2005-10-10

私のヤマガタ日記~その1~

テーマ:映画
徹夜で単行本の校正を仕上げ、7時半に出発。第9回「山形国際ドキュメンタリー映画祭」(以下、ヤマガタ映画祭)を見に行くのだ。東京の出版社に校正を終えたゲラを送らねばならないが、それはお向かいさんに頼んだ。
伊丹空港、11時20分発のJAL2233便で山形へ。約1時間30分の空の旅だが、機中では離陸前から眠っていた。山形空港から山形市内までは、バスで約40分。どこも広々とした空間が印象的。
午後1時半、市内「七日町」で下車。目の前の山形中央公民館4階の事務局へ。映画関係者(シネ・ヌーヴォ)としてIDカードを作ってもらうためだ。これがあれば、どの上映会場へも無料で入れてもらえる。事務局長の矢野和之さんがいる。第1回のヤマガタ映画祭のとき(89年)、ボランティアとして活躍した高橋卓也君もいる。懐かしい。その高橋君にIDカードを作ってもらう。
午後2時、同じ中央公民館4階のホールで『パレード』(2002年、スイス、リオネル・バイアー監督)を見る。同性愛者のパレードを行なおうとする女性を、7カ月間追った作品。政治には無関心だった彼女が、さまざまな試練を乗り越えてゲイ・パレードの実現までこぎ着ける。彼女の成長物語になっていて、最後にはカタルシスもあるのだが、ディスカッションの場面が多く、単調な印象が残る。
続けて、『針間野』(2004年、ベルギー、田中綾監督)を見る。共産党員だったために田舎を追われた父、いまは都会の学校の教師として組合活動に力を注いでいる。その父を、娘が撮る。だが、「赤旗」を読み、たぶん日教組の活動家なのだろう父親を「共産主義者」と規定するところに違和感を感じてしまう。むしろ、現在はベルギーで暮らしているという田中綾監督自身の内面をこそ描くべきではなかったか。
続けて、YIDFFネットワーク企画上映の『住めば都』(2005年、フランス、カトリーヌ・カドゥ監督)を見る。YIDFFネットワークは、ヤマガタ映画祭では欠くことのできないボランティア組織で、第1回からさまざまな活動で映画祭を支えてきた。私自身、第1回と第2回の映画祭では「デイリー・ニュース」の編集デスクを務めたが、そのスタッフとして、慣れない取材・執筆にあたってくれたのが彼・彼女らだった。また、これが初監督作品となるカトリーヌさんには、フランス語の通訳として第1回からお世話になった。そういう関係だから、これは見なくてはならない。
カトリーヌさんが、日本での生活の拠点としている東京・木場。そこに暮らす人々を温かく見つめている。豆腐屋、畳職人、大工など、地道に仕事をしている人たちの表情や言葉がいい。町のシンボルともなっている赤い太鼓橋が、なんの変哲もない橋に架け替えられることになり、行政を動かしてなんとか太鼓橋のイメージを残そうとする住民たちも描かれる。そこからは、カトリーヌさんが木場という町とそこに住む人々にどれだけ愛着を感じているかが伝わってくる。ときとして、外国人のほうが日本の良さを知っていると思うことがあるが、その好例のような愛すべき一編だった。
さらに続けて、映画美学校2004年度ドキュメンタリーコース初等科修了作品『帰郷~小川紳介と過ごした日々~』(2005年、日本、大澤未来/岡本和樹監督)を見る。ヤマガタ映画祭の立ち上げに尽力した故・小川紳介監督(92年、55歳の若さで死去)。小川プロダクション(以下、小川プロ)を率い、三里塚で、山形県牧野(まぎの)で、数々の名作ドキュメンタリーを残した小川監督は、私にも忘れられない人である。前述した「デイリー・ニュース」に私を引っ張り込んだのも小川さんだし、私たちが大阪で発行していた「映画新聞」は、小川プロ応援紙のような側面を持っていた。天性のオルガナイザーで、小川さんの話を聞いていると、「こんなに映画を愛している人がいるだろうか。自分も何かお手伝いしたい!」という気持に自然となっていくのだった。
その小川プロで長く助監督を務められた飯塚俊男さんは、独立して着実にドキュメンタリーを撮り続けるかたわら、映画美学校の講師もしておられる。その教え子である大澤・岡本君が、飯塚さんや小川プロを山形に呼んだ木村迪夫(みちお)さんたちにインタビューし、自分たちの知らない小川さんや、『ニッポン国古屋敷村』『1000年刻みの日時計~牧野村物語~』などの作品をつくるなかで村中を映画に巻き込んでいったという「伝説」に迫ろうとする。
