2006-03-16

眠る男

テーマ:日常
行きの電車。2人がけのシートに、大柄の青年が、頭をそらし口を開けて眠りこけている。赤いジーンズ、迷彩柄のジャケットに、紺色のキャップを目深にかぶっている。長めの髪はボサボサ、無精髭が濃い。上着のポケットに両手を突っ込んでいるので、くの字に曲がった腕が隣のスペースにはみだし、誰も座れない。「なんとまあ」と思う。
それにしても、最近のシートは狭すぎないか、とも思う。2人がけのシートに大の男2人はきついし、6人がけなら男3・女2でちょうどいいぐらいだ。こんなところにも「効率」や「経済」が幅を利かしているようで、なんとも世知辛い。
さて、くだんの青年、終着駅に近づいても起きる気配がまるでない。彼の近くに立ち、大声で話していたおばちゃんたちのうちの一人が、「よお寝てはるわ。起こしたげよか。小さな親切、大きなお世話、ガハハハハ」と、起こしにかかった。私など、「ほっとけばいいよ、そんなやつ」と思っているのであるが、大阪のおばちゃんにはかなわない。起こされた青年、薄目を開けてムニャムニャ言っていたが、なんとまた眠ってしまった。さすがにおばちゃんたちもそれ以上は深追いせず、別の話題に花を咲かせながら賑やかに降りていった。私もそれに続いたので、青年がどうなったかは知らない。たぶん、駅員に手荒く起こされたであろう。

帰りの電車。どしゃ降りの雨の中を急ぎ足で来たので、席に着くとドッと汗が出てきた。ハンカチを取り出して汗をぬぐい、濡れたバッグを拭く。湿気の多い、密閉された、なま暖かい空間。私がいちばん苦手とする条件だ。汗が止まらない。ずっとハンカチを使っていると、周りの目が気になってくる。さらに汗が噴き出る。小・中・高と赤面恐怖症に苦しめられた(誰が?と言ってるのは誰?)名残か、ときどきこういうことになる。途中で電車を降りてしまったこともあるのだ。自慢にもならないが。
だが、ひと駅、ふた駅を過ぎ、目の前に人が立つようになると、他人の視線も気にならなくなり、ようやく落ち着いた。雨の日は傘があるので、本を読むわけにもいかず、傘とハンカチを握りしめたまま、いつしか眠ってしまった。降りる駅で目が覚め、「ああよかった」と思いながらホームに降り立つと、ハンカチを持っていないことに気づいた。眠っているときに床に落としたのだろう。「しかし、誰も教えてくれなかったな」と思う。こんなオッサンのことなんかほっとけ、と思われたのか。それとも、誰も気がつかなかったのだろうか。それは分からないけど、少し悲しくなった。
まあ、電車の中で眠れるのは、それだけ平和だということだ、と誰かが言ってたな。平和ボケなのかもしれないが。
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2006-03-15

田中徳三って、知ってる?

