先日,東日本大震災に伴う津波被害にまつわる訴訟の一つで,勤務先の責任を否定する判決が出ていましたが,既に報道されている通り,幼稚園の送迎バスが津波に巻き込まれて,園児5名が犠牲になった事件については,幼稚園を運営する学校法人や園長個人らの責任が認められる一審判決が出ています(判例時報2204号 仙台地裁平成25年9月17日判決)。




そもそも東日本大震災のような巨大地震を予見することは難しく,幼稚園側もそのような主張をしましたが,判決では,予見義務の対象は東日本大震災の発生ではなく,巨大な地震を体感した後の津波発生の恐れであるとしています。




では本件ではどうだったかといえば,判決文によると,午後2時46分の地震発生後,48分頃からは大音量でサイレンが流され,幼稚園から民家を隔てて約80メートル程度のところにあった防災無線からは「大地震発生。津波の恐れがあるので沿岸や河口付近には近づかないように」という放送が流されていたということです。また2時52分頃からは「大津波警報。至急高台に避難してください」「車での避難は控えてください」といった放送もされていたということです。




裁判では,幼稚園側の証人として証言した教諭らは,この防災無線が聞こえなかったと証言しましたが,裁判所からは不自然であり信用できないと判断されています。




午後3時過ぎに,園長から「園児をバスで帰せ」という指示が出され,津波に巻き込まれることになる「小さいバス」,同様に幼稚園を出発したものの運転手が周囲の状況から危ないと判断して機転を利かせて幼稚園に戻ってきた「大きいバス」の2台が園児たちを乗せて幼稚園を出発しました。




「小さいバス」は,幼稚園から海のある低地帯に向かって走行し,途中でバスを見つけた何人かの園児を保護者に引渡しましたが,いずれの園児の自宅も不在であったため,運転手は,指定避難場所にも指定されていた小学校に向かい,無事に辿り着きました。もっとも,この小学校もその後被災しているので安全ではありませんでしたが,この小学校の教頭先生は大津波警報を聞いため,全児童をさらに高台に避難させたため,難を免れています。





小さいバスが小学校に停車中,幼稚園から電話したところ運転手の携帯電話につながり,その後,幼稚園から教諭が小学校に停車中のバスのところまで行って,「バスを幼稚園まで戻せ」という園長の指示を伝えましたが,園児を自分たちで連れて帰るということはしませんでした。




その時,「バスで戻ってくる」「大丈夫だからここで待っていてください」ということを聞いた幼稚園にいた保護者は「全然大丈夫ではない」と思い,幼稚園を出て,児童を引き取りに行くこととしました。

その保護者は,小さいバスが渋滞に巻き込まれて動けなくなっているところを発見し,園児を引き取って幼稚園に向かって避難していたところ,津波が到達と,無我夢中で逃げて何とか難を逃れることができたということです。





バスに残された園児たちは津波に襲われ,数日後,児童らが互いに抱き合うようにして同じ方向を向いて亡くなっているのが発見されたということです。なお,運転手は九死に一生を得ましたが,添乗していた運転手の妻は死亡したということです。





以上は判決文からのごく一部の抜粋ですが,上記のような状況から,防災無線やNHKの放送などから情報を収集することなく,幼稚園から低地帯に向かってバスを出発させた幼稚園,園長らには注意義務違反があるとして,園児遺族からの損害賠償が認められたというものです。






本件は控訴されているということです。








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