判例タイムズ1425号などで紹介された事例です(東京高裁平成28年1月20日判決)。

 

 

本件は、被告人が覚せい剤密輸(営利目的輸入)の罪で起訴された裁判員裁判において、検察官が提出した証拠に関して、検察官、弁護人の認識・思惑と裁判所の認識がてんでバラバラであったため、判決の認定事実とそれを支える証拠が整合しなくなってしまったという事案です。

 

 

薬物の密輸事案ではよくあることですが、本件でも、被告人が委託者Aから「父親の遺産の管理のために必要」と言われて託された荷物を日本に持ち込むことを依頼されたという経緯で、被告人は荷物の中に薬物が入っていたことは知らなかったと主張しました。

 

 

その際に検察側から出てきた証拠の一つとして、被告人とBという人物との間のメールがあり、その内容は被告人が「もううんざりだ。」「俺が日本に行かないとお前ら困るんだろ。」といった内容のものでした。実際は、薬物の持ち込みを委託したAとメールに出てくるBは全く無関係であり、やり取りについても別件のことであったのですが、このことは控訴審で取り調べられた証拠(他のメールなど)によって立証されています。

検察官がこのメールを提出した趣旨としては、このメールで「被告人が本件起訴された荷物の中身に疑念を抱いていたこと」(=被告人の認識、すなわち、本件が有罪か無罪かに直結し得る)ではなく、AとBが無関係であることは前提とした上で、このメールで立証したかったこととしては、被告人が主張していた「被告人は騙されやすい性格の人であった」ということに対する反証のために提出したものでした(証拠として大した重きは置いていなかった)。

 

 

一審の弁護人は、AとBが無関係であることを立証するための証拠の取調べ請求していましたが、検察官が不同意としたため、請求は維持したまま被告人質問において被告人が「AとBは無関係である」と述べたため、それで十分と考えて、その後、取調べ請求は撤回していました。

 

 

結局、胡散臭い内容の前記メールだけが証拠(危険な証拠)として残ってしまい、ふたを開けてみると、判決では、AとBは関係する人物であると認定されたうえに(両社が無関係であるという被告人の供述だけでは信用できないとされた)、検察官と弁護人との間では「被告人が騙されやすい性格であるか否か」という点でのみ関係する証拠として考えていたメールが(弁護人としては検察官証拠に対する意見として「被告人の性格に対する反証の限度で同意する」という限定をつけておけばよかったのですが、本件では双方に共通の認識があると考えたため特に限定を付していませんでした)、「本件荷物の中に薬物が入っているのではないか被告人が疑念を抱いていたこと」の証拠として使われてしまっていたのでした。ピッチャーもバッターもクソボールだと思っていたのに審判がど真ん中のストライクにしてしまったというところでしょうか。

 

 

控訴審においては、このメールだけ見ればAとBが関係していて本件起訴された荷物とも何か関係があると誤解してもしかたないだろということで一審裁判所にも理解は示したものの、争いのある事案においてこのようなメールが被告人の認識に関する重要な証拠なのであれば検察官の論告に必ず言及されているはずであり、そうでないのであれば(通常であれば考え難い事態と表現されています)、どういうことなのか双方にきちんと確認すべきで、必要に応じて補充の立証を求めるなどの措置を取るべきであったとして、この点で一審判決を破棄したうえで差し戻しとしました。

 

 

本件は裁判員裁判ですので、公判前整理手続に付されているわけですが、公判前整理手続きの理念としては、公判の前に双方が主張と証拠を出し合ってしっかり争点を確認しましょうとなっているわけですが、理念だけ言われても、とりわけ一歩間違えれば命取りになりかねない(有罪となる)被告人側からすると、おっかなびっくり、やすやすと胸襟開くわけにもゆかないわけで、双方の主張、さらに証拠まで直接見たうえできちんと裁いてくれる仲裁役が必要ですが、公判前整理手続きでは裁判所は証拠までは見ることはできず、また、公判前整理手続きを担当した裁判官がそのまま公判も担当するわけですので(公判前には心証を取ってはいけないというルールがある)、裁判官としても「この証拠の主張のここがよく分からない」とか「この主張と証拠の関係が良く分からない」といった突っ込んだ裁定をできるわけでもないのです。

そういう意味では、公判が開かれる前に主張や証拠は全部見たうえで、公判は別の裁判官が担当するといった制度(予審)も考慮したほうが良いのではないかなあと思う次第です。

 

 

 

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