1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2014-12-18 05:47:17

80/20の法則

テーマ:デンマーク事情

忙しい。。

おとといは、長時間実験のあと、夜に言語交換の子を我が家によび、、あんかけチャーハン、から揚げ、レタスとわかめのサラダを用意したのだった。

まるで王将メニューだけど、ベルリン旅行の直後だから楽に用意できるものとチョイスした結果で、ラーメンは先週クリスマスランチのために作っておいたスープの一部を使い、チャーハンは朝作っておいたのだった。なので直前に、ラーメンの具(ゆで卵、わかめ、ネギ)を用意し、から揚げとサラダを作っただけですんだ。

幸いどれも喜んでくれた。

手をかけずにすんだとはいえ、デンマーク人に出す日本のごはんとしては妥当なメニューだと思う。寿司も簡単だけど、きょうびどこでも食べられるし新鮮さはない。その点ラーメンは、デンマークでは食べられないし、それでいて万人受けするものだと思う。それでクリスマスランチにももっていこうと目論んでいるのだが。

 

昨日は、これといった用事がなかっただけに、細々とした用事を一気に片付けようと、かえってめまぐるしい一日だった。

9時~15時半まで実験をし、郵便局にサンプルを送付しにいき、家で洗濯、夕飯の準備、夕飯、片付け、掃除をし、買い物に行き、靴と食料品を買い込み、19時に大学に戻ってポーランド人の子とある用事をすませ、そのあと21時半まで実験室で作業したのだった。

本当は、買い物でクリスマスランチのゲーム用のプレゼントと、クリスマスプレゼントを買いたかったが、とてもそんな時間はなかった。

 

今日は、朝夕飯の支度をしてから職場に急ぎ、明日で最後の子のお別れ朝食会に出て、お昼まで頼まれ仕事をやっつけ、サンプルが乾く間に、明日のクリスマスランチに足りないものを買いにいこうと、ショッピングセンターへ。

ついでだからとクリスマスプレゼントの一部も購入し、家に帰ってランチを食べながら、家にあるもので明日のゲーム用のプレゼントをパッキングし、大学へ。

頼まれ仕事のサンプルを顕微鏡でチェックしたあと頼み主に届け、今日中にスウェーデンに送らなければならないサンプルの写真撮影をしてパッキングをし、劇混みの郵便局(というか、スーパーの中に併設されている郵便部門というか)に行き、なんとか送付完了して家に帰り、急いで夕飯を食べて語学学校へ行ったのだった。

 

18時から始まるデンマーク語のために、昨日遅くまで作業した挙句、今日もストレスフルなスケジュールになり、だから12月にデンマーク語は行きたくなかったんだよ、と心の中で何度も毒づいていたが、行ったら行ったで楽しかった。

今日は、前回から2週間あまりの忙しさでほとんど準備できなかったので、ひとつ書いていたエッセイを一緒にチェックしたあと、スライドなしでプレゼンのようなものをしたのだが、これが面白い議論になったのである。

 

テーマは、「なぜ、デンマークでは短時間労働で、日本は長時間労働か。」

先週お茶した日本人の方との話で、「日本では完璧さを求めるがゆえに、とてつもないエネルギーを必要とされる。」ということばがずっと心の中で残り、話のネタにしたいと思ったのである。

というか、その方とお会いしたのは、日本とコラボレーションをする手がかりをつかむためで、おかげで共同研究の話が着々と進みつつある。

でもわたしの本当の夢は、日本にもっとデンマーク式を導入したい、というものである。しかし、その方と日本人の完璧さについて話して、かなり難しい道のりだと思い、そのことについてわたしなりにまとめたいと思っていたのである。

だから本当はそのネタでもう一本エッセイを書くつもりだったが、忙しくてエネルギーがなく書けなかったのだった。

 

先生に、ある程度の結果を求めるのなら、それほど時間をかけなくてもいいが、99%から100%というたった1%の精度を上げるだけでとたんに膨大なエネルギーが求められ、その結果100%を追求する日本人は長時間労働を強いられているんだと思う、と言ったところ、

「デンマークの、80/20法則って知ってる?」

と聞かれたのだった。

わたしは知らなかったが、なんでも、100%の結果を得るために100%の労力をかけるよりも、たった20%の労力だけで80%の結果を得られるのなら、それでよしとしよう、残り80%の労力を、20%ずつ4つの別のことに費やし、結果80%×5400%になるほうがかえって効率的だ、というものらしい。

うーん、、確かに、、、と思った。

わたしは仕事はまったく完璧にできていないけれど、同時にいろんなことも同時並行でこなしている。

不十分とはいえとりあえず博士号を取得し、なおかつ娘を育て、英語とデンマーク語と2言語も習得した。さらに、ハンドボールやバレーボールなど趣味ももった。またデンマークでは外食産業が日常的ではないということもあり、思い切り料理して友達をよぶ、という楽しみも得た。旅行も日本にいたときよりもしている。

そういう意味では、キャリア的にイマイチかもしれないけれど、そのかわりほかに得るものがたくさんあったからより充実しているといえるかもしれない。

 

そして、日本ではひとりにいろんな能力を求められるが、デンマークは分業制が進んでいて、不得意なことがあってもまったく不利にならない。日本で苦手なことを克服しようとするのも、ある意味エネルギーの無駄になるのかもしれない。ともかくわたしは日本で疲弊した。なんでもパーフェクトを求められ。

ただ、それがまったく悪いということではなく、アドバンテージになることもあるので、何もかもデンマークがいい、というわけでもないが。

例えば、車とかパソコンのような高い精度が求められるものは、デンマークでは作れないと思う。主要産業も、一部にしかエンドユーザーになりえない変ったものが多いような気がする。

 