さまざまなアプローチがあっていいし、若い二人の監督が真摯に対象と向き合おうとしているのは分かるが、この映画は飯塚さんの小川紳介像に引きずられすぎていると思う。私たちのように外部から小川さんや小川プロと関わってきた者と違い、飯塚さんはその内部で苦労されてきた人だ。小川さんが亡くなってから13年、飯塚さんの捉え方も変化してきているようだが、まだ過渡期だという気がする。飯塚さんの、『1000年刻みの日時計』は種を残さない「あだ花」だったというような発言には、私は首肯することができない。
「映画作家」としての小川さんは、厳しく酷薄だったかもしれない。19歳で小川プロに飛び込んだ飯塚さんは、その巨大な映画作家の犠牲になったという思いがあるのか。映画づくりにはそういう残酷さがあるかもしれないと思う一方、小川プロで学んだことは、現在の飯塚さんの映画づくりにも脈々と受け継がれているのではないか、とも思うのだ。
『帰郷』の上映会場で出会った白石洋子さん(元・小川プロスタッフ、故・小川紳介夫人)とフォーラム5へ移動。ブックデザイナーの鈴木一誌(ひとし)さんも途中まで一緒。映画を見る目に信頼をおいている鈴木さんに、お勧めの映画を尋ねる。ヤマガタでは、この口コミ情報が大切なのだ。
午後8時20分から、鈴木さんをはじめ評価の高い『水没の前に』(2004年、中国、リ・イーファン/イェン・ユィ監督)を見る。これも口コミの効果か、立ち見が出るほどの盛況。
李白の詩で有名な(どんな詩か知らないが)四川省の奉節(フォンジエ)。この町が、世界最大の三峡ダム建設のために水没しようとしている。そこに暮らす人々は、感慨にひたっている余裕もなく、立ち退きにまつわる補償問題で血眼になっている。最初のほうで、青い大きなプラスチックの容器に魚を満載し、二人の青年が天秤棒でそれを運ぶ姿を後ろから追った長い長いカットがあるが、そこでもうこの映画にわしづかみにされてしまう。中国人のバイタリティーに圧倒される。
みんな金のことしか頭にない。教会のスタッフですら、少しでも金を残しておこうと、「二重帳簿を作れば?」などと言う。政府の方針も理不尽で、用意された移転先は決して現状より良くなることはない。かくして、みんな少しでも良い条件を得ようと必死になる。右往左往しているうちにも、水位は高くなり、町は破壊されてゆく。がれきの中から、鉄くずや家の扉を集める人々がいる(扉を集めてどうしようというのか、よく分からないが)。ともかく、どんな状況の中でも、人間は必死で生きようとし、活路を開こうとするものだなあという感動が生まれてくる。
やがて、町から人の姿が消えてゆく。人間の根源的な姿とともに、現代中国の一断面を見事に捉えた作品だと思った。上映後、監督の二人がスクリーン前に登場したが、その不敵な面構えに、「こういう顔でなくては、この映画は撮れまい」と納得した。
午後11時過ぎ、ようやく「和風ビジネスホテルさいとう」にチェックイン。昨日(9日)、6軒の宿に「満室です」と断られ、7軒目にしてやっと2泊とれたのだ。6畳の和室で、トイレ・風呂・洗面は共同。1泊4500円。しかし、寝られるだけで充分。その301号室で、コンビニで買ってきた弁当をかきこむ。伊丹空港でモーニングセットを食べて以来の食事だ。だが、ヤマガタの夜はまだ終わらない。
深夜12時、シネ・ヌーヴォの田井中君と待ち合わせて香味庵クラブ(以下、香味庵)へ。普段は和風レストランなのだが、店主のご厚意(?)で、映画祭期間中は午後10時から午前2時まで「交流の場」としてオープンしている。500円で、ドリンク(ビール、日本酒、ジュースなど)とおつまみ付き。店の外に人が溢れ出すほどの盛況。
田井中君と人ごみを縫うようにして中に入り、知り合いを探す。今回、プログラム「日本で生きるということ~境界からの視線~」の映写を担当している田中誠一君がいる。フィルムセンターの岡田秀則さんがいる。波多野哲朗先生、『ニュータウン物語』の本田孝義監督、『熊笹の遺言』の今田哲史監督の顔もある。わが友・景山理(さとし)も現れる。そんな人たちを相手に話していると、1時間があっという間に過ぎる。明日もあるので、1時すぎに宿へ戻り、風呂にも入らずにバタン・キュー。
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2005-10-05

