ロンドンで怠惰な生活を送りながら日本を思ふ 「NY 編」

ロンドン・東京そしてNYといつの間にかいろんなところを転々と。海外なんて全く興味なかったし今もないという予想外の人生ですがそれでも少しでも何かを伝えていければと思っています。よろしくお願いします


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朝鮮学校への自治体からの補助金の見直し検討が相次いでいるという。当然だといいたい。そういやあ、わが故郷・兵庫県は朝鮮高校に補助金出すらしい。情けない話だ。


それはそうと、この問題はその教育内容が問題だからという視点も重要だが、そもそも私立学校になぜ補助金を渡さなければ行けないのかという疑問も僕の中では強い。


私立学校というのは本来は公立高校では受けられない「多種多様な教育」、「さまざまなニーズにこたえる教育」を行うべき場所だと僕は考えている。すなわち、現在は国が定める指導要領に一応、沿ってないといけないようだけれども、そんなものが必要かどうかは正直疑問だ。


私立学校である以上は各学校が自由にそれぞれの教育理念に基づいて教育を行っていけばいいというのは間違いなのだろうか?本来は国家が介入すべき分野ではないはずだ。もちろん、そうである以上は同時に国からの補助金は受けてはいけないと考えるのが筋だろう。そういった指導要領や補助金がない塾業界が信頼され実績を残しているのを見れば明らかだ。


しかし、朝鮮学校のようにテロ国家の君主様を奉り反日教育を行うような機関が存在するとするならば、これは政府がやはりその教育内容に介入すべきということになるのだろうか?


同様に、朝鮮学校以外にもおかしな学校が登場するリスクは常にあるだろう。


それでも極論すればそれすらも自由という考え方もあるようにも思える。


しかし、その際にはそのような学校を出た人間はそのような人物であるとみなされて、社会からの排除や制約をうけなければなるまい。妙に人権などを大事にする現代社会ではそれは難しいのかもしれないし、学歴をプライバシーの名の下に隠す/聞かない傾向があるのも若干問題を大きくしそうだ。


しかも、そういった偏見・差別などがかえって憎しみや憎悪の感情を煽って社会によくない影響を与える可能性も高いのかもしれないし、親などに強制され入学したのであればその汚点が一生ついてまわるのはあまりに不幸だろう。


もちろん、常識的に考えればそのようなおかしな教育を行う教育機関のニーズはそんなに高くないはずだから、本来は長続きしないはずだともいえる。しかしこの朝鮮学校とやらはなぜかしぶとく生き残っている。

そうであるならば、そういった誤った理念に基づく教育を行う学校というのは設立段階で排除していくべきなのだろうか。小さな政府を目指す保守としては非常に悩ましい選択だろう。いや、この問題にリバタリアンはどう答えるのだろうか?とそっちのほうが興味深い。


個人的なざっくりとした結論は国から正規の教育機関として認められている以上はやはりそのような反国家的/反人権的な教育を行うような機関は排除していくべきだということだろう。(「現行制度下」ではとの但し書きが必要かもしれないが。。。)


フリースクールという制度の関してもぜひ行うべきだと僕は以前から述べている。基本的にはさまざまな教育理念に基づいて自由に学校が設立できるというものだ。しかし、ここでもやはり国からの一定のチェックが必要となるのだろう。(参考過去記事→スウェーデンのフリースクール制度から学ぶ


しかし、なんでそんな朝鮮学校とかいう機関に地方自治体が金を出し続けてきたのか。ま、拉致にしたって最近になってようやく実態が明るみにでたわけだし、朝日新聞なんてのは昔は北朝鮮万歳の記事を書き続けていたわけだから、仕方ないのかな。


そう考えると政府のチェック機能なんてのもやっぱり当てにならないなあとも思う。当てにならない政府のチェック機能を当てにしていいのか?右派政権と左派政権で対応も変わってくるだろう。この問題は「教育の自由」と「教育に対する政府の介入」を考える上でさまざまな問題を提起してくれる。


テロ国家ふざけんな。在日ふざけんなというある意味で単純明快な議論以上に実は深く深刻な問題提起をしてくれていると僕は思っている。

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