん、何もない白紙の状態から一話一話を作っているわけだが、あるときはそよの友達・あっちゃんを中心にし、またあるときは父の不倫疑惑を描きと、読者を飽きさせることがない。そこでは、そよの周りの人々が生き生きと、それぞれの性格を見事に表しながら、そう考え、そう動くんだろうなあと思える生き方で、まさに〈生きて〉いるのだ。これにハマる。
ストーリーとも密接に関連するが、方言もこの作品の魅力のひとつだ。「~してやんさい」「~じゃけぇ」「行って帰りまーす」など、ついつい使ってみたくなる。島根県の方言らしいが、その豊かさ、深さがうれしい。仕事をズル休みした日など、私もそよちゃんに「なんじゃ、病気かと思ぉたわ。明日は出てきんさいや」(56話・噂)などと言われてみたい。
そのよそちゃんの性格の良さも忘れてはいけない。すげー美人なのに、天真爛漫。それでいて周りの人たちへの気遣いを忘れず、優しい。正直すぎて、ときどき人を傷つけるようなことを言ってしまうが、あとで激しく反省する。それがまた可愛い。漫画の主人公に恋してしまう(萌え、というのか)男の子もいるようだが、分かるような気がする。
そんな愛すべきそよちゃんだが、高校に入ると生活は一変し、やや暗い影を帯びる。バスと電車を乗り継いで通う町の高校では、環境になじめず友達も出来ない。さらに、恋人・大沢の浮気が発覚したりする。そよにとっては、初めて味わう人生の苦さ、辛さであるが、そういうところも巧いなあと思う。映画は高校入学の直前で終わっているから、実にいいところで区切りをつけたものだとも言える。
漫画表現の巧みさや、表現者としての旺盛な冒険心にも感心した。たとえば、まったくセリフのないままに終わる一話がある(37話・ときめき)。それでいて、伝えたいことはすべて絵で表現されている。あるいは、猫の視点で描き切った一話がある(69話・にゃんこ見聞録)。登場人物は、ほとんど足元しか出てこないのだが、物語はきちんと分かる。そして何より、猫の描き方が素晴らしい。くらもちさんは猫好きなのだろうか。
カット割りなどにも工夫が凝らされているし、センスがいいなあと思う。セリフが、「えっ、どういうこと?」と分かりにくいことがあるのだが、その前後の絵をよく見ると、細かい手の動きや視線などで分かるようになっている。そこには、読者に対する信頼があるようで、その姿勢や善し、と嬉しくなってしまう。
表現としての漫画を低く見ているつもりはないが、普段はあまり読まないので、この「天コケ」(『天然コケッコー』を略して通は「天コケ」という)を読んで、改めてその奥深さを知った。
というわけで、私は鮮やかに原作にハマったのだが、そうすると、また映画を見たくなった。どなたか、わしと一緒に「天コケ」を見てやんさらんかのぉ。

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2007-08-21

加齢臭がなんだ!

