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2004-12-31 01:53:17

一年の終わりに

テーマ:日々雑感
夢というか、自分の目標が有る。一応、芸術家なのでそれなりに。

1) 公立の美術館またはミュージアムのコレクションに作品が入ること。
2) 新聞に自分の企画展のいい評が出ること。
3) 公共の空間にコミュニティーアートの作品が半永久的に展示されること。
4) 世界的に有名なギャラリーでの展覧会に作品が入選すること。

わたしは商業芸術家ではないので、作品を売って生活をしているわけではない。自分で展覧会を企画・製作して、それに伴うワークショップをする。その際にコミュニティー・アートもできれば行う。というのがパターン。で、こちらからの収入はほとんどゼロ。支出と収入がバランスされてるだけでもましだと思う。

それでも、芸術を始めて*年で目標の1から3まで達成できたのは、稀有な幸運としか言いようがない。支えてくれた人たちに本当にお礼を言いたい。作品を見て感想を言ってくれたオーディエンス。一緒に企画を練った仲間。うまく作品ができない、アイディアがないといっては当り散らされ、我慢に我慢を重ねているわたしの猫。家事を忘れてアトリエにこもって、夜中に家に帰ると、さりげなくパスタをゆでているX。しかし、残念ながら、すべての名誉はわたしのもの(世の中って不公平なのよ)。

タクシーの運ちゃんに「ここの地域にはeiってやつがいてよ、オレみたいなのでも、あいつの展覧会に行くと楽しいねえ。いったことあるか? 今やってんだけどよ、つれてってやろうか」って、友達が言われた。「あんたの友達でよかったって思えた唯一の瞬間だったわ」・・・すまないねえ。

「波に乗る時期が来たときには、波の頂上からしか見えない風景をよく見ておくように」と恩師に言われた。「遠くまで見えるからね」・・・いつまた波の下に沈むかもしれないけれど、水平線は限りなく遠いと覚えていたい。

そして、今年は念願の四つ目の目標、絶対に無理だとあきらめていた目標を達成できた。来年、ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アートで行われる公募展に作品が入選した。また、新しい波の上。

波に巻かれて、水をたっぷり飲んで、いつ浮かび上がれるかともがくときもあった。波の上で遠くを見るよりも、足元を見て、はるかに深い波の谷間におびえたこともあった。自分の抱える暗闇の深さに向かい合う勇気がなくて、長い間、鑿と鎚を握れなかったこともあった。でも、まあ、よくもがいた一年だった。結局、おぼれず、なんとか、波の上で新しい年を迎えられそうだ。

皆さんもよいお年をお迎えください。
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2004-12-30 00:13:02

恋愛のディスクール・断章

テーマ:こい・いろごと
久しぶりにロラン・バルトの「恋愛のディスクール」を読んだ。断章形式で書かれているので、適当にページを開いては、その部分を拾い読みする、という、結構態度の悪い読み方をしただけだけど。

初めて読んだのは、もう、ずいぶん前。ありがちな話で、「彼がすべて」と思うほど好きだった人と別れたときに、友達から薦められて読んだ。ありがちな恋愛論ではなくて、こういった本を薦めてくれた友達に感謝したい。冷徹な目で、皮肉に、恋愛というものの持つ「いやらしい」側面を鋭く突いたこの本は、それから幾度となく読み返され、そのたびごとにぐちゃぐちゃと書き込みをされ、くたびれ果てながらも、本棚にいまだに健在だ。

はじめに読んだときに、一番衝撃を受けたのは、「黒眼鏡」という断章。わたしは、彼のことを考えるたび泣きそうになるので、サングラスをかけていた。

まさにわたしがあの人を愛しておればこそ、どれほど深く愛しているかは伏せておくべきでないだろうか。(情熱をぶつけたいという)専横と(あの人のためには情熱を伏せておくべきだという)隷属の間でわたしはためらっている。