先生とそのことについて、次回にまとめようということになった。

なんだかんだ、次回は2回分で最終回。

さみしい気もするが、でもすでに先生にはいろんなことを教わったような気がする。

一番大きいのは、言語そのものではなく、自分でイニチアティブをとるという姿勢に変えさせられたことである。

おかげで、日本との共同研究を含んだプロジェクトのアプリケーションは、会社から正式にゴーサインが出る見込みである。そのことで同僚と話し、

「でもね、わたしがイニチアティブとらなければ、何も起きないことを学んだよ。だからわたしがドラフト書いて形にして本当のアプリケーションにもっていこうと思って。」

と言ったら、

「そのとおり。」

と言われたのだった。

AD
2014-12-03 07:57:36

コペンハーゲンの歴史

テーマ:デンマーク事情

日曜日のコペンめぐりは、女子6人の集団でまわったのだが、うちひとりが建築をバッググラウンドにしているひとで、わざわざこのために事前に勉強をしてくださり、彼女の説明付き散策だったわけである。

最初はアマーの建築学校からスタートで、

「昔はこのあたりは海でした。」

と言われ、そういえば東京も、お茶の水あたりにあった小山を削ってその土で相当の面積を埋め立てたと友達から聞き、昔と今の地形の変化を東京江戸博物館でみたことがあるけれど、アマーも近年まで方言が残るほど孤立しているところだと聞いたことがあるし、コペンハーゲンも相当な変遷を経てきたのかな、と気になったのだった。

 

それで今日ふと調べてみたところ、1400年代のコペンハーゲンの地形図が出てきて、メッセンジャーでみんなにみせたら、盛り上がったのだった。

「確かに、アマーは島だったんですね!」

今も、「på Amager」だし、一応島といえば島だが、短い橋でつながれ、ほぼ陸続きの感覚であるのに比べれば、埋め立てる前は本当に舟でしか渡れない島だったのである。

国立美術館のところとチボリにある池は、お堀の名残だと聞いたことはあったが、その外側にある4つの人口湖が、もともと川だったとは知らなかった。


kort 1400
1400年代


kort 1800
1800年代、まだ現在のところまで埋め立てられてなく、アマーは要塞に阻まれている。

kort idag
現在

 

それから、コペンハーゲンの歴史を読み始めたら、とまらず。。

クリスチャンスボーのところにあったアブサロン司祭のお城ができたのは1167年だが、コペンハーゲンが中心地になったのは、カルマー同盟が始まった1400年代から。

要塞を築きだしたのは、スウェーデンと戦争をするようになった1500年代。

埋め立てでクリスチャンハウンができたのは1618年。埋め立て技師であるオランダ人移民が住むところだったらしい。結局は、普通の町のひとつになったけれど、そのせいか、クリスチャンハウンはアムステルダムを彷彿とさせる。螺旋塔で有名なボアフレルサー教会は、オランダのバロックスタイルで、珍しく短い長方形で内装もゴージャスな感じであるが、設計士はデンマーク人だそうで、あまりそのことには関係ないらしい。螺旋塔ができたのは、ルネサンス期の影響が大きかった1752年、らせんの向きが間違っていたことを苦にして設計士が自殺したのは有名な話である。

しかし、アマーが普通の住宅地になってきたのは1890年ころだそうである。それまで、要塞で隔てられ、孤立していたのだろう。

 

それから、裁判所を通ったときに、そこは1900年初頭まで市庁舎も兼ねていたという話で、新しく今の市庁舎ができたのは人口の激増のためとのことであったが、確かに1800年ころ10万人だったのが、1900年ころには50万人にふくれあがっていたらしい。世界中の産業革命の影響である。

労働者が激増したのは1800年代後半、社会民主党ができたのは1871年である。

今も、コペンハーゲン市の人口は56万人、フレデリクスベアは10万人であるが、1930年代に人口を分散させるため、5本指の方向で鉄道を敷いたらしい。IshoejRoedovreHerlevBagsvaerdLyngbyというベッドタウンができ、今はそれらを含む「大コペンハーゲン」の人口は120万人である。今も昔も中心地のキャパはそれほど変わってないのかもしれない。

 

、、と、とまらないのである。

AD
2014-10-28 07:30:02

外国人としての困難

テーマ:デンマーク事情

昨日の女子会はとても楽しかった。

7人だか集まったが、全員デンマークに来た事情がてんでバラバラで、その過程について聞くのも興味深いが、その異なる状況の中で、それぞれ異なる経験を言いあい、情報交換するのも面白い。

わたしなどは、在デンマーク11年半でメンバーの中ではもっとも長いといえど、多数が経験しているであろうことを案外経験してなかったりする。

例えば、デンマークの若者文化。もともと遊ぶタイプでなく、日本でさえ若者文化に疎かったけれど、デンマークでも育児と仕事とデンマーク語に明け暮れ、気がついたら遊ぶにはトウが立ち過ぎのアラフォー。深夜のクラブなど行ったことがない。パーティも、踊るよりも飲んでしゃべる方が好き。大音量の音楽も苦手である。

あと、就職活動をしたことがない。メンバーのひとりが、金曜日にうちの大学の外国人妻向けのワークショップに参加したついでに、わたしのオフィスにも寄ってくれ、その話をしてくれたのだが、どういうカヴァーレターがデンマークで受けるのか聞いたときに、わたしさえ知らない事実で面白いと思った。

ひとりは、デンマークでは面接で趣味のことも結構聞いてくると言っており、確かにデンマークでは仕事に直接関係する能力だけでなく、パーソナリティも重視されるかもしれないと思った。

