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年金資金で米インフラ投資 首脳会談に向け政府が調整(中日新聞)
政府が十日に米ワシントンで開く日米首脳会談で提案する経済協力で、米国のインフラ開発に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の投資資金を活用する方向で調整していることが分かった。
(略)
トランプ米大統領の関心が高い雇用問題への協力姿勢を示し、政権との関係強化を図る。環太平洋連携協定(TPP)の代替案として想定される二国間協定で、農産品や自動車などの分野での厳しい要求をかわす狙いもあるとみられる。



いやいやいやいやいやいやいやいやいや


そのカネ、そのまんま国内投資に回せばいいんじゃないの?と、恐らく100人中85人くらい(←中途半端)が思ったのでは。いずれにせよGPIFの資金運用は政府の方針を受けてどうこうできるものではなく、独立性があるようなので、この要請を受けるようでは話にならんのですが。

でもなぁ。政府から「お勧め」されて、GPIFが「自らの判断で運用先を決めましたぁ」と言ってしまえば、

オ・シ・マ・イ☆

な気も致します。なぜ、よりによってデフレで苦しんでいる国が他国(しかも直球ストライクの「インフラ」)に投資しなきゃならないのでしょうか。国内で使えよ、国内で。日米FTA交渉の際のタマにするという話もあるようですが、こうでもしないと「その条件はお断り」とすら言えないのでしょうか。主権って一体何なんですかね。
ちなみに、GDP統計に記載される「公的固定資本形成」の年度ごとの推移は次のようになっています。


(単位:十億円)
1994/4-3. 44,879.50
1995/4-3. 47,790.70
1996/4-3. 47,016.20
1997/4-3. 44,249.90
1998/4-3. 44,314.30
1999/4-3. 43,431.10
2000/4-3. 40,077.30
2001/4-3. 37,289.40
2002/4-3. 35,056.60
2003/4-3. 32,395.80
2004/4-3. 29,917.90
2005/4-3. 27,896.20
2006/4-3. 26,434.90
2007/4-3. 25,697.50
2008/4-3. 25,114.60
2009/4-3. 26,571.20
2010/4-3. 24,663.30
2011/4-3. 24,193.70
2012/4-3. 24,398.20
2013/4-3. 26,896.30
2014/4-3. 27,116.70
2015/4-3. 26,724.00


これは土地代など、「GDP」(需要)に関係ないものは除外されているという意味で、純粋な数字です。安倍政権が関係するのは言うまでもなく2013年度からですが、確かに「史上最低」の政府だった民主党政権時代よりは増えています。あの方々は何といっても、

コンクリートから人へ

を標榜していたし、自民党に再び政権を奪われた際にも細野モナ夫さんなどが「我々の政権の成果は公共事業を○%減らしたことだ」と堂々と仰っていたわけですから、そういう意味では減って当たり前です。(だからこそ「最低」なのですが…)

では、その民主党政権に代わり、機動的な財政政策とやらを標榜してきた安倍政権の公的固定資本形成はどうかというと、上記の通り、「最低」民主党政権当時に比べておおむね1割程度増えています。
しかし、デフレに苦しみ始めた1990年代後半(消費税が3%から5%になったのは1997年)と比べれば、甘い数字を拾ったとしても4割減+αといったところです。これでデフレ脱却とか笑っちゃうでしょう。あの記憶に新しい、希望に燃えていた(乾笑)はずの2012年末、我々が望んでいたのは、


2011/4-3. 24,193.70
2012/4-3. 24,398.20
2013/4-3. 26,896.30 ←
2014/4-3. 27,116.70 ←
2015/4-3. 26,724.00 ←


こんなもの、でしたか?
もちろん経済政策には様々な指標があり、公的固定資本形成ただ一本のみを問題にする気はありませんよ。しかし重要な指標の一つではあります。
思えば3年半前、我々には、民主党からの「政権奪取」と「正しい経済政策」を求める同志が山のようにいました。このブログも一時期は毎日更新していて、15~25位くらいにいましたっけねェ・・・(懐)
結局、あのどんちゃん騒ぎが通用したのは2014年序盤の「黒田バズーカ第1弾」辺りまででした。それから雲行きは次第に怪しくなり、かといって、まるでDVの夫(?)のように時々「とても頼もしく優しい」一面も見せられつつ、信じる心を持ち続けました。何か不都合な事が起こる度に、

