先日

とってもパワフルなヒーリングを受けた時に

言葉で感じたのは

「愛されるよりも、愛したい」

 

何気なく思い返して

「わたしって、愛してるって言われるよりも

「愛してるよ」っていう方が好きだわ。

というか、けっこう、言ってる。」

 

ということに気づいたニコニコ

 

そして、基本的にやたらと家族に

「愛してるよ」と言いまくっている。

 

母に父に夫に、甥っ子や姪っ子にも

兄弟には「stayパー」と言われるので

あまり言わないけど

 

「愛してる」と言って

それを、

 

うざがらず

重たがらず

受けとめてもらえるのが

 

嬉しい音譜デレデレ音譜

 

逆に

その思いが伝わらない時は

とっても

 

悲しいチーンチーン

 

でも、ほんとは

横のつながりの中で完結したいのではなく

源に対して

「愛してる」って言いたいのだと思う。

 

「神の愛が怖い」という

周期的にやってくるシーズンがあって

その時は

「愛であることを受け入れようビックリマーク」と

得体の知れない恐れを

赦すのじゃ〜

手放すのじゃ〜

と、力んでいる方が多い。

 

ただ胸を張って

「愛してる」と言えない

自分へのジレンマなのかもね。

 

ただ、「愛してる」って

言いたいし

届けたいだけなんだな。

 

と、思ったら、ちょっと楽ニコニコ

 

 

 

フランチェスコの祈りの言葉を思い出し

またじっくりと味わう。

 

 

フランチェスコの平和の祈り

 

主よ、わたしを平和の器とならせてください。

  憎しみがあるところに愛を、

  争いがあるところに赦しを、

  分裂があるところに一致を、

  疑いのあるところに信仰を、

  誤りがあるところに真理を、

  絶望があるところに希望を、

  闇あるところに光を、

  悲しみあるところに喜びを。

 

ああ、主よ、慰められるよりも慰める者としてください。

  理解されるよりも理解する者に、

  愛されるよりも愛する者に。

  それは、わたしたちが、自ら与えることによって受け、

  許すことによって赦され、

 自分のからだをささげて死ぬことによって

 とこしえの命を得ることができるからです。

 

 

この祈りは、フランチェスコが言ったわけではないけど

彼の精神を十分に表しているとして

フランチェスコに着せられているそう。

参考ページはこちらから

 

 

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