ロンドンで怠惰な生活を送りながら日本を思ふ 「NY 編」

ロンドン・東京そしてNYといつの間にかいろんなところを転々と。海外なんて全く興味なかったし今もないという予想外の人生ですがそれでも少しでも何かを伝えていければと思っています。よろしくお願いします


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前回は金を回すこと。金持ちや豊かな人が“無理矢理”消費してもGDPは長期的に見れば増えないだろうしGDP以外の観点から言えば、むしろ多くの人が不幸になるかもしれないということを書いた。もう少し話を発展させてみよう。では、何が我々をゆたかにするのだろうか?

AさんとBさんがいる社会を考えてみる。Aさんは野菜を作っている農家。Bさんは魚を取っている漁師としよう。AさんとBさんは毎日取れた野菜と採れた魚を売買している。野菜5個をBさんは1000円で買い、Aさんは魚2匹を1000円で買っている。あるときもっとお金を回せば経済はよくなるのだと説く老人が現れて二人に説教をする。もっと消費しなさいと。

そこで、Aさんは魚を4匹買うことにした。Bさんは野菜を10個買うことにする。代金はともに2000円。お金の流通量はたしかにこの結果増大するだろう。が、これでAさんもBさんも幸せになるだろうか?おそらく答えはノーだろう。むしろAさんもBさんも食べるものが偏って健康のバランスを崩してしまうかもしれない。

あるいは、Aさんは魚を6個買うことにしたとしよう。その結果Bさんは今まで4匹しか採っていなかった魚を2匹余分に取ることになる。が、生産性はもちろん上がってないので彼は今までの6時間労働から9時間労働に労働時間を延長しなければならない。同時にBさんも野菜を15個買うことにしたとしよう。同じようにBさんの労働時間も9時間に増える。

GDPは増えるがこれで誰か幸福になるだろうか?

AさんもBさんも自分が最適だと思っていた労働時間以上の時間を働かせられることになる。もちろん、その対価としてより多くのお金を得るかもしれないが、そのお金は無理矢理の消費に回されるわけだ。よって無駄に労働時間が増えただけで彼らにとっては何も幸福につながらない。

要は金が回らないのが問題だとか、若者が消費しないのが問題だといっても、買いたくないものやいらないものを無理矢理買わせても経済は対してよくならない。仮にGDPが増えたとしても人々はむしろ不幸になるかもしれないということだ。

では、何が彼らを幸福にするのだろうか?

Aさん・Bさんの話でもいいがもう少し話を変えてみよう。たとえば、現代社会にはいろんな規制がいたるところにある。そしてその結果としてこういうものやサービスがあればいいのに・・・。と思ってもそういったものをビジネスを行う側が提供できない場合がある。

たとえば、規制が緩和されることで新しいサービスが提供され、あるいは新しいイノベーションが生まれればどうだろうか。多くの人はほうっておいてもそれらの画期的なモノやサービスにお金を使うはずだ。そしてそれらのサービスを受けるためには自分の所得がより増える必要があるならばより必死に働くだろう。その結果GDPは増え人々は幸福なるはずだ。

あるいは上述の例に戻れば、Aさんが肥料を導入するとしたらどうだろうか?彼はより少ない労働時間でより多くの成果を得ることが出来る。肥料のコストを無視すれば(あるいは加味しても)彼はより多くの野菜をより安い単価でBさんに売ることができるかもしれないし、彼自身の労働時間を減らすこともできるだろう。あるいは余った時間で隣の村まで野菜を売りに行くことでより多くの収入を得ることが出来るかもしれない。

このように経済が発展し人間が幸せになるためには生産性の向上が一番必要なことである。金を回せば経済がよくなるだとか、生産性の向上がデフレの原因で我々を不幸にしているという議論は全く持って因果関係をまともに捉えていない妄想にすぎないと僕は思う。



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