テーマ:映画
3月25日から3週間、シネ・ヌーヴォで特集上映「RESPECT田中徳三」が催される。田中徳三さんは、勝新太郎の「悪名」「座頭市」「兵隊やくざ」シリーズや、市川雷蔵の「眠狂四郎」シリーズなどを手掛け、大映のプログラム・ピクチャーを背負った職人監督だ。いま85歳。
その上映に合わせ、シネ・ヌーヴォで本を作った。タイトルも『RESPECT田中徳三』(B5判並製/80ページ)。発売元はブレーンセンター。ヌーヴォ代表の景山理ら3名が、三重県名張市の田中邸にうかがい、計15時間にわたって全50作品についてインタビューした聞き書き集だ。これが、記念すべき「シネ・ヌーヴォ映画叢書」の1巻目となる。2巻目はいつ発行できるか分からないのだが。
それはともかく、最近はこの本の校正・編集に追われていた。上映初日には間に合わせなければならないのでね。一部書店でも販売の予定。
田中監督は大阪・船場に生まれ、京都で映画を撮っておられたから、語りは関西弁。実に楽しい口調なのだが、活字にするときはそれをどこまで生かすか、あるいは薄めるかに悩んだ。また、フィルモグラフィー作りにどえりゃー時間がかかってしまった。参考文献は一冊しかなく、これが間違いだらけときている。『ぴあシネマクラブ』(この本も間違いが多い)も内容が不十分。いきおいインターネットを渡り歩くことになるが、これもサイトによって人名がバラバラ。たとえば、田宮二郎の奥さんになった女優で、藤由紀子という人がいる。これが由起子であったりするわけで、「え~、どっちなんだよ」という場面が再々。藤由紀子ぐらいなら、これが正解だろうというところまでなんとか辿り着けるが、もっと端役の俳優さんとか、照明スタッフなどになると、どちらが正解か分からなくなってしまう。資料も少ない。結局、2箇所で「幸夫」となっていて、1箇所が「幸男」だった場合、多いほうを採用せざるを得ないのだが、それが正解かどうかは分からないわけで、もっと調べれば決定的な証拠が出てくるのではないかと、資料探しに時間ばかりかかることになる。
ともかく、できるだけのことはした。それでも間違いがあったら、ゴメンナサイと言うしかないが、つくづく、映画に関して信頼できる資料・文献が不足していることを痛感した。これは、文化的損失ではないだろうか。
まあ、そんなすったもんだがありましたが、ようやく13日の夕方に私の手を離れ、あとは仕上がりを待つばかりとなった。田中監督の聞き書きばかりでなく、浅野潜・上野昂志・蓮實重彦・原一男・山根貞男の各氏による「田中徳三論」も併載されており、これで900円(税込み)はお値打ちですぜ。ぜひシネ・ヌーヴォで田中監督の映画を見て、本も買ってください!

追記:4月8日、特集上映「RESPECT田中徳三」で『手討』(63年)を見て、愕然とした。出演者のタイトルで、上記の藤由紀子が、藤由起子とはっきりクレジットされていたからだ。調べるにあたっては、当時の雑誌のグラビアページに大きく「藤由紀子」と出ていたので、自信をもってそれを採用したのだが、どうやら間違いであったらしい。少なくとも『手討』に関しては。このあたり、偽メールだとなかなか認めようとしなかった永田議員のように歯切れが悪いが、芸能生活の途中で改名したことも考えられるので、なお調査は続行したい。この件についてご存じの方は、ぜひお教えください。かくして、はなはだショックな『手討』観賞体験であったが、映画は素晴らしい。「藤由起子」さんも、とてもいいのだ。
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2006-03-14

日暮れて道遠し

テーマ:日常
まるで冬に逆戻りしたよう。風強く、寒い。昨日は雪降ったもんなあ。
二、三日前、冬のコートなどを洗濯に出そうかと思い、結局面倒くさくなってやめたのだが、自分のズボラぶりが幸いしたような塩梅だ。
またヨーガの話になって恐縮だが、その関係の本に《十年後や二十年後ではなく、「次の瞬間に死んでもよい」と覚悟するよう心を準備しなさい》とあった。学生時代に読んだ三島由紀夫の『葉隠入門』(カッパ・ブックスであったの。たしか田中一光の装幀で、横尾忠則のイラストが入っていた。今は新潮文庫になっているらしい)にもそんなことが書いてあったなと思う。もっとも、ヨーガのほうは心の問題を言っているのに対して、後者は現世での身の処し方に重きが置かれていたように記憶するが。
いずれにせよ、「今はまだ死ねねえなあ」と思う。心もそうだし、身辺整理もできていない。
また思い出す。大岡昇平に『花影』という小説があり、その主人公・葉子は銀座のバーの女給(当時の言い方)で、最後に自殺するのだが、その「死の準備」がなんとも律儀で、感動的ですらあったことを。
また別の記憶。大学の夏休みに、クラスメートのひとりが自殺した。そんなに親しくはなかったが、彼の普段の言動からは「自殺」を連想しにくく、衝撃を受けた。自殺の理由は未だに知らない。若狭のほうの海に入水したと聞いた。彼は学生寮に入っていたから、その海へ行くためには、私たちが通学に使っていた電車に乗らなければならない。その電車で友人たちと帰る道すがら、ひとりが「○○君も、最後にこの風景を見たんやねえ。どんな気持やったんやろ」と言った。急に彼が近しい存在に思え、悲しみと哀れさが押し寄せてきた。
あれから35年、私は55歳になった。自分がいつ死ぬのか知らないが、これから先の人生は、死の準備に充てられるべきものだろう。それにしても、整理すべきことが多すぎる。なにも女性関係のことを言っているのではない。そっちのほうは、見事にきれいなもんです。とりあえず、1カ月分溜めたこの日記の、空白部分でも埋めていきますか。

