隣人13号

まずは「おめでとうございます!」ですね。

今、最も旬な女優だった竹内結子が産休に入るため、
業界では相当ショックを受けている人も多い一方で、
相手の中村獅童って、誰?っていう人も意外にいた。



少し前までは、故・萬屋錦之介という大スターの甥で、
「歌舞伎の人?」という程度の認識しかなかった。
どうやら女形の系統らしい。
しかし、歌舞伎の世界では、まだ半人前の存在。
決して美男子とは言えないイカツイ顔で、
映画の世界において特に強烈な印象を残している
歌舞伎界の異端児だ。


このカップルの出会いは、映画『いま、会いにゆきます』
での共演がキッカケ。でも、実はコレ、まだ見てない。
中村獅童出演作で見ているのは、
CMなどのTV出演や舞台を除くと2本。
映画デビュー作の『ピンポン』と、最近作『隣人13号』。
『ピンポン』ではオーディションで役を勝ち取った。
ドラゴンという強烈な主人公の対戦相手役で
異様な雰囲気を漂わせていたが、
今年3月に公開された(もう公開してないかな?)
『隣人13号』は、その何倍も異様で強烈だ。
普段はおとなしい二重人格の主人公・十三の、
凶暴な一側面のみ独立させた人格を演じている。

小学生の時にイジメに遭った主人公が、二重人格となって
イジメた奴の復讐にくる『隣人13号』は、
サイコホラー(R-15 指定)と言っていいだろう。
イジメた奴は元ヤンキー妻(パフィーの吉村由美)と子供一人
の三人家族でアパート暮らし。建設現場で働いている。
その彼と同じ職場に入り、同じアパートに引っ越してきた十三
は、陰惨な殺人事件を繰り返す。その人格が中村獅童。

イジメに遭って、卒業写真撮影にも間に合わず、
外の枠の中に別撮りで収まっている主人公の
写真へのなぐり書きが、また怖い。

「そんな昔の話をいつまで引きずってんだよ!」
と、いじめた側は主張するが、
イジメられた方は顔の火傷跡とともに一生、
引きずっていくのだ。
そのことがとてもよく描かれている。

日本や韓国などアジアの恐怖映画は、
そうした怨恨が基本にある点で、
欧米のホラー映画とは別の恐さを醸し出す。
だから事実が明らかになっていくにつれ、その恐怖は増す。


(以下、ネタバレあり、注意)

イジメられた奴とは関係のない人間まで殺していく中村獅童に、
途中で「やり過ぎでは?」とも思ったが、
過去のイジメも明らかに「やり過ぎ」だ。

「やり過ぎ」と「やり過ぎ」の応酬には解決の糸口などない。

最後にイジメた奴から「ゴメン」のひと言をついに
引き出した瞬間、壊れていく中村獅童がまた凄い。
そこから急速に過去の出来事が変化していき、
主人公は卒業写真に外の枠内ではなく、
皆と一緒に笑顔で収まるようになるエンディングまで、
井上靖雄監督の演出は実に見事。
しかも、これが初の映画監督作らしい。
今年、見た日本の映画では断トツの出来ばえだ。
総合評価★★★★


というわけで、中村獅童の印象というのは、
一途で異様で強烈。
竹内結子も、あのイカツイ風体の
そんなところにまいったのかな?





タイトル: ピンポン ― 2枚組DTS特別版 (初回生産限定版)



タイトル: いま、会いにゆきます スタンダード・エディション


アミューズソフトエンタテインメント
隣人13号



アミューズソフトエンタテインメント
隣人13号 SANTASTIC ! BOX
AD
デンジャラス・ビューティー2-2サンドラ・ブロック主演・製作で大ヒットした
『デンジャラス・ビューティー』の続編だが、
こんなにコケた続編も珍しいんじゃない?


普通は前作のファンがいるから、内容的に前作を踏襲して、
ちゃんと宣伝すれば前作と同じくらいは稼ぐものだ。
うまくやれば、『ダイ・ハード』や『007』シリーズのように
続編、さらに3作目と稼ぎをどんどん増やしていくことだって
十分できる。
当然、2本目が失敗すれば、パート3はないが……。
『スピード2』がそうだった。主演は……
やっぱりサンドラ・ブロックだった!