そこでわたしはごまかしを行う。ほんの少しだけ自分の情熱を見せることにするのだ。・・・・隠していること自体が見られるのでなければならない。わたしが今何か隠していることをわかってください。・・・・知られ、かつ知られぬことが、同時に必要なのである。

そのことが知られぬよう、涙のたまった目に黒眼鏡をかけるとしよう。この身振りの意図は計算ずくのものである。(泣いていることを隠すことでストイシズムの品性を保ちながら)やさしく問いかけてもらいたいと思っている。「いったいどうなさったの」・・・・


書く、ことに、ひそかな日記ではなく、匿名性の陰に隠れて公開されているブログを書くという行為は、ポストモダンな「黒眼鏡」なのだろうか。とすれば、わたしは誰にこれを読んでほしいと思っているのか。自分の抱える暗闇の深さに驚くばかり。


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ちなみにわたしが読んでいるのは三好郁朗訳でみすず書房から出てるバージョンです。文字の色がちがうのは引用部分。しかし、これをかけるバルトはすごい。
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2004-12-28 23:25:47

片一方だけの靴下

テーマ:こい・いろごと
洗濯は嫌いだが、洗濯したものをかたつけるくらいはしたほうが良いのではないか、と思っているので、かたつけはする。時々。前に住んでいた家には、洗濯物を室内に干す場所があった。これは、冬の天気があまりよくないここでは必需品だ。でも、新しい家にはそれがない。

「乾燥機を買え」

と友人は言うが、乾燥機はほっといても乾くものを、たくさんの電気を使って乾かすあたり、好きになれない。そこで、小まめに洗濯をして、家中に分散して干すことになる。ここまでがXの仕事。ここから先は、わたしの分担になる。

洗濯物を集め、分別して、たたむものはたたみ、たたまないものはたたまず、それぞれの持ち主に配送する。でも、ここで、いつも問題が起こる。靴下だ。

靴下というのは、もちろんペアーで履く。片方だけ履いて、片方だけ洗濯に出す、ということは、まず、ない。と、すれば、洗濯が終わった段階では、すべての靴下にそれぞれのペアーがいるはず、である。

ところが、独り者が出てくる。少なからず、出てくる。

しょうがないので、とりあえず、引き出しに独り者のままで入れておいてあげる。ほかのカップルを見ながら、独り者の靴下は肩身が狭そうだ。

次の洗濯で、別れ別れになったパートナーと涙の再会をする靴下もいる。もう少し、時間のかかるやつもいる。でも、時々、何処に行ったのか、パートナーが完全に行方不明になってしまう靴下がいる。

これは、わたしだけが抱えている問題なのかと思っていたが、実は、結構いるのだ。わたしの友人その一は、もうあきらめて、ちがう色だろうがなんだろうが、適当にペアーを作ってはいている、とやけくそ気味。

「常に同じ色だけ買えばどうか」

と示唆をしてみた。でも、靴下を買うときに、5足組みなんかだと、同じ色だけというものがあまりなくて、ちがう色が組み合わせてあることが多いので、難しい。しかも、もっと頭にくるのは、ちょっとだけちがう色の靴下が多いことだ。気がつかずに履いて、足を組んで靴下が見えたときに、左右の色がちがう、なんてことになると、靴下が気になって、何を話したやら、何を食べたやら、わからなくなることも多い。

結局、パートナーとめぐり合えない靴下はそのまま、引き出しの底に忘れられて、年末の掃除のときに、手に履いてガラスや靴を磨くのに使って捨てることになる。そのたびに思う。君たちにはぴったりのパートナーがいたんだよ。何処で、その手を放してしまったの。

片一方の靴下を見て、わたしは自分の胸の中を覗き込む。そこには、言葉にできない自分の答えがある。
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2004-12-27 20:33:36

8. みかん

テーマ:彼のこと

目次はこちらからどうぞ

 

 


