今日は国連が定めた、ネルソン・マンデラの日だそうです
創大通教在学中に、創立者 池田先生が、マンデラ元大統領を通して、メッセージを下さった事がありました。
反アパルトヘイトの闘士で、アフリカ民族会議議長(当時)のマンデラ氏は、通信教育で学士号を取得しており、いわば皆さんの先輩であります。
私がスラリとした長身に不屈の闘志を秘めたマンデラ氏と、東京で初めて会ったのは、今から20年前の事でした。
獄舎1万日。四半世紀を超えた鉄窓の生活。想像を絶する苦闘の日々にもかかわらず、実に穏やかな物腰しで、柔和なシワが刻まれた額の下に輝く炯々たる眼が印象的でした。
マンデラ氏は少年時代に父を失い、親類の大族長に育てられ、やがてフォート・ヘア(原住民)大学へ進学。
政治的目覚めから学生自治会の役員として、大学当局の不当な介入に抗議し、停学処分を受けている。
その時父親代わりの大族長は、氏を自らの後継者にしようとした。
しかし氏は、抑圧された人々の上に立つ事を嫌い、22才で独りヨハネスブルグに旅立ち、人種差別の現実と格闘していく。
法律を学び、寄る辺なき人々の見方になって働きたいとの夢を諦め切れなかったマンデラ氏は、法律事務所で働きながら、まず通信教育で学士号を取得。次いでウィットウォータースランド大学で聴講生として法律を学び始める。
勉学の時間と場所を多忙な日々をこじ開けては、睡魔と闘いながらテキストに向かった。その中でこそ、"アフリカの父"の偉大なる不屈の魂は、鋼の如くに鍛え上げられていったのである。
私との会談の折り氏は語っておられた。
「池田先生のお話を伺い、私達はこの場所を訪れた時よりも、より良き人間になって、ここを去っていく事ができます」
私のことはともかく、この言葉にも、すべてのことから学ぼうとする、氏の真摯な姿勢がにじみ出ていると思えてなりません。
マンデラ元大統領は、獄中で池田名誉会長著作のエッセーを読み、出獄後東京の聖教新聞社を訪れ、名誉会長と会談されました。
南アフリカの大統領に就任後来日した折りに、迎賓館で再び会談されました。
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