バレーボールで、青年部のリーダーをやっているひとも、娘のチームのリーダーをしているひとも、本業がありながら、そのボランティア職にも相当時間を費やしてくれているようだが、そういうふうに無償なのに責任もって社会貢献する姿勢は本当に素敵、と思う。

というか、同僚をみても、サッカーをやるひと、チェスをやるひと、テニスをやるひと、旅をしまくるひと、劇をやっているひと、ダイビングをやるひと、マウンテンバイクのレースに参加するひと、ビールを作るひと、ロケットプロジェクトに参加しているひと、、、などなど、ほとんどのひとが仕事以外の何かをもっている。

わたしだったら、なんというべきか。。バレーボールもやめてしまったし、ハンドボールも以前ほどの情熱はなくなってしまったし。でも、だからといって仕事以外に何もしていないわけではない。

もし面接を受けて、そういう質問をされたとしたら、素直に、「自分探しをしています。」というだろう。

なまじデンマーク在住が長くなって日本人らしさを失いつつも、かといってデンマーク人にもなれない。そのマイノリティの自分とどう向き合い受け入れ、この社会の中でどういうふうに生きて行くのか模索するために、デンマーク語を学び、ワークショップに参加し、聖書を読んでますと。そしていろんなひとを招き、彼らのために半日かけて料理し、彼らと楽しいひとときを過ごすことが至福のときであると。

 

それで、当然ビザのことはわたしたちにとっての最大の関心事でもあるわけだが、、

友達が、FBで知り合いのひとが滞在許可申請を却下されたことを投稿していたのと、それに触発されて永住権を申請できるであろうポスドクと話したことから、久しぶりに移民局のサイトをみてみたのである。

ポスドクは、もう在デン52か月で、3年間余りのPhD期間を経て、半年間あいたあとにうちの大学に来ている。そしてPD3も合格しているので、永住権の要件はばっちり満たしていると思いきや、なんと永住権を給付されるであろうときにも労働していることが条件であり、来年の1月、もしくは少し期間をのばしてもらっても6月までの契約しかもたない彼は、永住権給付の権利をもたないと言う。

わたしが申請したときには、申請時に最近3年間のうち2年半以上のフルタイム勤務の経験を有することが条件で、別にその先のことについては問われなかったような気がしたので、まさか、、と思い、よくよく移民局サイトをみてみると、永住権要件の最後に、

  

Man skal fortsat være i beskæftigelse eller under uddannelse på det tidspunkt, hvor den permanente opholdstilladelse vil kunne gives

 

とある。これって、かなり微妙な言い回しではないだろうか。だって、永住権給付のタイミングなど誰もわからないのだから。3カ月かもしれないけれど、1年かかるかもしれない。つまり、給付がどのタイミングでも勤務していることが見込まれる、パーマネント契約をもっていることが必須なのかと。

わたしが申請したときは、ポイント制度の導入直後で、もっとも厳しいタイミングだと思っていたけれど、今でこそデンマーク語能力の要件はかなり緩くなったとはいえ、逆に勤務要件は厳しくなったような気がする。

うちに、デンマーク語は少ししかできないけれど、学術界産業界ともにデンマークになくてはならない非EU職員がおり、デンマーク語ネイティブ、もしくはそれに限りなく近い流暢なレベルの助教授3人を軽々差し置いて教授に昇進した。

むしろ、そういうひとにとって永住権取得が有利になったと思う。どれくらいデンマーク社会にインタグレートしているかよりも、デンマーク社会にいかに貢献しているかのほうが重視されるようになったというか。さすが、インテリ層支持の多いラディケーレが政権に入っているだけのことはある。

わたしのときはDFが支持党だったから、いかにインタグレートしているかをみせるかに躍起になったというのに。

http://ameblo.jp/els910/entry-10570861293.html

 

それにしてもころころ変わりすぎる。

わたしがずっとつっぱしってきたのも、永住権をとるのがどれだけ大変なのか知っていたから。結果的にはそれでよかったけれど、仕事も育児もデンマーク語もすべてがハードだった。

今も大変。時間があれば、残業もするし、デンマーク語のレポートを書いたりする。デンマーク語をブラッシュアップするためになにかないかなーと模索したり。

もちろん楽しんでもいるけれど、やっぱり普通のデンマーク人に比べて、わたしは外国人だからやらなければならないことに時間を費やしていると思う。

デンマークで外国人として生きて行くのは難しい。

AD
2014-10-09 06:52:46

教会の女性集会

テーマ:デンマーク事情

娘が8年生になって勉強の姿勢が激変した。頻繁に机に向かっている姿をみるようになった。

そのかいあってか、模擬試験でいい点をとるようになり、それもまた自信につながってよりやる気になるといういいサイクルが生まれているようだ。

しかしそれだけでなく、学んでいる内容そのものにも興味がわいているのがうかがえ、話しだすと盛り上がる。

今は歴史で第二次世界大戦について勉強しており、原爆についても教科書にあり、4年前に訪れた広島の原爆博物館も思い出したそうだ。

それで、原爆の子のモデルとなった、見た目は何の損傷もなかったのに、10年後だかに亡くなった女の子のことをよく覚えていて、わたしは、放射線の人体被害は本当に恐ろしいもので、だからこそ、津波で爆発した福島の原発の付近で、今も立ち入り禁止のところがあるのだと話をした。

それから、ヒトラーのこともさんざん取り上げられているらしく、来年の修学旅行ではアウシュビッツにも行くそうだが、なぜユダヤ人が迫害されることになったのかという話にもなった。娘は、ヒトラーがなぜユダヤ人をそこまで嫌ったのか理解できなかったようだ。わたしも理解できないが、今聖書を読んでいて、ユダヤ人が長年「迫害される民族」であったことを話した。