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ボスと話しをして、仕事の仲間みんなにわたしがやめることを打ち明ける日をいつにするかを決めた。夏の休みに入る直前にしよう、とボスは言った。わたしたちが仕事でかかわっている子供たちの動揺を考えて、夏休みに入る2週間前が一番いいだろうという結論に達した。

たまたま、その前日にボスからのメールの誤送があった。本当はVに行くはずだったメールが来てしまったのだ。そこで、Vに電話をして、メールの誤送があった事を伝えた。Vは彼と同じく、仕事仲間の中でも、ことに仲の良い仲間のうちの一人だから、わたしがやめることはすでに知っていた。だから、電話をしたついでにVに、明日、わたしがやめることの正式発表があることを一応予告しておいた。

その30分後、いきなりドアがノックされた。開けたら、Vと彼が立っていた。

「みかんが安かったから」

そういって、彼がみかんを手渡してくれた。Vは笑いながら、

「Qにばったり会ったから、明日の話をしたから、みかんが安かったからさ」

といった。

「なにそれ、文章になってないよ」

といいながら、わたしは笑ってしまった。そのとき、Xが二階から降りてきた。そして、彼とVを見つけて、どうしたのかと聞いた。そして、みかんを見て、説明になっていないなあ、と笑いながら、わたしの頭をくしゃくしゃとなでた。

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2004-12-27 20:19:10

読者10人達成

テーマ:日々雑感
読者登録をしてくださっているみなさん、ありがとうございます。10人になりました。うれしー。読んで下さっている皆さんもありがとうございます。これからもがんばろーっと。

というわけなんですが、小人閑居を気取っている私にとって、閑居できないのが、この時期。クリスマスシーズンです。24日のイブで全部は終わらない。24日のイブはそのとおり、前夜で、25日から本格的クリスマスシーズンが始まります。その間、客が来る。客に行く。いそがしいのです。昨日は、昼にアメリカ人一家が来て、夜は、ギリシャ人のおうちに呼ばれていましたので、更新ができませんでした。

それで、この状態が、25日から12日間続くわけです(シェークスピアの十二夜です)。歌まであります。25日から12日間、毎日、恋人が求婚のためにプレゼントを持ってくるって。数え歌になっているのですが、リストは:

一日目: 梨の木に止まっているほろほろ鳥一羽
二日目: 2羽のはと
三日目: フランス産のニワトリ三羽
四日目: 4羽の歌う鳥
五日目: 金の指輪5つ
六日目: 6羽の卵を産んでいるガチョウ
七日目: 泳いでいる7羽の白鳥
八日目: 牛の乳絞りをしている8人の娘
九日目: 踊っている9人の貴婦人
十日目: ジャンプしている10人の公爵
十一日目: 11人のバグパイプ奏者
十二日目: 12人のドラマー

何処にしまえってんでしょうね。日本の結納の摩訶不思議な品目のほうがまだ、うるさくない分、良いかも。
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2004-12-25 05:32:18

国際どうも普及委員会発足

テーマ:使い方
友人の子供が日本人と結婚することになったとかで、日本語を教えてくれ、と頼まれた。短時間で、必要最小限度の挨拶などを覚えたい。なるほど。

Xはまじめなので、ありがとう、こんにちわ、はじめまして、よろしく、などなど、リストを作りはじめた。

「そんなにたくさん覚えられないでしょ。『どうも』だけ覚えていけば、よろし」

ありがとうの代わりに、どうも。ごめんなさいの代わりに、どうも。はじめましての代わりに、どうも。よろしくの代わりに、どうもどうも。わからないときにも、どうも・・・。困ったときにも、どうも。日常生活、ありとあらゆる場合に、どうも。イントネーションを変えるだけで、誰でも日本語の達人になれる。