という文章を昨日(14日)書き、ホームページにアップしようとしたら、なぜか全部〈文字化け〉してしまった。原因不明。さっそくパソコンの師匠に電話で助けを求めたが、師匠も「分からない」と言う。アドバイスとして「時々そういうことがあるので、いったんワードか何かに書いて、それをコピーするようにしたほうがいいですよ」とのこと。しかし、さすがに昨日は書き直す気力なく、今日あらためて思い出しながらワードで書いてみた。というわけで、これを14日分としてアップする次第。
だけど、こういうことがあると、パソコンやインターネットの世界も「幻想」なのか、という気がしてくる。何時間もかけて文章を作り、変なところを叩いて一瞬にして消してしまったという苦い経験を何度もしている私が、あまりにも「間抜け」というだけのことか。
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2006-03-11

ごぶさたです

テーマ:ヨーガ
あっという間にひと月が過ぎてしまった。この間、例によって落ち込んだり、仕事に追われたりを繰り返していた。ヨーガ教室も休みがちとなり、ようやく昨日、半月ぶりに参加。少し言い訳をさせてもらえば、一度は参加しようとして、着替えやヨガマットを自宅へ取りに帰ったが、思いのほか移動に時間がかかり、遅刻確実となったので断念。もう一度は、本当に忙しかったのだ。
さて、半月ぶりのヨーガ教室なので、あまり無理をせず軽く流そうと思っていたら、そうはいかなかった。いつもの指導者とは別の、N氏が指導してくださったからだ。
N氏はアメリカ青年で、確かブロードウェーでダンスを修行し、演出もしていたはず。数年前にヨーガと出会い、のめりこんだと聞く。彼のアーサナ(姿勢、ポーズ)は凄くて、まるでアクロバット。しかし、いわゆるアクロバットとは違い、そのアーサナを見ているだけで、彼の集中感や静かな呼吸が伝わってきて、こちらまで平穏な「気」に満たされるのだ。アメリカ人にしては珍しく(?)思索的な風貌で、私はひそかに、映画『散り行く花』(1919年、D・W・グリフィス監督)のチェン青年に似ているなと思っている。
で、そのN氏の指導だが、ひとつのアーサナは普通20呼吸ぐらいで終わるのに、これが30~40呼吸ぐらい続けないと「やめて」と言ってくれない。こちらはもうヘロヘロだが、他の人は平然とやっているので、私だけ途中で投げ出すわけにもいかず、頑張った。
日々、持続してヨーガをやることの必要性を実感したわけだが、いっぽうで、週に1回ぐらいしかヨーガをやらなくても、それはそれなりに身に付いていたのだ、ということにも気づかされた。
帰り際、ブロークン・イングリッシュと日本語でN氏に「アーサナは毎日やっているんですか」と聞いてみた。「ええ、毎日。1時間か1時間半ぐらいね」という返事。これだけの会話をするのにも四苦八苦で(N氏は少しだけ日本語ができる)、英語を話せるようになりたいなとも思ったが、これはもう手遅れだろうなあ。
ともかく、「持続」することの大切さを痛感したので、ヨーガもこのホームページも、少しずつ少しずつ実践していくぞ!
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