2007-06-14

河瀬直美の業

テーマ:映画
梅雨入り、だという。そう聞いただけで、ゲンナリしてしまう。私がいちばん嫌いな季節だからだ。じっとり、じめじめ、暗い空……。湿気というやつがイヤなんだなあ。そのあとに続く夏も好きじゃない。汗っかきだから。しかも今年は猛暑で、水不足も心配されるという。ああ、楽しくないねえ。

9日(土)、大阪歴史博物館で、『萌の朱雀』(96年、河瀬直美監督)の上映会とトークショーがあった。わがNPO法人「コミュニティシネマ大阪」初の主催事業だ。『殯(もがり)の森』(07年、河瀬直美監督)がカンヌでグランプリをとる前から決まっていた上映会だったが、受賞のおかげで大盛況となった。混雑が予想されると聞いていたので、私は開場の30分以上前に出向いたが、整理券番号は67番だった(キャパは250ぐらい)。会場に入れない人も多数おられて、スタッフは大変だったようだ。
『萌の朱雀』は10年前にも見ていて、「映画新聞」(97年10・11月合併号)で監督にインタビューもしている。当時は、やや辛辣な意見を言ったりしているのだが、今回見直して、そういう細かい欠点はあるにせよ、非常に誠実につくられた映画だという気がした。崩壊していく家族、過疎化していく村、そういう哀しみの中で、人は何をよりどころに生きていくのか。そんな真摯な問いかけが胸に迫った。
上映後、ロビーで出合ったT氏が、「どうだった?」と訊くので、「うん、悪くなかった」と言うと、「そうなんだよな、そういうもんなんだ」と、小津映画のようなセリフを吐かれたが、その気分はよく分かった。
トークショーには、河瀬監督、『萌の朱雀』『殯の森』主演の尾野真千子さん、それに『殯の森』主演のうだしげきさんも来てくれて、華やかな雰囲気になった。

12日(火)、事務所近くのホテルグリーンプラザ大阪で、河瀬監督のカンヌ・グランプリ受賞を祝う会が開かれ、これにも出席。100人以上の人たちが集まり、これも大盛況だったが、背広姿の人々の中に知り合いはほんの数人で、そういう人たちとも何を話していいのか分からず、最後まで場違いな気分だった。
当の河瀬監督は、連日の取材攻勢からか、体調を崩されたそうで、30分ほど遅れて登場。最後のほうでは元気そうに見えたが、スポットライトに照らされるのも大変だなあと思った。

『殯の森』は7月7日からシネ・ヌーヴォで上映される。とても哲学的な内容で、この作品にグランプリを与えたカンヌの見識は、たいしたものだ。じめっとした日本の森の描写も見逃せない。
6月23日からは、プラネット・プラス・ワンで河瀬監督の最新ドキュメンタリー『垂乳女(たらちめ)』をはじめ、初期作品が上映される。〈自己〉にこだわり続ける彼女のドキュメンタリー作品は、正直に言うと「もう勘弁してくれ」と感じることもあるが、この際だから多くを見て、勉強させてもらおうかと思っている。河瀬直美には、映画作家としての〈業〉が確かにあるから。
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2007-06-05

輝いている

テーマ:映画
6月の映画観賞会。シネ・リーブル梅田で『あしたの私のつくり方』(07年、市川準監督)を見る。例によって10人ほどにメールで連絡しておいたが、直前の告知だったためか、参加はNさんのみ。観客も5、6人で、なんとも寂しい。
映画が始まる。落ち着いた、静かな映像。やっぱり市川準はいいなあ、と思う。パンフレットにフィルモグラフィーが載っていて、87年の『BU・SU』から『あしたの私のつくり方』まで19本。ほぼ年に1本は撮っていることになる。その19本のうち、私は15本を見ている。意識していなかっただけに、自分でも驚いた。描写が淡々としすぎていて、物足りないと感じることもあるが、市川準は常に〈リアル〉を目指してきた作家だと思う。
今回の〈リアル〉は、少女のそれだ。成海璃子(なるみ・りこ)が、小学校6年生から高校2年生までを演じている。映画初主演で、まだ14歳だが、すでに立派な女優だ。『BU・SU』の富田靖子、『大阪物語』の池脇千鶴のように、大成する予感。
ともかく可愛く、情感豊かで、彼女が画面に登場するだけで楽しくなってしまう。だが、私が知らなかっただけで、05年のテレビドラマ「瑠璃の島」では主演を果たし、映画にも何本か出、CMでも活躍しているらしい。少し前の「三ツ矢サイダー」のCMで、鉄棒にぶらさがるセーラー服姿の少女といえば、思い出す人もいるかもしれない。また、今年は彼女の主演作がほかにもあって、『神童』(萩生田宏治監督)では天才ピアニストを演じているとのことだが、これは見逃している。乙一原作の『きみにしか聞こえない』(荻島達也監督)は、大阪では今月16日からの封切りだが、市川演出ほどの冴えは見られるのだろうか。
その成海璃子が演じる寿梨は、なんとも健気だ。両親が喧嘩ばかりしていて、二人をつなぎ止めるためにも自分は中学受験に頑張らねばと思うが、挫折。中学校では〈いじめ〉の対象にならないように気を使い、周りに合わせ、目立たないように振る舞う。「いまの子どもたちも大変だなあ」と思う。小学校では人気者だった日南子(前田敦子)が、ある日を境にいじめられるようになり、寿梨も声をかけられないが、日南子が転校してから、寿梨は彼女を励ますメールを送るようになる。題して「ヒナとコトリの物語」。ヒナは日南子から、コトリは寿梨から来ているわけだ。寿梨は、その物語を高校の文芸部での提出作品とし、教師に注目される。このあたり、お話(原作は真戸香の同名小説)という気がしないでもないが、寿梨は自信を持つようになり、日南子は寿梨の生き方マニュアルのようなメールに励まされつつ身を処しながら、やがて《本当の自分》に向き合おうとする。
一歩間違えば、自殺とかの悲惨な状況になりかねないところを、実にうまく明るい方向に着地させていると思う。だが、その間に両親は離婚し、寿梨は母と二人で暮らし始めているのだ。余談だが、母親役は石原真理子で、例の『ふぞろいな秘密』のゴシップが頭をかすめ、この映画にとっては残念なキャスティングであった。

