2005-09-29

阪神は優勝したけれど

テーマ:日常
夜9時、午後からカンヅメになっていた出張校正を終えて外に出てみると、なんだか街中が騒然としている。パトカーの赤いランプが光り、遠くで男たちの騒ぐ声がする。どうやら、阪神が優勝したらしいと気付く。私も一応阪神ファンだが、なぜか今年はあまり嬉しい気持になれない。そんな騒ぎのほうへ行こうとも思わない。
恐ろしい気がするのだ。先日来の不気味な「無差別銃撃」が頭にあるからだろうか。そういえば、1週間ほど前、白いセダンが黒いタクシーを追って、事務所の近くを走り回っていたのを目撃した。何があったのか、タクシーは狭い道を逃げ回っていた。「危ないなあ。事故起こすなよ」と思ってテールランプを見送ったら、急に2台が目の前に飛び出してきたりした。危ないのは、こっちのほうだ。
世の中が殺伐としている。騒音問題が原因だったのか、昨日は横浜で大学生が刺し殺された。根室沖では、漁船が当て逃げ(?)され、数人の方が亡くなっている。今夜私も、あの騒ぎは何だろうと、背の高い男の背後から遠くを覗き見るようにしていたら、男が振り向いて険しい目でジロッとにらまれた。まるで『八百万の死にざま』の世界だ。
そういうことのためかどうか、夜の街を歩いていると、どすんと悲しくなってしまった。悲しくなると、「俺はいったい何をしているんだ」と考えてしまう。自分が小さな、取るに足りない存在に思えてくるのだ。良くない傾向だ。
ここ数日、急に忙しくなってきたことも影響しているのか。ズボラな私が、「忙しいのはイヤだよ~」と内面で叫んでいるだけなのかもしれない。
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2005-09-26

『四月の雪』を擁護する

テーマ:映画
Nさんと待ち合わせて『四月の雪』(2005年、ホ・ジノ監督)を見る。韓国や台湾での不入りが伝えられ、私の周りでも評判はあまり良くないのだが、私は悪くないと思った。
まず、ぺ・ヨンジュン(インス)とソン・イェジン(ソヨン)の力演がある。ぺ・ヨンジュンはテレビの「冬のソナタ」(2002年)で有名になりすぎ、そのイメージから脱却するのに苦労しているようだが、前作の『スキャンダル』(2003年)といい、この作品といい、誠実に演技と取り組んでいるのが分かる。
ぺ・ヨンジュンの抑えた演技があるため、ソン・イェジンの体当たりの演技が光る。
ストーリーはよく知られているいるだろうから書かないが、実際にはあり得ないような話で、だが小説や映画には「ありがち」なお話。なぜそんなストーリーにしたのかは知らないが、いわばそのマイナスからのスタートを、観客にどう納得させるかが勝負になる作品だろう。
その点で大きく貢献しているのが、彼・彼女らの生活の場であるソウルから遠く離れた場所(ロケ地は東海岸のサムチョク)を舞台にしたことだ。交通事故を起こした互いの配偶者が入院している病院、インスとソヨンが看病のために滞在するモーテル、二人が距離を縮める食堂や喫茶店、それらが「非日常」の場として機能している。
また、交通事故の犠牲者となった青年の葬儀に出向くため、さらに郊外の村に二人でドライブする(これも実際にはあり得ないと思うが)シーンも重要だ。犠牲者の家族に責められることで、二人は、二人だけにしか分からない哀しみを共有することになるのだから。
その郊外の道路脇にうずくまってソヨンが泣き崩れるシーン、あるいは二人が窓越しに相手を見る多くのシーン、それらはみな、互いの距離を表しているのだ。ひそかに近づいたり、もう触れられないと思えるほど離れたり。うまい演出だと思う。
この物語が「不倫」か「ロマンス」か、それはどうでもいい。ただ、二人の前途が険しいものであろうことはラストの言葉にも明らかだ。私は、人が人を想うことは止められない、と思うばかりだ。

