森友学園国有地問題をあばいた木村真豊中市議は、国有地の払下げの達人でした!
木村真市議は、
森友学園瑞穂の国記念小学院の東隣の、豊中市の野田中央公園の国有地取得に関して、
平成21年9月8日豊中市議会の建設水道常任委員会において、
かなり詳しく質問しており、この木村真市議の質疑を観た限りにおいても、
森友学園国有地問題をあばいた木村真豊中市議は、
この野田地区の国有地の払い下げに関してのノウハウは、かなり詳しい方であるらしい。
以下、
※平成21年9月8日豊中市議会の建設水道常任委員会のリンクと
http://toyonaka.gijiroku.com/gikai/CGI/voiweb.exe?ACT=200&KENSAKU=1&SORT=0&KTYP=0,1,2,3&KGTP=3&FYY=2009&TYY=2009&TITL=%8C%9A%90%DD%90%85%93%B9&TITL_SUBT=%95%BD%90%AC%82Q%82P%94N%81@%82X%8C%8E%81@%82W%93%FA%8C%9A%90%DD%90%85%93%B9%8F%ED%94C%88%CF%88%F5%89%EF%81%7C09%8C%8E08%93%FA-01%8D%86&KGNO=743&FINO=2030&HUID=86813&UNID=K_H21090811011
※豊中市・木村真市議(無所属)の建設水道常任委員会における質疑抽出。

[ 平成21年 9月 8日建設水道常任委員会-09月08日-01号 ]

◆委員(木村真) 木村です。よろしくお願いします。
 私も今のお二方に続いてなんですけれども、庄内地区住宅市街地総合整備事業と書いてあるんですけれども、それについてお尋ねしたいと思います。
 基本的な問題意識というか疑問というか、尋ねたいことなんですけれども、もともと無償が前提やったというふうに聞いてるんです。ところが、有償になったと。普通考えたら前提条件が変わったら、計画そのものを見直すというのが普通やないかなと思うんですけれども、その辺のことについてちょっとお尋ねしたいと思うんです。
 まず最初に、無償だというふうに考えてたということなんですけれども、特に国との間で合意したような文書とかそういうのはないというふうに伺ってます。そうすると、その無償だと考えた、あるいは無償だと期待したその理由というのか根拠というのか、それはどういうとこなのかちょっとご説明いただけますでしょうか。


◎市街地整備室長(佐佐木実) 無償だと考えた根拠なんですけれども、野田地区の整備につきましては、区画整理事業で面整備を図ったわけでございますけれども、それより以前に航空機騒音防止法の関係で移転跡地となっておりました、野田地区内に点在します国有地の一部分を公園として国から無償で借り受けをしておりまして、それを豊中市が公園として整備をしてきた経過がございます。野田地区の公園については、国有地を換地処分で整備をしたわけでございますけれども、過去のそういう経過から無償ということも一定豊中市として国に対して要望をしていきたいという趣旨で無償ということも考えておりました。


◆委員(木村真) 実際に公園なんかを無償で使わせてもらってたようなところもあると。あと、過去の会議録だとか引っ張って見てると、そもそものその大阪国際空港周辺地区整備計画ですか、これをもとに野田地区整備計画案というのを取りまとめたというふうに聞いてるんですけれども、その大阪国際空港周辺地区整備計画には国も関与して、国と府と空港周辺整備機構、それと豊中市の4者で取りまとめたという、要するにその計画を策定するに当たって市もタッチしてたわけだから、その計画の中ではっきりした場所かどうか知りませんけれども、大体そのあたりに公園を整備するということになってるということは当然国もその方向なんだろうというようなご判断もあったのかなと。過去の会議録なんかを見てると、そういう記述もあったんですが、そのつもりでスタートしたというんでしょうか、それが最終的に有償での買取りというふうになったわけですけれども、聞いてますところでは最終的に2008年、平成20年2月の国有財産審議会までに買取りの意思表示をしないと売却するという旨の通知があったというふうに聞いてるんですけれども、それが最後通告だったということなんですか。その通知でもって最終的な決断を迫られたと。無償じゃなく有償での買取りということが、決定的になったと、そういうことなんでしょうか。