「実はこういう深謀遠慮があるのでは。いや、きっとそうに違いない」

と自分を納得させようとする、そういう心理が多少は働いていたことも認めましょう。何と言っても、直接の比較対象が「最低」民主党政権だったということもあります。しかしこれは、いま流行り(?)の「認知的不協和」と呼ばれる極めて恥ずかしい状態です。ざっくり言えば、



自分自身の精神の安定を守るために誤りを認めず、

「①客観的な事実」ではなく、大した裏付けの無い「②信じる心」を優先させ、

①を突きつけてくる人々に攻撃的な態度をとったり、蔑んだり、無視するなど、

様々なネガティブな反応をとり、

ひたすら②を大事に守ろうとする精神的防衛反応



といったところでしょう。
私は自らの無知さや分際を知っている上に、この構造も大体知っていますので、誤りを改めることに大した抵抗も無く、世の中の平均人よりはこの認知的不協和的症状は軽いと思います。例えば、つい先日コメントを頂いた「生活保護の現物給与は無理」という話も、ごく真面目に受け止め、己の無知さ加減を再認識せねばならぬと考えています。まともな返事ができていない点はごめんなさい。(まぁ、これは全ての皆さんに対してですが←)
それでも3年前、認知的不協和的心理が存在していた、少なくともゼロではなかった、ということは認めます。お恥ずかしい。面目ない。

この呪縛からほぼ解放(?)されたのは、やはり2014年4月の消費税率引き上げです。この時点においても認知的不協和、ひいては「信じる心」を発揮するならば、


「官邸としては、どうしても消費税増税は回避したかったはずだ。これは財務省をはじめとする様々な政治的圧力の結果だろう。代わりに、増税の悪影響を打ち消すだけの財政政策をはじめ、様々な対策を用意しているに違いない」


となるのでしょうが、私には、さすがにこれを飲み込むだけの信心はありませんでした。当ブログでも、この時点から明確に「内閣不支持」を表明し、ついでにブログのランキングも坂道を転げ落ちるようにアレな感じになったわけです。(笑
何度も述べたことですが、消費税増税はその場限りの単発的悪影響ではなく、減税しない限り(従ってほぼ半永久的に)国民を殴り続けます。ただでさえデフレ脱却は、単年度でなく、ある程度腰を据えた、最低でも数年に亘る十分な財政支出を要すると認識していますが、半永久的に悪影響を与え続ける消費税を上げたからには、それに見合う財政支出は、よほど劇的な変化を伴う国民的コンセンサスがないと不可能です。

その点から見てみると、我々が最も期待した第二の矢「機動的な財政政策」は、2015年中頃のデータを示しつつ、

http://www.kantei.go.jp/jp/headline/seichosenryaku/sanbonnoya.html

>すでに第1の矢と第2の矢は放たれ、

とありますから、「すでに仕事は終えましたよ」という認識なのかもしれません。なんだ、もう終わっていたのか・・・という。笑
繰り返しますが、デフレ脱却という一事をもってしても単発の経済対策では不十分です。ましてや消費税増税が併用されるのなら、たとえ補正予算を毎年度つけるとしても、よほどの規模でない限り十分な効果はありません。そして、そういうことをしていると、確実に、

また今年もバラまきをやるのか!!