それは便利だ、ということになった。で、ほかの言語にはあるか。

「イタリア語のチャオはどうだ」
「あれは、ありがとう、さようなら、こんにちわ、だけ」
「フランス語のサバはどうだ」
「あれも、挨拶だけでしょう」
「いや、でも、挨拶には使えるぞ」
「葬式のおくやみにもか」
「・・・・」
「英語のターはどうだ」
「あれも、ありがとうと、さようなら、だけ」

というわけで、「どうも」に勝る言葉無し、と満場一致で決まりました。そこで、2005年から「国際どうも普及委員会」を作って、このすばらしく使い勝手のいい言葉の普及に努めたいと思います。どんな場合にも、どうも、の一言で、潤滑な人間関係を。どうも、の一言に日本の文化を込めて、国際舞台で活躍しましょう。合言葉は、もちろん、

「どうも」

ただいま会員募集中。

・・・・って、なんでもかんでも「どうも」で済ませると、言語の貧困化を招くので、やっぱり、使う回数は控えたいですけどね。
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2004-12-24 23:24:15

ハチ公のいるところ: 後日譚

テーマ:日々雑感
ハチ公が上野にいると思い込んでいて、大恥をかいた私は悔しさのあまり、関西出身のグリコのおまけが好きな友人Hに訴えた。

「なあ、ハチ公は上野やなくて渋谷やって知ってたか?」
「お前、知らんかったんか」
「えらい恥かいたわ」
「そやけどなあ、やっぱり、ハチ公がおんのは上野ちゃうか」
「上野はパンダやろ」
「いや、ハチ公は台座のうえの方に、おるやろ」

何も、言うまい。
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2004-12-24 06:12:41

掃除を毎日しない主義

テーマ:使い方
キレイ好き、というものは非常にいいことだとされている。

たとえば、掃除機なんか、毎日かけている人がいる。台所の雑巾やタオルなんかを毎日、漂白剤で消毒している人もいる。テーブルの上なんか、きちんと殺菌効果のある洗剤で一日10回も20回も拭く人もいる。石鹸なんかもやっぱり殺菌効果のあるものを使っている人もいる。棚の上や窓の枠なんかのほこりをせっせとふき取る人もいる。

私は、それができない。しょうがないので、毎週土曜日の朝に、一家に号令をかけて上から下まで掃除をする。でも、それだけ。まあ、台所は毎日掃除していますけど。

要するに、あれだ、姑が来て、障子の桟に指を走らせるとばっちりほこりがついて、「まあ、あなたってきれい好きねー」っていやみを言われるタイプ。

しかし、そんな私やあなたに朗報がある。

数年前から、ここ10年ほどの間に子供たちの間で喘息やアトピーなどのアレルギーが激増したと言われている。その原因は、空気の汚染にある、とか、食品添加物にある、とか、いろんな説があった。しかし、まことしやかにささやかれている説に、「お母さんがきれい好きだと、子供のときに十分に雑菌に触れないので、免疫が健全な成長を遂げることができない」ために、免疫の過剰反応としてこれらのアレルギーがあるのではないか、というものがある。

私の周りを見ても、確かに、キレイ好きのお母さん(お父さんでもいいんだけど)の子供に限ってアトピーだったりする。ちなみに私の息子のYはアレルギー全くなし。

何でも、幼児期の免疫のシステムと、大人になってからのシステムは反応の仕方がちがうらしい。それで、幼児期にきちんと雑菌に触れておかないと、大人のシステムへの移行がうまく行かない、とか。それで、いつまでたっても過剰反応をする幼児期の免疫システムが残り、それがアレルギー症状となって現れる、とか。

さて、今日、ブリストル大学の研究チームが発表したところによると、漂白剤や芳香剤などの家庭洗剤をよりたくさん使用する「キレイ好き」の家庭において、よりたくさんの子供がアレルギーを発症しやすくなるそうだ。今のところ、それは、家庭用洗剤による空気の汚染のためなのか、肺への影響なのか、よくわかっていないらしい。