わたしは、娘に勉強しなさいと言ったことはないが、こうして自ら学ぶことの楽しさを知ってくれるのはうれしいものである。わたしもまだまだ学び途中であるが、どうしてなのかを考え、話し合うのは楽しい。

 

今日は、教会の女性の集まりに参加してきた。

テーマは、「女性牧師」について。

キリスト教でご法度はずだった女性の牧師は男性とはどう違うのかという話だった。

デンマークでも、女性牧師が入ってきたのはそう昔ではないらしい。今でこそこの教会では、4人のうち3人女性らしいが、初めて女性牧師が入ったのは1998年だそうである。

 

男性と同じようにはならないけれど、まぁ実際女性のほうが信仰心が厚い傾向があるし、ことばの理解度や共感は女性のほうが長け、また祭司の権威が昔ほどではなくなった今、キャリア志向の高い男性を惹きつける職業ではなくなり、女性も入りやすい世界になったという話だったが、言われてみて、わたしはデンマークであまりジェンダーを意識したことがないなーと思った。

女王、女性首相、女性牧師、、、

日本で見当たらない存在であるにもかかわらず、最初から違和感がなかったような気がする。

これでも、島根ではバリバリ、ジェンダー議論に興味をもち、上野千鶴子の本も何冊も入手したにもかかわらずである。

 

会社では、28人のエンジニアのうち、女性はわたしを含む2人しかいなく、そのもうひとりは取締役でグループリーダーをやっているけれど、そのことについてもあまり気にしたことがなかった。

もちろん、仕事で性差を感じることはよくある。特に今のプロジェクトはエンジン関係とプラクティカルで力仕事も多く、男手が必要になることが頻繁にある。今日も急きょ25kgの化学薬品が必要になり、北シェランの某会社までピックアップしにいったが、そこでも誰かに頼んでわたしの車に積んでもらい、職場に着いてからは同僚をつかまえて運んでもらった。つい先日もエンジンからネジを取り除きたいのにできなくて、それもお願いした。

ちなみに、そのリーダーはわたし以上にそういう作業系の仕事ができないタイプである。そのかわり、彼女はマネージメントの能力が誰よりも優れている。

だからもちろん、性別によって得意不得意の傾向があるのは否めないが、それはあくまでも個性のひとつであって、男女でどちらが優位かと決められることではない。

圧倒的に女性が少ない世界ではあるので、男性向きの仕事であることは認める。でも、自分が女だからといって卑屈になったことはない。

 

わたしが島根でジェンダー論に嵌っていたのは、男と同じようにはできなくても、同じくらいがんばっても認めてくれない悔しさが根底にあったからだと思う。

確かに、仕事の面では全然キャリアを築いてなかったけれど、そのかわり育児や家事に励み、子育てのワークショップにも参加したり、わたしなりに育児を模索してがんばっていたけれど、子供を育てることは当たり前のことでそれ以上でもそれ以下でもないと見られていたことに忸怩たる思いがあった。

 

それに対してデンマークでは、職場でもヒエラルキーがなく、教授だから偉いとかないし、もちろん男女差別もない。そして、育児も仕事と同じくらい重要とみなされ、男性でも子供のためにバンバン休むし、エリートのひとでも子供関係のイベントに積極的に参加する。保護者会は半分は父親だし、バレーボールの保護者会は父親のほうが多いほど。娘のバレーボールチームの保護者代表は、エリート男性で、仕事も忙しそうなのに、バレーボール関係でも相当エネルギーを費やしてくれている。

男女で視点も違うし、むしろ保護者会でいい塩梅で男女混ざるのはいいなぁと思う。

そう、男女で違うのは当たり前。重要なのは、その違いを認め、尊重しあうことだと思う。

 

うーん、このあたりのことを次のデンマーク語のエッセイで書くべきかもしれない。

2014-09-01 19:42:12

大雨

テーマ:デンマーク事情

今朝給料明細書をチェックしたら、手取りが700kr増えていたのでよくよく見てみると、税金控除額が従来の4900krから6700kr1800krも上がっており、いったい何が起きたのかと税務局のサイトで調べてみたところ、今年7月に、特別子供手当を受給しているシングルペアレンツは、特別税金控除がつくことになったとのこと。

どうも、労働者を優遇した税制改革の一環で、ほかにもトップ税の対象額の引き上げや、一般控除額の引き上げなども導入されたらしい。しかし、もっとも影響が大きいのはわたしを含めたシングルペアレンツである労働者である。離婚して引っ越して経済的に独立した直後にこの新しい法律ができたのはありがたいことである。

 

*******************

 

昨日、またまたコペンハーゲンで洪水が起きた。

大雨が降ったのは日曜日の午前2時ころから。確かに寝ているときに雨音がうるさいとは思っていたが、まさかそれほど深刻とも思わず、朝FBをチェックしたら、夜会う予定になっているひと2人から、

「電車が止まっているようです。」

「コペンハーゲンは浸水被害も出ているようです。」

とメッセージが入っており、あわててニュースサイトをチェックしたら、確かに洪水が起きているような写真が目に入り、さらに交通サイトをチェックすると、確かに電車は止まっていて、道路も一部寸断されているため、バスも迂回路を通っているとのこと。

朝は車で教会に行くつもりだったが、様子をみるために長靴にレインジャケットを来て歩いていったところ、Lyngbyはまったく洪水になっているところはなく、電車も一部は動いているようであった。

 

昨日の夜は、もともと大学に一年間だけいらっしゃった日本人の方がヨーロッパ出張のついでに大学に訪問しにデンマークに寄られるということで、大学の日本人研究者が集まって食事をすることになっていたのだった。

アレンジしたのはわたしなので、キャンセルの判断をするべきかと考えたが、そのお客さんはその大学関係者のひとりのところで滞在すると聞いていたので、その方の奥さんに電話してみたところ、なんとお客さんが来られるのはこの日だという。

