いよいよ、年末となり、やっぱりたいして書くことがないので、今年は遠藤先生シリーズで終わろうと覚悟を決めた幻の院長です。

 

私たちの当時の研究はアポトーシス(プログラムされた細胞死)というものをやっていました。

 

ちょっと真面目なお話をしますと、細胞には死を司る遺伝子があり、それが発現すると自ら細胞は自殺していくというもので、それが生殖医療になんの関係があるかというと、実はいろいろあったのですが、話せばとても長くなりますので、やっぱりやめます。

 

まあ、その死を司る遺伝子が働かないとその細胞は永遠に生き続け癌細胞になるという、今思えば割と重要な研究なのですが、

 

その当時は今年ノーベル賞を取った大隅先生のオートファジーもそうですが、

 

なんとなく死に関する研究ですので、とっても地味で世間からはあまり相手にされていませんでした。

 

そして、実験の結果もネズミの卵巣にアポトーシスが起こると小さくなるというとても地味なものだったりしました。

 

そんな地味な研究をちょっとズルしてしまった幻の院長ですが、

 

普段とても温厚な遠藤先生からピングーどころの騒ぎではないくらい怒られました。

 

その時の今でも忘れられない言葉ですが、

 

「先生の人生にとってネズミの卵巣が小さくなろうが大した関係ないかもしれないが・・・」

 

人間の顔ってこんなに青くなるんだというくらい真っ青な顔で怒られましたので、

さすがの能天気な幻も院長も大反省して、以後、真面目に研究にいそしむのでした。

 

まあ、そのネズミの卵巣が小さくなったおかげで、医学博士になれたので私の人生に少しは関係があったのですが・・・

 

実は遠藤チームを首になりかけたのは一番弟子の幻の院長だけかと思いきや、5番弟子の現在斗南病院部長の逸見先生も首になりかけたりしました。

 

今ではすっかり偉くなった逸見先生ですが、何をやらかしたかは覚えていませんが、私が留萌市立病院に勤務していた頃に真夜中に大学病院から泣きながら電話があったのを覚えています。

 

「本日をもって遠藤チームを首になりました。過去に首になったことのある先輩として、今後、私はどうすればいいのかアドヴァイス下さい」

 

「首なったことのある先輩」という言葉がちょっと気になりましたが、

まあ、それ以降、遠藤チームを首になったもの同士仲がよかったりします。

 

彼も忙しく最近は会っていませんが、以前、神戸かなんかの学会で会った時に

 

「先生、院長ノート最近更新していませんよね。結構、チェックしています」

 

「たのむから、あなたも偉くなった医者なのだから、こんなものいちいちチェックしないでくれ」

 

そんな、今やすっかり偉くなった斗南病院部長の逸見先生ですが、

 

大学病院時代は「医療に関しては遠藤先生を私生活では先生を目指します」

とわけのわからない事を言っていたので、

 

大学時代、お互い独身どうしということもあり、とてもここには書けないような面白エピソードがたくさんあったりします。

 

ただ、彼も社会的地位もありますし、なによりも今でもこの院長ノートをチェックしている可能性もありますので、書こうはどうか迷っていたりします。

 

そういえば、さっき独身どうしと書きましたが、当時、逸見先生とつるんで遊んでいた頃には、幻の院長にはすでにかみさんも子供も二人程いたかもしれません。

 

それでは、年末はみなさんそれぞれとても忙しく大変だと思いますが、

この院長ノートを年末にいっきに書きあげることが、

今年もやっぱり一番大変だった幻の院長でした。

 

 

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ちょっと笑ってしまいました

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昨日、12月4日は大正10年の開業以来95年の歴史を刻んだJR留萌線の留萌-増毛間の最終運行日で、そのセレモニーのニュースを観ながら感傷に浸っていましたが、実はエナの開業15周年の日であったことにさっき気がついた幻の院長です。

 

今年もエナのスタッフの誰も気がつかないまま、エナは静かに16年目に突入しています。

 

さて、そんな遠藤先生ですが、実は大学時代は研究に関してとても真面目で厳しい先生でした。

 

今は大学時代に遠藤先生に指導をうけた、いわゆる遠藤チームの数多くの弟子たちが、不妊内分泌分野の専門医として北海道の各地で活躍されておりますが、

 

もともと遠藤チームは遠藤先生と一番弟子の私の二人だけのとても地味で小さなチームでした。

 

その一番弟子の幻の院長ですが、今ではかみさんや子供達が「父ちゃんは真面目が祟って死ぬんじゃないか」といわれるくらい真面目に慎ましく生活しておりますが、

 

独身の大学時代は、医療に関しては真面目でしたが、私生活は割と不真面目だったりしました。

 