聖と俗

テーマ:ヨーガ
小雨がそぼ降るなか、ヨーガ教室へ。先週も休んでしまった。このところ、「1回おき」が自分のペースみたいになってしまっている。せめて週1回の教室だけは休まずに通いたいのだが、忙しかったり、ずぼらの虫が出たりで、それもままならない。首の皮一枚で教室とつながっている、という感じだ。
雨にもかかわらず、体験受講者数人をふくめ、今夜も満杯状態。「ヨガがブーム」と今日の新聞にも出ていたが、まさにそれを実感させる。しかし、ヨーガとブームは、私の中では違和感があり、どうもしっくりこない。「ブーム」でやるようなもんじゃないだろう、という思いがあるのだ。

机に向かっている時間が長くなっているためか、腰が痛い。しかも腹筋がない(弱い)ため、脚を上げているポーズがつらい。脚を下ろすときも、ゆっくり行なわなければならないのだが、ドスンという感じで下ろしてしまう。われながら情けない。
情けないことが、もうひとつ。湿気に弱い私は、アーサナ(姿勢、ポーズ)中いつも大量に汗をかくのだが、その汗がタバコ臭いことに気付いたのだ。タバコを吸いはじめてから34年、がんリスクも相当に高まっていることだろう。そろそろ年貢の納め時(つまり禁煙すべき時期)かなと思う。何より、14、5人の受講生の中で、喫煙者は私だけだろうなあという思いが、後ろめたいものとなってのしかかってくる。
そんな気持でいたためか、瞑想も中途半端。半分眠っていたような感じで終わる。

だが、このヨーガ教室は私にとって、俗世間から隔離され、自分が少し浄化された気分になれる「聖なる空間」となっている。それは、指導してくださる3人の女性の印象に負うところが大きい。
まず、大阪クラスの責任者(?)Sさん。偉そうぶるでも、気負うでもなく、最初から気さくなお姉さん(もちろん私より年下だが)というイメージが変わらないのが凄い。しかし、ヨーガ歴10年のベテラン。志を高く持った求道者で、私のような俗人は時として「この人は恋に身を焦がしたりしないのだろうか」などと思ってしまう。
そして、Uさん。ふんわり、ほわっとした雰囲気の人で、いつ会っても癒される。私はこの人の声と、穏やかな話し方が好きだ。体験受講者や1回目・2回目の初心者を担当されることが多く、残念ながら直接指導してもらう機会はあまりないのだが。
最後にTさん。割合大きな声で、はっきりと指導されるので、最初は恐い人かなあと思っていたが、慣れてくるにしたがって、サッパリした性格で、強い精神力を持ち、本当はやさしい人なのだと分かってきた。