しかも、ちょうどそのひとからメッセージが入り、今コペンハーゲンに着いて、駅周辺をぶらぶらしているとのこと。

だとすると、少なくとも彼をピックアップするためにコペンハーゲンに行くしかない。しかも、直接連絡する術がないから、待ち合わせ時間場所そのままで行かなければならない。

で、レストランに電話したところ、通常どおり営業しているという。なので、約束したとおり行くことになったのだった。

 

かなり早めに出ればなんとかなるだろうと、いつもは40分くらいしかからないところを1時間半も前に出て、とりあえずLyngbyで電車に乗った。HellerupOesterport間は不通で代替バスに乗るつもりだったが、車内アナウンスで環状ラインに乗って迂回することもできると言っていたので、むしろ電車のみのほうが確実かもしれないと翻意し、急きょFラインでDanshoejまで行き、再びBラインに乗って中央駅に行くことにしたのだった。

Danshoej17分も待たされ、Valbyでも信号待ちがあったが、かなり余裕もってレストランに到着したのだった。かれこれ1時間ちょっとくらいであっただろうか。

時間になって、お客さんと、スウェーデン在住の子と合流。なんと、マルメではコペンハーゲン以上に洪水被害が大きく、バスは全線で運休、その子自身も危うく車を水没するところだったとのこと。車を出そうとしたら、水没している車を発見したため、そのまま引き返したが、もしその車がなかったらそのままつっこんでいったであろうと。しかし、デンンマーク行きの電車は問題なく動いていて、自宅から駅まで歩くのがちょっと大変だったが、コペンハーゲンまで来るのは容易だったという。

そして、わたしと同じ方面に住む夫婦は30分遅れで到着したが、電車が動いていないと思い、すべてバスだけで来たものの、ただでさえ遅れているのに迂回迂回でさらに時間がかかったそうである。

 

日本人からすると、なんと水はけの悪いところだと思うが、やはり降水量の多い日本では、都市部に雨水タンクが地下に設置されているらしく、1時間70ミリまで問題がないようになっているとか。それに対して、降水量が少なく、台風も滅多にこないデンマークではそんなものがあるわけないので、ちょっとした大雨であっというまに水がたまってしまうそうである。

 

そのお客さんの事情がなければキャンセルにするべきだったかもしれないが(やはり交通マヒを懸念して補習校の運動会は中止になったそうである。)、無理矢理にでも集まってよかった。

研究者同士、やはりオタク、、というか、風変わりなネタが多く面白い。

わたしがアジアで人口が多いのは、コメの食文化のおかげでは、と言ったら、いやいやライ麦パンもそれに匹敵するカロリーはある、、、と議論は白熱し、結局は日本であれだけの人口を保持できるのも、いい水があるから。そしてそれは、肥えた土壌のある山があって、豊かな山林があるから、水がたくさん生産されるんだ、一見80%も山林があって住む場所にも乏しい厳しい国土のようでありながら、実はそれこそが豊かな資源なんだ、という結論に落ち着いた。

2014-05-15 05:11:13

社会情勢と出張

テーマ:デンマーク事情

週末ゆっくりする時間があったので新聞を買ってお茶しにいったのと、昨日今日とオーフスに出張した際行き帰りの電車の中で新聞を読みこみ、久しぶりに社会情勢について認識を得たのだが、最近はウクライナのことと、間近に迫っているEU議会選挙の話題でもちきりである。

 

土曜日にあったユーロビジョンコンサートで、ロシアに投票する国に対してブーイングが起き、そこまでロシアがヨーロッパで顰蹙の対象になっているとは知らなかったが、翌々日の月曜日には東ウクライナの2州で独立選挙があった。圧倒的多数で独立に可決されたが、早速EUは、関係者61人に対しEUへの立ち入り禁止を発令した。

まぁ、嫌悪されているのは、ウクライナのことだけでなく、去年、女装オーストリア人男性が大会に出ると決まったときに、まずベラルーシでデモが起き、そののち12月にロシアでホモセクシャルに対するデモが起きたことから、反感を買ったことも大きいようだが。土曜日にコペンハーゲンに出たときに、やたらレインボーの旗を見かけたのもそのためであったらしい。

でもその騒動が手伝ったのもあったのか?それとも純粋に歌がよかったからなのか?そのオーストリア人ひげ美人は優勝した。わたしの場合、あまりにも見た目のインパクトがありすぎて、彼女(彼?)の歌をあまり記憶していない。

ユーロビジョンは、そもそも歌そのものよりも、国によって異なるパフォーマンスをみるのが楽しいが。

 

EU議会選挙については、つい最近育児手当のことで国会が揉めたことで、デンマークの福祉の保護がテーマになっている。

わたしも知らなかったのだが、EU国からデンマークに引っ越したひとは、最初の2年間育児手当を給付されないというルールがあったそうだ。デンマーク人でさえ、ほかのEU国から戻ってきてから2年間もらえなかったそうである。しかし、1年前にEUコミッションから違法だとクレームがついたため、政府はそのルールを撤回することを決めたのである。

もともと、ビザなしで自由に移住可能なEU国人がデンマークの福祉制度を好きに利用するのを排除するためのルールであり、ベンスタと保守党とELは政府の決定に待ったをかけ、ルールの維持を議案にかけ、過半数を得たにもかかわらず、「それでもEUに逆らうことはできないから。」と政府はその議決を撤回したのだった。

 

確かに、ビザがいらないなら働く必要もないし、住所登録だけして不正に給付を受けることも可能だろう。しかし、給付を受けていないEU人は2400人とかで意外と多くないそうである。

