以前、算命学の沙璃ちゃんと開催した、
やすらぎの部屋美保さんのセミナー
「今度こそ!宇宙にオーダー」で、
美保さんが言っていた言葉が、
今も私の中に残っている。

「幸せはなるものではなく、
 感じるもの」


という言葉。



みんな幸せになりたい。
なりたくない人なんていないんじゃないかな。

幸せってなんなんだろう。
どういうのが幸せなんだろう。

自分の「幸せ」ってどんなものなのか、
考えたことあるだろうか。



幸せって人によって全然違うと思うんだ。

仕事でバリバリやって成功するのが、
楽しくて幸せって人もいれば、
毎日のんびり暮らすのが、
楽しくて幸せって人もいるし、

キャリア系で幸せになる人もいれば、
専業主婦が幸せな人もいるし、
私みたいにゆるーく
仕事するのが幸せな人もいるし、

ペットがいる暮らしが幸せな人もいれば、
ペットがいなくても幸せな人もいるし、

お金がわんさかあるのが幸せな人もいれば、
お金に関わらず幸せな人もいるし、

「これが幸せです」という、
きっちり決まったモンなんてなくて、
人それぞれなんだよね。



そして、それを見失って、
フェイクな幸せを求めてしまうことって、
きっとあると思う。

そんな時、幸せになるために、
色んなことするんだけど、
どんどん苦しくなっていっちゃう。

苦しいまでいかなくても、

なんかこう、
追い立てられるように動いていると言うか、
これをやらなきゃ!って気持ちで、
奥の方をちくちくさせながらやってたり、

これをやらないと幸せになれない、って、
どこかで思っていたり、

これをやれば幸せになれるんだ!って、
私は変われるんだ!って、
思いながらやっていたり…

それはどんな時か?

そこにはこんな気持ちがある。

この自分じゃダメなんだ。


もっと◯◯にならなきゃ、
もっと◯◯しなきゃ、
って。

◯◯になるのが幸せなんだ、
◯◯すると幸せになれるんだ、
そう思っている時、
心の奥の方には、

変わらなければならない。


って気持ちがある。
だから、
何かになったり、
何かをしたりしないと、
幸せになれないって思っちゃう。

そんな気持ちから生まれる衝動は、
なんて言うんだろう、
こう、追い立てられるような衝動で、
時に激しくて、
それをしないと落ち着かない感じで、
そわそわしてて、
すがるような、そんな感じがある気がする。

それをやることで安心できるような。
それなのに、どこかで走り続けないといられず、
止まれないような。

だって、それをしないと、そうならないと、
自分はダメってことになっちゃうから。

その時の「しなければならない」を、
自分のワクワクだと勘違いしてしまうこと、
本当によくある。


この罠は巧妙だ。
その陰には自己否定があるのに、
そうと気付かない。

自分はワクワクに従って、
心の声に従って動いているつもりでも、
実はエゴに従っている。

つまり本当の自分への
「嘘」を
生きることになる。




このままの自分はダメだから、
というスタート地点から出発すると、
どこまで行っても、
自分はダメなんだよね。
いつまでも。

仮に何かをして、
自分をダメじゃないと思う状態にして、
つかの間安心しても、
真にやりたい、こうなりたい、
そんな思いから出たことを
してるんじゃないから、
その歪みって必ず出てくるし、

「ダメじゃない自分になるんだ」
ってのが目的になっちゃってるから、
いつまでもその目的のために
動くことになる。

本当の目的は
「幸せになる」ことなのに、
それを追いかけるうちに、
いつの間にか目的が
すり替わってしまうこと、
すごくよくある。

そして、人は、
設定した目的地目指して、
私達の中にある優秀な人生ナビに導かれて、
オートで進んで行っちゃう。

なんだか心地よくない場所に着いて、
あれ、おっかしいなぁ、
ちっとも心安らかじゃない、
ちっとも幸せじゃない、
って、首を傾げる。

そりゃそうだ。

設定した目的地が、
魂が望む目的地じゃなく、
自己否定をしなくて済む
目的地になってるので、
幸せであるかどうかは関係なく、
その作業の果てにあるあ場所に、
連れて行かれているんだから。



その出発点にある、

この自分じゃダメなんだ。

そもそも間違ってるのはそこ(笑)