気になったことをふたつばかり。
映画の前半、インス(ぺ・ヨンジュン)が顔を洗っていると、自分の鼻血に気づくシーンがある。こういうのは普通、不治の病の伏線だろうと思うのだが、その後は一切そういうことは描かれない。だから、単に興奮していただけなのか、ラストシーンのあとにそんな悲劇が待っているということなのか、未だに分からないのである。
もうひとつ、これは好みの問題であろうが、ぺ・ヨンジュンは肉体を鍛え過ぎなのではないだろうか。ボディービルダーまでもう一歩という感じで、「なにもそこまでしなくても」と、彼の生真面目さが裏目に出ているように感じた。コンサート会場の照明監督という設定だから、ある程度は筋肉質なのはいいとしても、あんなにマッチョである必要はあるまい。また、けっこう日焼けしているのも気になった。仕事、仕事で妻を構ってやれなかった男なのだから、海水浴に行くヒマもなかったはずだと思うのだが。
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2005-09-21

過去に向かう思い

テーマ:日常
前の「日記」から、また1週間が過ぎた。ちょっと忙しい日々で、書けなかったのだが、ここで一挙に挽回してしまおう。

9月16日(金)
孫(男子)の満1歳の誕生日。京都市伏見区に新築なった息子の家へ初めて行く。何年ローンだか知らないが、狭いながらも3階建ての立派な新居で、息子ながら大したものだと思う。嫁さんがしっかりしてるのか。
息子夫婦と孫、同居している息子の母(私の元妻)、元妻のご両親も参加しての誕生パーティーだ。おかしな組み合わせだが、わだかまりなく話せるのがありがたい。
主人公は風邪気味とのことだったが、笑顔を見せて大人たちと遊んでくれた。

9月17日(土)
朝からシネ・ヌーヴォで、山中貞雄の『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』(1935年)を見る。今年の「山中忌」(9月18日)には参加できないので、個人的に山中監督を偲ぼうというわけ。遺作となった『人情紙風船』に比べ、ずいぶん印象が明るい。「喜代三」姉さんがいいねえ。だが、チラシにある「2004年発見【幻の場面】(クライマックスでの大河内伝次郎の立廻り)」のシーンがない! ほんの十数秒のシーンなのだが、「あれっ?」と思った。あとで映写のS君に訊いてみると、フィルムが届いたばかりで、チェックする間もなく上映したら、入ってなかったのだという。配給側のミスだが、急遽「お詫び」の張り紙を出すことに。

午後、九条商店街の喫茶店で、大学時代の同級生TさんとYさんに会う。なんと、三十数年ぶりの再会。私のホームページをTさんが見つけて、メールで交流のあったYさんを誘って来てくれたという展開。インターネット時代を実感する出来事だ。メールでは何度もやりとりしていて、いずれ本当に同窓会をやろうという話になり、その第一回の打ち合わせの会でもある。学生のころはあまり話したこともなかったのに、不思議と緊張せずに話せた。同級生とは、そういうものか。
同窓会に向けての段取りも決め、ひとしきりおしゃべりしてから、シネ・ヌーヴォ周辺をご案内する。そして、2時45分から成瀬巳喜男の『ひき逃げ』(1966年)を3人並んで見る。成瀬作品にしてはやや物足りないが、この映画を3人で見たことは忘れないだろう。
お二人は、阪神×ヤクルト戦のチケットが手に入ったとかで、映画を見てから急いで甲子園に向かわれた。
この日のことを、Yさんが早速ご自分のホームページ(http://pink.ap.teacup.com/miyochan2/)に書いてくださっている。シネ・ヌーヴォの写真まで入っていて、さすが。

私は引き続きヌーヴォで『流れる』(1956年)を見た。かつては隆盛を極めたのに、商売が下手なのか時代の趨勢なのか、寂れていく一方の芸者置き屋を描いて、これはもう成瀬の真骨頂。出ている女優陣もすごい。山田五十鈴、高峰秀子、田中絹代、杉村春子、岡田茉莉子などなど。まさに日本映画の「黄金時代」だ。ただ、私の偏見あるいは先入観なのか、終始人のいい「お手伝いさん」を演じている田中絹代が、どこかで裏切るのではないかと、最後まで安心できなかった。

9月18日(日)
横浜で母の七回忌法要。前夜に叔母(父の弟の妻)が、当日の朝に息子夫婦が、風邪で参加できなくなったと連絡があり、寂しい会となった。参加者は、叔母2人(父の妹と母の妹)、従姉妹(父の弟の娘)、それに私。法要のあとは、恒例となっている横浜中華街での会食。お寺の住職もお誘いして「順海閣本館」へ。あまりヘビーでない中華で、ここ数年はこの店にしている。父の七回忌も母の七回忌も無事に終え、不肖の息子としてはよくやったといえるだろう。いっぽうで、「法事なんて虚礼だ」と突っ張っていたころの自分が懐かしくもある。