テーマ:読書
20日(月)朝10時、京都にいた。携帯に着信があったことに気づき、かけてみるが、今度は先方が電話中。とりつぎの人に「折り返しお電話ください」と伝言を頼む。こういうとき、どこで待つかが問題だ。周りがうるさいと聞こえにくいし、喫茶店では他の客が迷惑する。でも、外は暑い。ちょうど開店したばかりの本屋があったので、そこへ飛び込む。客は私だけだから、店の隅で話すのは許されるだろう。迷惑そうなら、外へ出ればいい。
しかし、電話はかかってこない(電波状態が悪かったらしい)。新刊本も雑誌のコーナーも見て、さてどうするかと思案していたら、コミック本のコーナーがあることに気づいた。土曜日に見た『天然コケッコー』(07年、山下敦弘監督)の原作があるかもしれない。脚本の渡辺あやが《10代の頃、まるで恋にうかされるかのように、その人の作品を読むために毎月別マを買いに自転車を走らせていた》とパンフレットに書いていた、くらもちふさこ作品だ。探してみたら、あった。集英社文庫・コミック版で、全9巻。とりあえず、1巻目だけ買う。
大阪までの電車で読み始めたら、これがいい。主人公のそよだけでなく、彼女の周りの伊吹ちゃんやあっちゃん、弟の浩太朗などの人物像が、くっきりと豊かに描き込まれているのだ。こりゃあハマるわけだ、と思い、またこの長編原作を一本の映画にすることの難しさも思った。1巻目だけでも、あっこれはあのシーンだと分かるエピソードがいくつかあって、確かにセリフはほとんど変えられていない。しかし、物語の中心をそよと大沢に限定せざるをえなかったことも分かり、それはやむをえないこととはいえ、原作の魅力のほうが勝っている。ちなみに、18日の日記には(映画の)そよが都会的すぎると書いたが、原作でもスタイルのいい、鄙(ひな)にはまれな美人として描かれている。
事務所で読了。そよちゃんのような美しき10代は遥かに過ぎ去ったことが悲しく、クーラーの効きはいよいよ悪く、映画でも見て帰ろうと決めた。『ボルベール〈帰郷〉』をまだやっているようだ。Hさんが「よかった」と言っていたアルモドバル作品。これにしようとナビオTOHOプレックスへ行ってみたが、上映されていない。またやっちまったようだ。では、OS名画座はどうかと行ってみた。『リトル・チルドレン』を上映していたが、次の回まで1時間もある。じゃ、ビデオにしようと、レンタルビデオ屋へ。Kさんが「大好き」と言っていた『リンダ リンダ リンダ』があったが、DVDのみ。自宅ではビデオしか見られないのだ。結局、成瀬巳喜男の『めし』を借りて帰った。
昭和26年の作品で、ちょうど私が生まれた年だ。その当時の大阪の街(北浜、中之島、大阪城、難波、道頓堀など)や神奈川県の矢向(やこう)が出てくる。映画の中で原節子が「近所の焼け跡に、もう家(うち)建った?」と言うところもあって、昭和26年がまだまだ〈戦後〉の色を濃く残していたことが分かる。それにしても、いいなあ成瀬は。あの光、その人物造形。ビデオを返す時に、また次を借りてしまいそうだ。

そして今日(21日・火)、成瀬を借りるのは思いとどまったが、阪急32番街・30階の紀伊國屋書店コミックハウスで『天然コケッコー』を9巻まで買ってしまった。
その昔、「男40、愛するものが多すぎて」というようなCMがあったと記憶するのだが、14、5歳のときには30歳、50歳の自分は想像もできないが、56歳の現在からは、いつでも14歳に戻れるのだ。そういう意味では、年をとるのも悪くない。
さて、『天然コケッコー』の2巻目を読み終えたら、仕事しようっと。

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2007-08-18

贅肉の嘆き

テーマ:映画
17日(金)夜、3週間ぶりにヨーガ教室に参加。自分の体の重さが恨めしくなる。特に最後のアルダサマコーナ・アーサナ(片開脚の形)が辛く、「早く『戻します』の声をかけてくれ!」と心の中で叫んでいた。すべてが終わるとスッキリ爽快なのだが、「どうして自宅でできないのだろう。怠け者という以上に、頼まれた仕事になかなか着手できないことも併せると、どこかに人格的な欠陥があるのではないか」と考え込んでしまった。
ヨーガに過大な期待(つまり悟りを開くとか)は抱かないことにしたのだが、これではしなやかな肉体づくりもおぼつかない。せめて、1日おき、いや2日おきでもいいから〈自宅でヨーガ〉を習慣として定着させたいと痛感した。これがまた、その時だけの覚悟になりがちなんだなあ。