もちろん、『スター・ウォーズ』や『ジュラシック・パーク』や
『ハリー・ポッター』のようなスーパー・ヒット作は、
なかなか続編が1作目の興行成績を超えるというのは難しいが、
それにしても興行的に、前作の約半分(50%減)
という落ち込みはあり得ない。

『デンジャラス・ビューティー2』は最終的に
おそらく5000万ドル(といえば、そんなに悪くはない中ヒットぐらいだが、『スター・ウォーズ エピソード3』の公開一日目だけの稼ぎと同じ程度)
にも達しないだろう。

これは内容的な問題以外、考えられない。
見てみると、ちゃんと前作を踏襲していて、
パロディ的にシーンが繰り返されたり、
胸に入れた詰め物が言い争いをしているうちに
どんどん下がって恐ろしいタレ乳になる!
といったような笑えるシーンも結構あるんだけど、
とにかくタッチがマジメじゃない。
前作はマジメに取り組んでいるなかで、
その真剣さが生み出すドタバタだったから面白かった。

それが続編は、「こんなクダらない映画だったっけ?」
という印象で、グタらなさだけパワーアップした感じ。

NG集まで付いているけど、これもクダらなさの印象を
より強固にするだけで、逆効果だったような…。
前作って、NG集なんてあったっけ?

『デンジャラス・ビューティー2』は、
前作の面白かったという印象まで自信がなくなるほどの
コメディになっていた、というのが結論。
コメディは一歩間違えると難しい。

先日、前作はテレビ放映されたみたいですけど、
「まあまあ面白い映画」じゃありませんでしたか?
サンドラ・ブロックのオモシロさがとてもよく出ていた
印象がある。少なくとも総合評価★★★以上
(続編を見たら怖くなって★★★★もつけられなくなった)


続編の方は総合評価★★

間違いなく「パート3」はないでしょう。

でも、最後の学校のシーンだけは良かった。
あのシーンがあったから救われた。
事件を解決して終わりだったら、ホントにつまらなかったと思うよ。





タイトル: デンジャラス・ビューティー デラックス版
AD

sw-yoda



ローリング・ストーンズ初来日の時は「前から11列目」
で狂喜乱舞したけど、大スクリーンを前に「前から4列目」じゃ、
あんまりいい席とは言えないかな?


個人的には映画館でも前の方で見るのが好きなんだけど、
『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』に関して言えば、
あんまり前の方で見ることはオススメしないな。


特にライトセーバーで「ギュイン、ギュイン」とやるような
動きの激しいシーンになると、どうなってんのかよく見えない!
……サミュエル・L・ジャクソンのアクションシーン以外は。
彼の動きはホント、とろい。


『エピソード2』で、ヨーダの動きの速さにはブッ飛んだけど、
サミュエル・L・ジャクソンの最強のジェダイ騎士の動きの

トロさにも、呆れてブッ飛ぶ。
まあ、相手がジジイの皇帝だったせいもあるのかな?

だから、腕もブッ飛ぶんだ…!

おっと、これ以上はネタばれ注意報!!
ストーリーは周知の話なので、そんなに気にしなくてもいいか。
とりあえず、ネタばれ系の話は次回以降、少しずつしていこう。


みんなもそうかも知れないけど、
『スター・ウォーズ』シリーズには、特別の思い入れがある。
最初に見た映画のことは記憶にない。
映画館で最初に見た映画というのも憶えてない。
親と行ったか、誰と行ったか、ぐらいの感じ。
今では、たいがい一人で見ることが多いけど、
初めて「一人」で、映画館で見た映画が
『スター・ウォーズ』(エピソード4)だった。
それだけは鮮明に憶えている。


中学生の時だ。13歳だった。
友達と行く時は学生証を提示して学生料金で見ていたが、
小遣いを節約するため、「学生証なんか提示しなければ、
まだ子供料金で入れるんじゃないかな」と提案したのに、
「そんな何百円かケチってもしょうがない」と友達に却下され、
「じゃあ、一人で行く」と
まだ2階席があった頃の横浜東宝(馬車道)で見た。
実は案の定、チケット売り場のオバサンともめた。
「子供1枚」と言うと、
「学生証を提示しろ」とかオバサンが言うので、
「小学生だから学生証なんかない!」
と言い争いになり、周囲がジロジロ見るので、
結局、向こうが折れた。


やっぱり小学生には見えなかったらしい。
言うまでもなく、次からは学生料金でちゃんと見た。
映画を見るたびに毎回もめてたら面倒だしね。
だから、チケット売り場でもめたのも、
これが最初で最後の体験だ…(当然だよね)


夏の暑い日だった。
大音響の映画館の暗がりから、外に出ると
セミが鳴いていて、頭がクラクラした。


すっかり、遠い昔の遙か宇宙の彼方の世界に
入り込んでいた頭を正常に戻すのに、
エライ時間がかかった。
足元もフラフラして、
どこをどう歩いて家に帰ったのか、
その後の記憶がまったくない。


