アドレリアン・コミュニティーアプローチ

テーマ:

日本支援助言士協会の鶴田です。

 

 

日本支援助言士協会は、


 支援助言士・コミュニティーカウンセラーの

 

養成をしています。

 

 

 支援助言士。コミュニティーカウンセラー

 

って、何ができるか、と聞かれることが

 

多く、ここでも何度か書いているのですが、

 

 

先日、゜アドレリアンコミュニティーアプローチ」

 

の著書もある、専門家の箕口先生に、お尋ね

 

してみました。

 

 

 カウンセラーは、一般的に

 

カウンセラーとクライアントの一対一での

 

面談をしながら、クライアントの抱えている

 

 

問題に取り組んでいきますが、

 

支援助言士・コミュニティーカウンセラーは

 

問題に応じて、クライアントの回り、環境に

 

まで、働きかけて問題に取り組んでいく

 

と言ったらいいでしょう。

 

 

 それには、他の機関、自助グループ

 

地域の力と協働していきます

 

 

 カウンセラー一人ではなく、周りも

 

巻き込んでいく、という発想が、

 

従来の、カウンセリングモデルとは

 

違うところです。

 

 

 一人の力は、限られています。

 

でも、他の人や組織の力を借り

 

連携していけば、クライアントの

 

問題への取り組む姿勢も変わって

 

くるのです。

 

クライアントにとっても、

 

自分だけの問題と思っていたのに、

 

多くの方が共有し支援してくれる姿に

 

接することで、本来その人が持っている

 

可能性が引き出されてきます。

 

 

 さらに、地域や、職場や、学校など

 

コミュニテイーには、同じ問題を抱えて

 

いる人もいるとなると、それは個人の

 

問題ではなく、全体の問題にもなる

 

のです。

 

 

 と話して下さいました。

 

 

支援助言士・コミュニティーカウンセラー

 

は、これからの時代に欠かせない人材

 

です。

 

 

 人の役に立ちたいと、考えている方

 

9月2日より、13期養成講座が始まります。

 

40時間を選択していただき、支援助言士・

 

コミュニティーカウンセラーとして認定され

 

ます。

 

 

 参加できない講座は、次回に繰り越し

 

振替参加もできますよ。

 

申し込みはこちらから

https://www.sienjogensi.org/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見えないもの、見えるもの

テーマ:

日本支援助言士協会の鶴田です。

 

 

 

 不完全だらけの、私の人生を語る

 

こっ恥ずかしこと、自己開示をしたことで

 

私自身も、たくさんの気づきがありました。

(自己開示はするもの。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。)

 


 アドラー心理学では、

 

自分の生き方も、ライフスタイル

 

も、自分で決めているといいます。

 

 

回避するのも、行動するのも、

 

自分で、決めていること。

 

 

私も、思い返せばあの時「決めた」

 

という、確信がたくさんあります。

 

 

自己決定の連続でした。

 

 

 そんな話を、先日講演会で

 

話しました。

 

 

 

ハチャメチャ、決定し、行動して

 

きた、そんな自分を開示して、

 

 

 

 あらためて、感じたことは、

 

その背景には、絶大なる

 

甘えと

 

信頼があったことです。

 

 

聞いた方は、そう思ったで

 

しょうが、

 

 

自分は、話すことで、

 

あらためて胸に、コトリと落ちる音を

 

ききました。

 

 

 

母に、叔母たちに、祖父母に

 

親戚に、共同体に、

 

信頼されて育ったこと。

 

甘やかして育てられたこと、

 

 

ふつふつと蘇ってきました。

 

 

 自由に、

 

 のびのびと、

 

飛び回っていた。

 

わたし。

 

 

 母の口癖、「汚い」

 

という言葉に、傷つくことも

 

あったけど、

 

「だらしない」

 

 

という言葉に、反発することも

 

あったけど、

 

 

そんな時、叔母がかばってくれた。

 

母に、

 

「自分のことを棚に上げて・・、

 

言葉使いに気をつけなさい」

 

 

と、母と私を同時に戒めてくれた

 

そんなことも、たびたびありました。

 

 

一対一の関係ではない、複数の目が

 

あって、いたわり合い、律する場、

 

共同体が機能していたのです。

 

 

母は、黙々と、

 

働き、子どもに、孫に惜しみなく、

 

お金を与え、尽くし、

 

 

 何があっても、

 

駆けつけてくれる、

 

という安心と信頼感を

 

母の揺ぎ無い意志を

 

植え付けてくれました。

 

 

 

信頼の表し方は、

 

母と私は、違っていたから

 

よくぶつかったものです。

 

 

母は、慎重で、コツコツと

 

用心深く、とことん人に尽くす

 

のですが、

 

 

反対に不用意に不特定多数の

 

人に、オープンに接してしまう、

 

そんな私を

 

母は、心配し、不安に

 

思っていたようです。

 

 

 表し方は違っても、

 

母の細やかな、愛情と強さに

 

安心して、反発し、

 

飛び回っていたのだと、

 

 

自己開示をして、

 

見えない、力を感じることが

 

出来ました。

 

 

あの、絶対的信頼感は、

 

沖縄の共同体が母を育て、

 

人々を育てた。

 

 

悲しみの歴史が、人の絆の

 

大切さを、育てた、文化であり、

 

空気だった。

 

 

 

 見えない信頼の空気。

 

 

共同体の人の心をを育てた空気です。

 

講演会で自分のことを語った後に

 

不思議な信頼の力を感じました。

 

 

 見えるものだけでない、見えないもの

 

を信じる力、

 

生きるパワーをもらいました。

 

 

自己開示はした方がいいです。

 

それも、聴いてくれる人がいたから、

 

出来たことです。

 

 

感謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親を超えるとき

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日本支援助言士協会の鶴田です。

 

 

 あぁ、親を乗り越えたなぁという

 

感覚を持ったときのことを、覚えて

 

います。

 

 

 少しの寂しさと、ちょっとの悲しみ

 

が、瞬間よぎりました。

 

 

 私にとって、母は強く君臨していた

 

存在。

 

当時の母は、まだ、50代。

 

出来事や、話題は覚えてないが

 

母と電話していて、

 

 

親子関係が逆転したと、

 

感じたのです

 

 

 そこで、自分と子どもは、どうなのか?


 

 

 前に、息子とお酒を飲みながら

 

話していたとき、

 

 

「母としては、理想ではなかった、

 

一人の人間として、尊敬する」

 

と言われて、複雑!!!。

 

 

でした。

 

 

 親を乗り越えたのか、どうかは

 

主観的なもの。

 

 

今だに子どもに聞きだせないで

 

います・・でも、

 

 

  息子が、高校生の頃、夕方、

 

「ちょっと友達と約束しているので、

 

出かける」

 

 

といったとき、私は

 

聞いてなかったので

 

 

「えーっ、聞いてなかったよ、一緒に

 

夕飯食べること、楽しみにしていた

 

のに・・」というと

 

 

「俺も、一人で食べることも多かった

 

ので、今日は一人でどうぞ」

 

 

 と言われ、自分の母としての、勝手な

 

態度だったと、思いいたったのです。

 

 

 乗り越えるほどの壁ではなかったのかも

 

と一抹の寂しさと、不思議な安堵感。

 

 

 

 こういう親子でありたいと、

 

私は望んていたのだ、

 

その分、私はこんな風に

 

生きてきたと、示せるように、なりたい。

 

子どもに、不自由をかけたぶん、

 

 

 私も頑張るね。と心の中でと

 

つぶやいていました。

 

 

 

 子どもは私が、40代の頃には

 

乗り越えていたのと、

 

思います。