オリエントとオクシデント

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振り返ってみると、2月はローマについての記述が多かった。

 

ローマ人にとってオリエント(Orient)とはアナトリア、古代エジプト、

シリア、古代メソポタミア、ペルシャの地域を指していた。 それに

対してオクシデント(Occident)とはスペインやガリア地方を指して

いた。 時代が下るに従って、それらは拡大を続け、オリエントは

中国や日本までも含まれるいわゆる「東洋」になり、オクシデントは

アメリカまでも含め「西洋」になった。

 

この二つだけで対比するのはとても大雑把になるのを覚悟の上、

両者を比較してみる。 但し、取りあえず古代の戦争というポイントに

おいての比較となる。それであっても、現代あるいは近代においてすら

その比較が生きているものも多々あるように思えるのだ。

 

まず第一にオリエントは君主制であり、君主を神格化する。 一方

オクシデントは共和制であり、最高司令官も選ばれた人である。

兵士においては、オリエントは傭兵が主、オクシデントは市民。

戦争の記録はオリエントは残さないがオクシデントは事細かく残す。

失敗については、オリエントは許さないが、オクシデントは許す。

 

カエサルと三頭政治を行っていたクラッススがパルティア王国を

攻めた時、パルティアに天才的武人が現れ、ローマ軍の方が数的に

優位であったにもかかわらず完膚なきまでに叩き潰された戦いがある。

最高司令官のクラッススは当然戦死した。 しかし、その天才が完勝

したことに妬んだパルティア王は彼を毒殺してしまうのだ。 しかも、

その時勝利した戦法すら闇に葬ってしまった。 当然、何年か後に

ローマに負けてしまった。

 

オクシデントは敵の良い所はさっさと真似、悪い所は無視した。

しかも、富は兵士達にも分配したから士気はいつでもオクシデント側

が高いに決まっている。

 

少し話はずれるが、江戸時代は平和でよかったという人もいる。

しかし、あの時代というのは徳川家という一つの家を守る体制だったのだ。

これは当然君主制である。 だから、何か事件が起こって処理をする場合、

「徳川家の得になるのはどういう裁きがよいか」という物差しで測るのである。

 

これだと、徳川家の人々はよいかもしれないが一般の人が自由に

のびのび生きることはできない。 百姓はいつまでたっても百姓なので

ある。

 

この古代からあるオクシデントの考え方は西欧社会には脈々と

受け継がれている。 日本も心底から民主主義に浸る為には古代ローマの

考え方を勉強した方がよいだろうと思う。

 

ここまでは圧倒的にオリエントよりオクシデントが優れているように述べて

いるが、実際はそう簡単ではない。 現に西欧歴史もその後君主制に移行

していくのだから。

 

いずれにせよ、今の我々がどのように生きるのがより良いのか、また将来が

どのように変わるべきなのかを歴史は教えてくれるのだ。

 

 

 

 

 

 

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