http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150815/k10010191131000.html



終戦から70年を迎えた15日、天皇陛下は、全国戦没者追悼式でのおことばで、戦没者を追悼し平和を願う結びの一文に、新たに「さきの大戦に対する深い反省と共に」ということばを加えられました。戦没者追悼式での天皇陛下のおことばに「反省」ということばが盛り込まれたのは初めてです。
戦後70年を迎えたことし、天皇陛下は14年ぶりにおことばをかえ、戦後の日本の歩みを振り返る部分に、多くのことばを足されました。
まず、今日の平和と繁栄を支えたものとして「国民のたゆみない努力」に加え、新たに「平和の存続を切望する国民の意識」という表現を用いられました。そのうえで、例年、「苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません」としていた部分を「戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがありません」と言いかえられました。
さらに、戦没者を追悼し平和を願う結びの一文に、「さきの大戦に対する深い反省と共に」ということばを加えられました。戦没者追悼式での天皇陛下のおことばがこれだけ変わるのも、「反省」ということばが盛り込まれたのも、今回が初めてのことです。
(本日
付配信のNHKニュースウェブから一部引用)。


昨日の安倍首相の談話については賛否両論あるとは思いますが,賛成の人は賛成だし,反対の人(国)は最初から反対ということで,何を言ったところで政治問題として取り上げられてしまうわけで,また,政権が変わるたびに今度は安倍談話を継承するのかどうかを問われ,政権によって微妙に談話のニユアンスが異なるなどして,これからも,この問題は繰り返されるのだろうと思います。



私自身は,安倍首相の談話というのは,明治維新や日露戦争の時期まで歴史遡っていることや,その国土で直接戦闘を行い戦火を交えた中国とそうではない韓国との違いについて文脈上違いがあるのではないかと思われることなど,それなりに配慮された意味のあるものではなかったかと思いました。



もっとも,安保法制の議論での説得力のない稚拙な設例を用いての説明や議論などを聞いていると,局面によってことばの持つ重みや説得力が違うような気がして,何となく,不安定な要素を持っているように思いました。




一部で評価されている「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」ということについて,(一部の国が政治的に利用しようとしているのではないかということについて)感情的にはそのように思わないわけではありませんが,それを決めるのはその世代の人たちだと思います。私自身としては,自分の祖父母以前の世代のことであったとしても,国外を戦地として現地の人々を傷つけたことについて,日本国民として反省し謝罪するということに抵抗はなく(反面,同様に,通化事件や葛根廟事件,敗戦後のソ連兵の残虐行為など日本人が犠牲となった事案についてもきちんと取り上げてほしいと思います。),「あの戦争に何ら関わりのない」という表現は少し強すぎるのではないかと感じました。





そのような中での本日の追悼式での天皇陛下のおことばの中に「反省」ということばが付け加えられたことについて,戦後の歩みについても触れられたうえでの文脈で考えるならば,先の大戦によって犠牲となった国内外の犠牲者の上に現在の繁栄が築かれていることに思いを致すべきであって,「あの戦争に何ら関わりのない」というような考え方には一定の釘を刺すべきものとして述べられたものではないかと感じました。





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