18日(土)、恒例の映画観賞会。今回は『天然コケッコー』(07年、山下敦弘監督)。午後4時半からの回を見ることにして、最初は15分前に集合としていたのだが、「その日は午前中に舞台挨拶があるので、あとの回も混むかもしれませんよ」という情報がもたらされ、30分前に変更してあった。それでも心配なので、45分前に梅田ガーデンシネマへ。事前に参加の返事をもらっていた人が2人(AさんとKさん)あったので、先にチケットを買っておくことにした。自分も含めて3人分の整理券をもらうと、キャパ110人の会場で105、106、107番だった。「ほかに誰も現れませんように!」と思っていたら、約束の4時にK先生とYさんが登場。その時点で、もう〈立ち見〉の札が出ていた。4時集合と決めたのは私なので、「すみません、ついさっき立ち見になってしまったんです」と言うと、K先生は「いいよ」と切符売り場へ。通路の段差のところにYさんと座ってご覧になったそうだ。まことに申しわけなし。Aさんは後方の一つだけ空いていた席に、Kさんと私は最前列の端っこで見た。
さて、映画だが、なんとも爽やかな作品であった。島根の田舎の村に暮らす中学2年の少女・右田そよ(夏帆[かほ])が主人公。劇中、みんなから「そよちゃん」と呼ばれていて、その響きが心地よい。演じる夏帆ちゃんは16歳で、どこかで見たことあるなあと思っていたら、「三井のリハウス」のCMに出ていた子だった。ちょっと都会的すぎる感じで、その母親役の夏川結衣ともども「ありえない」と思ったが、そこはまあフィクションですから。
小学生と中学生を合わせて、学校には生徒が6人しかいない。小1女子1、小3女子1、小6男子1、中1女子2、中2女子1(これがそよちゃん)。教室も小・中に各一つで、みんなで助け合って学校生活を送っているのがほほえましい。これが本当の教育かも、などと思う。
そこに、東京から大沢広海(岡田将生[まさき])が転校してくる。そよにとっては、初めての同級生だ。そよばかりでなく、他の5人にとっても大事件である。当の大沢は、クールそうでいて、けっこうガキだったり、優しいところを見せたりもする。
そよと大沢の淡い恋をタテ軸に、子どもたちの1年半ほどを丁寧に追ってゆく。大阪芸大出身の山下監督はまだ30歳だが、やっぱり四季の移ろいの中にそれを描くんだなあという感慨を持った。安心するともいえるし、定型だとも感じる。
もうひとつの見どころは渡辺あやの脚本だが、音響設備の関係か、座った場所が悪かったのか、よく聞き取れないセリフがあって残念だった。原作まんが(作・くらもちふさこ)に心酔している渡辺あやは、できるだけ原作のセリフを変えないようにしたという。それだけに、音の問題は重要だった。パンフレットに採録シナリオが載っていれば、と期待したが、載っていなかった。きれいな写真は要らないので、〈パンフレットには採録シナリオ〉、を常識にしてほしいものだ。
撮影にはほぼ2年を費やしたという。そのせいか、丁寧すぎてかったるいと感じるところもあったが、思春期のかけがえのなさは見事に描けていると言えるだろう。恋愛のドロドロには遠く、異性もあまり意識しない年頃の美しさというものは確かにある。私の実感では、それは小学校の5、6年生ごろなのだが、そのころの自分を思い浮かべてみれば、体のあちこちについた贅肉同様、なんとも無駄なものを背負い込み、汚れちまったものだなあと思わざるをえない。
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2007-08-17

運命の人

テーマ:読書
あまりの暑さに、活動まで制限される。地球温暖化が実感され、未来への恐怖を感じるほどだ。クーラーも悲鳴を上げ、ときどき熱風を吹き出す始末。そのたびに慌ててスイッチを切り、数分休ませて、また恐る恐るスイッチを入れてみる。それでなんとかもっているが、壊れるのは時間の問題だろう。