そんな人たちによって運営されている「聖なる空間」だが、それは実は俗世間と切れているものではなく、地続きでつながっている。その「聖なる空間」を、いかに実生活の中に拡大し活かしていけるかが、受講生それぞれの課題なのであろう。分かってはいるんですけどねえ。
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2005-10-02

忙中の閑

テーマ:日常
仕事が忙しくなると、事務所に泊まることが多くなる(家に帰るのが面倒くさくなって泊まる、ということも結構あるけれど)。ただ、事務所ではあまり眠れない。寝具もテキトーだし、どこかに「仮眠」という気持があるからかもしれない。それで、昼間、猛烈に眠くなることがある。仕事もはかどらない。
なんとか事務所でもグッスリ眠れないものだろうかと考えて、先日、寝る前に缶チューハイを買ってきた。寝酒にしようというわけである。だが、一気にあおったためか、寝床の中で心臓がバクバクして、どうかなってしまうのでは、と思ったほど。そのときの体調もあったのかもしれないが、翌日は下痢に悩まされ、どうも缶チューハイとは相性が悪い、と勝手に決めつけてしまった。しかし、確かによく眠れた。
で、昨夜は缶ビールにしてみた。350mlの小さいやつで充分なのだから、発泡酒などでなく麦芽100%の純粋なビールにした。こういうときは「下戸」でよかったなと思う。

かくして、5時間ほど爆睡し、6時に起きて淀川堤防を散歩。これはもう、事務所で早起きしたときの恒例になっている。まぶしい朝日の中を40分ほども歩いていると、秋とはいえ汗びっしょりになる。おなじみの「工学博士沖野忠雄君之像」(大阪の治水工事に尽力した博士)にあいさつして、これもおなじみの喫茶店「らぶ・わん」へ。
この好ましい喫茶店のマスターと話したことはまだないが、いつも汗を拭きながら店に入ってくる私を、「ヘンな客」と思っているかもしれない。新聞は数紙置いてあるが、スポーツ紙が多く、一般紙は読売だけなのがちょっと困る。スポーツ紙だと、私には読むところがないからだ。しかし、そのあたりも「学習」したから、スポーツ紙しか残っていないときのために、尻ポケットに文庫本をしのばせていく。
今日持っていったのは、『ゴーリキー・パーク』(マーティン・クルーズ・スミス著/中野圭二訳/ハヤカワ文庫)だ。ソ連人民警察殺人担当主任捜査官アルカージ・レンコが、KGBと警察という複雑な官僚組織の中で、不屈の正義感と精神力をもって難しい殺人事件とその背後にあるさらに巨大な犯罪をあばいていくという物語。レンコ捜査官がいい味を出しているのだが、ロシア人の名前って、どうしてこう覚えにくいのか、何度読んでも半分ぐらいしか理解できた気分にならず、また読んでしまう。しかし今回も事情は同じで、今度挑戦するときはメモでも取りながら読むしかないな、と思っているところ。
だが、今朝は読売が残っていたので、それを読む。日曜日は書評欄「本よみうり堂」があるので楽しい。読んでみたくなる本が2、3冊あるが、「たぶん買わないだろうなあ」と思いながら読んでいる。そこで30~40分。休憩にしては長すぎる気がしないでもないが、その喫茶店があるから散歩に出ているようなものなので、まあ仕方がない。

帰りは、堤防には上がらず、幹線道路から1本か2本内に入った裏道をたどって戻ってくる。住宅の前に並べられたプランターの花を眺めたり、ここにこんな店があったのか、この会社は何をしているのだろう、などと、それはそれで面白い。
約2時間の散歩のあとは、事務所でシャワーを浴びる。それでも9時には仕事が始められるのだ。なかなかオツな習慣だと自分では思っているのだが。
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