表現者側にいる友人が" (他者の作品を観るときに)それほどでもないと感じたものが称賛されていると、自分に気づけなかったものがあるのかもしれないと思って怖くなる" といった話を何度かしてくれていて、そういうものだよなと思って聞いている。
その" そういうもの" というのは友人のいう内容そのままを自身で感じているのと同時に、自分にとってそれは作品の上だけでなく、日常生活の場でも起こり続けていることだからだ。
いつそれに気づいたかはもう忘れてしまったが、幼い頃から違和を感じていたのは確かだ。自己中心的?感性が違う?記憶能力が低い?何らかの障碍?わからない。しかし、自分が何ともないと思うことを他者が騒いでいたり、その逆のことが起きたりすることはそこそこの頻度で起こっていた。田舎で小学・中学と顔ぶれが変わらない環境だったからそういう個性の人間と認知され、幸か不幸かある程度穏便に卒業でき、高校も同じような具合だった。小中学校の同窓会であった友人たちから「お前が結婚するとは思わなかった」と言われて、ああやはりそう思われていたのかと変に納得した。
幼い頃に交通事故により後頭部を強く打ったことが元で記憶が薄れやすいのではと勘ぐって入るのだが(そのような診断は出ていない)、異常に物忘れがひどく、また物を忘れやすいということもある。忘れ物防止のために玄関の靴の前に置いておいても持ち忘れることがあるほどで、購入後に切符がみつからなくなることも一度や二度ではない(過去に観た映画や本を再度見返す時に、新鮮な気持ちで見進められるときがあって、そこだけは少し感謝している)。仕事柄、年相応の物忘れや初期の認知症の方々と接すると、何とも言えない気持ちになることがある。
自身の記憶に自信が持てないゆえに、外部記憶に異常な執着を持つようになった。おそらくそれが転じたものと思うが、貰い物や故人の遺したものなどをおいそれと捨てられない性格になってしまい、部屋は年じゅう片付くことなく次第に積み上がり、文房具やPC 関連機器は家を探せば同じものがゴロゴロ出てくるようになってしまった。
また、小さい頃に夏休みアニメ劇場的なもので観始めた「KEY THE METAL IDOL 」というOVA があって、その作品の主人公である兎季子という少女は、自分はロボット工学者の祖父に造られたロボットだと信じているという設定だった。他者との世界の捉え方の相違を受け止める姿勢に、変に親近感を持ったのは覚えている。それはその後の続き、冨樫義博が描いたマンガ「LEVEL E 」やキリンジの曲「エイリアン」など、人に擬態して日常を少し外側から描く作品に興味を持つようになった。
或いはそれは、自分が左利きだったり色覚異常だったりと、生きるうえで少しずつマイノリティを感じる場面が多かったことが起因しているのかもしれないし、外面は良いが自己中心的に生きる父親の教育感が増長させた結果であっただけなのかもしれない。
もうひとつ。座禅で“雑念を払う”という言葉があるから皆そうだと思っていたのだが、自分の頭のなかではだいたいいつも何がしかの音楽が流れているか考え事をしているか時には並行しているか複数同時に行われているかしていたのだが、聞くところによると" 何も考えない” ということができる人がいるらしいという話を聞いて心底驚いた。極度に集中できればその他の思考は中断されるが、そうなるとそれ以外が極端に見えなくなる。
人生も折り返しになってわかってきたが、自分にとって集中できる幸福な時間は、仕事でエクセルを使ったプログラムを組んでいる時か、優れていると感じる映画・演劇を鑑賞しているときくらいだ。その2つの事象以外で頭がクリアになる時が年に2 ~3 日あって、たいてい半日ほど続くその日は仕事がとてもスムーズに進む。何がトリガーになって頭がクリアになるのかは、まだわかっていない。
とにかく物心付いた頃からそのようなものだから、” 自分だけが気づけないでいるのではないか” という不安には、さすがに対処できる(半ば諦められる)ようになってきた。人生も半ばを過ぎ、この精神・肉体との付き合いもあと半分を切った。すでに擬態前の記憶を忘れてしまった私は、これから何を覚え、いくつの過ちを犯し、そのうちいくつもの罪を覚えていられるのだろう。
生きるということは、とても現実的なことだ。せめて、残った時間で関わる人たちのために、僅かでもその記憶の片鱗を持ち続けていられればと思う。これからを後悔しないために。
bgm Mirage Collective – “Mirage Op.1” (Official Visualizer)
https://youtu.be/dmkeUhNcfnE
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