ちなみに、税金から賄われ掛け金なしの国民年金は、15歳以降に40年以上住んで満額給付されることになっている。40年に満たない場合はその年数によって額が決まるようである。満額だと、独り身で税引き前12000krだが、年金目当てのデンマーク移住は難しい。

 

わたしもその恩恵を受けている身。移住してからずっと普通の児童手当の給付を受けているが、さらに今のアパートに引っ越してすぐに申請したシングルマザー向けの特別育児手当の審査が通り、7月から受給されることになった。

対象となるのは、未成年の子供の親権をもっている独身者。(婚姻していなくても同居しているひとがいればその対象から外れる。)さらにその子供と同居している場合には倍額が支給される。

何かと物入りで、最近も車検で10000krの請求がきたばかりな上、もうすぐ車の保険の引き落としも控えている身としては、そう多くはないもののエキストラの手当金はありがたい。

ただし、自動的に給付される児童手当とは異なり、この特別給付は自らサイトにアクセスして申請しなければならない。デンマークに移住して2年近く受給資格があったのに、前夫に言われるまで知らなくて受け取っていなかった。それで申請をし、夫の住所に移すまで給付を受けていたが、その経験がなければ、今回も申請しないままだったかもしれない。

 

オーフスでのプロジェクトミーティングは疲れたけれど収穫も大きかった。

わたしが懸念していたことは実はあまり問題ではなかったことがわかったし、実際の試験システムをみて新たな提案をすることもできた。

また、あるパートナーとずっと揉めていたことも、別のひとのアイデアで新たな道を見出すこともできた。とりあえずわたしの提案と、また別の提案と二本走らすことで合意に至った。

あと、プロジェクトはいろんなパートで成り立っているのですべてを理解するのは難しいけれど、やっぱりもっと勉強しなければ、、と思った。

来月に控えている学会でその部分についても話さなければならないし、いずれにしても勉強からは避けられない。

収穫もあったけれど、同時にわたし自身への宿題もたくさん持ち帰ってきた出張だった。

2014-02-04 06:15:22

デンマーク政権再組閣

テーマ:デンマーク事情

今日、デンマーク政府は、社会人民党(SF)の連立政権脱退に伴い、新しく組閣された。

 

2011年の総選挙で社会民主党を主とする赤連合が政権をとる以前からSF党の凋落は目に余るもので、連立政権に入りながら党としては7議席を失い、選挙前から社会民主党とアライアンスを組んでいたにもかかわらず、議席を伸ばしたラディケーレ党の影響力に負け、存在感は乏しいままであった。2012年に党首がVilly SoevndahlからAnette Vilhelmsenに代わったが、何も変わらなかった。

結局、SFはかなり左寄りの党であるにもかかわらず、現政権になってからラディケーレの影響でむしろリベラル寄りの福祉締め付けの政策になったため、支持者から相当の批判を受けてきたのである。

そして今回、政府がデンマークの国営電力会社Dong Energyの所有株の26%を売却する提案をし、その案を支持するかどうかでSF党内で揉めに揉め、副党首が辞めるなど党が解散状態になってしまい、その結果政権からの脱退宣言となったのである。

 

そもそも、Dong Energyの民営化は2004年にリベラル政権とラディケーレ、デンマーク国民党間ですでに合意がされていたが、2008年の経済危機で頓挫した。

しかし去年、Dong Energyが再生可能エネルギー事業強化のために増資をしたいが国には負担させないという意向から、現政権と旧政権、デンマーク国民党間で株の一部売却について合意がされたのである。

 

世論によると、デンマーク人の8割が株売却には不賛成であるとし、20万人が反対署名に参加したという。

売却案では、株の19%をアメリカの投資銀行Goldman Sachsに、5%をATP(労働市場付加年金機構)に、2%をPFA(年金保険株式会社)に売るとしているが、売却の際の株価が経済危機前の3分の1近くと著しく低いことと、Goldman Sachsが外国移転で課税免除されることを認めるとしており、かなり問題視されている。

 

しかしつくづく思うのは、決して過半数に達さないデンマーク政権は、なんだかんだ与党以外の意見も取り入れられ、バランスのとれた政策になりやすいと思っていたけれど、逆に言えば、結局どの政権になろうとも、それほど変わらず、赤でも青でもなく、右でも左でもない、いつでも中庸な政策になるのか、と。

この電力会社民営化の話も、もともとはリベラル政権のときにあがったもので、政権が変わった今になって実現するのもなんだか妙である。

そういう意味で、かなり左寄りのSFが、なんとでも言える野党としてならともかく、なまじ影響を及ぼすことのできる与党として生き残るのはかなり難しかったのだろうと思われる。

 

それにしても、一大国家事業であるエネルギー関連の電力会社一部民営化で一体どうなるのか、、

2014-02-02 05:17:56

送別会とヤンテ法

テーマ:デンマーク事情

わたしが好きだった同僚がついに金曜日大学を去り、木曜日にはガールズランチ、金曜日の夜には送別ディナーがあり参加してきた。

彼女がうちの学科にプロジェクト生としてきたのは6年くらい前になるであろうか。

とてもはきはきしていて、誰とでも仲良く話すことができ、最悪だった学科の雰囲気を彼女が変えたといっても過言ではない。

わたしが今の会社に入社したころ、大学の職場の雰囲気はとても悪く、チームビルディングのワークショップを企画したり、リーダーも立て直すために模索していた。

 

おそらくは、学科内にまったく異なるグループが混在している中で、教授同志だけでなく、その下のスタッフも互いに交りあえてなかったことが原因だったのだろう。

職場内でもまったく交流がなかったわけではないが、あくまでも親しいもの同志だけ。

それを彼女は、サッカー、駅伝、金曜日バー、バーベキューなど、一部のスタッフだけではなく、職場全員に誘いのよびかけをするようになり、スタッフ同志の交流の範囲を一気に広げ、職場に風穴をあけるようになったのである。