たったそれだけのこと。

たったそれだけなんだけど、
たったそれだけじゃない。
それがすべてなんだ。

奇跡のコースに触れ始めて、
この世のすべての苦しみと混乱の根源は、
まさにそこなんだと、
しみじみ思っている。

奇跡のコースは言う。

私達に一切の罪はない。
私達に一切の間違いはない。
唯一の間違いがあるとしたら、
それは自分が罪深いと信じていること。


初めてこの言葉を読んだのは電車の中だった。
涙が後から後からこぼれて困って、
寝たふりをしたっけ。

私達はみんな神の子。
神が自分と同じに私達を作った。
だから、私達は神と同じ資質を持っている。

けれど、神から離れ、
それをすっかり忘れてしまっているから、

自分は欠けていると思ったり…
自分は罪深いと思ったり…
自分は間違っていると思ったり…
自分はダメなんだと思ったり…


だから、

うまくいかないんだ…
受け入れられないんだ…
認めてもらえないんだ…
愛されないんだ…


そして、
変わらなければならない
と思ってしまう。

また、そう思わなくて済むように、
人を変えようとしてしまう。

そうしてくれない人を
攻撃してしまう。

その痛みを感じさせる人を
排他してしまう。



本当はね、ちっともダメじゃない。

けれど、神から分離した時、
私達は神から与えられたものを、
自分が持っていることを、
自分が神と同じであることを、
すっかり忘れてしまった。

よく自分の使命って何だろう…
ライトワーカーって…

なぁんて聞くけど、
私達の使命は、役割は、

自分が神の子であり、
スピリットとしての存在であることを、
思い出すこと、

今この世界に生まれて、
魂をくるんでいる肉体を通して、
それを思い出してその姿で生きること、

ただそれだけだと、私は思っている。
それ、たったひとつだけ。


私達は愛そのものだし、
深く愛されているし、
何の罪も間違いもない、
かけがえのない美しい存在。



けれど、
それを忘れてしまっている。
そして、それを思い出す旅をするために、
そのためだけに、
この地球に生まれて来ている。

もう何度も生まれ変わった。
さんざん色々やってきた。

そして、今、この時代にやっと来た。

だから、もういいじゃん、って思う。



私達はすでに
自分が心から望む存在なんだ。
でも、そうじゃない、って信じている。

欠けていると信じているものを補うために、
人生を右往左往する。

思い出せばいい。
本当の自分を。

そうなんだ、と、
思い始めるだけでもいい。
不確定なそんな思いも、
やがて、確信に変わる日は近い。

自分はこれでいい、いや、これがいい、
間違ってないし、
欠けてないし、
悪くもない、
今のままでじゅうぶんに素晴らしい、

その場所に立ち返った時、
心の奥から自然に湧いてくる、
穏やかな、静かな、
そして、力強い衝動こそが、
私達を本来の道にいざなう。

何かをするエンジンが、
自分はダメなんだ、
それをなんとかしなくちゃ、

だと、どんどん違う方に行っちゃう。
自己否定から生まれるアクションだもん。

私達の本当のエンジンは、
今の自分オッケー、ってところにある。

そのエンジンがうなり出して、
私達を連れて行く場所こそが、

私達が本当に幸せと感じる場所だ。

何者にもならなくていい、
何もしなくていい、
そこから湧き出てくる衝動こそが、
とても自然に軽やかに私達を成長させ、
これからすることを示し、
その先にある約束の場所に
私達を連れて行く。



人によって幸せと感じることは違う。

そして、
私達は自分の本当の幸せが何かを、
心の奥で、魂で、知っている。

けれど、自分はダメ、って想いが、
それを感じるセンサーの感度を下げる。
とことん下げる。

自分を抱きしめる時、
自分が神の子で、
いっさいの罪も間違いもないと知る時、

その曇りは晴れて、
自分の本当の幸せは何かが見えてくる。

それは、
今までは選ばなかった道かもしれない。
何もしないことかもしれない。
今のままでいることかもしれない。

そして、そんな自分になった時、
初めて心の中に、
まっすぐに届く「魂の衝動」を感じられる。

その時初めて、その衝動のままにいけばいい。
それこそが「真のワクワク」。


自分はダメ、が、エンジンになっているのは、
「フェイクなワクワク」。


その罠からもう抜け出す時。



今、この瞬間も、
私達は本当は幸せなんだ。

自分が欠けていると信じている時は、
それを認めるのは結構キツい。

んなわけないじゃん!
だって◯◯じゃないよ、
だって◯◯がないよ、

って。



青い空を見て心が動くことがあるだろう。

吹く風を感じて心地いいことがあるだろう。

花を見て美しいと感じることがあるだろう。

人の笑顔に心和むことがあるだろう。

料理をして楽しいことがあるだろう。

散歩が気持ちいいことがあるだろう。

おひさまがぽかぽか気持ちいいことがあるだろう。

おばあさんに席を譲って、
誰かに「ありがとう」と言われて、
料理をおいしいって食べてもらえて、
うれしいことがあるだろう。

それが幸せでなくて、
一体なんなんだろう。

心を開きさえすれば、
そんなものが毎日の中に、
どれほど転がっていることだろう。

それを感じるセンサーを曇らせている、

この自分じゃダメなんだ。

その幻想を終わりにする時が来た。
私達の旅の終わりだ。

魂はいつも教えてくれていた。



私達は、
自分が全くの無力であることを知る時、
すべての力を手に入れる。


自分で何かをすることをやめる時、
神の働きかけを知る。

自分にこびりついている、
神からもらった要素以外のものを、
すべて聖霊にゆだねる時、
その導きが始まる。

その世界を知ったらもう戻れない。
だって、それが本来の世界なんだもん。

もう嘘をつけない時代になったよ。
嘘をついているとどんどん苦しくなるし、
嘘はどんどん露呈する。

そう、誰も知らないかもしれない、
自分への「嘘」が。
すべてへの「嘘」が。

もうそれをやめるんだ、
そう決めた瞬間から、
私達は自分に帰る道を歩き始める。

魂はいつも私達に、
こっちにおいで、って、手招きしてる。









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