夜、従姉妹を誘って笹野みちるさんのライブを見に吉祥寺へ行く。奇しくも、この日が『吉祥寺三姉妹』のラストライブなのだった。笹野さんの文章は読んできたが、その歌を聴くのは初めて。はじめは、娘の学芸会を見に来た父親のような心境だったが、やがて「笹野さん、すごい。プロだねえ。カッコいいぞ」という気持になっていた。まっすぐに届いてくる歌、上手な楽器の演奏(ギターあり、ドラムあり)、観客を引きつける話術。いずれにも感心した。この人は、やはり一流の「表現者」である。
『吉祥寺三姉妹』は、実力のあるコミックバンドという感じだったが、なぜ解散することになったのかは知らない。今度笹野さんに会ったら、じっくりと問い詰めてみることにしよう。
10時に終わったので、笹野さんと握手してすぐ帰る。中野の叔母の家に泊めてもらった。

9月19日(月)
11時、東急東横線・日吉駅前でN氏と会う。N氏は、私が東京で働いていたころの同僚。もう25年も前のことだ。昨年、私が入院・手術したことは習作「入退院の記」に書いたが、今年はN氏が大病をした。そのお見舞いを兼ねての訪問。
午後、都営新宿線・曙橋駅近くの山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局を訪ねる。10月7日から始まる今年の映画祭に向けて、徹夜が続いているころだろうと思い、陣中見舞い。事務局長の矢野さんとも、もう16、7年の付き合いになる。いつ会っても変わらない人だ。
夕方、調布の修道院におられる恩師に電話してみるが、不在。会わずに帰る。午後8時過ぎに京都駅着。両親がよく利用していたそば屋で、天ざるを食べてから帰宅。

9月20日(火)
夜、梅田ピカデリーのX13席で『SHINOBI』(2005年、下山天監督)を見る。仲間由紀恵、オダギリジョーという、まさに旬の美男美女コンビだが、こちらの胸に響いてくるものがない。テンポは良い。映像も凝っている。だが、どこか薄っぺらなのだ。

9月21日(水)
出張校正5時間のあと、ヨーガ教室へ。ほんの少しだが、自分で進歩が感じられる。来週までには、自宅でアーサナをやっておこう。いつもそう思うのではあるが。
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2005-09-15

八百万の死にざま

テーマ:読書
早いもので、前の「日記」からすでに12日が過ぎてしまった。
この間、私は何をしていたのか。何もしていない、という気がする。
出張校正に出たのが3日。単行本の校正に2日。それで疲れ切って、2日ほどは寝てばかり。会議が1日。映画講座で東陽一監督のお話を聞き、『わたしのグランパ』(2002年)を見た。これがスクリーン・デビューとなった石原さとみが初々しい。上映会のあと、東監督を囲む飲み会もあったのだが、初めての人に会って何か話すという積極的な気分になれず、パス。そんな調子で、ヨーガ教室も1回休んでしまった。
それでも、衆院選の投票には行った。しかし、自民圧勝という結果には、ガッカリを通り越してウンザリ。これまで、この国の人々のバランス感覚には信頼をおいていたところもあるのだが、今回の選挙では「みんなアホか!?」と思ってしまった。この先、この国がどうなってしまおうと、俺は知らんぞ、という気分だ。もとより、自分が「少数派」であり「アウトロー」であることは自覚しているが、今回の選挙ほど疎外感を覚えたのは初めてのような気がする。そもそも、本当に投票したい人が、政党がない。小選挙区制という制度も、少数派には極めて不利だ。このようにしてズルズルと、この国はまた戦争をする国になってしまうのだろうか。いや、もうそれはイラクで始まっているというのに。