何度かそういう経験をしたことが今まであるけど、
この時がそんな「浮遊感」の初体験だった。


自分の人生の大半が『スター・ウォーズ』とともに歩んでいる、
そんな映画って、ない。
映画じゃなくても、滅多にない
(自分の人生より長い、007シリーズだけは例外)
……唯一、対抗できるのは小学生の頃からファンだった
阪神ダイガースぐらい。

セパ交流戦だけで使われている黄色のユニフォーム、

ちょうど小学生の頃がアレだったなあ、田淵がいた頃。


ま、何はともあれ、みんな興奮状態。

20世紀FOXのファンファーレが始まり、
ジャーン!
となった瞬間、もう拍手。そこらじゅうで拍手。
映画が終わった時も、また拍手。


最初の時ほどじゃないにしても、
似たような「浮遊感」を今回も感じることができた。
年に数回あるか、ないかの「浮遊感」だ。
やはり足元はフラついていた。
それだけで満腹だった。
「満足感」というより「幸福感」で満腹になる感じ。
決してハッピーエンドじゃないのに、
「幸福」を感じるなんて、おかしいけど事実。


ケチをつけようと思えば、
多分いくらでもケチつけられる映画だろう。
ファンであれば、余計に……。
でも、そんな「浮遊感」と「幸福感」が微細な言葉を忘れさせる。


評価なんて、まだできない。
しばらくは、この幸せにまだ浸らせてください。


タイトル: スター・ウォーズ トリロジー DVD-BOX
AD

sw-anakin



これで本当にオシマイなの!?

……そんな悲しみを忘れさせる無上の悦び。

しかも、こんなに早く見られるとは、なんたる幸せ!


普段のオコナイがいいからだ。
そうとしか考えられない!(ナンテね…)


見たんですよ、ついに!
で、もう終わりなんですよ!


「いちいち興奮して説明せんでも、知っとるわい!」
と言われそうだけど、もちろん、コレ、
約30年越し(!)の『スター・ウォーズ』シリーズ最終作、
『エピソード3/シスの復讐』の話です。


全米では公開初日だけで5000万ドル以上(約60億円)稼ぎ、
公開2日目で1億ドル突破というオープニングの新記録を樹立
(それまでのオープニング記録は『シュレック2』だった)
……さらに、公開4日目で1億5000万ドル突破!
と、記録づくめのスタートで、2週目を待たずして
2億ドル突破の最短記録も目前だ。

公開が木曜(5月19日)だったので、
初日に見ようと会社を休んだサラリーマンも続出したらしく、
この週に企業が被る「生産性低下による損失額は6億ドル以上」
と計算した調査会社まで現れたほど。
実際、「一番」で見ようと何日も前から映画館に
並ぶ人たちの姿が全米各地で取材されている。


見る前からワクワクする映画は数々あれど、
こんなにワクワクすることは、もうないかもしれない。
そう思うと悲しい。
『エピソード1』の予告編を初めて見た時も
ワクワクして、その夜は眠れなかった。
……とても悲しい。

タイトル: スター・ウォーズ エピソードI ファントム・メナス

細かい話(こういう話はディテールを語るとまた面白い)は、
また今度、続報で……。ネタばれしまくりの危険もあるので。


でもね、これだけはハッキリ言える。
「大きなスクリーンで見なきゃ話になんない」



先日、ここで紹介した『13ゴースト』(2001年公開)は、

ホラー映画専門の製作会社として新たに立ち上げられた

ダークキャッスル・エンターテイメントの第2弾になる。




40年以上も前の1960年に公開された同じタイトル作品の

リメイクで、設定だけ同じでストーリーは全然違うらしい

(つまり、見てない……すいません)んだけど、

リメイクされたってことは、それなりに魅力のある

(ホラー好きにはたまらない?)映画なんだろうな、

とは思う。




今のところ4本の作品があるダークキャッスルを創設したのは、

なんと、ロバート・ゼメキス監督と大物プロデューサーの


ジョエル・シルヴァーの二人。




『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズや

『フォレスト・ガンプ』で知られるロバート・ゼメキスが

ホラー映画好きだったというのは意外だよねぇ……。

しかも、最初に製作された2本はホラー好きにしか

知られてないような映画のリメイクだし、

彼が相当なホラー映画マニアであることは、間違いないッ!




