判例時報2192号で紹介された京都地裁の判決です(平成25年4月11日判決)。遺贈を受けたのが,亡くなった高齢者が経営していた会社で顧問をしていた弁護士であったこともあり,新聞等でも一部報道されました。




本件で遺言をしたのは,大正5年生まれの女性で,祇園の舞妓をしていたが,結婚後,夫婦で呉服業を営んでいたということです。

女性の夫が亡くなった後は女性が切り盛りして会社を大きくし,平成21年の死亡時の遺産としては,預貯金で約3億円超,また経営していた会社の発行済み株式の純資産しては約2億円という資産家でした。




女性は,平成13年に入院してからは自宅での介護を受けて生活するようになり,会社(呉服店)にも顔を見せなくなったということです。




そして,平成14年2月頃,遺産の分け方について相談に訪れた税理士から,本件で遺贈を受けることになる弁護士を紹介され(といっても,全くの初対面というわけではなくそれまでにも単発で法律相談などを受けていたようです),平成15年5月には弁護士に対して公正証書遺言作成の委任状を交付し,また同年7月には経営会社の顧問弁護士契約を締結しました。




そして,平成15年12月に問題となった本件遺言が作成されましたが,公正証書遺言ではなく自筆証書遺言でした。作成された自筆証書遺言は本件弁護士が保管しました。

記載内容としては次のような遺言でした(判例時報の記載からそのまま引用)。





「ゆい言書 

私の いさんは 後のことをすべて

おまかせしている弁ごし 乙山 

たろうにいぞうします

ゆいごんしっこうしゃは

丙川まつおにおねがい

します

平成一五ねん一二月一一日 」



すごい怪しいですね。




その後,平成17年10月になり,公証人が女性宅を訪ねましたが,これは公正証書遺言を作るためではなく,平成15年に作成された自筆証書遺言を秘密証書遺言とするため,証書封印という手続をするためでした。





上記のような経緯で平成21年に女性が亡くなりましたが,女性の法定相続人である姪(実はこの姪が本当に法定相続人なのかということについても争点となっています)が,遺贈を受けた弁護士を相手取って遺言無効の訴訟提起したのが本件です。




本件では2つの時点での遺言能力が問題となり,一つは①平成15年に自筆証書遺言を作成した時点,もう一つは平成17年に②それを秘密証書遺言とした時点での遺言能力です。論理的には,②の有効性を先に判断し,それが無効とされた場合,①の自筆証書遺言としても無効なのかという考え方になります。




時系列に沿って見た方が分りやすいので,裁判所が認定した事実によると,平成13年に女性が入院した際の診断としては「肺気腫」「気管支喘息」「胸部打撲」でした。退院後の別の病院では「脳梗塞後遺症」と診断され,その後平成14年10月には「ラクナ梗塞」(脳の中の細かい血管が詰まって起きる直径1.5センチ未満の小さな脳梗塞)と診断されています。




女性が自宅療養となった後,平成14年11月の市による介護認定のための訪問調査では,生活自立度Ⅰとされました。これは,何らかの痴呆を有するが,日常生活はほぼ自立している程度ということです。




また,平成15年11月の2回目の訪問調査では

・短期記憶ができない

・被害的

・作話

・ひどい物忘れ

といった問題行動が指摘され,自立生活度Ⅱbとされました。これは,日常生活に支障をきたすような症状,行動があるが,誰かが見守っていれば自立できる程度ということです。服薬管理,電話・訪問者の対応等はできないとされています。




平成16年11月には認知症の処方薬アリセプトが処方されています。

また,この頃には,猫や犬の幻覚を見るといった症状も出ていました。




その後,平成18年1月には,認知症,中程度かそれ以上かもしれないという看護記録があります。





上記のような状況で,裁判所は,秘密証書遺言が作成された平成17年10月の時点では,女性は認知症の中核的な症状が出ており,小学校高学年程度の判断能力すらあったとはいえないとして,この時点での女性の遺言能力を否定し,秘密証書遺言は無効としました。





また,それよりも遡ること約2年前の平成15年12月に作成された自筆証書遺言としては有効だったかどうかについても,この時点での女性の認知症は初期のものではあったけれども,本件遺言は文面こそ単純だが,経営していた会社の株式まですべて弁護士に遺贈してしまうと呉服業界に詳しくない弁護士が会社を経営してしまう,また,女性は自筆証書遺言を作成した後で親戚の男性に会社経営を委ねたいという意思を示していましたが,そうするとこのような内容の遺言を作成したこととの間に矛盾を生じることになりその後何の相談や対策も取っていないことからすると,女性にはごく常識的な判断力すら欠如していたといえ,平成15年12月の時点でも女性には遺言能力が欠如しており,自筆証書遺言としても無効だと判断しました。

また,女性が財産をすべて赤の他人である弁護士に遺贈するというのはかなり奇異なことである,とも指摘しています。




結論として,裁判所は本件の遺言を無効と判断しました。





なお,先ほど少し触れましたが,本件では原告となった女性の姪が本当に法定相続人なのかという点も争点となりました。

女性の夫は既に死去しており,子もおらず,直系尊属もいないため,女性の兄弟姉妹又は死亡している場合は甥姪が法定相続人ということになるのですが,女性は実は戸籍上姉とされている者の子であったかという主張が,被告弁護士側から提示されていました。女性がこの戸籍上の姉の子であるとすれば,女性の姪として相続権を主張する原告の主張は理由がないことになります。




弁護士からの主張には一定の説得力があり,戸籍を見ていくと,女性は母親が51歳の時に産んだ子供ということになってしまい,また,女性自身も戸籍上の姉の子であることを周囲に話していたということであり,そもそも,女性が弁護士を紹介してもらうきっかけとなった遺産分けの相談のために税理士を訪ねたのも,女性が戸籍上は兄弟姉妹がたくさんいることになっていることを知ったためその対策を相談しに行ったということが認定されています。





裁判所は,戸籍は公文書であり,その記載が事実に反するという明白な証拠がない限り,正しい身分関係を示すものとして扱うべきだとし,現時点で女性を含めその兄弟姉妹もすべて死亡している以上,真実の親子関係を裁判所が認識するすべが失われている以上,戸籍に従った判断すべきだとと,女性の姪を女性の法定相続人であるとして認めました。





本件は控訴されているということです。

本件では相続人がいたとこから遺言の有効性が争われることになりましたが,相続人がいないケースでは,もはや,遺言の有効性を争うすべがないということになります。この辺り,何らかの法的な手当が必要だと思うのですが。








■ランキングに参加中です。

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村



■着手金の簡易見積フォーム
(弁護士江木大輔の法務ページに移動します。)


■弁護士江木大輔の法務ページに移動します。