判例時報2270号で紹介された事例です(名古屋地裁岡崎支部平成27年4月8日判決)。




本件は,重度の知的障害であったAが,通所していた施設で,トイレの介助を受けていた際に,突如不穏となって,施設職員に対し暴行をふるい,拳が職員の右目に命中するなどしたというものです。本件のAは事件当時23歳くらいだったようですが,生まれつきの知的障がい見られ,3歳時には自閉症,最重度精神遅滞の診断を受け,養護学校の小学部,中学部,高等部に通学していたということです。20歳頃の知的年齢は1歳3か月とされ,体格は170センチ超,体重も100キロを超えていたということです。

Aの両親はAと同居しながら,Aのために医師の診察を受けさせたり,Aが20歳を超えた時期から本件施設に通所させるようになったようです。



施設職員は,Aの両親に対し,Aの監督をすべき義務がある者として民法714条に基づく責任があったなどとして,5000万円の損害賠償請求を求めて提訴したというのが本件です。



民法714条というのは,最近になってとみに取り上げられることも多くなった条文で,認知症の高齢者が徘徊して鉄道踏切に立ち入ったとして問題となった事例(この件については高齢者の妻について責任を認めた高裁判決に対して最高裁において何らかの具体的な判断が示されるようです),サッカーのフリーキックをして遊んでいた子どもの両親の損害賠償責任を否定した事例などが耳目を集めました。






民法第714条  前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。


Aの両親が民法714条1項の監督義務者に該当するかについて,裁判所では,本件当時の精神保健福祉法において規定されていた保護者制度に基づくと,既に成人となっていたAについて,家裁から保護者として選任されていたわけではないAの両親を監督義務者として認めることはできず,当時の保護者としてはAが居住していた自治体の首長が保護者であったとし,Aの両親がAの保護者であったから監督義務者に該当すると主張した職員側の主張を退けました(なお,仮に保護者に該当するとしたとしても,民法714条1項の監督義務者に当たるかどうかはさらに検討されるべき問題であるともされています)。




民法714条1項は法定の監督義務者,すなわち,親権者や保護者など,法的に精神障害者を監督すべき義務を負っている者の責任について定めた条項ですが(なお,平成21年の精神保健福祉法において,保護者については精神障碍者の自傷他害防止監督義務は撤廃されていますが),同条2項は,法律的にそのような義務はなくとも,事実上,監督すべき地位,立場にある者についての監督義務を定めた規定です。




本件において,裁判所は,民法714条2項の監督義務者に該当する基準として,精神障害者が他人に暴行を加えるなどその行動に差し迫った危険があるのに,その家族の統率者たる地位にある者が,当該危険発生回避のために,最低限度の対応もしなかったなどの特段の事情がある場合に限られるという規範を立てたうえで,本件においては,Aの両親は,Aの幼少期からその生活介助や自立の支援に他面から取り組んでいたこと,本件事故が施設内での介助中に突発的に起こったものでAを施設に引き渡した後の出来事についてAの両親にAに対する監督をさせることは事実上不可能であったことといったことなどから,Aの両親は民法714条2項の監督義務に基づく損害賠償義務も負わないものとしました。




その他職員側からはAの両親の注意義務違反についてもろもろ主張されましたが,いずれも排斥され,本件判決は確定しています。




少し思うのは,判決文にも指摘されていますが,本件施設では,精神障碍者のおむつ交換についての研修というものは実施されたことはなく,Aについては以前から暴行行為が見られたことから職員が体制について改善策を上申しても改善されることはなかったということですので,本件においては責任追及されるべきとしてはAの両親ではなく,施設の安全配慮義務違反ではなかったかといいえそうです。





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