確かに、生肉なんかはサルモネラや大腸菌など怖い菌がいるわけだから気をつけたい。けれど、床の上にそういった菌がたとえば落っこちていても、床の上でものを食べるわけでは無し、障子の桟の上にそういった菌が住むわけでもなし。

だから、そんなに目くじら立てないで、掃除を毎日しない主義でのんびり行きたいものである。ほら、うちの子供はアレルギーなくて、健康に育ってるじゃないですか。

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2004-12-23 19:51:43

7. 黒髪

テーマ:彼のこと

目次はこちらからどうぞ

 

 


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一日、子供たちと付き合っていると、終わったころにはぐったりとする。普段、難しい環境で過ごしている子供たちだけに、週に一度、自分たちが主役になれる環境に来ると、もてあましていたエネルギーを一気に発散するようだ。振り回されっぱなしの一日が終わった後で、子供たちのいなくなった部屋で一息つきながら日誌をつけ、私の仕事が終わる。

その日は日誌をつけた後も、ちょっと疲れていて部屋に一人でぼんやりと座っていた。そうして、子供たちのうちの一人からいわれたことを考えていた。

「Qがやせたと思わない? 大丈夫なの? 何か知ってる?」

私は彼がここ数週間の間にいきなりやせたことに気がついていた。窓からほかの子供たちと運動場でサッカーをしている彼を見ながら、背中が薄くなっていることに気がついていた。その背中を触ってみたいと思っていた。

「何も知らないの?」

子供は重ねて聞いてきた。私はダイエットでもしてるんでしょう、と答えた。でも、そうではないことは知っていた。彼はダイエットをするタイプではない。彼はちょっとしたトラブルがあって、それがうまく解決できずにいる、と言っていた。それは彼の本業に関するトラブルで、かなり深刻なものであることを彼は私に打ち明けていた。そのことが心配で、体調がすぐれないといっていた。仲間内ではみんなが彼のことを心配していた。でも、みんなが心配すればするほど、私は素直に心配できなかった。

「だって、大人なんだから、自分の体調くらい自分で管理すればいいでしょ」

そういって、知らないふりをしていた。でも、本当は心配していた。子供たちが心配するほどやせる背景には何かほかにも理由がありそうな気がした。でも私には何もできない。そんな風にぼんやりと考えていた。

そのとき、彼が扉を開けて入ってきた。私は彼の顔を何とはなしに眺めながら、改めて彼がやせたことを確認していた。

「やせたね」

そういうと、彼は少し笑って心配しないでくださいといった。

「それで、今日はチームミーティングがあるんだけど」

彼に言われて、急に気がついた。遅れずにくるようにとボスに言われていたことを思い出した。部屋の中も机の上も子供たちが出て行ったときのままで片付けてもいない。時計を見ると、ミーティングは始まっている。私はパニックした。

「大丈夫、まだ始まってないから」

彼はそういって、私の髪にそっと触れた。

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2004-12-22 19:42:53

ハチ公のいるところ

テーマ:日々雑感

自分で自分が無知だとは知っているけれど、それでも、とてつもなくはずかしい目にあうことが、ある。少なからず、ある。

東京出身の友人某と話しているときに、忠犬ハチ公の話になった。

「上野の動物園に行ったときに見たえ」
「上野?」
「うん。西郷さん、立ってはるやろ。その西郷さんと並んで立ってて、えらいかわいらしかったえ」
「西郷さん?」
「西南の役にまでついていって、一緒に戦ったんやろなあ。えらいこぉやなあ」
「馬鹿か、お前。ハチ公は渋谷だ」

これはもう、はずかしい。しかも、このとき、相手が関西弁で

「あほやなあ、お前。ハチ公ゆうたら、渋谷やないか。なに寝ぼけとんのや」

っていってくれれば、

「いやあ、ほんまかいな。あかんなあ、東京のことは、なあんもしらんさかいなあ」

って、いえるのに。何もいえなかった私でした。ちくしょー。


**********************************

後日譚はこちら です。

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