山下敦弘監督、前田敦子主演の『もらとりあむタマ子』。

主題歌は園子温監督の『地獄でなぜ悪い』に出演、主題歌も担当していた星野源



山梨のとあるスポーツ用品店。大学を卒業したものの実家に帰ったままニート生活を送るタマ子(前田敦子)。父・善次(康すおん)はいっこうに就職活動をする気配のない娘にヤキモキしつつも、彼女がやる気を出すのを根気よく待っている。そんな父娘の1年間を季節ごとに点描する。


まずお断わりしておくと、僕は別に“アンチ・前田敦子”とかではないです。

ファンのかたがたには申し訳ないけれど、嫌いなんじゃなくて興味がない。

なので、彼女がAKB在籍時になぜあれほど人気があったのかまったく理解できなかったし、その後、女優業をやってることに対しても、異業種の人が役者っぽいことしてる以上の意味を見いだせなくて。

そういうこともあって、前田さんが出演してきた映画やTVドラマはこれまで一つも観たことがなかった。

NHK時代劇での彼女のあの鼻から抜けるような声を聴いた瞬間にチャンネルを替えるぐらいだったし、しばしば「顔面センター」と揶揄されるその顔も、どこに魅力があるのかまったく理解できず。

悪いけど、キンタロー。の方がよく観てる。

そんなわけで、出演作をろくに観てないくせに「この人は役者には向いてないだろう」と決めつけていた。

また、この映画を観る前から抵抗があったもう一つの理由としては、山下敦弘監督の前々作『マイ・バック・ページ』の内容と主人公の扱いに個人的にかなりイラッとさせられた経緯があって、そのおかげで山下監督のそれ以外の作品を一切観ていない、ということもある。

そんな偏見に満ちた僕が今回この映画を観ようと思ったのは、毎週愛聴しているラジオ番組「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」の1コーナー「ムービーウォッチメン」でパーソナリティーの宇多丸師匠が絶賛してたから。

ちなみに僕は宇多丸さんの映画批評が好きだし、和製ヒップホップには特別興味がないものの彼のおかげでずいぶんと抵抗はなくなってきたんだけど、いわゆる“宇多丸信者”ではないので、宇多丸さんの映画評にはまったく同意できなかったり反発をおぼえることもしばしばです。

たとえばこれも宇多丸さんが絶賛していた『横道世之介』は、僕の今年の映画ランキングの中では最下位に極めて近い。

だから今回の『タマ子』も賭けではあったのです。

宇多丸さんは前田敦子の女優としての資質・才能をかなり高く評価しているようだ。

しかし僕はそうは思えない。まずあの声がダメだ。

だからこの映画を観て、何かガァァン!!ときて「あっちゃん最高!!」ってなったらむしろ万々歳だし、自分の見る目のなさを猛省してこれからも彼女の出演作を心待ちにしよう。

ただし、この映画がオレ的にダメだったら、それはもうご縁がなかったということで、今後は鑑賞候補から積極的に外させてもらう。

この映画がその分岐点である、と勝手に決めたのでした。

どんだけ上から目線だってぐらい高飛車にものを言ってますが、山下敦弘は根強いファンが存在する映画監督だし、前田のあっちゃんは言うまでもなく国民的アイドルなので、そういうすでに高評価を受けているかたがたの良さを俺はちゃんと理解できるのだろうか、多くの人々が褒めるものを俺もいっしょに賞賛できるのか、という試みでもあったのです。

ストーリーがどうのという映画ではないんですが、結末とか知りたくない人は、映画をごらんになってからお読みください。



で、結論からいうと、ゴメンナサイ、僕はこの映画、かなり退屈してしまいました。

多分、ランキングの順位は『横道世之介』とそんなに変わらないと思います。あの映画ほど長くはないけど。

宇多丸さんは物凄く細かいところ(前田さんの歩き方やロールキャベツの食い方など)まで見ていて褒めまくってたけど、申し訳ないけど僕にはほんとにどーでもいいことでした。

この映画に「味わい」を感じられる人は感受性が豊かなのかもしれないけど、だったら俺は鈍感で映画的なセンスのない人間なんだろう。

たとえ「ものがわかってない奴」呼ばわりされても、そんなに高く評価されるべき作品とは思えないし、少なくとも僕にとっては金払って大きなスクリーンで観る価値がある代物ではなかった。

20代前半の女の子が実家でダラダラしてるだけの映像を眺めてて何が楽しいのかわからない。

ただし、もしもこれを20年ぐらい前の90年代に小さな単館系の映画館で自主映画として観たなら、もしかしたらいい思い出になったかもしれない。

思春期の自分には身につまされたり共感できたかもしれないとは思う。

そんな映画でした。


つまり、技術的にどうこうとか、出演者たちの演技や演出が良い悪いではなくて、単純に僕にはどーでもいい内容に思えたのです。

これは前田敦子のPV、宇多丸さん仰るところの「アイドル映画」としての機能を果たしているのは確かだから、ある一定数の人たちにはそれだけで価値のあるものなんでしょう。