実際、ダークキャッスル第1回作品『TATARI』

(オスカー俳優のジェフリー・ラッシュ主演)の

オリジナルは、元精神病院を舞台とした1958年公開

『地獄へつづく部屋』(……初耳の映画だ!)で、

これはまだ、どっちも見てない。

しかも、どっちも評判がよくないらしい。

(マニアックなホラー映画ファンの方、おりましたら

反論も含め、コメントお待ちしています!)




しかし、ダークキャッスルの真価が問われるのは、ここから。

3作目の『ゴーストシップ』からオリジナル作品になる。




『13ゴースト』も前半のほうが怖かったけど、

この幽霊船を舞台にした海洋ホラーも最初のほうが怖い。

っていうか、後半は怖くない。







タイトル: ゴーストシップ 特別版





タイトル: TATARI タタリ コレクターズ・エディション






なにしろオープニングの一瞬の間に起こる、

あの「集団事故死」シーンが強烈(!)

だったからね……最初が最大のヤマ場なの。




恐怖映画としては、極めて珍しいタイプ。

そんな映画、滅多にない!




それって、映画としては失敗なんじゃない?

とも言えるんだけど、ある意味では、

結果的にホラー映画としてはあり得ない構成の

超アバンギャルドな作品になってるってことだ。




それだけでも、総合評価★★★

の価値はある!




実際、前半は完璧にホラー映画の語り口で始まっているのに、

途中からは、どちらかというと「ナゾ解き」サスペンスを軸に

展開していく感じで、さらに後半、「タネあかし」によって

ゴーストの善玉と悪玉がハッキリしてくる頃にはもう、

ほとんど怖くないから落ち着いて見ていられる。




……でもね、この映画には、怖さとは別の

「憂い」や「癒し」の感情が支配していて、

「タネあかし」が進むにつれ、

そうした別の魅力や感情が怖さを凌駕していく話なわけ。

つまり、幽霊船を舞台にしたファンタジー映画。

だから観終わった後も、いや~な気分がまったく残らない。




やっとロバート・ゼメキスの製作会社の映画なんだなあ

という感じがしてきた。




4作目は、オスカーを受賞した直後のハル・ベリー扮する

精神科医が、患者として精神病棟に隔離幽閉される

逆の立場からの恐怖を描いた『ゴシカ』。

これもやっぱり「タネあかし」が進むにつれ、

ホラー・サスペンスに癒し系のファンタジー要素が加わり、

単純に恐怖だけを徹底追求した映画にはなっていない。




『エクソシスト』のタネあかし的な色合いが濃かった

『エクソシスト2』が「憂い」と「癒し」の映画になっていて、

そんなに怖いというホラー映画にはなってないのと同じ。







タイトル: ゴシカ 特別版 〈2枚組〉




いよいよダークキャッスルの色がハッキリしてきた。

ホラー映画の形を借りたファンタジー映画という魅力だ。

共演陣もロバート・ダウニーJr.に、ペネロペ・クルス

と、今までになく豪華で、それ相応にヒットした。

総合評価★★★★(褒め過ぎかな?)




まあ、いずれにしても、結果論だろうが何だろうが、

このダークキャッスル・エンターテイメントの映画って、

意外といいんだよねえ…。それなりに怖くて

(1本目は見てないからわからないけど)

常にそこそこ面白いし、「今回は、ハズしたな」

っていう記憶がない。




決して「怖いもの好き」とか「ゲテモノ好き」といった

マニアックなホラー映画ファンじゃないけど、

娯楽作品として、ある程度の品質が常に保たれている

ダークキャッスルの恐怖映画専門というブランド価値は

確実に定着しつつあるように思う。




ただ、やっぱり秘密が明かされていくにつれて、

(それが納得できるものであろうとなかろうと)

怖くなくなるのは欧米のホラー映画のパターンで、

恐怖を全面に売り出すタイプの欧米映画では、

『ブレアウィッチ・プロジェクト』の如く

ワケがわからない結末の話になりがちだ。




ところが東洋のホラー映画では、これがなぜか逆になる。

秘密が明かされていくと恐怖が増すのだ。

次はそんな話をしてみよう。

最近、またルービック・キューブって復活したんですか?


