労働判例1112号などで紹介された事例です(福岡高裁平成27年1月29日判決,一審福岡地裁久留米支部平成26年8月8日判決)。




本件は,病院に勤務していた看護師が,HIV陽性の診断を受けたところ,その情報が病院上層部にも伝わってしまい,病院を辞めざるを得なくなってしまったという事案です。



もう少し具体的に言うと,看護師Aは,甲病院に勤務していましたが,霧視・飛蚊症などの症状が出たため,甲病院のA副院長とB医師(非常勤)の診察を受け,さらに紹介を受けて乙大学病院のC医師,D医師の診察を受け,HIV陽性の確定診断を受けました。



看護師Aは,乙大学病院がHIV治療の拠点病院であり,また,勤務先である甲病院にHIV感染の事実を知られるのを恐れて,乙大学病院で治療を継続することとし,D医師に対して「病院での勤務を続けることや上司に報告すべきかどうか」について相談したところ,D医師からは「業務上,患者に感染させるリスクはほとんどない。上司に報告する必要もない。」と言いました。



しかし,乙大学病院のC医師は,紹介元である甲病院のB医師に対して,看護師AがHIV陽性であったことを伝え,B医師は,さらに,A副院長に伝えました。A副院長は,さらに,甲病院の院長にもこのことを伝え,さらに,看護師長にも情報が伝えられたうえで,甲病院は,看護師Aに対して,HIVウィルス量が減少するまでしばらく休ませるという方針とし,さらに,甲病院の看護部長や事務長もA看護師のHIV陽性の情報を共有したうえで,A看護師に対して甲病院の前記方針が伝達されました。

A看護師は,とうして自分のHIV陽性の情報が伝わっているのか不審に思い,C医師からは看護師として働くのに支障はないと言われていると言いましたが,結局,その後,病欠扱いの上,退職届を提出して甲病院を辞めることになりました。


その後,自己のHIV陽性の情報について漏らしたことは違法であるとして休業損害や慰謝料請求がなされたというのが本件です。



本件では,甲病院,乙大学病院ともに訴えられましたが,乙大学病院については一審で和解がされています(和解金100万円)。


したがって,判決の審理対象となったのは,甲病院の情報の取扱いに違法性があったかどうかということに絞られています。



一つは,甲病院内で最初にHIV陽性情報に接したB医師から順次病院内部の医師らに情報が提供された点についてでした。この点については,個人情報保護法23条1項に反するかという形で問題とされました。






第23条1項  個人情報取扱事業者は、次に掲げる場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない。
 法令に基づく場合
 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。

四 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。



この点に関しては,HIV陽性という情報が他人に知られたくない個人情報であるとしたことを前提として,原告として個人情報を提供してはならない「第三者」かどうかは外形的に判断されるべきで,本件の場合,情報が伝えられたのは,すべて甲病院という同一法人の内部の者であるということで,違法性はないとされました。この点,一審で和解で終わっていますが,乙大学病院のC医師が紹介元の甲病院のB医師に対して情報提供する場合にはどうであったのかということは問題として残るところです。医療の現場では診療情報提供ということで情報のやり取りがなされているところですが,基本的には,患者本人の同意を得てなされるべきなのであろうと考えられます。




次に,甲病院が,取得したA看護師のHIV陽性という情報を利用したことが,目的外利用に当たるのではないかということが問題とされました。この点は個人情報保護法16条1項に反するかという形で問題とされています。



第15条  個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うに当たっては、その利用の目的(以下「利用目的」という。)をできる限り特定しなければならない。
 個人情報取扱事業者は、利用目的を変更する場合には、変更前の利用目的と相当の関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えて行ってはならない。

第16条1項  個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。



個人情報保護法では,個人情報を取得する際には利用目的をはっきりさせ,取得した個人情報はその目的の範囲内で利用しなければならないというルールとなっています。




この点,そもそも,A看護師のHIV陽性という情報は,A看護師が診療を受けた結果として得られた情報であり,その情報収集の目的はあくまでも診療目的のためのものであって,その情報の利用も診療目的の範囲で利用できるに過ぎないとされました。

この点からは,最初に情報に接したC医師が,B副院長に情報を伝えたところまでは,B副院長もA看護師を診ていたことがあることから,診療目的であったとみることができるものとされました。




しかし,B副院長からさらに院長や看護師長,看護部長,事務長まで情報が伝えられているのは,診療目的を超えて,HIV陽性となったA看護師をこのまま勤務させるかどうかという雇用管理目的であったとして,この点は個人情報保護法16条1項に違反するとされました。




甲病院側では,病院の個人情報保護規定において,個人情報の利用目的として,「患者,利用者等の生命,健康等の重大の利益を保護するために必要な場合」と規定しており,A看護師のHIV陽性情報の利用は許されるものと反論しましたが,「患者,利用者等」がA看護師以外の他の患者が含まれるのか疑問であるという規定ぶりや,診療目的で取得した情報を雇用管理等別の目的で利用しようとするのであれば,そのことをきちんと説明したうえで,A看護師の同意を得て情報提供すべきであったし,そのことが困難であったとも言えないとされました。




A看護師は,甲病院の労働者と甲病院の患者という2つの立場を有していたわけですが,あくまでも患者という立場で取得した情報を前者の立場に関連して利用することは許されないということです。




甲病院が主張した院内感染のリスクという点について,HIV感染医療従事者が患者に感染させたという事例が当時において世界でも数例であったことや看護師に限れば1件であったことからすると他の患者に感染させるリスクが一定程度まであったとはいえず(C医師はこれまで通りに従事しても問題ないと言っていた),エイズガイドラインの改正を踏まえると医療機関等の職場についてもHIV感染した労働者であっても他の労働者と同様に扱われるべきであったことなどからすると,甲病院がA看護師の就労を制限したことは正当な理由があったとはいえないものとされました。





そのうえで,一審も二審も,目的外に個人情報を利用して,A看護師を休ませたという甲病院の行為に違法性があるとしましたが,一審が認めた200万円の慰謝料は,情報が広く知らされたという訳ではないことなどから50万円に大幅に減額されてしまいました。




本件は上告受理の申立がされているということです。





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