http://www.asahi.com/articles/TKY201310310216.html?ref=com_top6


 


山本太郎参院議員(無所属)は31日、東京の赤坂御苑で同日に開かれた秋の園遊会で、天皇陛下に手紙を手渡したことを明らかにした。「原発事故での子どもたちの被曝(ひばく)や事故収束作業員の劣悪な労働環境の現状を知ってほしかった」と記者団に説明した。
 山本氏は30日に手紙を書き、陛下に園遊会で原発事故の現状を訴えて「手紙を読んで頂けますか」と直接手渡した。陛下からの言葉はなかったという。
(本日配信の朝日新聞デジタルより引用)



天皇陛下に対してこのような手紙を渡したところで何の効果もなく,かえって,政治的パフォーマンスだという批判を浴びて反(脱)原発の活動に対しても悪い影響を与えかねない行為だと思いました。




足尾鉱毒事件で天皇に対して直訴した田中正造と比較する向きもあるようですが,どうも違う気がします。




母親などからの聞きかじりで本当かどうかは分らないのですが,私の亡くなった母方の祖父は,戦前,また戦時中に赤旗を持っていたとかで憲兵に引っ張られたという話を聞いたことがあります。




私は,その祖父の晩年の一時期に一緒に暮らしたことがあるのですが,酒に酔った祖父が書棚から一冊の古い本を持って来て見せてくれたのですが,その本は野呂栄太郎の「日本資本主義発達史」という本でした。

野呂栄太郎と言えば,戦前の非合法時代の共産党の理論的支柱の一人であり,戦前・戦時中にそんなトンデモ本を持っているのを見つかったら,間違いなく憲兵に引っ張られていたのでしょうから,母親などから聞いた話もあながちウソではないように思います。




ここまで書くと,「そうか,そんな本を持っているような祖父の孫だから,弁護士なんかになったんだろう」と言われそうですね。




しかし,祖父が大事そうに持っていた野呂栄太郎の本が収めてあった書棚には,私が物ごころついたころには,すでに,昭和天皇と香淳皇后の小さな写真が飾ってありました。

なお,写真に向かって礼拝させられるとか,そういうことは全くありませんでした。



祖父は今でいう高校卒ですが,当時の帝国大学の教授の書生になってに進学できるかもしれないという話もあったようなのですが,家が貧しく,学業の志を果たせなかったようです。




貧しいがゆえに学問を諦めざるを得なかった祖父にとっては,貧富の差がないことを説く共産主義の教えに惹かれるところがあったのでしょう。

そして,祖父は死ぬ直前まで野呂栄太郎の本を大事に持っていました。




ただ,その本と同じ書棚に昭和天皇の写真を飾っていたということは,祖父の心の中では,天皇を敬愛する気持ちと何ら矛盾するところではなかったのでしょう。



最近の世の中,白か黒か,正か邪,勝ち組か負け組かといった二分法が幅を利かせて,自分と相いれない考え方は一切受け付けないしそのためには手段を選ばないという風潮が強まっているように思われます。



今回の山本議員の行動は,天皇陛下に対する敬愛というものと相両立するものなのでしょうか,その後の釈明会見などを通じて「そうであってほしい」と願う気持ちもあります。


 



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