もう先月の話になるけど、
比較的車内がすいていた午後のある日、地下鉄に乗っていたら、
脇目もふらずルービック・キューブに夢中になっている人を発見した。
しかも、眼鏡の奥で怪しい薄笑いを浮かべて……。


ずいぶん昔にルービック・キューブが流行った時は、
そこら中でやってる人を見たけど、
ここ十数年もの間、あまり公共の場で興じている人を
見たことがなかったもんだから、


「懐かしい!」


というより、何か怖いもの感じた。


目が合ったら、どうしようかと思った。


なぜかというと、なんと彼はヨダレを垂らしながら、
薄笑いを浮かべ、忙しく手を動かしていたからだ。


20代ぐらいの秋葉原系といった感じの青年だったが、
ルービック・キューブを動かすのに夢中で、
ヨダレにはまったく気づいていないらしく、
そうのち、ヨダレは次第に長く垂れ下がっていった。


でも、さすがにルービック・キューブのところまで
ヨダレが到達すれば、気づくだろうと思った。


ところが、ヨダレはルービック・キューブを通りすぎ、
ベルトのあたりまで到達しそうに揺れていた!


あの弾力は、ヨダレじゃない! 鼻水だ。
鼻水が唇にたまって、ヨダレのように垂れていたのだ。


もう目が点になった。


周りを見渡したが、みんなそれに気づいているのか、
気づいていないのか、誰も気にしている様子はない。
自分一人が、
気になって、
気になって、
気になっているうち、どんどんそのヨダレのような鼻水は
長く、
長く、
長く垂れ下がり、ついには両脚の間に到達し、
電車の揺れに合わせて、
ゆ~らゆら、
ゆ~らゆら、
ゆ~らゆらと揺れていた。


なんで気づかないのだろう……。あり得ない。
もちろん、声をかける勇気などない。


彼は相変わらず、ルービック・キューブに夢中で
忙しく手を動かしている。


薄笑いを浮かべながら…。


もう、間違いなく鼻水は50センチ以上あった。
あまりの鼻水の長さに揺れ幅もゆっくりと
大きく弧を描くようになり、


ズボンにつくのが早いか、
電車の床に着くのが早いか、


どっちか結論が出るまで、片時も目が離せなくなった。


しかし、呆気なく終わりは近づいた。
地下鉄が駅に着いた瞬間、電車がガタンと揺れると、
その長く垂れ下がった鼻水は自らの重みで
途中からスーッと切れて、床に落ちた。


その瞬間、彼はスクッと座席から立ち上がり、
電車を降りていった。


彼は最後まで、鼻水には一切目をやらず、
ルービック・キューブだけを見つめ、
まったく鼻水の存在には気づいてないようだった。


しかし、あんな状態で自分の降りる駅だと
よく気づいたもんだ。


だから人間というのは不思議だ。



急に『キューブ』という映画のことを思い出した。
イメージでドイツ映画かと思っていたら、カナダ映画だった。


なぜか移動する立方体(キューブ)の部屋に迷い込んできた
数人の男女が、なぜそこにいるのか、
そのキューブの世界がなんなのか、
見ている人にも、
彼らにも、
ちっともわからないまま、
どうにもそこから抜け出せず、
いくら移動しても、
また元の部屋に戻ってきたりしてるうち、
次第に一人、
また一人、
と死んでいく、怖い話だ。

タイトル: CUBE キューブ

その世界が何なのか、わからないから余計に怖い。
そうした理解の範疇を超えた存在の恐怖を
欧米の映画はよく題材にする。
『激突!』とか『テキサス・チェーンソー』とか、
ほとんど意味もなく儀式的に襲ってくるような恐怖、
理解不能の恐怖……。


『キューブ2』では、その答えが用意されている。
軍が実験のために作った、どうたら、こうたら……
といった、実にくだらない言い訳みたいなタネあかしだった。
言わなきゃ、ずっと怖かったのに。


タイトル: CUBE2 キューブ 2 特別版

そういう恐怖は、答えがわかった瞬間、
急に恐くなくなってしまう。


『キューブ』は、総合評価★★★★
『キューブ2』は、総合評価★★


それぐらいの差がある。


『13ゴースト』というアメリカ映画も、
途中までは「もうやめてよ」ってぐらい、
ものすごく怖かった。


タイトル: 13ゴースト 絶叫パック

いつまでこの緊張感が続くのかと不安に思っていると、
あっさりタネあかしの瞬間が来る。
『アマデウス』でサリエリをやってた名優(名前忘れた!)が
後半再登場して説明なんか始めちゃうから、
得体の知れない恐怖が一気に消え去り、
ホッと一息つける。
もう、あとはサリエリの身がどうなろうと、
ゴーストに食われようが、何されようが、知ったこっちゃない。
もちろん、楽しめたけどね……総合評価★★★

著者: 日向 咲嗣
タイトル: 払わずもらえる!「国民年金未納」マニュアル


すんごいタイトルの本だなあ、


と、思わず興味が湧いてしまったので
今度、買って読んでみようかと……。


しかも、腰巻きの宣伝文句がまた、すんごい。


「年間16万円の保険料が0円に!
1円も払わずに(将来)年間6ヵ月分の年金がもらえる!!」


って、ホントですか?


