判例タイムズ1421号で紹介された事例です(東京地裁平成26年11月6日判決)。




本件の主な争点としては,平成22年2月の死亡当時77歳の遺言者が残した自筆証書遺言(平成21年10月28日付)の有効性が問題となりました。



遺言の無効を主張する原告側では,遺言の筆跡が遺言者のものではない,押印は遺言者自身が押印したものではないとしてその真正性も争いましたが,この点について,裁判所の判断としては,筆跡鑑定も経たうえで遺言者が作成したものであるとし,また,押印されていた印鑑は被告の一人が預かっていた遺言者の預金の銀行届出印でしたが,同印鑑を被告が遺言者に渡して遺言者が押印した可能性もあるとして,遺言上の記載,押印については法的な問題なしとしました。



遺言能力の点について,遺言無効が争点となる案件においてよく出てくる論点について本件でも問題となっていますので,頭の整理もかねて列記しておきたいと思います。



・公正証書を作成した際に公証人によって判断能力が確認されているという主張について

 遺言の有効性を主張する側からは,よく出てくる反論です。本件でも,平成21年11月6日に,遺言者と被告との間で,公証人による任意後見契約の締結がなされていました。

 しかし,遺言者は平成21年7月頃には記憶障害,見当識障害,意欲低下が出現し,8月頃には預金通帳と届出印を被告が預かるようになっていたこと,9月に入るとつじつまの合わない言動があり,10月の要介護認定調査では「意思の伝達 ほとんど不可」「毎日の日課・短期記憶 できない」「日常の意思決定 困難」とされ要介護5とされていたこと,11月には排便後に手で拭いてしまうなどの行動が見られたとされ,また,任意後見契約締結直前の11月2日には医師により後見相当という判断がされていたこと,公証人とのやり取りも公証人からの質問に対して「はい」と応答するだけのものであったことなどの事情から,公正証書の存在は重視するには当たらないと判断されています。




・要介護認定調査における記載は高い介護認定を獲得するために実際の状況とは異なるという主張について

 これも,遺言が有効か無効かをめぐって争われる際にはよく出てくる主張の一つです。

 自治体による要介護認定調査の記録は自治体から取寄せることができ,裁判においても出てくる資料となります。

 ここに記載された事柄について,遺言の有効を主張する側からは,高い認定を獲得するために重く見せたのだと言い,逆に無効を主張する側は第三者(調査員)の前で本人が頑張ってしまったので実情よりも軽くなっているのだなどと主張があったりします。

 本件では,要介護認定の調査記録では遺言者の判断能力について前記のとおり記載があったのですが,裁判所は,遺言者の要介護度はもっとも重い5であり,軽度の症状を誇張するだけでそのような最重度の認定を取れるとは思えないこと,被告自身が遺言者の生活ぶりを具体的に述べているところからすると(ひどい物忘れがあるなど),被告が認定獲得のために事実を全く仮想して述べたとも思えないことなどから,認定調査の記録は信用することができるものとされています。



・「見当識は保たれている」などの医師の診断の存在などについて

 遺言の有効性を争う裁判では,医療機関や介護機関から取寄せた膨大な診療録や介護記録に当たることになり,記録に記載された一つ一つを検証していくこととなります。

 本件では,平成21年10月(遺言作成の前月)に見当識は保たれている,遺言者がある程度の会話(遺言者が「今日は○○日ね。」「明後日帰るのね。」と言ったという記録)が出来ていたことを示す診療録上の記載があり,遺言作成当日の10月28日にも「意識レベルは普段通りで全身状態も悪くない」との診断が記載されていました。

 この点について,そのような記載をした同じ医師が,12月1日には長谷川式スケールで30点中10点としたうえで後見相当であると診断しており,医師としては,表面的に会話が成立しており,ある程度の見当識があったとしても,そのことを前提として,遺言者の判断能力の低下があったという判断を下しているのであるから,遺言者の判断能力の低下があったと認めるのが相当であるとされています。

また,11月2日には別の医師が「記憶力の問題はあるが程度は軽い」という診断をしていたところ,これについても,その医師がそれを前提として後見相当であるという診断を下していることから,その医師のいう「軽度」とは後見レベルのことであったということができるとしています。



・遺言能力に問題があった者であれば整った文字で意味の通った遺言を書ける筈がないとの主張について

 この点について,自筆証書遺言の場合には,遺言者がどこでどのように遺言を書いたのかという具体的な状況は分からないので,遺言の無効を主張する側にとっては不利となります。

 本件でも,被告側は預かっていた銀行届出印を遺言者が「ちょっと戻して」と言うのでそれに応じて渡していたことがあり,それを使って遺言を作ったのだろうという主張をしていますが,実際のところは分らないわけです。裁判実務上,印鑑の冒用,盗用可能性については,裁判所はある程度そのような心証を抱いたとしても,そのまま認定することは少ないとされています(本件でも,遺言に押印したのは遺言者であるとして文書の真正については問題なしとしつつ,その点については文書の真正の問題としてではなく,判断能力の問題として取り上げているわけです)。

 この点について,本件の裁判所の判断としては,遺言の内容が被告側に有利なものとなっており,被告が遺言の作成に積極的に関与したことが「推認」されるとして,被告が遺言の作成に全く関与していないというその主張の信用性には疑問があると述べ,そうであるとすれば,整った文字で遺言が書かれていたとしても不自然ではないとしています。




以上のような判断を経て,本件では平成21年10月28日付の自筆証書遺言については遺言能力を欠いていたという理由で無効としています。





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