http://www.yomiuri.co.jp/national/20150209-OYT1T50109.html?from=ytop_top



 

 イスラム過激派組織「イスラム国」の勢力圏があるシリア北部への渡航を計画していた新潟市のフリーカメラマン杉本祐一さん(58)に対し、外務省が旅券(パスポート)の返納を命じた。

 杉本さんによると、今月末にトルコ経由で現地入りし、イスラム国から逃れてきたクルド人難民や、自由シリア軍などを取材する計画だった。トルコ南部に定宿を確保し、ここを拠点に日帰りで取材を重ねる予定だったとしている。
(2月9日配信の読売新聞オンラインから引用)。



報道の自由、取材の自由は尊重されるべきであるとしても、現在の国民世論を踏まえる限り、万が一人質となってしまった場合にもたらされる我が国や関係諸国に与える影響を考えると、その主張が支持されるのはなかなか難しそうです。


渡航の自由に関して似たような事例として問題となったものに、冷戦下でのソ連の国際会議に出席しようとした元国会議員が、ソ連行の旅券発給を拒否されたとして国を訴えた有名の事件があります。

最高裁の判決要旨は次の通りです。


 

【帆足計事件 最高裁判決要旨】 

憲法22条2項の「外国に移住する自由」には外国へ一時旅行する自由を含むものと解すべきであるが、外国旅行の自由といえども無制限のままに許されるものではなく、公共の福祉のために合理的な制限に服するものと解すべきである。そして旅券発給を拒否することができる場合として、旅券法13条1項5号が、「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」と規定したのは、外国旅行の自由に対し、公共の福祉のために合理的な制限を定めたものとみることができ、所論のごとく右規定が漠然たる基準を示す無効のものであるということはできない。


占領治下我国の当面する国際情勢の下においては、上告人等がモスコー国際経済会議に参加することは、著しくかつ直接に日本国の利益又は公安を害する虞れがあるものと判断して、旅券の発給を拒否した外務大臣の処分は、これを違法ということはできない旨判示した原判決の判断は当裁判所においてもこれを肯認することができる。なお所論中、会議参加は個人の資格で、しかも旅券の発給は単なる公証行為に過ぎず、政府がこのことによつて旅行目的を支持支援するものではなく、かつ政治的責任を負うものではないから、日本国の利益公安を害することはあり得ない旨るる主張するところあるが、たとえ個人の資格において参加するものであつても、当時その参加が国際関係に影響を及ぼす虞れのあるものであつたことは原判決の趣旨とするところであつて、その判断も正当である。


この件は特定国への渡航の旅券の発給を拒否された案件で、今回はどこであっても渡航可能な既に発給済みの旅券の返納を命じられた案件で、相違点はあるとしても、判旨については現在でも当てはまるところがありそうです。




ところで、今回のISILの人質事件を巡っては自己責任論(危険な地域にそうと知って立ち入った以上は自己責任なので政府が助ける必要はない)を巡って議論がかまびすしいようです。




「政府はできる限りの手を尽くして救出すべきだ」として政府の対応が甘いとして攻撃まで至っている主張に対しては、私の至極勝手なイメージでは、そのような主張をする人たちというのは、普段は、政府が個人の権利や自由を制約することを嫌うような層であるように思われ(又はそのようなイメージが作られ)、「困ったときは政府の手を借りるのか」という反論を招いているようです。




他方、私の至極勝手なイメージでは、自己責任論を「声高に」叫ぶ人というのは、どちらかというと「古き良き日本復活!憲法9条なんてくそ喰らえ」というようなイメージなのですが、そういう人こたちこそ、危険を顧みずにあえて危険地域に足を踏み入れたような人たちを日本人のかがみとして賞賛しなければならないような気がするのですが、かえつて「わざわざ行く奴は馬鹿だ。自己責任で仕方ない」とと蔑んでいるようです。

たとえて言うなら、国禁を犯してペリー艦隊に近づいた吉田松陰とか好きそうなはずなのに、「こいつは馬鹿だ」と言っているようなものでしょうか。




いがみ合う二つの主張は実は近親憎悪であることが多いのですが、自己責任か否かという二つの主張も、実は、危険を顧みずにそのような地域に渡航することを積極的に認めるべきだという点では実は一致しているのではないかというのはアイロニーです。






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