詳しい内容は、本の表紙をクリックして見てみてください。



(追伸:たまには、こんなミニ情報もいいですよね?)

いくら井筒監督が『Shall we Dance?』のことを
「嫌い」だの「くだらない」だのとボロカスにけなしたところで、
実害のない一般視聴者は「また、あのオッサン、ホザいてるわ」
と笑って聞き流せる。が、関係者となるとそうはいかないようだ。
モロに実害が及んでくるため、そんな井筒監督の暴言にマジで
激怒している人もいる。少なくとも二人の業界関係者から直接、
チョーお怒りのグチを聞かされたことがある。


あんまり詳しく書くと、その関係者が誰だかわかってしまう
かもしれないのでボカしておくが、一人はベテランの宣伝マン。
「こちトラ自腹じゃ」で宣伝中の映画が相当けなされたらしく、
抗議の手紙を実名の署名入りで書いて送った、と言っていた。


「どんな映画でも、0点はないでしょ。しかも、スタッフの苦労を
知っているはずの同業者が、同じ仕事をしている仲間たちに対して
0点をつけるとは許せない!」と、かなりお怒りの様子だった。


確かに、関係者にとって井筒監督のコメントは芸風とは言え、
ある意味、仲間うちによる裏切り行為的営業妨害ととられても
仕方ない。関係者のお怒りは、ごもっとも……のように思う。


だから、ハリウッド映画はケチョンケチョンにけなす井筒監督も、
こと日本映画に関しては、ややコメントの歯切れが悪い気もする。
やっぱり少しは知り合いが絡んでくるから、なんでしょうか?


もっともテレビ局のスタッフ中心で製作された『踊る大走査線』
に関しては、ケチョンケチョンだったけどね。ただ、まあ実際、
「なんでそんなにヒットしたんだろう」と『踊る大走査線』を
見てみたけど、確かにあまり面白くなっかた(総合評価★★)。

タイトル: 踊る大捜査線 THE MOVIE ~湾岸署史上最悪の3日間!~

しかし、それにしても井筒監督が言うように、主人公の刑事に
「自宅でセンズリ」のシーンが必要だったとは決して思わない。
すべてを見せるのが映画じゃなく、どこを見せるのかによって
何を描きたいのか、決まってくるのが映画ってもんだからね。
織田裕二の「自宅でセンズリ」シーンなんかあったら、
(マニア受けはするかもしれないけど…)
間違いなくヒットしてなかっただろうな。
発言の発想としては面白いけどね。


もう一人、井筒監督への怒りをブチまけていたのは、
監督の下で働いていた若いスタッフだ。
撮影現場で彼は、なんやかんやと細かいことまで相当
監督にどやされまくっていたらしい。それが突然、
自分の幼い娘からかかってきた携帯電話に出た途端、
「元気でちゅか?」というような赤ちゃん言葉になって
ニヤついていた、という監督のあまりの態度の落差に
「ハラワタが煮えくり返った」と話していた。


何がそんなにムカついたのかは現場で一緒に働いていた人にしか
実際問題わからないとは思うが、おそらく撮影現場での監督は、
例の調子で相当スタッフに怒鳴りまくっているんでしょうな。
そんな姿は容易に想像がつく。もう数年前の話だから、
今ではどうだか、よく知らないけど。
井筒監督の罵声や態度に怒っている人は、
決して少なくなさそうだから、
しっぺ返しが来たら、怖いね。

他人の映画評をどうこう言っても始まらないが、

日本の映画監督に限って他人の映画をボロクソ言う人が

やたら多いのは「なぜなんだろう」と、時々思う。

たまたま、そういう意見をよく聞くだけなのかな?