ちょうどリメイク版『キャリー』が、どんなに内容がイマイチでも主演のクロエ・グレース・モレッツのファンにとっては価値があるのと同様に。

あっちゃんが寝てたりメシ食ったりトイレで怒鳴ってる姿に心地よさを感じられる人は観てみたらいいんじゃないスかね。

この映画がそんなに素晴らしいのなら、僕が10~20代の頃に観た何本もの名もなき自主映画たちだって同じぐらい素晴らしかったのだろう。

若者がダラダラ過ごして、ちょっとひと悶着あったり、クスリとする場面があったり、そういう映画は他にもたくさんあるので、この映画が特別その中で突出しているとは僕は思いません。

アイドルである前田敦子さんが出ている、ということでその価値が底上げされてるんじゃないのかな。

宇多丸師匠が仰るように、この映画が山下監督の映画の中でも最高傑作であるのなら、僕には彼の作品を今後観る必要はないということだ。

前田敦子さんはこの映画にはピッタリはまってたと思いますよ。

なのでこれからも山下監督とコラボされるといいんじゃないですかね。

僕は観ませんが。


ただ、僕にとってこの映画が苦痛だった最大の理由は実はその内容とはあまり関係なくて、作品のほとんどが食事シーンで占められていたこと。

 


どうやら日本人というのは物を食うときの咀嚼音に“シズル感”をおぼえるようなんですが、僕はこれが大嫌いなのです。

ようするに人がペチャペチャクチャクチャモグモグいってる音を聴くのは排便の音を聴かされてるのと同じで、ほんとに不愉快。

だからぐっさんがやってる麻婆茄子のCMで、女の子が音立てておかず食ってるのが堪らなく耳障りなんで(実際の音ではなくてアフレコで入れたものだが)やってるとすぐチャンネル替える。

日本の映画とかCMって食事してるときの咀嚼音をわざわざ大きく収録するけど、それが「おいしさ」を強調すると思ってんのね。

そしてほとんどの人たちはそのことに何の疑問も持っていない。

こういうことをとやかく言うと「神経質」みたいに言われるけど、でも、他にも不快に感じてる人はいるんじゃないかなぁ。

なんでわざわざメシ食う音を強調して聴かせるのかほんとにわからない。

落語では噺家が蕎麦をうまそうに啜るのが芸として確立されてるけど、麺類はともかく、それ以外のものを音立てて食うのは普通に行儀が悪いことでしょ。

この映画では、康すおん演じる父親が、とにかくもうメシ食うときに音を立てまくるのだ。

蕎麦、味噌汁、カレーライス(しかもタマ子はカレーのルーとライスをぐちゃぐちゃと混ぜる)、その他もろもろ。

日本人はそれを聴いて「うまそー」とか思うのかね。

俺は観てて「おっさん!ペチャペチャ音立てて食うなよ!!!」とキレそうになった。

犬じゃないんだから。

タマ子が手下みたいに使う中学生も、ナポリタンをジュルジュルいわせて食ってるしさぁ。

パスタを音立てて食うんじゃねぇ!!!!

ストーリーらしいストーリーがないもんだから、そういう極めてどーでもいいディテールの部分で不快感が募っていく。

ちなみに、ガイジンさんの前でペチャペチャ音立ててメシ食ったり鼻水をズルズルいわせたりしてるとマジでイヤな顔されるので、日常的にそういうことやってる人は注意した方がいいと思います。


さて、ほんとにつまんないことで文句言い続けてきたので、そろそろこの映画で「よかったな」と思った点について述べますね。

最初に僕は「前田敦子のあの声が苦手」みたいに言ったけど、この映画では彼女の発声は気になりませんでした。

「…ねるとん?」って声が裏返ってて笑った。

顔については…見開くと碁石みたいな目ん玉でダダ系の顔面にはやっぱり慣れることはできなかったけれど(失礼にもほどがある喩え)、映画の中で彼女の顔は一種の「異物」というか「面白い顔」として撮られているので、そういう部分でまったく違和感はなかったです。

タマ子=前田敦子、というふうに自然に受け入れられて、演技の面でも「巧い」というよりも、その辺にいた女の子をいきなり連れてきてキャメラの前で好きにやらせたような感じ。

だから山下監督は女優・前田敦子の特徴・魅力をしっかり念頭において、それを最大限に活用して「タマ子」というキャラクターを造形したんだろうし、そういう部分で役者の使い方が巧みな人なんだろうな、と思います。

何度も言いますけど、僕は山下敦弘監督の映画監督としての才能を否定してるんではないので、誤解なきよう。

単に、この人の描く世界が僕にはさほど響かない、というだけのことです。

グータラしながらTVのニュース観て「ダメだな、日本は」とかホザいてるタマ子に対する「日本がダメなんじゃなくて、お前がダメなんだよ!」という父の叫びは、山下監督の世の中に数多生息する「口だけ番長」「ネット番長」への叱咤に思えました(ドキッ!)。

このお父さんそのものは、例の咀嚼音を除けばほんとに真っ当というか、ちゃんと生きてる大人の代表みたいな存在で、だからこそそんな父親に甘えきってる娘にイラ立ちをおぼえさえする。