わたしも彼女のおかげで、同僚とハングアウトする機会が増えた。

 

ガールズランチでその話になり、わたしが11年前大学に入ったときには、ほとんどデンマーク人スタッフで、数少ない外国人スタッフでさえデンマーク語が流暢なひとばかりだったから、なおのこと輪に入っていくのが難しかったというと、外国人がデンマーク社会に入っていくことの難しさとして、デンマーク人の特徴をよく言い表したヤンテ法の話になった。

 

ヤンテ法とは、ノルウェー人によって書かれた、デンマークの小さな村を舞台にした小説の中にある10のルールである。

1 自分を何か特別と思ってはいけない。

2 自分をほかのひとと同じくらいいいひとと思ってはいけない。

3 自分をほかのひとよりも賢いと思ってはいけない。

4 自分がほかのひとよりも優れていると思いこんではいけない。

5 自分がほかのひとよりもよく知っていると思ってはいけない。

6 自分がほかのひとよりも大切なひとと思ってはいけない。

7 自分が何かに優れていると思ってはいけない。

8 ほかのひとを笑ってはいけない。

9 ほかのひとが自分を気にしてくれていると考えてはいけない。

10 ほかのひとになにか教えられることがあると思ってはいけない。

 

徐々に変わってきているそうだが、いやいや今でもかなりデンマーク人を言い当てていると思う。

ひとをアテにしていないし、ひとによく思われたいと思ってないし、自分をひとよりも上とも下とも思っていない。そしてひとに教えてあげようという気もあまりない。

自分は自分、ひとはひとと割り切っているので、干渉もしないけど、必要以上に関わることもない。

なので、普段廊下ですれ違っても視線すら合わせないのに、実際に話しかけると実はいいひとだった、というパターンも数多くある。職場でもそうだし、娘の保護者との交流でも最初は入る隙もないと怖気づいていたのに、実際は優しいひとばかりということがだんだんわかってきた。

 

しかしわたしは、このヤンテ法が好きで、わたしもこうありたいと思っている。

ひとはそれぞれ違っていて、異なる役割をもっており、いちいち順位をつけたり、上位関係をつくることにはなんの意味もない。リーダーは「偉いひと」というわけではなく、組織をマネージメントする立場であって、組織の中にいるひとはそれぞれの仕事を遂行する責任を負っており、リーダーに対して対等に意見を言う権利と義務をもっている。

 

それに、ひとそれぞれ独立した人間ととらえているから、逆に尊重しあえているように思う。

ひとはみんな違う事情をもっているのだから、期待が外れても別に失望しないし、自分の思い通りにしようとしない。

先生が勝手に3週間休暇をとろうが、保護者は懸念を示しながら、決して先生を非難しないのにはむしろ驚かされた。

 

(しかし逆に、そのせいなのか?ハンドボールでもデンマークチームにこれというカリスマ的存在がいない。スターのMikkel Hansenですら、ものすごく謙虚な性格で有名で、それがいざというときには災いし、ずうずうしく「俺がやったる」という意気込みに欠け総崩れを起こすということにもなるのだが。その点、フランスのKarabaticやスペインのCanellasなどはいつでも堂々としている感じ。)

 

まぁ、だからこそ、「まとまろう」と意図的にいろいろアレンジしないと、みんなそれぞれ我が道つっぱしるだけで、何の交流もなくて雰囲気が悪いまま、という危険性もあるわけで。娘のクラスの保護者には幸い積極的なタイプがけっこういたので、たとえ表面上のつきあいであっても、最初からまとまっていていい雰囲気だった。

バレーボールでもその雰囲気があり、やはり2月末に保護者会のあとみんなでヒュッゲをする予定である。

職場では、今回退職した彼女こそ、積極的に交わろうと働きかける人物で、雰囲気を一新した。

水曜日に遊びにいった技術者のひとでさえ、わたしたちの職場を恋しく思っているそぶりをみせてくらいだ。

 

ディナーも彼女の明るさのおかげで終始ヒュゲリないい時間だった。

2013-12-18 05:44:30

Fjernvarme工事

テーマ:デンマーク事情

fjernvarme1

 

引っ越しが正式に決まった今になって、我が家の地域でfjernvarmeの工事が始まった。

この家に来てから6年半、ずっと待ち望んでいたというのに、この家を去る直後に来るとはなんとも皮肉なタイミングである。 

我が家の個人ボイラーの威力の弱さには辟易するばかりで、湯船がないどころか、シャワーのお湯が10分でぬるくために、シャワーで暖まることさえできないというさみしさであった。

熱いお湯が苦手なデンマーク人にとってはちょうどいいのかもしれないが、ぬるいお湯では物足りないと感じる日本人のわたしにとっては、fjernvarmeへの切望は大きかった。

それなのに、よりによってこのタイミングで工事が始まるとは。おまけに、作業が始まってしまうと、我が家から車が出しにくくなるという不便さえ受け入れなければならない。一度、トラックに閉じ込められ、物資搬入が終わるまで数分待たされた。

しかし、それはそれで興味深く、昼休みにわざわざ自宅に戻って工事見学をしている。工場見学も好きだが、こういう作業を眺めるのは楽しい。

 

地域の巨大熱源から各家庭に温水が送られるというFjernvarmeのシステム自体が興味深い。

日本では北海道の一部都市にあるのみで、あまり馴染みがないからである。

寒冷地である東北など導入させてもいいと思うのだが、家の構造上セントラルヒーティングは適さないそうである。豪雪地帯に住む友人などは、比較的熱効率の高い薪ストーブで暖をとるが、それも煤で煙突が詰まってしまうため23か月しかもたず、最終的には石油ストーブを使わざるを得ないそうで、局地的にしか暖まらないので団子虫のようないでたちになるとか。

