ボジョレ・ヌボー解禁日!

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 今日11月16日木曜日はボジョレ・ヌボー解禁日だ。

 

 フランス人はこの日を今か今かと待ち望む。 日が暮れると、

そこかしこのカフェ等でボジョレ・ヌボーのグラスを掲げ気勢を

上げる人々の姿を目することができる。

 

 ボジョレ・ヌボーの解禁日は毎年11月第三木曜日ということに

なっているが、そうなったのは結構最近の1985年からである。

 

 私が最初に長期出張でパリに行ったのは1981年。 その時の

解禁日は11月15日に固定されていた。 何故15日に固定していた

ものを第三木曜日にしたのかとフランス人に尋ねたら、年によって

15日が土日と重なるからだと。 重なると運送業者等が樽を運ばない

からお祝いできなくなるらしい。 誠にフランス的である。

 

 ところで、日本でボジョレ・ヌボーをポピュラーにした人を私は

知っている。 Aさんである。

 

 Aさんは多才なひとだった。 語学に関しては天才的だった。

英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語はペラペラだった。

どれだけペラペラなのかを証明する逸話がある。

彼が日仏の合弁会社(かまぼこ製造販売)の役員だった時、

取締役会の席上元来おしゃべりなフランス人をさておき一人

フランス語で喋りまくりフランス人に一言も喋らさなかったそうだ。

私はこの話を信じている一人である。 Aさんならさもあらんと。

 

 彼は音楽的才能にも大変優れていた。 語学と音楽は関係が

深いのかもしれない。 彼はどんな楽器もこなした。 絶対音感も

持っていた。 バンドの一人の音が少しずれただけでそこを指摘

した。 バンドというのはクリスマスパーティー用のバンドを俄かに

編成しAさん指導の下、素人の私達がフランス人のために演奏

するという余興なのである。 度胸をつけるためにメトロの通路で

演奏したことを思い出す。

 

 彼が布施明のB面を編曲したということも聞いた。 当然それ

くらいはできると私は何も驚きはしない。

 

 しかし、彼にも欠点がある。 自動車の運転がまるでできない。

彼の車はボコボコに壊れているし、スムースに発進するところを

見たこともなかった。

 

 あっ! ボジョレ・ヌボーの話だった。 そのAさんは食品関係の

仕事をしていたので、ワインにも関わっていた。 フランスであれ

ほど人気の高いボジョレ・ヌボーが当時の日本ではまるで知られて

いなかった。 彼はそこに注目した。 日本で流行れば新しいビジネス

が構築できるはずだと。 そこで彼が考えたキャッチコピーがこれだ!

 

 「世界で一番早くボジョレ・ヌボーが飲めます!」

 

 つまり、日本とフランスとの8時間の時差を利用したのだ。 

8時間早く本場フランスより先に解禁しちゃうぞと。

 

 Aさんの目論見は見事に当たり、日本でボジョレ・ヌボーを知らない

人はほとんどいなくなったのだ。

 

 しかし、日本では多少「高級感」をプラスして売ったように思う。

 

 これは間違いだ。

 

 そもそもボジョレ・ヌボーは美味しいワインではない。 香りも弱い。

赤にも拘わらず軽薄と呼んでいいほど軽い。 日本酒や白ワインに

合う素材との方がマッチングがいいかもしれない。

 

 それもそのはず、ボジョレ・ヌボーはその年に採れたブドウの品質

が良いかどうかを判断するために作るワインだからである。

その年に収穫したブドウで作らねばならないので時間がない。

従って、ブドウを潰さずに発酵させる特別な方法で作るのだ。

 

 だから、ボジョレ・ヌボーを口に含み、「ブドウさんブドウさん

今年のお日様の具合はどうだったんだい」と問いながら舌を絡ませ

いかねばならない。

 

 それをわきまえて、ボジョレ・ヌボーを愉しみましょう!!

 

 

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