親の心、子知らず






小雪舞う寒さ厳しい2月・・・

次女はひとり、家を出て行きました。




家庭崩壊、家庭内別居、姑との別居・・・

このどうしようもない冷めた家族の中で

自分の居場所がないと思わせてしまったのは

母としての私の罪と言えるでしょう。




だからせめて、私だけは次女の力になりたいと思うのです。

微力な私にできることなんて、些細なことしかありません。

ただ、話を聞いて理解してあげること。

それしかないのです。




時に、どんな方向からみても

理解に苦しむことも多々あるのですが

それはその都度、軌道修正を助言すること。

親の権限だけを振りかざし

聞く耳持たない親にだけは、なりたくないのです。

だからどんな事も、話せばいい。

親としてではなく

同じ(ような)道を歩んだ人生の先輩として

誰よりも気持ちはわかるから




苦しい時は苦しいと言えばいいし 愚痴でもなんでも聞いてやる・・・

楽しい時は楽しいと言えばいいし 一緒に電話口で笑ってあげる・・・

寂しい時は寂しいと言えばいいし いつでも会いに行くよ・・・

ひもじい時はひもじいと言えばいいし おかん、お勧めの無洗米を送ってあげる・・・

お金がない時は金がないと言えばいいし こっそり助けてあげる・・・




誰の力も借りずに頑張るという意気込みがあるのなら

それだけで充分。

どの道、人間なんてたった1人じゃ生きられないから。

1人で考え込まないで。

いつだって頼りにしてもらえれば

母として本望だったりするのです。




人はこんな私を甘過ぎると蔑視するでしょうが

こんな形でしか愛せない不器用な親と笑えばいいと思うのです。

他人は他人。私は私。そして、次女は次女。




都会への憧れや夢や希望、そんなもので

次女のちっちゃい胸の中が

溢れんばかりに膨らんだあの日から

1枚、また1枚とカレンダーをめくり

2ヶ月の月日が経ちました。




都会への憧れは健在ですか?

夢はまだ膨らんでいますか?

希望に満ちた朝を迎えていますか?




きっと、いまごろは現実の厳しさと自分の甘さと

後悔と挫折と孤独を感じている頃かと察します。

だけど、そんな経験も必要不可欠だと思うのです。

そして人間は成長するのです。

いつかどんな失敗も、笑って話せる時が来るから

同じ失敗だけは繰り返さない大人になるんだよ。

そして、母が最後にたったひとつ願うのは

自分を大切にすること。ただ、それだけです。









お母さんがいちばん好きな写真です。

×××えんちの事情×××-DSC_0300.JPG





抱きかかえていたあの頃が、今となっては懐かしい・・・。

この腕を降ろし、自由にさせてあげることも

親としての務めなんですよね。

この遠距離家族が再びひとつの輪(和)になる日が来るまで

今は、そっと見守って行きたいと・・・

心から思う春、近し。




この記事を3月30日付けでUPできて幸いです。

4月1日だったら、これほんまに本心か?と疑われそうですもの。

日々、快楽を求め、自分の為にせっせな私だけど

いちお、母親なんだというトコを、アピールしてみました。

どうよっ?!




×××えんちの事情×××





そう言えば・・・

先月、大阪へ行った時に

次女の部屋の模様替えを手伝いました。

狭い部屋に今ある家具を有効に合理的に使えと




引き出しチェストを部屋の真ん中にセッティングし

×××えんちの事情×××

食事をする場所に使えば?とアドバイスした。




福井からはるばる大阪まで丸いすを配送すると

×××えんちの事情×××

ちゃんと食事してるらしき写真が届いたんだ。食べる前に送ってよ・・・




と言ったら、翌朝、食べる前の写真が届いたよ。

×××えんちの事情×××

段ボールのテーブルより、ずっといいと喜んでた。





お母さんはそんなおまえに、もうひとつ言いたいことがあった。




人間らしく生きるんだっ!




そして、これを今、読んでくれてるみなさんに

ひとつだけお願いしたいことがあった。

いつものよろしくです。こちら→
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