そんな冴えない日々の中で、『深夜プラス1』を読み返したことをきっかけに、むかし読んだミステリーを再読する楽しみを発見した。ローレンス・ブロックの『暗闇にひと突き』(ハヤカワ・ミステリ文庫、田口俊樹訳)を読了し、次作の『八百万の死にざま』(同前)を読んでいる。これが、すこぶる良い。〈アル中探偵〉マット・スカダーの気分が、私の今の気分だ。
ニューヨークでは、さまざまな人間が、さまざまな死に方をする。他殺、自殺、事故、などなど。マットは毎日、新聞でそれを読む。この街には八百万の死にざまがある。俺もいつか、そんなひとつの死にざまをするのだろう、というわけだ。
幸い、私の周りには、殺されたやつも自殺したやつもまだいないが。
このマット・スカダー・シリーズは、あと9冊ぐらい出ているから(なぜかすべて二見文庫)、私のささやかな楽しみは当分続きそうだ。

もうひとつの小さな喜びは、ようやく秋が近づいてきたように感じられることだ。秋は、私がいちばん好きな季節。すぐに終わってしまうのが難点だが、それゆえ余計にいとおしい。なぜか、〈肌寒いぐらい涼しい日、ブルーのシャツを着て、生け垣のある道を歩いている〉というのが、私の秋のイメージなのである。
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2005-09-03

『放浪記』朗読上映本番

テーマ:映画
朝5時過ぎまでかけて、ナレーション原稿の手直しと言い出しのタイミング・チェック。11時半シネ・ヌーヴォ集合だから、10時には起きなければならない。寝過ごしが心配なので、目覚まし時計を2つセットして寝る。だが、どこか緊張しているのだろう、9時半には目が覚めてしまう。
11時半、無事にシネ・ヌーヴォ到着。普通なら、ここでも原稿チェックなどするのだが、今回は「完璧だ!」という気がして、余裕で喫茶店へコーヒーを飲みにいく。12時に戻って、12時半からの本番にそなえる。ナレーション原稿のノンブル(ページ番号)を確認し、ケータイの電源を切り、2階事務所の電話とファクスのコードを抜く。かつて、本番中にガガガガガッとファクスが入ってきて、慌てたことがあったからだ。
一般のお客さんも多く、場内整理のために上映開始が10分ほど遅れたが、いよいよ『放浪記』(1962年、成瀬巳喜男監督)の朗読上映会が始まった。タイミング・チェックを念入りにしておいたおかげで、ナレーションが俳優のセリフにかぶることもほとんどなく、順調に進んだ。途中、何度か「噛ん」で言い直したりしたが、これはまあ仕方ない。そして、2時間があっという間に過ぎた。
すぐに1階へ下りる。世話役のKさんが、指でOKサインをくれた。スタッフのKさんも聞いていてくれたらしく、「よかったよ」と言ってくれる。目の不自由な方の参加も多く、準備してあるヘッドホン20台ほどが全部出てしまったという。帰ろうとしている方お二人から、感想を聞くことができた。「細かく説明してもらって、よくわかった」と中年の男性。30代ぐらいの女性は「映画の中の音楽が急に大きくなるところがあり、そこは(ナレーションが)聞き取りにくかった」。そういうところは、こちらもマイクの前でできるだけ大きな声を出しているのだが、それでもダメらしい。今後の課題ですね。
いつもなら、このあたりで「お疲れさん」と言って帰るのだが、この日は共同通信の若い女性記者が朗読上映会の取材に来ておられて、世話役のKさんと私も喫茶店でインタビューを受ける。自分の思いを言葉で表現するのはむずかしいものだが、話があっちへ飛びこっちへ飛びしながらも、1時間ほどしゃべる。さて、どんな記事が、どの新聞に載りますことやら。

夕方5時ごろ事務所に戻り、単行本のゲラ校正を始めようと思うのだが、なんだか集中できず、テレビを見たり仮眠したり。共同通信の記者さんには、「このあと仕事がありますので」と、インタビューを途中で切り上げてもらったというのに。結局、夜中から仕事を始め、また「完徹」になってしまった。

それにしても、編集の仕事といい、朗読上映の仕事(これは完全にボランティアだが)といい、「黒子」的なものだなあと思う。その苦労や喜びは、個人の中で完結しているようなところがあり、なかなか理解してはもらえない。別の言葉でいえば、「縁の下の力持ち」的な仕事ということになるのだろうが、知らず知らずそういう仕事に近づいていってしまうのは、やはり私の「資質」や「性格」と関係があるのか。
まあ、どんな仕事も、その《苦労や喜び》は、当事者でなければ分からないものかもしれませんがね。
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