気分転換のために、だいぶ前に買ってあった穂村弘(ほむら・ひろし)著『もしもし、運命の人ですか。』(メディアファクトリー)を読み始めたら、これが面白く、一気に最後まで読んでしまった。恋愛に関する、男性側からの考察、分析、思い込み、妄想、幻想、戦略、対策、提案、理想などなどが、29のエッセイに込められている。途中で数度、声を出して笑ってしまった。
《激しい恋愛の中で、我々は束の間の生の実感を得ることができる。/男性のタイプとしてのいわゆる「いいひと」が恋愛対象として女性たちに人気がないのはそのためだ。/「いいひと」との穏やかな関係には非日常性が乏しい。》という文章もあり、ドキッとさせられる。私はたぶん、その「いいひと」タイプだからだ。
穂村氏も同じタイプらしいが、女性の友人から「ほむらさん、恋愛に対するセンサーが過敏っていうか、意識が過剰だよ」と言われたりしていて、その点が私とはちょっと違う。
氏の過敏な恋愛センサーは、たとえば友達の家に何人かで集まり、コンビニへ食料の買い出しに行くことになったとき、《「僕、行こうか」と私が名乗りをあげると、「じゃあ、あたしも行く」とSさんが云った。/どきっとする。/今、Sさんは「じゃあ、あたしも行く」って云わなかった?/「じゃあ」ってなんだ?》というふうに反応する。そしてコンビニへの道すがら、《無表情のまま、脳だけが高速回転》して、さまざまなことを考えるのだ。
その一つ一つにうなずきながら、「現役だなあ」と思う。この本を書いた時、穂村氏は44歳だったようだ。私とは一回り違う。自分では充分現役だと思っているのだが、対外的にはセンサーをあえて鈍麻させているのだ。上記のようなシチュエーションになっても、私なら「たまたまでしょ」「別に気にするほどのことでも」と考えようとするかもしれない。哀しいね、56歳の独身男。
でも、穂村氏には奥さんがいるらしい。ということは、本当は私のほうが〈現役〉なのでは。

とまあ、いろいろに楽しませてくれる本だが、特筆しておかなければならないのは、こういう軽いエッセイを書けるのは、ひとつの芸であり、技術だということだ。巻末に置かれた「運命の人」という一篇など、ジーンとするほど余韻深く、見事である。
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2007-08-15

死を想え

テーマ:日常
終戦記念日。
朝一番に耳に飛び込んできたのは、イラクで同時多発自爆攻撃によって200人近くの人が死んだというニュースだった。狂信、憎悪、偏見、ヒロイズム、「敵を殺せ」、善か悪か、唯一神、報復、犠牲……などの言葉が、脳裏に浮かんでは消えてゆく。
この悲惨で理不尽な現実を救う道はあるのか。考えてはみるが、私のような凡人に解決策が見いだせるはずもない。うなだれて、大岡昇平の『戦争』(岩波現代文庫)を読む。
夜になると、イラクの報道はもう消えていた。
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2007-08-14

夏の日に

テーマ:日常
暑い! 熱中症で死者も出ているという。さもありなん。汗っかきの私は、このまとわりつくような暑さにうんざりしているが、抜けるような青い空の下、すべてのものが隠れようもなく白日にさらされているのを見るのは嫌いではない。
それにしても、8月の炎天下に、〈終戦〉や〈広島・長崎〉を思うのは、私たちが最後の世代かもしれない。私とて、直接には戦争を知らないのであるが……。『夕凪の街 桜の国』について書いたとき(8月6日)、父親(堺正章)が子供たちに被爆体験を伝えないことをいぶかしんだが、私自身、父や母に戦争のことを尋ねなかったのだ。
少ししかない記憶をたどると、父は陸軍の少尉か何かで、国内で高射砲を撃っていたという。ちっとも当たらなかったそうだ。悲惨な戦地を見なかったためか、「あの戦争は正当防衛だった」という姿勢を戦後も貫いていた。福田恆存(ふくだ・つねあり)の著作や林房雄(はやし・ふさお)の『大東亜戦争肯定論』などを読んでいて、心情三派(いまや死語!)だった私とはよく衝突したが、論破できずに口惜しい思いをした。
母のほうは、父親を早くに亡くし、戦時中は母親と妹2人の女ばかりの家で、ずいぶん苦労をしたようだ。あまり多くを語らなかったが、「戦争はもうこりごり」という心境だったのではないか。
なぜもっと訊いておかなかったのか、と思うが、父や母にすれば、「言っても分からない」「もう済んだことだ」「今は平和だから、これでいい」という気持だったのかもしれない。そう考えると、『ヒロシマナガサキ』の証言はますます貴重なものに思えてくる。
現在、世界には、広島に落とされた原爆の40万個に相当する核兵器があるという。そんななかで核兵器廃絶を言うのは夢のような話だが、ゴマメの歯ぎしりでもいい、言うべきこと、伝えるべきことは言って死にたいと思う夏の日である。