という批判が巻き起こり、どうしても予算規模は不十分になりやすい。だからこそ、やれ消費税増税の悪影響を抑えるだの、英国EU離脱で先行き不透明だの、という適当な理由(=言い訳)をつけてチマチマと姑息な(=その場しのぎの)補正を組むのはよろしくない、ということです。
いや、もちろん、姑息であってもやらないよりは良いですよ。しかしそういうやり方は、せっかく出動させたお金が最大限の効果を発揮しにくいし、何度も言うようですが、財政均衡派などから「だから財政政策は無駄だと言ってるじゃないか」という余計な論拠を与えてしまうことになります。そして、日本国内における最大の問題は、

使ったお金は消えてなくなると、大半の国民が固く信じ込んでいること

にあるのだから、このような論拠を与えるのは極めてまずいことです。
現状がなかなか上向きにならないのは政治家だけの責任ではありません。政治家を選ぶのは我々であり、極端な話(極端でもありませんが)、政治家の生殺与奪は我々国民が握っています。政治家の側としては、自分の命を左右できる存在である国民の大半が、


①社会保障のために消費税を上げるのは仕方ない

②政府がお金を使うのは刹那主義であり、将来へのツケを残す

③国会議員の数を削って支出を減らすべき
(←超絶的に頭悪い…orz)


と考えているのだから、そのように動くでしょう。さらに極端な話をすれば、経済に関してまともな考えを持っている政治家が当選するには、嘘をつかなければならないということでもあります。だって、国民の大半は①②③のように考えているのだから、


財政出動こそがデフレ脱却の道です

社会保障のための増税など必要なく、日本は破綻の恐れもありません

政府の借金は、現に減り続けています


と主張して立候補しても、「アホじゃないの」「またキワモノ候補者か」と言われてお終いでしょう。

------

まとめ。

我々国民の認識として重要なのは、経済的苦境が現出した時に、それを、過去の放漫経営のツケだと考えたり、解決するには歯を食いしばって辛抱するしかないといったような、すなわち道徳的問題にすり替えないことです。
もちろん、放漫経営のツケが悪さをする場合も想定はできます。しかし少なくとも日本にそれは当てはまらないし、むしろ日本の場合は辛抱に辛抱を重ねてきた結果として経済的苦境が現出しているという、この点を決して誤って認識しないことです。
現在の日本は、辛抱を重ね続けたそのせいで現出した苦境を、

「辛抱そのものが間違っていた」

と正しく理解することはなく、逆に、

「まだ辛抱が足りていないのだ」

という方向で理解し、非道徳を行ってきた自らへの懲罰を課すことでしかこの問題は解決されないという悲壮な覚悟で立ち向かおうとしています。もちろん、その結果は、残念ながらさらなる苦境をもって報われることになるでしょう。なぜって、そもそも経済とは道徳ではないからです。
お金を使うことを非道徳的だと考えている国に、未来はありません。言い換えれば、(殊に政府が)お金を使うという行為は、経済の世界においては非道徳とは対極にあたる場合があるし、また現在の日本はまさにその「場合」に合致するのです。

そして、これは世界中で起こっていることですが、経済の専門家、学者などの多くは誤った結論を頭の中に持っており、その誤りを認めようとする例は極めてまれです。
さらに言うと、私のように、学者でないどころか大学の経済学部すら出てもいない、たまに千円くらいの経済の本を買って喜んでいる程度のド素人が、ノーベル経済学賞受賞者の考えと正反対の結論を他者に認めさせようとする努力は、途方もなく不毛です。ただ、私だってそれを権威主義だの何だのと単純に批判するつもりはさらっさらありません。(笑) 自分だって、何も知らない分野について、とある「素人」から説明されることを考えれば、専門家は全然違う見解を持っているようだが…と文句を言いたくなるのも当然だと思います。ましてや、

「今この世界は学者もノーベル賞受賞者も大半が間違っていて、私だけが正しい」

と言われても、「あーはいはいそうですか」と思われるのは当然です。
正直、これほど絶望的に根の深い問題は無いと思います。そして、この絶望的に根の深い問題を解決しない限り、政治家はそう簡単には動けないということです。

話を元に戻すと、冒頭の記事で日本政府がやろうとしているのは、とりあえず動かせるお金を見つけて、それを



外国に投資して、


自由貿易の好条件を引き出そう


ということです。すごいなあ。
正直言って、絶望は深まるばかりです。
私には権威も肩書きも時間もお金もないので、ブログをちまちま更新したり、オフラインの世界で何とか言いたいことを伝えたりという、それ以上のことはできません。


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