http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151216/k10010343121000.html



明治時代から続く夫婦別姓を認めない民法の規定について、最高裁判所大法廷は「旧姓の通称使用も行われており憲法に違反しない」という初めての判断を示しました。
16日の判決で最高裁判所大法廷の寺田逸郎裁判長は、夫婦別姓を認めない規定について、「憲法に違反しない」という初めての判断を示しました。判断の理由として裁判長は「名字が改められることで、アイデンティティが失われるという見方もあるが、旧姓の通称使用で緩和されており、憲法に違反しない」と指摘しました。そのうえで、「夫婦別姓については国会で論じられるべきである」と述べました。
明治時代から100年以上続くこの規定を巡っては、夫婦は同姓にすべきか別姓を選べるようにすべきか意見が分かれていて、最高裁の判断が注目されていました。
(12月15日付NHKニュースウェブから一部引用)。


注目されていた最高裁の判決ですが,夫婦別姓制度については合憲という判断となりました。



憲法論的には,いくつかの論点があると思いますが,一つには,憲法24条において,婚姻は両性の合意「のみ」によって成立するとされているのに夫婦どちらかの氏を選択しなければ婚姻が成立しないという制度はこの規定に照らして合憲といえるのか,大半において夫の氏が選択されているという現状に照らして夫婦同姓を強制することは両性の本質的平等に立脚して制定されたものといえるのかといったことが問題となります。



憲法第24条  婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
○2  配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。


多数意見においても夫婦の氏をどちらかに選択させることの問題点については指摘されているものの,おおかたの予想通り,家族の呼称を一つにするという立法趣旨に一定の合理性を認めた上で,議論は司法ではなく国会の場でなされるべきという立法裁量論もスパイスしたうえで,合憲という結論を導いたようです。



育った環境のせいなのか,社会通念とやらに毒されているのか,実務の垢が溜まっているのか,私も夫婦であれば同姓という固定観念に囚われてしまっている者の一人ですが,夫婦別姓を求める原告側は別に夫婦同姓を否定しているわけではなく,夫婦別姓も選択できるようにしてほしいということなので,どちらの主張も併存し得る筈です。



そうすると,夫婦別姓を否定して,夫婦同姓のみを認めて併存を許さないこと,そうでなければ税金や社会保障等々の恩恵が受けられないなどの仕組みとなっていることについて,それだけの合理性があるのかということが問われることになってきますが,この点については夫婦同姓論者の論拠としては,家族の一体性ということも言われるわけですが,氏(姓)が同じだからといって家族の体をなしていないさまざまなケースを見るにつけ,根拠としては薄弱なのではないかと思われるところです。




多数意見が指摘するように夫婦同姓が現在の我が国社会にある程度根付いていることについてはその通りだろうとも思うのですが,そうなのであれば,夫婦別姓を認めたからといって雪崩を打って夫婦別姓社会になるということも考えられないように思います。

選択肢を増やした上でどのような選択をするのかはそれぞれのカップルが決めるべきことで,それが積み重なって社会を形成するものだと思います。



結論として合憲判断でしたので今回の原告には何の助けにもならなかったかもしれませんが,それでも,今回の夫婦同姓の合憲性を問う訴訟も20年前,30年前であれば,あっけなく合憲判断が出て終わっていたように思うのですが,今回の最高裁判決には違憲とする個別意見も付いているようですから,これも一つの社会の流ではないかと感じました。

今後,さらにさまざまな家族の形が出現するであろう社会の流れや国際的な圧力,夫婦同姓を原因とすることで起こってしまった何らかの社会的な耳目を引くような事件により夫婦別姓を求める世論の高まりがさらに高まるといったことなどをきっかけとして,夫婦別姓選択制が取り入れられていく可能性も十分にあり得るのではないかと思います。



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