西田ひかるがデビューしたころだったと思うが、ハウス・フルーチェのCMで彼女を見、「可愛い、可愛い」と言っていたら、友人から「ロリコンや!」と冷やかされたことがあったが、それって、そんなにヘンなことだろうか。いつの時代にも輝いている人がいて、そのことに敏感なのは、まだアンテナが錆びていない証拠だと私は思っているのだが。
最近だと、東京で何も知らずに見た『渋谷区円山町』(06年、永田琴監督)の榮倉奈々(えいくら・なな)がいる。演技がうまいとはお世辞にも言えないが、いま輝いている女の子の一人であることは間違いあるまい。
今年の「おおさかシネマフェスティバル」で新人賞を受賞した谷村美月(たにむら・みつき)ちゃんも可愛かったなあ。授賞式に来てくれたので、余計に印象が良い。
この二人が主演する『檸檬のころ』(07年、岩田ユキ監督)が、もうすぐ封切られる。この映画には『美しい夏キリシマ』の柄本佑君も出ている。ぜひ見たいのであるが、オジサン一人では見に行きにくく、どなたかお付き合いくださらないだろうか。
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2007-06-01

若冲は〜ん

テーマ:日常
京都・相国寺承天閣美術館で「若冲展」を見る。無計画な私にしては珍しく、6月3日で終わってしまう展覧会の土・日を避け、しかも開館時間の15分前に到着するという念の入れよう。それでも、会場近くには「40分待ち」の看板が出ていた。しかし、それも覚悟の上。10時から並んで、午後1時に終わればいいやくらいに考えた。
伊藤若冲(1716~1800年)が現在のようなブームになる前からのファンで、石峰寺(京都市伏見区)の墓にも参り、その境内にある五百羅漢が並ぶ竹林は、誰にも教えたくないお気に入りの場所だった。この五百羅漢は若冲が下絵を描いたとされ、先月、その羅漢像が何者かによって数十体破壊されたというニュースに接し、腹立たしい思いをした。それもこれも、若冲が有名になり過ぎたためかと思う。
さて、40分待ちは少々オーバーで、20分ほど並ぶと第一展示室に入れた。ここには相国寺ゆかりの品々や若冲の襖絵などが展示してある。図録などで見たものもあるが、実物は墨筆の勢いなどが実感できて、やはり凄い。
いよいよ第二展示室へ。お目当ての「動植綵絵」30点と釈迦三尊像である。正面奥に釈迦三尊像が、左右の壁に15点ずつ動植綵絵が並んでいる。どこから見てもいいのだが、やはり端から順に見たい。絵の前のガラスに二重三重に並んでいる人々の後ろから、ジワリジワリと体を入れていく。ついにガラス前の最前列に到達。しかし、今度は人が動かない。係員が「次の絵に移動してください」と叫んでいるのだが、横の人が動かないのだから、どうしようもない。そのうちに気付いた。ひとつの絵に釘付けになり、まったく動こうとしないオタクのようなやつがいるのだ。そこで人の流れがせき止められてしまう。それに気付いてからは、そういうやつを飛び越えてひょいひょいと見ていった。見逃したものや気になるものは、また戻って見た。それでも、大変な混雑ぶりであることは変わらない。周りから聞こえてくる、くだらぬおしゃべりが腹立たしい。それは素朴な感想であり、それに腹を立てる私が大人げないのかもしれないが、「俗物ども!」という思いがどうしても拭えないのだ。
それはさておき、動植綵絵30点は、色彩が見事に残り、豊富な技法や斬新な構図も目の当たりにでき、見た甲斐があった。商売を嫌い、仏教に帰依し、生涯独身で、絵を描くことのみに専念し、作品一点と米一斗を気軽に交換した(別号を斗米庵という)若冲は、京都で「若冲はん」と親しみをこめて呼ばれていたように思えてならない。先月、私が編集を担当した太田順一さんの写真集『群集のまち』(ブレーンセンター)が出来上がったが、その「あとがき」に、太田さんが《時空を隔てていても人は作品においてつながることができる》と書いておられたことが思い出された。
図録2500円を買い、動植綵絵の絵葉書30点も買い、相国寺を出たのは12時だった。その前の道を行けば京阪の出町柳駅ではないかと見当をつけ、どんどん歩いていくと、これがドンピシャリ。駅の近くでパスタを食べ、柳月堂でパンを買って帰った。
少し休んでヨーガ教室へ行くつもりだったが、思いのほか疲れがひどく、断念。風邪をぶり返してしまったようだ。
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