◎市街地整備室長(佐佐木実) ただ今の木村委員さんのご指摘のとおり、平成18年11月ごろに国土交通省の環境整備課長と協議をいたしました結果、豊中市が買受けする以外に用地確保の方法がないということもございまして、平成19年当初より有償払下げをした場合に、豊中市でどのような対応ができるのか国土交通省と協議を行ってまいりました。野田地区につきましては、話が戻りますけれども平成18年3月時点で地方公共団体が買受けの意志のない場合は早期の一般競争入札に付するものとされることになったということでございますので、これを契機としまして、豊中市として用地の確保については有償払下げというようなことになってまいりました。


◆委員(木村真) そこに至るまでなんですけれども、はっきりとした文書があるわけじゃないということで、当然その働きかけはされてきたと思うんです。近年の様子は、盛んに事あるごとに働きかけていたというのは聞いてるんですけれども、今私の手元にこういう文書があるんです。これは平成6年、1994年7月なんですけれども、当時の林市長から大阪航空局長あてに出された文書なんですが、「野田土地区画整理事業と国有地の利用計画について(お願い)」と書いてあるんですけれども、この中で区画整理事業やりますと、ご理解ご協力くださいと。運輸省所有の国有地については、具体的な協議を進めさせていただきたいと考えておりますので、よろしくお取り計らいくださいますようお願いいたしますと、こんなふうに書いてあって、何のことかちょっと正直申し上げてわかりにくいんですけれども、この文書ではこういう形ですけれども、例えばこれを届けるときに口頭では無償という方向でお願いしたいというような話、要するに口頭ではたびたびやってらっしゃったということなんですか。平成6年7月というと、まだ都市計画決定される前で、この年の12月ですか野田土地区画整理事業が都市計画決定になるのは。その比較的初期の文書ということになるかと思うんですけれども、その後もずっと引き続き働きかけはやっていたと、こういう理解でいいんでしょうか。


◎市街地整備室長(佐佐木実) ただ今木村委員からご質問にありました平成6年当時に、当時の林市長のほうから運輸省大阪航空局長あてに「野田土地区画整理事業と国有地の利用計画について(お願い)」と題した文書が提出されておりまして、この中身につきましては国有地の利用計画ということで将来都市公園としまして約1万7,000平方メートルといいますのは今回買受けをお願いしておりますのは、穂積菰江線の東側部分でありますが、その西側の部分も含めますと約1万7,000平方メートルの国有地の利用計画について豊中市として整備をしていきたい旨の書類でございまして、当時の先輩職員の話を総合いたしますと、無償について検討されたい旨の話はあったと推測はいたします。
 

