http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150803/k10010176081000.html


国内のカジノ解禁に向けた法案が国会に提出されるなか、賛成・反対双方の立場の国会議員が、解禁の是非にかかわらずギャンブル依存症の対策を充実させる必要があるとして、共同で勉強会を発足させるなど、依存症対策を巡る議論が活発化しています。
(本日付配信のNHKニュースウェブから一部用)。



私自身は,ギャンブルについてはあまり熱くなれないたちのようで,パチンコも誘われて1回やっただけでそれ以降やりたいとは思わないし,競馬やオートレースを一時期やっていたことはありましたが,あくまでも遊び金の範囲で留め,それほどのめり込むこともなく卒業できました。




こういう自分からするとギャンブル依存症になる人の気持ちというのはあまりよくは分りませんが,分かる,分らないではなく,一種の病気だとすれば,必要なのは,事前の対策(抑制)と事後の対策(治療)ということになります。




ギャンブル(賭博)というのは,特別に許可されたもの(公営ギャンブルなど)以外は違法であり刑事罰が科されることとなっていますが,刑事罰というのはあくまでも事後的な規制ですので,ギャンブル依存症という病気により引き起こされているということであれば,より重要なのは,そのような犯罪を起こさせないこと(事前の対策・抑制)ということになります。




もっとも,実際に刑事事件となってしまった場合に,弁護側が事前の対策の不備といったことを指摘したところで,被告人のために有利に考慮してくれるようなことはほとんどありません。

被告人の生い立ちや環境といったことを指摘して被告人に有利な事情として主張したとしても,「同じような環境でも犯罪起こさない人だっているでしょう」ということで一顧だにされないことが多いのですが,ギャンブル依存症の被告人が賭博罪で起訴されたとして,「国がしっかりギャンブル依存症対策をしていなかったからこうなった」ということを言ったとしても,かえって反感を買うだけの結論になりそうです。ギャンブルとは離れますが,以前,免許を持っていないのに自動車を購入したうえで運転したという無免許運転罪の案件で,無免許運転してはいけないというのは当然のこととはいえ,自動車を買うのに免許証の提示も必要とされていない仕組み自体が問題であるという主張をしたことがありましたが,受け入れられませんでした。



法律,特に刑罰法規は,最低限のモラルよりもさらに下の規範であると言われることがありますが,これは,人間というのは欲望に弱い存在であるのだから,ハードルが高いとほとんどの人が引っかかってしまうので,そうならないように,最低限の誰でも飛べるような高さのハードルに設定しておき,それども引っかかった人だけに刑罰を科しましょうということです。




犯罪によって発生する害悪(賭博の場合には,それに伴う本人や家族の経済的な破たんや射幸心を煽られることにより堅実に働こうとする意欲の減退といった社会の善良な風俗に及ぼす悪影響など)を防止するためには,単に,刑罰の個人に対する威嚇的効果に期待し,個人に対する刑罰によって抑制を図れば良いというものではなく,犯罪を起こさせないような社会的な仕組み作りも必要ですが,ことに,ギャンブルのように,社会的な制度や仕組みの上に成り立っているようなものに関連して刑罰を設けるということであれば,なおさら必要なことです。






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