どうも違うような気がする。それにしても、

井筒監督の『Shall we Dance?』評の

あまりに気合入りまくりのクソミソ発言ぶりには、

もう笑ってしまうしかなかった。




もちろん、これはテレ朝の深夜番組『虎ノ門』の人気コーナー

「こちトラ自腹じゃ」での、いつものパターンだから、

井筒監督の芸風と言ってしまえばそれまでなんだけど、

自分が監督した作品へのノーテンキな自画自賛ぶりに比べ、

他人の映画に対してのあまりのクソミソの評価ぶりに

気分が悪くなることも多いので、普段はあまり見てない。

聞いた話によると、『アビエイター』も、オスカー受賞作の

『ビューティフル・マインド』も、0点だったらしい。

前者は見てないので何とも言えないけど、

後者は素直にいい映画だったと思うんだけどなあ…。




まあ、それはどうでもいいんだけど、今回たまたま見た

『Shall we Dance?』評は今までにないほど

「嫌い、くだらない」の連呼で、スタジオの雰囲気も騒然。

付き添いで見ていた女性が映画を見て号泣している隣で、

いつものようにのにアクビ、唸り声の連発。

とにかく、中流の平和的な世界の話自体が「嫌い」らしい。

特にリチャード・ギアの役柄に対しては「こういう男が一番嫌い」

「物語に何も問題が起こらない」「くだらない」……

と、だいたいこんな感じ。要は、自分の主義主張に合わない、

そういうものには一切聞く耳持たない、という自分の主張を

ひたすら喋っているだけで、映画評には当然なっていない。

その強行ぶりに、付き添い女性が自分の評価を喋る暇もなかった。




もちろん、井筒監督は映画評論家じゃないので、

本人の主張を好きに言ってればいいのだが、ここ数年、

井筒監督のようなレベルで映画を評する映画評論家もどきが

非常に増えてきたような気がする。




実際、プロの評論家と言われる人たちにも問題は多いと思う。

かつては、単なる映画好きとプロの評論家の間には、

一線を画すものが厳然としてあったはずだ。そこには

1本の映画について、「数十年から100年にわたる歴史的

スパンのなかで相対的かつ絶対的な価値を目利きできるか」

というような、アカデミックな視点があったと考えている。

ところが、20年前と比べて映画の公開本数が倍増しているから

ということもあるとは思うけど、

目利きできる数に物理的な限界があるため、

例えば、昔の映画をほとんど見ていなくても、

「先取りして見た映画の感想だけを純粋に伝えればオーケー」

という程度の、評論家というよりコメンテーター的な人が

非常に増えているように思う。つまり、これ、

素人となんら変わらないってことだ。




一応、まっとうと思われる映画評論家のおすぎさんは確か、

『Shall we Dance?』のこと、褒めていた。

おすぎさんとは結構、意見がよく合う(と、勝手に自分では

思っている)のだが、かつて井筒監督は、おすぎさんにも

「それは違う」と意見が合わない人に対して自分の主張を

押しつけていた。




しかし今回、一つだけ井筒監督と意見が合った(!) 点もある。

それは、「なんで今の時代に社交ダンスなんや」という部分。

実は、周防監督のオリジナル作品を見た時に、

すでにそのことを感じていた。それでも、

このオリジナル作品は、「面白かった」と思う。

そういう古臭さを差し引いても十分笑えたし、

総合評価★★★★ぐらいあげてもいいと思う。







タイトル: Shall We ダンス? (通常版)




ただ、井筒監督は周防監督のオリジナル作品に対しても、

「見たけど、あまり印象にない」という否定的見解だった。

けどね、少なくとも井筒監督の『ゲロッパ! 』よりは、

ずっと面白かった。井筒監督自身は、

「これ以上の娯楽作品をどうやって作れっていうねん」

と自画自賛していたけど、『ゲロッパ! 』も古臭くて

「どうってことない問題のない映画」だった。

他の日本映画と同様、あまり見たいという気にならない

映画ばかり撮っているのだから、

井筒監督の主張が評論家の意見と合わないことが多い

としても、それは当然と言えるかもしれない。




そもそも映画の絶対的な価値など、

一人ひとりが個々に判断すべき性格のもので、

100人いれば100通りの「好きな映画」があって当然、

という世界なのだ。

だから、みんなで好き勝手なことを言えばいいのだ!