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2007-08-10

『ヒロシマナガサキ』ふたたび

テーマ:映画
思いがけず時間ができたので、『ヒロシマナガサキ』(07年、スティーヴン・オカザキ監督)を見る。2回目。テアトル梅田の切符売り場で、元映画記者のOさんとバッタリ。「『ヒロシマナガサキ』ですか?」と尋ねると、「いや、こっち(『カート・コバーン アバウト・ア・サン』)」。「いいですよ、こっちも」と言うと、「うん、見た見た」。さすがはOさん、見落としはない。
劇場に入ると、今度は懐徳堂古典講座「小津安二郎の映画を読む」の受講生仲間・T氏と遭遇。「こんばんは」と声をかけると、びっくりした様子で、はにかんだ微笑を浮かべた。観客は25人ほど。混んだ劇場は苦手だが、この映画に関しては、一人でも多くの人に見てもらいたいと思う。
最初に見たときと、印象はそれほど変わらないが、被爆した人たちの言葉が、よりいっそう胸にしみる。パンフレットに詳細な〈採録シナリオ〉が載っているので、少し引用してみよう。
「夜になると雨がしとしとと降り、木の葉から落ちる雨しずくをしゃぶって夜を過ごしました。で、一夜明けた時に、私の周りに一人も生きた人はいなかったの」(谷口稜曄[すみてる]さん)
「妹と2人で、金歯のある、本当に母かどうか分かりませんが、金歯のある死体に、『母ちゃん』と手を触れましたら、パラパラーッと崩れてフワッと灰が舞い上がったのを、60年前の出来事ですけど、昨日のように、忘れることができません」(下平作江さん)
「私が食べてないのは、ネコとネズミと人間だけです。ネズミはいなかった。ネコはすばしっこくて捕らえきれない。人間は初めから食べようちゅう気がない。ないけど、3日もしたら人間食べられない」(深堀悟さん)
適切な表現ではないかもしれないが、これらの言葉は「詩のようだ」とさえ思う。何度も反芻され、削ぎ落とされ、そうとしか言いようのない形になった言葉たち。そこに私は、被爆者たちの深い思いと、孤独の中で磨かれてきた大いなる人格を観る。
特に私は、決して笑わない下平作江さんに打たれた。
「いっつも思うんですけど、私たち人間にはギリギリの時に、死ぬ勇気と生きる勇気と二つ並べられるんじゃないかなと。妹は残念ながら死ぬ勇気を選んだんですけれど、私は生きる勇気を選びました。ならばひとりぼっちでもいい、生きていこう、生きる勇気を選びました」
「私たちは、せっかく生き残っても、人間らしく生きることも、人間らしく死ぬこともできませんでした」
「体の傷と、心の傷、両方の傷を背負いながら生きている。苦しみはもう私たちで十分です、と言いたいですね」
こういう下平さんの言葉を、日本の、そしてアメリカの為政者たちはどう聞くのだろう。ハナから聞く耳など持たぬのか。