一度、たった二人しかいない遠藤チームを首になりかけたことがありました。

 

何か医学の研究というとなんとなく華やかなイメージがありますが、実際は毎日ネズミに注射を打ったり採血したりでとっても地味だったりします。

 

大学時代は日中は外来や手術がありますので、当然、研究は真夜中になります。

 

産婦人科ですので、もちろん真夜中でも緊急手術、分娩がありますので、その合い間をぬっての研究という日々ですから、

 

まあ、たまに気晴らしがしたくなるのが人間というものです。

 

その当時の大学からの給料はほぼ無給ですので、ほとんどの若い医師は月に1週間、地方の病院へ出張へ行き、その出張費で生活をしていました。

 

ある月の別海町立病院へ出張の際に、まあ、ネズミの注射の1日くらいはいいかなと思い、

ネズミの注射を遠藤先生にまかせて、ズルをして、1日早く別海に行き、地元の人たちとゴルフをこっそりと楽しんだりしました。

 

その後、何事もなかったように1週間の出張を終えて、大学に帰ってくると結構とんでもないことになっていました。

 

どうしたわけか一日ズルしたことが遠藤先生にばれていて、

 

現在NTT病院部長の西川先生に

 

「きやちゃん、やばいよ。さっき遠ちゃんの口がピングーみたいになって怒っていたよ」

 

「口がピングーみたいになって怒っていた」というところにちょっと笑ってしまいましたが、

 

実際、お会いしてみると、ピングーどころのさわぎではなかったりしました。

 

ちなみに、私は大学時代は、まわりの先生から「きやちゃん」と呼ばれていましたが、

 

エナ開業後は大学の先生たちになぜか「社長」とよばれています。

 

また、エナでは一部のスタッフに裏で「きやっち」と呼ばれているようです。

 

それを何故知ったのかというとその話はとても長くなりますので、また別の機会にお話します。

 

それでは、今年もなんとか年4回登場という約束を守れそうでちょっとほっとしている幻の院長でした。

 

 

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初めて知りました

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さて、毎年恒例ですが、年末になり今年もまだ1回しか登場していないことに気が付きあわてて登場した幻の院長です。

 

それで、遠藤先生のお話ですが、そんなに偉い先生が、医大退職後、石狩の診療所のエナで働くわけがないと、半ばあきらめていたのですが、

 

昨年の夏にいきなり連絡があり、退職後はエナレディースクリニックの遠藤としてお世話になりたいとの返事でした。

 

あまりの嬉しさで、院長室で一人で万歳三唱をしていたら、

 

万歳三唱しすぎてすっかり五十肩になってしまい、つい最近まで手が挙がらず大変な目にあいました。

 

そんな、三顧の礼を持ってエナに向かいいれた遠藤先生ですが、実はエナでは1回しか会ったことがなかったりします。

 

御存知の通り、エナの勤務はローテンション制で、基本、私がお休みの時にエナに来ていただいているので、エナではなかなかお会いできません。

 

しかし今月の初めに、横浜で大きな学会があった際に近くの居酒屋で久々先生にお会いすることができましたが、元気そうでなによりでした。

 

たた、事前に遠藤先生が教えてくれた電話番号が一桁間違っていましたので、その日は全く連絡がとれず、全然関係ない方に何度も電話をしてしまい、

 

最後はその方に「私は遠藤ではありません」とちょっと怒られてしまいました。

 

あの時の遠藤先生と一桁違いの番号の方にはこの場をかりて深くお詫びしたいと思います。

 

その大きな学会で「エナレディースクリニックの遠藤」として、何か表彰されていたりもしました。

 

私はその時はちょっと所要で鉄道に乗っていたので、何の表彰かよくわかりませんが、歴代の受賞者が東大名誉教授とかでしたので、多分、なんらかの偉い賞だと思います。

 

そんな賞を貰うくらい偉い先生なので、専門医だか指導医だかよくわからない肩書きを沢山もっていたりします。

 

エナ就任の際に名刺の裏に書ききれないとシュウさんが困っていました。

 

幻の院長も田舎の診療所の医者には全く必要ない肩書きをいくつか持っているので、

遠藤先生の肩書きを足すと大学病院でも作れるんじゃないかというくらい、

エナには意味のない肩書きがたくさんあったりします。

 

実際、生殖医療専門医が2人以上いる病院は北海道では大学病院以外はエナしかないと、この前、シュウさんが鼻の穴を膨らませてなぜか威張っていました。

 

初めて知りました。

 

というわけで、万歳三唱は関係あるかどうかは今となってはわかりませんが、本当に五十肩で一年間苦しんでいた幻の院長でした。

 

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