これからのキャリア&ビジネス書

元アマゾンのカリスマバイヤーで、現在は人気メルマガ「ビジネスブックマラソン」編集長。NHKラジオ「入門ビジネス英語」の連載や「ラジオNIKKEI」でも活躍中の土井英司が、これからのキャリア&読むべきビジネス書を指南。


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こんにちは、土井英司です。

 

メキシコシティでスリに遭って、

スマートフォンをなくしたことをFacebookでお伝えしました。

 

ご心配おかけしたので、せめてものお詫びに、

そこで得られたことを書いておきます。

 

まず、第一段階。スマートフォンをなくすと、なくしたことの不便・不都合を考えます。写真が撮れない、wi-fiにつないで調べ物ができない、LINEの無料通話ができない、などです。海外にいるので、この思いはとても強くなります。

 

第二段階では、なくしても意外と支障がないなと思い始めます。まあ、どんなものもなくてはならないなんてものはないですし、なくてもそれなりに楽しめるからです。ここで、いかに自分が携帯に依存している生活をしていたかを考えます。

 

そして第三段階になると、なくしたことによって得られるものに気づきます。土井の場合、最も大きかったのは、言語を取り戻したことでした。具体的に、それに気づいたシーンについて振り返りましょう。

 

土井は初日、たまたまコヨアカン植物園(Viveros de Coyoacan)の側に宿を取りました。ここは、メキシコを代表する女流画家、フリーダ・カーロ(1907-1954)の家を公開したフリーダ・カーロ博物館(Museo Frida Kahlo)があるところ。別名「青の家」とも呼ばれる彼女の家の青の壁に沿って、並んでいる時、いろいろと考えたことをお伝えします。

 

余裕を持って、近隣の博物館をひと通り見る予定が、ホテルでNTTドコモのサービス停止手続きなどをしているうちに、時間ギリギリ。青の家に着いたのは17:00でした。博物館の閉館時間は17:45ですから、まだ時間があります。ただし、誤算がありました。フリーダ・カーロの家は、私邸としては大きいですが、たくさん訪れる観光客をさばくには十分ではなく、入れ替えのために入場制限をしているのです。そのため、青の壁に沿って、大行列ができていたのです。

 

列の最後に加わると、親切なメキシコ人男性が英語で教えてくれました。「ここに並んでいればいいよ。もしかしたら入れないかもしれないけれど、可能性はあるから」。そう、そこに並んでいた十数人は、その可能性に賭けていたのでした。

 

僕らの前に、陸上競技のハードルのような小さなゲートを持った管理人のおじさんがいて、あたかも「これ以降は入れないよ」と言っているかのようでした。

 

途中、英語を話していたヨーロッパ人3人が抜け、いよいよ閉館時間が迫った時、おじさんは僕らを手招きして、ゲートの前に入れてくれたのでした。僕は、最後から3人目でした。

 

並びながら「入れないかもしれない。なんて運が悪いんだ」と思っていた時は、漆黒に

近かった青の壁が、入れるとわかった瞬間に、明るい青に変わったのです。夕刻に向かって外は暗くなる一方ですから、おかしな話です。

 

土井は忘れていました。ビジュアル表現とは、色や形だけではない。それを見る人間の心情も含むのだということを。

 

前回のヨーロッパ旅では、美しい風景をスマホのカメラで撮りまくって、片っ端から

instagramにアップしました。たくさん「いいね!」もいただき、調子に乗っていました。言葉の仕事についているのに、明らかに、言葉を軽視していたのです。

 

もちろん、ビジュアルは大事です。最近は特にビジュアル系の方とのお付き合いも増えていて、その威力も感じています。土井が伝えたいのは、そうではなく、何かを制限することによって、磨かれる何かがあるということです。そのことを忘れていました。

 

「青の家」に入った後は、「映像なしでフリーダ・カーロの世界をどう伝えようか?」そんなことばかり考えていました。すると、そこに精神的な世界が立ち現れてきたのです。障害を持って生まれた上、深刻なバス事故に遭い、身体に障害が残ったために愛する人との子を流産したフリーダ・カーロ。その後も愛する夫の裏切りと離婚、トロツキーとの恋など、波乱万丈の人生を送った彼女の「痛み」が、いたるところから伝わってきたのです。

 

『事故』や、離婚後描いた『二人のフリーダ』など、その時々の心情を表現した絵。逝去した年に描かれたという『スイカ“生命万歳”』に至るまで(この時、彼女は愛するディエゴと再婚しています)……。

 

彼女の作品は、痛みのなかから生まれてきたのでした。

 

過激な作品と対照的に、芸術的ながらも安らぎのある家。彼女は芸術にも暮らしにも、癒やしを求めていたのかもしれません。

 

「飛ぶための翼を持っていれば、どうして足など必要だろうか?」

 

これは彼女が残した中でも、有名な言葉です。

 

ずっと身体が不自由で、運命にも翻弄されたけれど、彼女の精神が、表現が、彼女に自由を与えたのでした。

 

なくしたことによって得られたもの。それは、フリーダ・カーロの精神に迫ることでした。この感動が得られるなら、スマホぐらいなくしても構わない。そう思えるほど、充実したメキシコシティの初日でした。

 

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