ところで、この映画、全米で約3800万人の加入者がいるケーブルテレビ局HBOで、8月6日から1カ月間、繰り返し放送されるという。一般のアメリカ人がどう見るのか、ぜひ知りたいところだが、寡聞にしてまだその報道に接していない。
そんな折、岩波書店の雑誌「世界」の9月号に「ニューヨークが観た『ヒロシマナガサキ』」という記事が載っていたので、さっそく買ってきた(「世界」を読むのは何年ぶりだろう)。テレビ放映に先立つ6月下旬、ニューヨークのアジア協会やリンカーンセンターでの上映会の様子がリポートされている。だが、《上映後の反応は総じて前向きだった》とあるだけで、その具体的な反応はあまり書かれていない。
ただ、さらにさかのぼる1月下旬、ユタ州で行なわれたサンダンス映画祭でも上映され、高校生が「被爆者や原爆の被害の映像は見たことがありませんでした。原爆は大量殺戮兵器であり、使用されてはならなかった。米国が実際に使ってしまったことに苦痛を感じます」と話したという報告に、少し希望を感じた。
それよりも、以下のような記述に暗澹となった。
《オカザキ監督は、日本のテレビ関係者から、この作品が日本政府の被爆者政策を批判していることから、日本の主要局で放送されることは難しいと聞かされた》というのだ。どこの馬鹿がそんなことを言ったのかと思うし、心ある〈日本のテレビ関係者〉は、この記事に発奮して、日本でのテレビ放映を実現させてほしいものだ。

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2007-08-09

平松先生のこと

テーマ:日常
62年前、長崎に原爆が落とされた日。午前11時2分だったそうだ。それまで、戦時下とはいえ、ごく普通の夏の日が続いていたのだ。黒木和雄監督の『TOMORROW/明日』(88年)に描かれたように。その年のうちに、長崎では7万人の人が亡くなったという(広島では14万人)。その人たちの〈明日〉は、一瞬にして奪われたのだ。生き残った人々の〈明日〉も、平坦なものではなくなってしまった。
夜、NHKテレビで『原爆のせいじゃなかとですか』という番組を放送していた。爆心地から数キロ離れたところで被爆し、数日後に爆心地付近に入った人たち(入市被爆者というらしい)が、原爆症認定を求めて国と裁判をしているのだ。いずれも70代前後。4年前に三十数人で集団提訴したが、すでに5、6人の方が亡くなってしまったという。『ヒロシマナガサキ』(07年)にも「(政府は)被爆者が死ぬのを待ってるんじゃないか」という言葉が出てきたが、まったくなんという国だろう。

原爆のことを考えていると、平松先生のことを思い出す。高校のときの、日本史の先生。高校2年と3年のクラス担任でもあった。口癖が「寸暇を惜しんで……」。
今と違い、クラス担任といえども親しく話すというようなことはなかった。日本史の成績も良くなかったし、「寸暇を惜しんで勉強しなさい」と耳の痛いことをおっしゃるので、敬して遠ざけていたという面もある。しかし、何度も禁煙に失敗したということを交友会誌に書いておられたりして、その人間的なところに親しみを感じていた。思春期にある高校生というものは、無関心なふりをして、この先生は信用できる、こいつは駄目だと、極めて敏感に選別しているものである。
夏休み中には、〈勉強合宿〉というものがあった。自由参加で、10日間ぐらいだったか、数十人で長野の民宿とか広島の山奥の寺とかにこもり、文字どおり勉強づけの日々を過ごすのだ。先生方のほかに、有名大学(?)に入学している先輩も数人来てくれて、指導してくれる。チューターと呼ばれていた。昔も今も怠け者の私は、一人でいると受験勉強などできないので、必ず参加していた。
何年生のときの勉強合宿だったか、その場所も覚えていないのだが、広い板の間に学生たちが座り、平松先生の話を聞いたことがある。先生も〈入市被爆者〉だったのだ。当時は兵隊で、原爆投下から数日後の広島の街を通り抜けたか、そこで何かの作業に従事したか、そんなお話であった。
細かいことはみんな忘れてしまったが、平松先生が訥々と真剣に「戦争をしてはいけない」と話されたことだけは、はっきりと覚えている。開け放たれた窓の外では、うるさいぐらいに蝉が鳴いていた。
先生の被爆体験を聞いたのは、後にも先にもその時だけである。そういう経験をされたから、歴史の先生になられたのかもしれない。しかし、それもお尋ねしたことはない。ただ、本当に伝えたいことがある人の言葉は重く、そして必ず人の心に届くものだ、ということを思うばかりだ。
平松先生は、まだお元気だろうか。
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