◆委員(木村真) そうしますと、当初その計画は無償が前提という、言葉が適切かどうかわかりませんけれども、かなり強く期待して始めたわけですけれども、それが最終的には有償での買取りという形になるわけですけれども、その間、私も過去の会議録を引っ張ってみて見たんですけれども、公園に関する論議のことがほとんど出てこないんです。この庄内再開発事業対策特別委員会などを中心に土地区画整理事業のことはもうたびたび論議されてます。ですけれどもそれはほとんどは本当に具体的に換地のことやったり減歩率の話だったりとか、何らかの補償のことであったりとかそういう文字どおりの区画整理の話で、公園のことはほとんど話題に上ってないんです。
 有償なのか無償なのかという以前に、公園という言葉自体が、当初は防災公園じゃなくて近隣公園という言葉が使われてましたけれども、その近隣公園という言葉もほとんど出てこないわけなんです。今のこの林市長が大阪航空局長にあてた文書が1994年、平成6年なんですけれども、その後しばらく間が飛ぶと、例えば2000年ぐらいになってくると、またちらほらと出てくるんですけれども、そのときには微妙にニュアンスが違ってるわけなんです。例えば、平成12年、2000年7月の庄内再開発事業対策特別委員会で当時の建築都市部の理事がおっしゃってるんですけれども、公園についてなんですけれども、今のところまだはっきりしないと、「今はっきり申し上げまして避難緑地という漠然とした考え方があるのみ」というようなことやったりとか、あと「整備方針につきましてはこれからの問題だと」言われています。
 それから、この辺もいまいち意味がわからないんですけれども、「国有地でございますので今後国とのいわゆる無償提供、またそれぞれの土地問題について鋭意取り組んでいく」というようなことで、この答弁ですと、無償で提供してもらえるように働きかけをしていきますというその程度のお答えになってるわけです。その翌年ぐらいの2001年ぐらいの会議録を見ましても、こっちのほうは当時の建築都市部長ですけれども「運輸省用地の無償使用が図られるよう、関係機関に働きかけを行ってまいりたいと考えております。」というお答えになってます。さらに、そのまた翌年平成14年、2002年ぐらいになるともうはっきりと無償は難しいと、「無償使用が非常に困難な状況となっております。」とこういう答弁で、はっきりと後退していってるわけなんですけれども、2005年、平成17年ぐらいになると無償であると思ってたけれども、国が有償払下げの方針を示したので、協議が難航しているとこういう言い方になっていくわけなんです。
 そうしますと、豊中市から国への働きかけはずっと続けてたわけですけれども、その間に相手の態度が硬化したというのか、厳しくなったというようなそういうやりとりはあったんでしょうか、その辺の事情がさっぱりわからないんですけれども。ある時期から当初は国と豊中市を含む4者でもととなる大阪国際空港周辺地区整備計画を取りまとめて、それに沿って豊中市としては無償であるということを強く強く期待し始めたわけですけれども、それが明らかに感触が思わしくないという何らかの変化というのはいつの時期にあったんでしょうか。そこら辺のことがさっぱりわからないもんですから、何かわかることがあれば教えていただければと思います。


◎市街地整備室長(佐佐木実) 大阪航空局との協議におきましては、当初野田地区整備計画案の履行ということで、当時の国がかかわってきたという経過がございまして、国にも一定の費用負担を求めていくことが妥当であるということで、我々は無償ということで国のほうとは協議を進めてまいりました。平成5年1月に行政財産から普通財産に変更になったことによりまして、一般売払い処分という方針が示されました。また、それ以降に未利用跡地の処分の厳格化ということもございまして、無償は困難であり、有償が基本であるという議論はありましたが、原点に戻って無償という交渉は引き続きしていたわけです。しかし、平成18年に平成22年までに買受けをしない場合には一般売却されるということになり、最終的に有償払下げになったということが経過でございます。


◆委員(木村真) 例えば、2005年2月の都市再生・活性化調査特別委員会の場での当時の建築都市部の次長のお話なんですけれども、こんなふうに会議録には書いてあるんです。その辺が今のご答弁と比較的近い話なのかなと思うんです。「第1種区域になったというところから、少し国の考え方が変わってきた。あるいは、今まで行政財産であったものが、やはり今度は普通財産というようなことになっていますから、なかなか国土交通省単独でも結論を出しにくいところもあるんかなと思っているんです。」とおっしゃってるんです。
 ただ、それだけを読むとわからんでもないんですけれども、例えばもっと古い段階にこういう話も出てるんです。1990年の12月定例会のときに、当時の都市整備部長はこんなふうにおっしゃってまして、野田町の移転跡地が活用できる見通しについて、これがそっくりそのまま今回の問題というか取り上げてる土地と同じかどうかちょっとわからないですけれども、「野田町にある移転跡地は、現在行政財産としての取り扱いとなっており、国有地の土地利用が決定した段階で国有財産審議会の議を経て公用廃止が行われ、払い下げを受けることとなります。」というふうに会議録に書いてます。
 つまり、行政財産から普通財産になったというようなこと、あるいは第2種区域外になったその騒音対策区域の見直しがあったのは1987年、昭和62年ということですか。先程もおっしゃいましたけれども、その普通財産に変わったのも1993年、平成5年ということで、そうしますと野田土地区画整理事業都市計画決定したのはそれより後ということですね。つまり計画当初から第2種区域外になってると、普通財産になってるという状況やったわけです。だから国のほうも単純に無償払下げでなくて有償だという話はちょっと違うんやないかと思うんですけれども、その辺はいかがでしょうか。