デンマークでは、fjernvarmeどころか天然ガスラインがないところでさえ、巨大石油タンクを設置し、やはり個別ボイラーの一軒家セントラルヒーティングである。まぁ、コストは莫大らしいが。

ちなみに、天然ガスはfjernvarmeに比べて暖房費が1015%高く、なんと石油の場合は倍近くもかかるそうである。天然ガスである我が家でさえ年間50万円くらいかかるというのに、石油だとどのくらいかかるのだろうか。

 

Fjernvarmeは、熱損失とエネルギー損失が小さい上、エネルギー源を選ぶこともできる。余った電力を使うことも可能である。

巨大ボイラー設置とパイプライン網の設置など膨大な初期投資がかかるものの、CO2排出量が小さいということで、今後さらに大きくなるとされる環境コストのことを考慮してさらなる導入を2008年から検討されていたらしい。

なんでも、CO2排出料が、2012年に47kr/tonだったのが2032年には227kr/tonになる見込みで、5倍も高くなるのなら、今投資コストをかけてもfjernvarmeを、ということなのだろう。

 

地熱をセントラルヒーティングの熱源として利用されているアイスランドで、やはり巨大の送水ラインパイプ群をみるのは壮観であったが、そこまでの規模はないにせよ、fjernvarmeの温水パイプを間近で眺めるのは面白い。

 


fjernvarme2
断熱材にくるまれた送水パイプ。意外と断熱層は厚くない。


fjernvarme3
パイプを設置するところ。まずは地面を掘って、板で端を固定し、砂利をしいてからパイプを導入。

2013-11-21 23:08:30

お金の遣い方

テーマ:デンマーク事情

本当に超忙しい。

昨日帰化申請しようと大学の近くの警察にいったら移転していて、挙句に移転先にも行ったら水曜日は休みという。。事前に調べておかなかったわたしの落ち度ではあるが、ほかの曜日ですら午前中しか開いてないということもまったく予想していなかった。

来週の銀行のミーティングもそうだが、結局そういうプライベートの用事も普通に勤務時間中にあるので、そのかわり週末にある試験をしたりと、今のわたしの生活は完全にプライベートと仕事とのミックスになっている。

火曜日も、夕方用事があったので、市政選挙はランチ時に行き、また仕事に戻って夕方まで働き、用事をすませてそのまま夕飯をすませ、夜また大学に戻った。

 

昨日は友達のところに泊まりに行ったのだが、ご主人の話がまた興味深かった。

今のわたしは完全アパートのことで頭が占められているが、今回もまたローンのことについて聞くと、彼は変動利息の元金返済なしという、超安いローンで借りているらしい。いわばほぼタダで家に住んでいるものだとか。

しかも1年変動利息を選択していて毎年返済プランを変えることができるので、利息の変動にすぐ対応できるという利点がある。ただし、プランを変えるときには、銀行に15000krとか払わなければならない。まぁ、借りている額とか、内容によっても値段は異なるらしいが。

また、ある部分をリノベーションしたが、その費用もローンの上乗せで賄ったらしい。

わたしの同僚も屋根の修繕に100000krだかかかったが、やはり現金払いではなく、現行のローンに追加という形で銀行からお金を借りたと聞いていたが、どうもデンマーク人はそういうふうにして車を買ったり、キッチンをリノベーションすることが一般的だとか。

同僚と話しても感じたことではあるが、友達のご主人と話して改めてデンマーク人とのメンタリティの違いを実感した。

 

以前銀行とミーティングしたときに言われたが、「こんなに現金をもっていてどうするんですか?」と。

どんどんインフレがすすんでいるのに、価値が上がらない現金をたくさん手元に置いていてもかえって損しているという考え方である。

それよりも、今使うものに投資したほうがいい。車も周期さえ短くすればそれなりに売ることができるが、住居などは時間を経てもそれなりの価値を維持する。今現在利用でき、なおかつそのもの自体が財産となるのである。

 

わたしは、両親がとにかくお金を貯めこむ主義で家でさえローンせずに現金一括払いで購入したほどなので、借金してまで買うという感覚がなく、車のような小さなものもローンして買うというデンマーク人の考え方に驚かされた。

どうりで、平気で300万、400万円する車を買い、なおかつセカンドカーまで買う家が増えているわけである。お金がなくても、お金を遣うのである。

日本などお金があっても、遣わないひとが多いというのに。現金として眠っている資産が莫大にあるという話だが、デフレになるはずである。

 

将来の不安があってお金を貯めておくのだし、借金すると利息分を払わなければならないから結局は高くなるという理屈もある。

けれども、あまりにも将来のことを考えたり、どれだけ損するかどうかを考えるばかりに、今の生活を制限しすぎてしまうのもどうかなぁ、、と思う。やっぱり今を充実させたいとも思う。

このタイミングでのドイツ行きは痛い出費ではあったが、やっぱり念願のブンデスリーガ・ハンドボール観戦には感動させられ行ってよかった。そしてまた1月にヨーロッパ選手権観戦があり、第二ラウンド戦、準決勝、決勝と400km離れたヘアニングへの3度の往復でこれまたそれなりの出費になるが、またとない国際大会の決勝戦観戦を楽しみたいと思う。

そしてこの週末には娘がバレーボールの泊りがけのイベントに参加したが、娘はとても楽しんできたようだ。お金はかかっても娘に関する経費をケチりたくないと思う。

 

最近、離婚を機に、いろんなひとと生活に対する考え方を話して考えさせられている。

なかなか興味深い。

[PR]気になるキーワード

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>