Egi Shun,s BLOG~歴史教科書から探るほんとうの朝鮮半島史~

山川出版社刊 『詳説 世界史研究』『詳説 日本史研究』 の記述から、朝鮮半島の歴史について詳しく編纂しました。右サイドバーの目次をクリックしてください。


テーマ:
詳説世界史研究(山川出版社 2002年版) より書き起こし
 ↑高校教師用の教科書です。私は教師ではありません。教員免許も持ってません。趣味で所有しております。

396頁
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
三跪九叩頭の礼とは、臣下が皇帝に対面するときの儀式で、3度ひざまずき、そのたびに3回ずつ頭を床につけて拝礼するものである。マカートニーは乾隆帝との会見に際し、この三跪九叩頭礼を求められ拒否したが、乾隆帝はイギリス人は礼儀を知らぬ野蛮人であるからとして、特別に三跪九叩頭礼を免除して謁見を許した。

アマーストは、嘉慶帝への三跪九叩頭礼を求められ拒否したが、今度はそのために会見を許されず、むなしく帰国するほかなかった。

ウイキペディア → wikipedia.org/wiki/三跪九叩頭の礼 

清朝側は1757年の乾隆帝の決定により、海外貿易を広州1港に限定したうえ、中国との取引は公行(コホン)と呼ばれる清朝指定の少数の特許商人(およそ10行ほど)との間でのみ許可するという、厳しい制限貿易をおこなっていた。

このため、これを不満とするイギリスは、1793年にマカートニーMacartney(1737~1806)を、1816年にはアマーストAmherst(1773~1857)を派遣して、制限貿易の撤廃を要請したが、海外貿易をあくまでも従属国からの朝貢という観念でとらえる清朝は、まったく受け付けなかった。

こうした清朝の中華思想的立場は、イギリス使節の会見に際して生じた三跪九叩頭礼問題にもよく表れている。

(引用ここまで)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
$Egihson,s BLOG






$Egihson,s BLOG

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まあ理由はこれだけではないんだけど、キレちゃったイギリスは自国植民地のインドで生産したアヘンを清国に密輸入しはじめちゃったの。アヘン中毒者が増えるにしたがって、貿易はイギリスに黒字になったの。イギリスと清国の対立は深まり、↓

アヘン戦争 (1840~42) 清国の圧倒的敗戦

南京条約
  (1842)  いわゆる完全な不平等条約。同じ内容で、米・仏とも不平等条約

アロー戦争
 (1856~60) 英仏が連合して因縁つけて「もっともっとむしりとるよお~!!」

天津条約 北京条約
 (1858) (1860) 事実上半植民地化の開始




自業自得乙 (--〆)

日清戦争
 (1894~95) 李氏朝鮮の宗主国であることにこだわりすぎて圧倒的敗戦

下関条約
 (1895) 新興小国である日本に敗戦したことによりその弱体ぶりを暴露

義和団事件
 (1900)  西太后らは義和団を支援し列強各国に宣戦布告 

北京議定書
 (1901)  清国内の同胞保護のため、北京に8カ国共同出兵
               (多国籍軍の先駆け?) <日・露・独・墺太利・英・仏・伊・米>
   俺も!俺も!俺も!俺も!俺も!俺も!俺も!俺も! www




自業自得乙  (--〆)


詳説世界史研究402頁に興味深い記事があったので、これも載せておきます。
「中国の洋務運動と日本の殖産興業」 参考
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

清末の洋務運動と明治政府の殖産興業政策は、ともに西洋技術の導入による近代産業の育成をはかるものであり、時期的にも並行するものであったが、その結果にはかなりの違いがみられた。

たとえば、綿紡績工業は、両国ともに力をいれた分野であったが、1894年当時の紡錘数は、日本の50万錘に対し、中国は13万錘にすぎず、日清戦争をへた1903年には、日本の138万錘に対し、中国は32万錘と差はさらに拡大した。

こうした結果にはさまざまな要因が考えられるが、以下のことがおもな理由としてあげられる。

(1)アヘン戦争・アロー戦争の2度の敗戦をへた清のほうが、日本にくらべて外国からの圧力がいちだんと強力であり、とくに多額の賠償金負担と租界の存在が経済発展の足かせとなった。

(2)日本では、幕末までの商品経済の全国的発展と国土の狭さによって統一的な国内市場がほぼ形成されていたのに対して、中国では、国土の広さと地域による著しい経済較差によって地域ごとの小経済圏に分裂した状態にあり、近代産業の成長に不可欠な全国的な商品流通の条件が整わなかった。

(3)中国がみずからの伝統文化から簡単に脱却できなかったのに対し、日本は外来文化を受容することにこだわりが少なかった。

(4)日本では、江戸期以来の教育の普及により、外来文化を学習する条件が整っていたのに対し、中国では教育の普及がおくれていた(識字率は10%以下)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



自業自得&言い訳乙 (--〆)

日本のお蚕さんと女工さんの勤勉さと真面目さに頭が下がる思いですね。(2)と(4)に関しては現在にも通じるところありかも。黒船来航(1853年)から僅か15年で国をまとめて明治維新(1868年)を達成した日本人はすごいなあと素直に思います。





アメリカが、アヘンではなく遺伝子組み換え食物で日本市場を狙っています。
仕掛け人はアメリカのモンサント社と住友化学(経団連会長・米倉の会社)。

そんなまさか信じられないという方は自分で検索して調べてみてください。
検索ワード TPP モンサント 住友化学 など。






AD
いいね!した人  |  コメント(1)

[PR]気になるキーワード