◎市街地整備室長(佐佐木実) 昭和62年に騒音対策区域の見直しがあり、第1種区域になり、さらに平成5年1月に普通財産へ変更となってまいりました。先程もお答え申し上げましたように、普通財産は有償という基本的原則があるにせよ、以前からの経過を踏まえましてあくまでも無償での払下げをお願いするということで臨んできたわけでございます。
 

◆委員(木村真) これ、豊中都市計画事業野田土地区画整理事業の事業計画書の写しをいただいたんですけれども、細かい変更は何回かあるというふうに聞いてるんです。大きなところでは変更ないというふうに伺ってるんですけれども、そういうことでよろしいですか、小さなところだけの変更という理解でいいんですか。


◎市街地整備室長(佐佐木実) 大きな変更はございません。


◆委員(木村真) そうしますと、この野田土地区画整理事業、事業計画決定というのが1996年で、これを見ますと別事業ということにはなってるんです。別事業と申しますのは野田地区整備事業というのが私が言うまでもないんですけれども、土地区画整理事業と密集住宅市街地整備促進事業と市街地再開発事業と都市公園事業と、大きく4つの手法をとってということなわけですけれども、ここで書いてるのは野田土地区画整理事業の話ですので、そういう意味で言いますと別事業ということになるんですが、密集住宅市街地整備事業だったり市街地再開発事業だったり、都市公園事業だったりのほうも他事業施行分ということで一応概算の事業費というのは出てますね。
 ここでは、都市公園事業として68億円というふうに書いてあるわけなんです。用地取得費と整備費と書いてあります。先程1990年時点での当時の都市整備部長の発言もご紹介したんですけれども、かなり早い段階から市のほうは、これはもう無償は無理やなというふうに思ってたんやないかというような感触を私は持っておるわけなんです。ところが、それをはっきり言うわけにもいかへんし、お金をどうするのかということはあいまいなままにして、具体的に進められるとこをどんどん進めていくと、区画整理なんかどんどん進めていくと。
 先程申しましたように、平成14年ごろになって無償は厳しいと、非常に難しいと言い始めるわけなんです。その2002年、平成14年というと、この野田土地区画整理事業があらかためどが立ってそろそろもうゴールが見えてきたというぐらいの時期だと思うんです。つまり、当時は近隣公園と呼ばれてましたけれども、その近隣公園の土地が無償で使えるのかそれとも有償なのかというのは、あいまいに置いといたまま進めれるとこをどんどん進めていって、いよいよもう少しで事業完了しますよという段階になって、無償は無理でしたと。有償になっちゃいましたと。だけれども、こんだけ事業を進めてきた以上、今さら買わんちゅうわけにもいきませんと、買いましょうと、申しわけない言い方になりますけれども、印象として率直に申し上げると、あいまいなままごまかして先送りにどんどんどんどん進めていって、そして既成事実をつくり周りをどんどんどんどん整備していって、有償になりましたという話を持ち出してきてると。こんなふうな印象を率直に受けたんですが、その点についてお考えがあれば伺いたいんですが。


◎市街地整備室長(佐佐木実) 確かに野田土地区画整理事業の事業計画書においては、他事業施行分ということでございまして、都市公園事業ということで計上させておりまして、金額も載っておりますけれども、この時点で無償をあきらめて有償ということを認識したわけではございません。あくまでも無償ということで国に対しては働きかけていこうという意志は当然ありました。