それが楽しい。




今でも相当な数の映画を見ているけど、

問題は相当な数を同時に忘れてしまっていることだ。

まだ見ていない新作映画をチェックするつもりでビデオを借りて

5分もたたないうちに、「これ見たなあ」なんてこともあった。

ところが、ちっともストーリーを憶えていなかったりする。

逆にストーリーや場面場面はハッキリ憶えているのに、

「タイトルが思い出せない」ということもよくある。

最近では出演者の名前も、しょっちゅう出てこない。

ボケるには早すぎるし、これは非常に歯がゆい。

「せめて何を見たのかだけでも記録しておこう」

それがブログを始めた一つの理由でもある。


ところが、それさえできずにいる。

最近、見た新作映画の半分も書けてない。

深く考えないで、とにかく続けよう。




constantine3


毎回長くなってしまうので、今回は一点だけにテーマを絞って

完全ネタバレ・バージョンでお話します。




『コンスタンティン』のストーリーのオチは、

主人公の悪魔払い師(キアヌ・リーブス)が、

「いかに悪魔(地獄へ落ちた天使たちのこと)の企みに対抗し

勝利を得るか」という、

そのアイデアのオモシロさ(西洋人にとっては)に尽きる。

しかも、その方法は本人自身をも地獄から天国へと

救い出すことができる「究極の裏技」として描かれている。




これは西洋人(アメリカ人)の深層心理的な価値判断基準を

考えるうえで、非常に面白い事実にブチ当たる。




まず、その前提となっているキリスト教の考え方で、

一つだけ事前に理解しておかなければならないことがある。

別に難しいことじゃない、たった一つだけだ。それは、

「自殺者は天国へ行けない(地獄に落ちる)」という

絶対的なキマリだ。自殺はキリスト教では問答無用の大罪なのだ。




日本人の自殺者の多さ(交通事故死亡者より多い)は、

精神的な宗教のバックボーンの欠如にあることは間違いないが、

とにかくキリスト教では、どんなに善い行いをしてきた人も、

自殺したらすべてが帳消しになるぐらいの重い罪となり、

地獄へ落ちる。それだけ知っておけば十分。何も難しくない。




かつて自分の宿命に嫌気がさして自殺を図ったコンスタンティンは、

これまでに人間界に入り込もうとした何匹もの悪魔を

残らず地獄へ送り返しているという活躍にも関わらず

(その点で多くの人間に貢献していると本人は思っているようだが)、

前述のキマリから、絶対天国へ行けないという運命にある。




しかも、しょっちゅう地獄の人々や悪魔とは交信していて、

「いずれ死んだら会おうな」ぐらいに悪魔には皮肉られていて、

ホントに地獄が嫌い。でも、自分の運命を知っていて、

天国へ行けるなんて微かな希望も抱いておらず、

完全に諦めているので、寿命が短くなると知りつつ

タバコを吸い続けている。これも、ある種の自殺に近い行為だ。




ところが、最後の戦いのシーンで、主人公は究極の裏技を考えつく。

それは他人を救うために自分が死ぬこと。つまり、これは

「自己犠牲」により他人の罪をすべて被って磔にかけられた

キリストと同じ死に方をすれば、絶対、天国に行けるという

キリスト教の奥義の裏をかいたような考え方だ。なぜなら、

これを否定すると、キリストも地獄へ落ちたことになってしまうからだ。


それほど「自己犠牲」の死とは、西洋人(特にアメリカ人)にとって

最も尊い行為なのだと言っても過言ではないだろう。





タイトル: ポセイドン・アドベンチャー


『ポセイドン・アドベンチャー』の牧師(ジーン・ハックマン)が

自己犠牲により他の皆を救ったのも、キリストと同様の行為といえるし、

『アルマゲドン』のブルース・ウィリスも、古くは名作『シェーン』の

ガンマン(アラン・ラッド)も、この行為一つによってヒーローとして

描かれている。自己犠牲による死の選択は、唯一「自殺=地獄行き」を

覆すほどのパワーをもつ正(プラス)の価値観とみることができる。


ただし、この価値観は、あまりヨーロッパの映画では見られない。

なぜかアメリカ映画の中だけで、昔から好まれてきた題材だ。




この「究極の裏技」が成立することは、頭ではよく理解できる。

しかし、『コンスタンティン』の自己犠牲は、本当に彼女を救いたい

という純粋な気持ちだけで死を選んだのか、というと少し違う気がする。

むしろ、悪魔との戦い(ある種のゲーム感覚)で勝つための方法として

理論的に成立する裏技をとっさに思いついてやった、

という作為的な「自己犠牲」に近い。

それを神が画一的に判断し、彼に天国への扉を開く

(実はその後、悪魔に引っ張り返されて天国へ行けず生き返る)

というストーリー上のドンデン返しは、あまりに底が浅い。




面白い話だとは思うけど、身勝手な自己犠牲は時として

周囲から見ると、決して気持ちのいいものではない。




『コンスタンティン』の自己犠牲がまったく感動的でないのは、

あまりにゲーム感覚的な勝利のための行為にしか見えないからだ。

もともとコミックだからね、底が浅くても、

理論上のストーリー展開のアイデアに「なるほどね」と

納得して諦めるしかない。つまらない映画じゃないよ、

でも感動はしない。総合評価★★★は、妥当だと思う。




神については、友達のmochaが専門家なので、

ここは一つ、長文のコメントをいただきたいと思う。

どうですか? 

「神様評論家」のmochaとしては……。