それでもこのタマ子に心底ムカつかずに済むのは、ひとえに監督の演出力と前田敦子さんのキャラゆえなのだろう。

彼女が演じるタマ子は最初から最後までほんっとに「ダメ」な人間なのだが、にもかかわらずそのマイペースっぷりにときに笑ってしまう。

父親から「就活はいつになったらやるんだ」と問い詰められて「そのときが来たら動くわよ、あたしだって!」と逆ギレしたあげく、「少なくとも、今ではない」と居直る。

近所の写真屋の息子を捕まえて、内緒で芸能事務所に送る履歴書のための写真を撮らせる。

父親がもしかしたら再婚するかも、ということで相手の女性を偵察にいく。

だから、そんな行動力があるなら就活しろってσ(^_^;)

その父親の相手の女性の前で、自分のことは棚にぶん投げて、養ってくれてる父をボロクソにケナしまくる。

ここの長台詞は、タマ子が思いついた言葉を矢継ぎ早に喋ってる感じがよく出ていてお見事でした。

結局働く気のない娘にいいかげん痺れを切らした父親が心を鬼にして言った「就職が決まろうが決まるまいが、夏が終わったらこの家出てけ」という言葉には、「…合格」と返す。

彼女を見ていて、ここまで肝が据わってるのなら逆に何だってできるんじゃないのか?とも思えてくる。

この映画の中でタマ子が父親に感謝の言葉を述べたり謝罪の気持ちを示すことは一度もない。

徹底して父親に甘えきっている。

それは当然意図的な演出だろうし、もしかしたらこれはそういう娘を持った父親が子離れする映画だったのかもしれない。

あるいは、現代版“小津映画”みたいなものかもw


重要な役ではあるけれど出番はそんなに多くない、アクセサリー教室の先生・曜子を富田靖子が演じている。




この映画を観ようと思ったきっかけは彼女が出てることでもあったんだけど、あまりにささやかな出演だったんで「あれ、これでおしまい?」とちょっと肩すかし。

彼女が「善次さんがどうして再婚しないのかわかった。タマ子ちゃんは面白いから」と言って去っていくのがなんだか妙に印象に残りましたが。

タマ子とコンビを組むことになる中学生(伊東清矢)がよかったなー。

なんだかキャイ~ン天野っちが眼鏡外したようなボンヤリした顔でw

 


付き合ってるカノジョに「(タマ子に)脅されてるの?」と尋ねられて「あの人は友だちいないんだよね」と答えたりして。

中学生に気遣われてる20代^_^;

僕が小学生のとき、近所に小学生の男子たちを従えてる中学生のおねえさんがいたの思いだした。

あれはなんだったんだろうなぁ。友だちいなかったのかな。

東京から帰省してきた元同級生とバッタリ会って、向こうは懐かしげに話しかけてくるんだけどタマ子の方は気まずくて…というシチュエーションなんかは、あぁ、こういうのありそうだなーって。

で、その友だちがやっぱり他の友だちと出くわして盛り上がってるのを見てタマ子はなんか面白くない、ってのもわかるわかる、と。

この友だちは、映画の最後に何があったのか駅で涙ぐんでるところをタマ子が目撃して、互いに手を振り合ったりする。

ストーリーらしきものはあまりないので、こういうシチュエーションがポツポツと綴られていく。

そういうのがリアルっぽいといえばリアルっぽいのかもしれないけど、でもタマ子はとても大学出たてとは思えないほど幼稚でありながら、実は最強キャラでもある。

娘がようやくヤル気を出したと思って父親が奮発して彼女のために高価な腕時計を買ってきても、お礼を言うどころか「いくらしたの?返してきてよ」とにべもない。

写真屋で無断で写真を撮った件だって、彼女が写真屋や自分の父親に謝罪する場面はない。

家を出ていくことになって行くアテもないのに「なんとかなるでしょ」とか言ってる。

なんとものどかに見えるけど、実際どうする気なのだろう。

東京の友だちの家にでも居候するつもりなんだろうか。

リアルリアルと言いつつも、やっぱりこれは前田敦子みたいなカワイイ女の子がダラダラしてる姿を眺めていたい、と願うような者たちのためのファンタジーなんでしょう。

働きもせずに家であんなふうに1年間も毎日食っちゃ寝してたら絶対太るって。


確かに、直接描かれていない事柄から映画のフレームの向こうに世界が広がっているような作品ではあった。

一度も登場しないタマ子の姉や、声だけ聴こえる母親。

タマ子の伯父と伯母など。

「世の中にはいろんな人がいる」という台詞があるけれど、タマ子の父親はどうして離婚したのだろう。

真面目で問題のない人物に見えるが、妻と別れてからああなったのか、それとも昔からああだったのかはわからない。

兄(鈴木慶一)の妻・よし子(中村久美)に紹介された曜子とも再婚する気はないようなことも言ってるし。

電話の向こうで、タマ子の母親は離婚について「どうしようもないこともある」と言う。

あくまでもさりげなく、ことさら深刻に描かない。

この映画が愛される理由はそんなところにもあるのだろうか。

タマ子の「“自然消滅”って久しぶりに聞いたわ」って最後の一言は秀逸でした。




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