◆委員(木村真) 実際働きかけはやってらっしゃったわけですけれども、少なくとも私はそういう印象を強く受けているわけです。
 それはそれとして、無償でということで強く期待してぎりぎりまで粘って働きかけしてたと。だけれどもそれが無理だということになったと。その件について、これはいよいよ買い取るしかしょうがないという方針というか、お考えを示された後ででも、空港問題調査特別委員会や、あと本会議とかでもあったように記憶してますけれども、無償を前提に進めてきたのが有償ということになったんだから、見直すべきではないのかと、少なくともゆっくり時間をかけて結論を出すべきじゃないんかというようなご意見が複数の委員さん、議員さんから出てたわけです。見直しに当たって、例えば中止というような可能性も排除せずに検討すべきじゃないかなというふうに思うんですが、その見直し作業というのは具体的にどんなふうに行われて、その見直し作業の中でどんな論議が、どんな意見が出たのかということについて、差し支えない範囲で教えていただけませんでしょうか。


◎市街地整備室長(佐佐木実) 無償払下げがかなり難しいということで有償になった時点におきましても、野田地区整備計画に基づきます公園整備を実行する手段としての野田土地区画整理事業の換地により整備した国有普通財産を野田土地区画整理事業完了後に別途事業で公園整備を行っていくということにつきましては、庄内地域の防災、安全・安心のまちづくりを進めていくうえで、市としては整備していくのが基本的認識でございますが、有償になった場合、当初の都市計画道路の穂積菰江線の東側と西側の両側を公園として整備していくことは、かなり財源的にしんどいということがございまして、第十中学校との連携を図れる東側に公園を整備をしていく、仮に有償となったとしても減額あるいは交換等々の縮減策ができないかというようなことも踏まえながら検討はしてきた経過がございます。
 

◆委員(木村真) 先程ほかの委員の方からも出ていたんですけれども、防災広場(庄内地区)の配置計画策定、調査業務というのかそういうような趣旨で当初予算300万円で、委託して調査するというようなことになってたわけですけれども、今回の場合たまたまかどうかわかりませんけれども、とにかく地域活性化・公共投資臨時交付金がつくというようなこともあってということだとは思うんですが、少なくとも豊中市としては、当初無償だというつもりで始めて、結果的には有償になったというときに、いろんな可能性を改めて考え、見直して、当初は緑道の整備も入っていたと思ったんですけれども、およそ半分にしてというようなことで仕切り直しになって、本来であればどういう公園が整備されるべきなのかというようなことをきちっと調査、研究してその上で先に進んでいくというのが普通やったら好ましい形じゃないかと思うんですけれども、そういう意味からいいますとお金が出るからやっちゃおうというふうな印象をどうしても強く持ってしまうんです。
 ただし、私も実際この防災公園はあったほうがええというのははっきりしてるわけですし、そういう意味では、交付金もつくと、本当言うと交付金もほとんど我々国民の借金なわけですから、こういう形で交付金使っとってもええんかいなと思わんでもないんですが、けれども豊中市として一般財源がすごく限られた割合で整備できるわけです。それ自体とがめだてするようなことではないのかなと、間違ってるとか反対だとかということではないのかなとは考えておるんですが、しかしながら事ここに至るまでの進め方といいますか、そういうところには非常に不透明なものを感じるというか、そのことについてちょっと繰り返し尋ねたわけなんです。幾ら一般財源の割合が少ないといっても、1億8,250万円の起債という物すごいお金をかけてやるわけですし、ぜひとも市民にとってなくてはならない本当にすばらしい公園になるように、切に要望しておきます。
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籠池さんとおなじように国有地を叩き買っても、

豊中市の野田中央公園は「ぜひとも市民にとってなくてはならない本当にすばらしい公園になるように、切に要望」しても、

保守の理想の小学校は「自分の町にカルト右翼小学校が出来るのは嫌だな」と、

ぶっ潰す!豊中市の木村真市議…(´・ω・`)でした。

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