1. 菩提樹の森
テーマ:彼のこと
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私たちはそのことについて話したことは無い。話せなかったからではなくて、話してはいけないことだからだ。私たちが一緒にいるためにはそのことについて話してはいけなかったからだ。
一緒にいる、という表現もすこしおかしいかもしれない。私たちは友達だったけれど、いつでも一緒にいたわけではない。週に一度、仕事の関係で会っていたに過ぎないから。それ以外で会ったことは数えるほどしかない。それも、二人で会う、とかそういったことではなく。仕事がらみの用事で会うか、そうでなければ、仲間で飲みに行くときに会っていた。
それでも、時折、肩をたたかれたりするときに、はっとすることがあった。ふっと顔を上げて、目が逢ったときに、冷たい空気をいきなり吸い込んだような気がすることもあった。何気なく冗談を飛ばしながら、彼の笑い声に耳を澄ましたこともあった。
私が引っ越すことで、仕事をやめることになったことを内輪の仲間に伝えたのは、みんなで飲みに行ったときだった。彼はみんなが口々に私にいろいろ聞いてくる中で、一人絶句してテーブルの上に顔を伏せていた。そして、顔を上げたとき、彼は泣いていた。
その次の日に、初めて二人で歩いた。
彼が間違ってもっていった私の書類を届けに来てくれたのだ。私の家の近くの駅まで書類を持ってきたくれた彼を迎えに行った。何気ない季節や天気の話しをしているときに、わたしの好きな菩提樹の森の話をした。春に森の地面を埋め尽くして咲く青い花、夏の終わりに咲く菩提樹の花の香り、そこから見渡すなだらかな緑の丘陵。彼はその森に行きたいといった。
木々の間から漏れる夏の日差しは、菩提樹の葉で緑に染まっていた。青い花の季節も終わり、菩提樹の花には少し時期が早く、森は静かな夏の午後に満ちていた。私たちは高校生のころの話や、仕事仲間の失敗談など、どうでもいいことばかり話していた。そのうち、どちらからともなく立ち止まり、それぞれ木の幹にもたれてぼんやりと丘陵地帯を眺めていた。吹いてくる夏の風は信じられないくらい透き通っていて、このままここにいれば自分も透明になるような気がした。
「でも、ずっと一緒だと思っていたから」
不意に彼が言った。
「それは、Qだって何時いなくなるかわからないでしょう。いつだって人生の曲がり角は突然くるんだから」
彼はまだ何か言いたそうだったけれど、私たちはそこで話を終えて、車に向かって森の中の道を引き返して行った。途中、鹿の足跡を見つけた。湿った地面に残された軽やかな一筋の軌跡は森の奥へと伸びていっていた。
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多分、続きます。

















